第三話「すでに日は暮れて」11
ヒカリは、ユミカや友人たちがその日に撮っていた写真をすべて借り受けた。
同時に、ユミカ個人と事務所の公式とふたつのアカウントにアクセスできる権限を教えてもらい、両方とも更新は自分がするのでそちらからは触れないように、と指示しておく。
そして憲斗と自ら連絡をとり、会社の事業を詳しく聞く。あかりに事業紹介のパンフレットPDFファイルを大至急作ってもらい、健全さをアピールさせた。
週刊誌側はまだ報道を載せていない。先手競争は、まずヒカリが制した。
報道の立場から対策を考えたほうが良いと、ヒカリは別の週刊誌に、ユミカの独占インタビューを打診する。子ども時代からつづく友情の美しさを取り上げてもらうのだ。ユミカだけでは意図を読まれてしまうので、窓加聡にも加わってもらう。映画の製作前宣伝を前面に出し、これから報道されるだろうユミカの相手が、反社会的勢力ではない人物だと世間にイメージづけることにつなげる算段だ。
ただでさえオンスクリーンが危うい映画なのだから、ユミカのスキャンダルが騒がれれば、主演作品が致命的なこととなる。窓加の事務所は即断でインタビューを引き受けた。
あとはヒカリが週刊誌側の出方を見ながら、操作するだけである。
これから『光の路』に帰り、碧泉院流親占教会の最寄駅に映っている生徒の特定である。同時に自転車通学の生徒の確認と、タクシー会社への問い合わせ結果、栞の作ったラブデータとの照合とで、裏あわせもする。
午後七時からの鑑定もしないわけにはいかない。
そのあとも、死相への対応策を練らなければならない。麗華は件の生徒を見つけられたら、自分のほうで対応すると言っていたが、生徒として潜入して名を売っている自分やあかりのほうが、明らかに持っている情報が多い。死相の持ち主に寄り添うには、自分たちのほうが適任なのだ。
そして、インターネットとにらみ合いをして、ユミカに有利な方向へ世間の認識を向けていく。
これだけのやるべきことがあると、あかりの他に、もうひとり助手が欲しい。それもデータ作成と分析に非凡な能力を持つ人材が。
占術鑑定の時間になり、ヒカリは被験者を丁寧に導いていく。その間も、週刊誌の電子報道をサッとチェックし、ヒカリがあらかじめ作成していたSNS更新の記事がアップされているかを確認する。
新たな助手は確実な仕事をしてくれている。
あかりもこの時間は自分のタロット鑑定所で被験者を観ているのだから、助手の存在はありがたい。
「さすが澄花さんね」
坪井澄花がサッカーで培った分析能力と、瞬間的な対応力は、そのままユミカへのスキャンダルを打ち消す力となっている。
ヒカリはまず、ユミカも含めた五人のSNSアカウントに、同時に同じ内容を掲載させた。
集まった店で、 店員に頼んで撮ってもらっていた、五人が並んで真ん中で手を重ね合わせている写真を載せる。
「いつまでも変わらない友情を誓って」
多くの人がグッとくるキャプションをつけておく。
小学校時代からつづく友情と、当時撮影していた星の写真、山で遭難したときの励まし合いを紹介した。
あっという間に数万の「いいね」がつけられ、リポストした他の四人にも同様のリプライがされる。
友人のうち、女性の一人には、友だちの会社にお願いした、と題して、一人暮らしの高齢者宅のシンクの高さを変える工事の様子を伝えてもらう。友人女性と高齢者は知人ではないのだが、憲斗の会社で請け負った仕事には違いない。
同時に、あかりが作成した会社の事業紹介のPDFへのリンクもつけてもらう。できたばかりのPDFとは、誰にもわからない。
ユミカのSNSから飛んできたネット民は、これにも好意的に反応する。
ここで、週刊誌側はやっと、神ユミカが反社の男性と交際か?という記事をあげるが、その男性が友情で結ばれたひとりで、高齢者の生活を助ける仕事に打ち込んでいる人物と誰もが推察でき、週刊誌側は出鼻から否定的なコメントを多数受ける展開だ。
簡単に記事を引っ込めると他の記事への信用にも関わるから、週刊誌側は記事の正当性を強調するような続報を流すが、その都度、澄花が内容を分析して、効果的な撃退となるSNS更新と、ユミカを擁護し応援するコメントを連投する。
記事をあげるまでに、ユミカ側が対策を実行しているとは気づかなかった週刊誌側は、ユミカや事務所の更新も確認していなかった。
情報を手に入れてからまだ四時間足らずで、独占スクープゆえに、他社への漏洩に気を取られすぎたのだろう。
すべてが後手にまわり、世間は、会社の株主が反社でも、悪いことをせずに事業内容が素晴らしければ問題ない、あるいは、反社の人の社会復帰のモデルケース、と論調が揃う。
週刊誌側も決して記事の公表が遅かったわけではない。憲斗の会社の株主が反社会的勢力で、株の所有を確認した時点で記事をあげたのだから、むしろ迅速なほうであろう。
ヒカリの戦略の実行の速さが、それを上回ったのだ。
今日最後の鑑定がはじまる頃には、詰めを考える段階に入っていた。
ヒカリは一息いれるために、お茶とチョコレートを口にし、また鑑定席に戻る。
被験者の椅子に座っていた最後の被験者、それはいつか財産を喪う相をもって現れた男であった。
喪運はまだそのままである。
「まだ、悩まれているのですね」
ヒカリは男がどんな投機をなそうとしているのか聞いてみる。
「私の投資は映画なのですよ。キャストやスタッフを見ても、転けるとは思えません。これでも映画好きで、良い映画とそうでないものは、わかります」
