第三話「すでに日は暮れて」10
ヒカリを出迎えたユミカは、見るからに不安顔で、事務所の社長まで同席している。
事務所が火消しを行わなければならない事態ということだ。
ヒカリが観た難儀の相は、今日のできごとだったのだ。
「ヒカリさん、助けてください」
ユミカはヒカリが来るなり、挨拶も抜きに手をとり、懇願の顔だ。
ヒカリは早速、事情をうかがいます、とみんなに座るよう促す。
「今日のお昼に、友だちと集まったんです。仲のいい五人で、ときどきみんなでご飯を食べて、話をして」
今の時間はまだ午後二時である。お昼といっても、つい先ほどのことになる。
「約束の時間まで少し余裕があったんで、友だちのうちの一人とお茶をしてたんです。そこを週刊誌に写真に撮られたみたいなんです」
「お友だちは男性ということですね」
そうでなければ撮る意味もない。若手女優の交際ネタだから、記者がそれを見かけたら、とにかく撮影だ。熱愛と煽れば、一定以上の関心は集められする。
だがユミカも二十二歳。交際相手がいてもけしからぬことはないし、事務所も、報告さえ受けていれば、プライベートは本人に任せる方針のはずだ。
社長が慌てるのは、相手が良くないということだ。案の定、社長の声は落ち着きを失っている。
「友だちというのが、暴力団関係者だというのですよ。私もびっくりしまして、どう対策したら良いのか」
ユミカはすぐに社長に反論する。
「だから違うんです。暴力団の関係者といっても、組員でも構成員でもない、一般の人なんです。わかってください」
ヒカリは、おや、と社長に尋ねる。
「暴力団の関係者というのは、誰からの情報なのですか? ユミカさんは否定しているのですから、第三者なのでしょう?」
「懇意にしているフリーの芸能記者です。他社に入った情報を探って、こちらに渡してくれる、いわば小飼の諜報員みたいなものでして」
おそらく週刊誌側の編集部から得たのだろう。写真をとった記者からの連絡があってすぐ、裏をとりに走った編集部員の動きを見てわかったと思われる。それならば、確度は高い。
五人での食事から戻って、社長から問いただされたユミカは、暴力団員扱いの情報に、社長以上に驚いたのだ。
「そのお友だちは、半グレとも違うのですか?」
暴力団でも半グレでも、マスコミの扱いは同じだ。黒い交際として見る。
「半グレなんかでもありません! 一般の善良な会社員です。善良な仕事をしている人です」
そもそも暴力団関係者と認めて、一般社会人であり、半グレでもないというのは、どういうことか。暴力団員の家族なのか、また別の立場なのか。
「彼がどんな人なのか整理して考えましょう。それに私、ユミカさんが、善良と強調しているところが気になります」
ユミカが時おり集まって食事をしたり飲みにいく仲の良い友だちは、ユミカを含めて五人組。男子二人、女子三人で、小学校時代の同級生だという。
理科の授業で天体観測を覚えた児童たちのうち、ユミカたち五人は夜な夜な校庭に集まり、天体望遠鏡を手に星の観察をしていたそうだ。
五人はお菓子や飲み物を持ちより、夏も冬も、季節の星座を観測して、星図を作って楽しんでいた。
あるとき、ユミカは彗星の軌道を追うことができるアプリケーションがあることを知った。父親のタブレット端末にインストールしてみると、現在判っている主な彗星が、宇宙のどこを走っているかが一目で見られ、端末の位置情報と紐づけると、今いる場所から見える彗星、今は見えなくてもどの彗星がいつ見える位置にくるのかがわかりやすく示されるという、天体好きな子どもたちをワクワクさせる代物だったのである。
五人は彗星観測に夢中になった。ユミカは父親が端末を買い替えたのを機に、古いほうをもらい受けて、毎日五人の集まりに持参した。
卒業式まであと一週間という早春の夜、五人は小高い山に登り、頂上近くから彗星を見る計画を実行した。
進学する中学校が全員同じではなかったので、思い出つくりの計画だったのだ。
林間を抜けて頂上に達すると、校庭ではとうてい見ることのできない星の海に五人は恍惚となる。
