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メンタル・ポルノ 量子的食脳  作者: よねり
第2章「特別捜査官」

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「何があった? お姉さんを見つけたのか?」

 目覚めるとすぐに、九条博士が部屋に駆け込んできた。彼には聞きたいことがたくさんあるようで、早口でまくし立てた。しかし、今はとても疲れた。ずっと眠っていたようなものなのに、今は眠りたかった。

 数時間のことのはずなのに、何日も戻ってきていないように思える。首筋がジリジリと熱くて不快なことに、現実味を感じて嬉しかった。

「そうだ、灰原さん」

 九条博士の後ろから灰原が顔をのぞかせた。

「どうした」

「次は、ル・セルヴォ・ノワールへ……」

「え、何だって?」

 灰原が聞き返すが、量子は眠ってしまった。灰原は九条博士を振り返った。

「大丈夫。いつものことだよ」

 そう言って、がっかりした顔でコンソールルームへ戻っていった。


「ねえ、ねえ。九条博士のこと、信用できます〜?」

 寝台の上で目を覚ますと、視界いっぱいにペストマスクが映った。彼が量子の顔を覗き込んでいたのだ。量子は悲鳴を上げて寝台から転がり落ちた。

 男は仮面のくちばしに指を当てて「静かに」と言った。

 ——ここはどこだ。見る限り病院のようだが。大学病院に似ているが、病院はどこも似ている。

「ねえ、ねえ。九条博士のこと、教えてあげましょうか」

「あなた、誰なの。怖いんだけど」

 危害を加える気はなさそうだった。男は大げさに驚いたような仕草をして見せる。わざとらしい。賭けてもいい。こいつは医者じゃない。

「うーん、そうですね。そうだなあ。じゃあ、病院の地下。病院の地下に行ってみてください。きっと良いものが見つかりますよ」

「病院って?」

「君たちが遊んでた、旧市立病院ですよ」

 彼は歌うように言う。子供番組のマスコットキャラみたいだ。

「遊んで、って……失礼ね。そこに何があるの?」

「行ってみればわかります。あなたが本物の観測者ならね」

「また観測者? 観測者ってなんなの?」

 九条博士も同じことを言っていた。何度目かもわからない問いだった。誰も答えてくれたことがない。量子はベッドの上から起き上がって、男をまっすぐに見た。だが、男はまともにこちらの質問に答える気はなさそうだ。

「私の話、聞いてくれる気になったら教えてください」

「教えてって言われて、貴方が誰で、どこに連絡すれば良いかもわからないんだけど」

「大丈夫。すぐにまた会うことになるでしょう」

 男は踊るように部屋から出ていった。


 量子が寝ていたのは、九条博士が所属する大学病院の病室だった。シナプススキャンのあと、気を失ってしまったのだ。あれは脳に強い負担がかかる。

 灰原に連絡すると、うるさいくらいに量子のことを心配した。院長も量子汚染症と診断されて鏡百合と同じ病院へ搬送された。これで、白マスクへの捜査は振り出しに戻った。いや、振り出しではない。院長の意識の中でみた手がかりである『ル・セルヴォ・ノワール』と旧市立病院の地下が残っている。

「旧市立病院はどうなってる?」

 量子が尋ねる。

「休業するらしい。患者も他所へ移すみたいだ」

 旧市立病院と呼んでいるが、総合病院だった市立病院を買い取ったのが今の院長である。所有者がああなってしまっては、閉鎖もやむを得ないだろう。後継者でもいればよかったが、まだ死んだわけでもないから好きに売却もできない。代理の役員を選出するくらいが関の山だ。それは警察の管轄ではない。量子の知ったことではなかった。

「ちょっと気になることがあるの」

「気になること?」

「すぐに行ける?」

「ああ、まあ別に封鎖もされていないし。なんだ、手がかりか?」

「わかんない」

 まだあのペストマスクの男を信用したわけではない。手がかりと自信を持っては言えなかった。

「とにかく行きたいの。迎えに来て」

「お前なあ。俺をタクシーかなにかと……」

「良いから早く」

 灰原の文句を最後まで聞かず、量子は電話を切った。


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