「映画の良さと成功はイコールではありません。質の高い作品でも、評価は別物ですし、商業としての成功も別のお話ですもの。財産を投げうつほどの投資でなくても良いのではありませんか」
ヒカリは第一スポンサーであるとないとでの、作品への影響力と存在感の差はよくわかっている。だが、この相では思いとどまらせるのが占術士だ。
「占い師さん。私が投じるのはスポンサーではないのですよ。映画の配給なのです」
これにはヒカリも驚く。作品自体を買い取って映画館に提供するのが配給である。高給サラリーマンでも、一作品で全財産を投げうつどころか、借金をしなければとうてい叶わない。
「その作品が投資に見合うだけの投機になるという根拠はなんですか」
ヒカリは、男が銀幕の内側を知らないことにつけこまれているのではないかと疑う。
「監督の経歴と、出演者の人気と実力です。窓加聡が主演で、神ユミカが準主演です。脇を固める役者陣も、まだ決定はしていませんが、実力者で固めるオファーを出して、おそらく良い返事がもらえるとのことですから、成功が固い作品とみているのです」
「その作品は『兄哥よ銃をとれ』ですよね。まだ制作予定も出ていないはずですが」
男は関係者しか知らない情報が、ヒカリの口から出るのに驚いているくらいだから、映画に関わるには明らかな素人だ。ヒカリの心配する通りのことが、起ころうとしている。
「どんな作品でも配給がつくような大手の制作会社なら、配給がつく前でも制作発表しますが、この制作会社は配給が確定しませんと、スケジュールは出しません。まあ、スポンサーも決まったということですし、配給に名乗りをあげているのも私ひとりですから、このまま決まると思うのですよ」
男は制作の企画書を見せられていないのだろう。スポンサーの決定は、配給を決断させるための嘘だ。配給契約までにスポンサーを確保できない場合は、スポンサーが降りたと方便を使う。制作側ならそれくらいやる。
ヒカリは、これは大変なことになったと暗然とする。
男が『兄哥よ銃をとれ』の配給を買うということは、すべての権利を買い取ることでもある。
それが男の全財産を奪う結果になるということは、映画そのものが失敗に終わるということである。
もしくは、金を払ったが、制作が完成せずに上映できない事態も考えられる。半金以上は前払いであろう。
さきほど、窓加聡とユミカとの対談記事ができたばかりである。ユミカのスキャンダルへの対応策から生まれた企画だが、映画の制作前宣伝も兼ねている。明日に対談が別の週刊誌の電子誌面に掲載されると、この対談をもって、実質的な制作発表となるのだ。
この記事の掲載案を制作側に打診したとき、制作自体が進んでいないのにずいぶんあっさりオーケイしたものだ、と感じたが、配給の当てがあったからなのだ。
ヒカリは意を決して男に告げた。
「この映画は失敗します。配給するあなたに、上映が不可能な事態が起こります」
それがユミカのこととは思えないが、男の相からはそう観るほかはない。
男が配給を断念すれば、すぐにも映画の制作自体が中止されるかもしれない。
ユミカのキャリアにはさほど影響はないだろうが、栞がオーディションに合格したとしても、デビューが潰えるのは確実だ。
だが、占術士たるヒカリは、そのために男へ配給の成功の可能性を示唆することはできない。
男が悩みながら帰っていくと、それを待っていたあかりが入ってきた。
「お互いにお疲れさまね」
あかりはトートバッグを放り投げると、なんか冷たいものちょうだいよ、とソファに座り込む。
「週刊誌のほうは、今は沈黙してるわよ」
ヒカリも策士よねえ、と感心している。
「最後の詰めは私がするけど、澄花さんにはもう少し頑張ってもらうわ。今から生徒の特定をして、善後策だもの」
「澄花さんに頼むとは、ヒカリも考えたわね」
あかりはまたも感心の面持ちだ。
坪井分家で、春佳の遺書を発見した日だ。
坪井本家で坪井美智子に会うために、坪井分家をあとにしたヒカリとあかりは歩きながら、澄花のことを話す。
「彼女、サッカーはやめるって言ってたわよね」
あかりは、家庭に入ると言っていたけどできるのかしら、と肩をそびやかす。
あんたも気づいた?とヒカリは笑う。
「机をチラッと見たけど、ノートに選手の動きをコマ割りにして、体の向きと目線の先を書き込んでたでしょ。もうサッカーをやめるというのにね」
「ゲームプレイだけじゃなく、分析や研究も好きなのよ。すごい分析力よ、あれは。競技をやめても、サッカーから離れるなんて無理そうじゃない?」
「子育てが一段落したら、指導者としてサッカーに戻るかもしれないわね」
「知ってた? 指導者になるにもライセンスがいるのよ。クラブだけじゃなく、たとえ小学生相手でも相応のを持ってないといけないみたいよ」
「澄花さんなら、難なくとれるわよ。いい指導者になる人よ。それくらい、相を見なくてもわかるわ」
その能力は、サッカー以外にも十分に通用するとみて、SNSの対応を頼んだのだ。
好奇心にあふれた澄花だから、ふたつ返事で引き受けてくれたのである。
おかげでこちらは、本来のことに注力できる。
ヒカリはモニターに再生機をつなげて、ディスクを入れる。
被写界深度の外でボケていた生徒の顔が鮮明に補正されている。
「……!」
「ヒカリ、この子って……」
あかりは息をのみ、ヒカリはまさかの表情で画面を見つめる。口から、なんで……、と小さく漏れる。
「なんでなの、栞……」