彗星が接近する時期でもあり、五人は望遠鏡をのぞいて、どこだと探す。やがて薄赤く尾を光らせる彗星が、望遠鏡をのぞかなくても肉眼で見えるほどに五人の頭上を通っていった。
「きれいだったね!」
「すてきだね!」
彗星が通りすぎたあとも、五人は感激の余韻でその場を動くことができなかった。
山を降りる道は、来たときと同じく一本道のはずだったが、気づいたときには麓から大きくはずれたところをさまよっていた。
「これ以上動くと本当に遭難してしまう」
「どうしよう」
五人は大木の下で夜を明かすことにした。三月の山は震える寒さまで気温が下がる。五人は、三人と二人に分かれ、それぞれ抱き合って温め合う。
学校行事の思い出話をしたり、歌をうたったり、眠ってしまわないようにみんながみんなを注意しあって、一夜を過ごした。
朝になり視界が明るくなると、正しい下山道まで戻ることができ、五人はそこから自力で下山した。
それぞれの家族から出された捜索願いを受けて、捜索隊が山に入ろうとしたところで、五人は発見され保護された。
それぞれの親から大目玉を受けたが、なにより無事に帰還したのだから、誰も喜びはひとしおだ。駆けつけた担任からそれぞれ抱きしめられた五人は、そのあと自分たちも抱きしめあって、固い友情を誓い合うのだった。
中学、高校と進んでからも、五人は二ヶ月に一度は集まって、勉強のこと、部活動のこと、趣味のこと、悩みを持てば打ち明け、打ち明けられたら相談に乗り、励ます。
五人は誰一人、今に至るまで一度たりともこの集まりを欠席することはなかった。
多感な歳を経て、男女のことも意識しだすが、二組カップルができても、女子が一人余る。そんな遠慮があって、五人は、心の内まで共有できる友だちを保っているのだ。
「いい話ねえ」
ヒカリは心底羨ましく、ユミカたちの友情を聞いた。
この仲間のうちのひとりが、ユミカが週刊誌に撮られたかもしれないという男子だ。
この男子のことを聞いておかなければならない。
ユミカは高校に入った年にスカウトを受けて、中退し芸能界入りをしたが、他の四人は高校を卒業し、就職や進学をする。
金谷憲斗は就職組で、高校卒業後、高齢者夫婦や一人暮らしの高齢者に、住宅内の生活設備や家電製品のメンテナンスを提供する会社に勤めた。総員十名ほどの小さな会社だが、みんながやりがいをもち、感謝される喜びを活力に向けられる、良い職場だった。
良く気が回り、年寄りに優しい憲斗は、担当する高齢者から大きく信頼され、その信頼にこたえるよう心を尽くして仕事にいそしむ。
二年もすると、社長に次ぐ発言力を持たせてもらえるほど、メンテナンスへのアイデアが豊かで、行動力も高かった。
その会社が、折からの金融引き締めで、銀行の融資引き揚げの対象とされてしまった。
農協や信用金庫からも融資を断られ、業者からは支払いを猶予してもらったが、それも限界に達し、いよいよ不渡りを出さなければいけなくなる。
一度でも不渡りをしてしまえば、設備業者も家電店も取り引きをしてくれなくなるだろう。
社長は意を決して、裏金融から金を借りたのである。裏といってもヤミ金融とは違い、法外な利子はとらずに法定内ではあるが、国から認められた金融機関ではない。無許可の貸し金だから、その母体は反社会的勢力であることもままあるのだ。
社長が借りた先は、まさにそれであった。
反社会的勢力が高利でもなく金を貸す目的は、健全な会社を乗っとり、社会に対しての隠れ蓑にするためである。
もともと個人事業から発展させた株式会社で、設立資金は社長自らの貯蓄から捻出されたもの。つまり、自社株はすべて社長の所有だったのである。
そんな株だから額面も高く設定しておらず、全株式あわせて、二百万円。融資額と同額程度なのである。裏金融もばかではないから、会社の財産以上の金額は貸さない。つまりは、それ以上は土下座されても貸さないというラインだ。
そして、株を直接譲渡してくれれば、金額に色をつけて引き取るのだ。
裏金融への返済が滞った社長は、とうとう自分が所有する自社株を手放した。裏金融も新たな融資をしないとなれば、株式を返済に充てざるをえなくなったのである。
