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「お疲れ様。初めての実戦訓練はどうだった?」
目を覚ますと、神崎の顔が映る。
頭と首筋が痛む。なんだか悪夢を見てうなされて起きたときのような気分だ。
「うーん、なんだっけ。レストランで美味しい食事を食べて……それでいつの間にか終わってた。夢を見てるみたいだった」
量子が伸びをすると、神崎が笑った。
「それは良い夢だったね」
「モニタリングしていたんでしょう? どうだった?」
「ああ、ちょっと席を外していたんだ。この被験者の保護者と話をしていてね」
保護者というのは、あのトンチンカンな格好をした痴女のことだろう。また鼻の下を伸ばしていたのかと呆れる。
「それは有意義な時間でございましたね」
嫌味を言う。なんだか、この口調に聞き覚えがある。なにか大切なことを忘れているような気がした。胸にトゲが刺さったようなモヤモヤを残すが、それが何だったか思い出せない。
「ちょっとトイレ」
眠りから覚めた直後のように、強い尿意を催した。意識に潜っている間におしっこしたくなったらどうなるんだろう、などと考えながらトイレのドアを開けた瞬間、量子はギャッと悲鳴を上げた。
トイレの鏡に映る自分の顔が、徐々に回転して、姉の栞の顔になった。傍らには、血文字で「誰の人生を食べた?」と書かれていた。
「どうした、量子さん」
トイレのドアが勢いよく開かれる。神崎だった。
「か、鏡に……」
再び振り返ると、鏡はいつもどおり清潔なままだった。鏡の中に姉もいない。
「あれ……どうしたんだろ」
「疲れてるのかな。初めて他人の意識を取り込んだんだ。無理ないよ」
神崎が量子を軽く抱きしめ、頭を撫でた。嫌な感じはしなかった。これが九条博士だったら殴っていた。
「大丈夫、ここは現実さ」
「神崎さん……ここは現実の女子トイレですよ。大声だしますよ」
量子が照れ隠しに言った。神崎は驚いて入口のドアにぶつかりながら外へ出ていった。
「おめでとう。君はすべての試験をパスした」
トイレから戻ると、九条博士が上機嫌で拍手してくれた。サトーとその保護者の姿はなかった。
「まあ、私が見込んだのだから間違いはないんだがね」
メガネをクイと持ち上げ、ヒッヒッヒ笑う。神崎も同じように拍手してたたえてくれた。トイレでのことなんて少しも気にしていないようだった。
「でも実際頑張ったよ。だって、まだこんなに小さいのに……」
神崎は泣き出しそうだった。
「あの、サトーさん? はどうなったの?」
量子が尋ねる。
「彼女は病院に戻ったよ。君が意識に潜っても異常はなかったみたいだからね」
「そうなんだ。よかった」
本当に良かった——? 何故か胸がもやもやしたが、その正体がわからない。
「なにはともあれ、これで君は観測者として登録されることになる。後見人はこの私だ。君が成人したら、正式にここのメンバーになってもらう。それまでは訓練の日々だ。同じ年代の子どもとは違う人生を歩むことになるが、できるね?」
九条博士のしわがれた声が、やけに厳しく感じられた。量子は神妙な顔で頷く。自身の目標を頭に焼き付けるように。
「それでは神崎くん。アレ」
指示され、神崎が取り出したのは銀色に輝くバッジだった。ニューロンコネクタと材質が似ている。表面に「011」の刻印があった。
「これは?」
「我々特殊捜査班のバッジさ。まあ、軍人がつけるドッグタグと同じようなものだと思ってくれれば良い。それをつけていれば、僕の付き添いなしにこの施設に入れるからね。それには、個人情報が詰まっているから失くさないように」
神崎のジャケットにも同じバッジが付いていた。
「ちなみに、GPSもついているから、君がどこへ逃げてもすぐに分かるよぉ」
九条博士が愉快そうに笑う。何が面白いのかわからない。
「そんなの言っちゃったら、逃げるときはこれを捨ててから逃げるよ」
量子が挑発的な目つきで言う。普段、やり込められているから、やり返せるのは気持ちが良い。それでも、九条博士はヒッヒッヒと笑ったままだった。
これで、ひとつ目的を達成した。この組織の一員となり、同様の事件を追うことで犯人にたどり着けると信じている。それが姉を覚醒させる唯一の道だ。犯人が作り出した量子汚染症の治療法を確立させる。それは復讐にもなるはずだ。必ず裁きを受けさせる。
こうして、量子の五年間は過ぎていった。