その株が裏金融から反社会的勢力の団体に渡り、会社は反社会的勢力の所有となる。
彼らは、従来の事業はそのまま行う。そうでなければ隠れ蓑にならないからだ。
憲斗はわだかまりを持ちながらも、高齢者の生活を支える一助の仕事をつづける。
社員は半数以上が反社会的勢力との関わりを嫌って辞め、残った者も転職先が決まり次第退職予定だ。
だが、憲斗は自分の担当する高齢者たちが、難儀していくのを黙って見ているだけになるのが悔しい。
憲斗は会社に残りつづけ、新たな社長は反社会的勢力からの出向で事業のことは何もわからないから、憲斗にすべてを任せる。
アイデアマンの憲斗は、前社長の時代よりも、自分の考えで業務管理ができ、経費も必要なところに必要なだけ使えるようになる。
反社会的勢力の一員と見なされるのを恐れて、一社員の立場を貫くが、実質的には事業部長と役員常務を兼ねたような重役だ。
あるとき、憲斗が社長に呼ばれると、社長室に同席していたのは、母体の反社会的勢力を構成する一団体の暴力団組長だった。
組長はこの会社の健全さをそのまま保ちたいという。
暴力団への締めつけが強まる昨今、以前のようにみかじめや、上納での収益は見込めず、足を洗う構成員があとを絶たないという。
時代は変わっても、義理と情を重んじる世界でもある。組を抜けるなら、その後の生活も助けてやるのが心意気だ。その者たちの堅気生活の受け皿にするため、健全な会社をいくつか持っておきたい、というのが組長の意思なのだ。
憲斗は条件を出した。
社長以外の役員は、反社会的勢力から出さないこと。
反社会的勢力の人間は会社に出入りしないこと。
事業を反社会的勢力の活動に利用しないこと。
こちら側は、反社会的勢力を株主として、最大限礼を尽くすことも約束する。
そんな過程を、五人は共有し、一緒に考え、悩み、励ましてきたのである。
ユミカももちろん、憲斗の志を応援してきた。
憲斗が暴力団の関係者であっても、組員でも構成員でもない事情はわかった。
だが、こちらからでなく、向こうから関係を持ってきたのであっても、世間は同じと考えるだろう。警察も、両者の扱いは同じなのだ。
「週刊誌もデジタル誌面がありますから、会社と反社会的勢力との関係がわかれば、神ユミカが反社と交際、という記事をすぐに出します。週刊誌が裏をとる前に、こちらは先手を打ちましょう」
ヒカリは早くも策を組み立てる。社長も、ユミカも、ヒカリが占術だけでなく、洞察力と論理的な戦略にも長けているところを、とても頼りにしているのだ。
ヒカリは、他の友だちの協力も必須だと説き、ユミカに連絡をとらせた。
そして、ユミカと二人きりになり、本当のところを聞く。社長には聞かれたくないかもしれないからだ。
「今から二つ質問しますので、正直にお願いします。一つ目。ユミカさんと憲斗さんは交際はされていますか」
「していません」
そこはきっぱりと言い切るユミカだ。だが、それで終わらなかった。
「……でも、たぶん好きです」
山で遭難したとき、ユミカは憲斗と二人で一晩中抱き合って体温を保持しあったのである。
お互いにぬくもりを送り合った二人だから、心も寄せずにはいられないのが本心なのだ。
ヒカリはそれ以上は聞かなかった。憲斗へは、好きと友情の両立が、ユミカにはできているのだ。
「二つ目です。写真を撮られたとき、お二人はどんな話をしてましたか」
記者には話の内容を聞かれていた懸念もある。憲斗が反社会的勢力の会社に勤めることを早々に嗅ぎつけられたのだから、それとわかるような話をしていた可能性が高い。
すると、二人とも会社名を何度も口にしたと、ユミカは話す。
「憲斗のお仕事の話をしてたから……」
うかつだった、とユミカは顔を覆うが、
「これは逆に使えるかもしれないわ」
ひらめき顔のヒカリはまた策を増やしたようだ。
「他にはどんな話を?」
あとは世間話くらいだというユミカだが、そうそう、とひとつ思い出す。
「電車で痴漢にあった女の子に、動画を渡したって」
「なんですって?」
それはいつのことなのか、どの電車なのか、ユミカは教えられていた。
「栞……」
ヒカリは、人の縁の数奇さを感じずにはいられない。




