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「警察ってのは使えないやつの集まりだね」
わざと聞こえるように量子がいう。
「馬鹿野郎。お前は刑事でもなんでもないんだからな。反省しろ」
灰原が警察手帳で量子の頭を思い切り叩く。それをみて、警官がニヤついたのが見えた。
「いたーい。このコンプラの時代に暴力はよくないんじゃないの〜灰原課長」
「課長代理だ、馬鹿野郎」
もう一撃。昨今のコンプラの波には、もちろん警察といえども逆らえない。しかし、灰原はいつ死んでも良い覚悟をしているので、コンプライアンスごときに屈するつもりはなかった。
「クソジジイが増えた」
「俺はまだジジイって年じゃ……」
言いかけてやめた。若い奴にとっては、自分は充分おじさんであることはわかっていた。自分だって、10代の頃は30代はおじさんだと思っていた。それでもジジイはないだろう——。
あたりは暗くなり始めていたが、そこに血や脳漿が飛び散った形跡は残っていた。それに、この鼻につく臭いはすぐに洗い落とせるものではない。おそらく腸も破れたのだろう。汚物のような臭いも混じっている。
「事件のことを教えてくれ」
灰原が警官に尋ねる。彼はただの現場保全要員なので期待はしていなかった。しかし彼は即座に手帳を取り出し、熱を帯びた口調で話し始めた。
「この病院は元々総合病院だったのですが、精神科が有名で、今は実質的に重度の精神病患者の入院施設になっていますね」
知らなかった。こういう情報こそ、警備局長や報告書が教えてくれるべきなのではないか。あのたぬき親父——灰原は警備局長のいやらしい顔を思い浮かべた。
「飛び降りが発生したのは今朝未明で、三人の入院患者が手を繋いで飛び降りたとのことです」
手を繋いで自殺すると聞くと、そういう内容の映画があったことを思い出す。
「あ、三人に普段の交流はないそうです」
彼の手帳に、三人に交流なし、と赤字で書いてあるのが見えた。
「ふうん。それで、なんで自殺なんか」
「そこなんですよね。その三人は、特段問題児というわけではなかったようですし」
思いの外しっかりと聞き込みまでしていることに驚いた。彼は顔を紅潮させ、目を輝かせてこちらをみてくる。まるで褒められるのを待っている犬のようだ。「ありがとう。参考になったよ」
「いえ、他にも必要でしたらなんでも言いつけてください」
彼は非常に綺麗な敬礼をしてみせた。
「関係者に話を聞くならご案内します」
「え、でも君、ここは……」
「もう鑑識係は帰りましたし、ここに立ってる必要もないでしょう」
「ま、まあそうだけど」
彼の熱量に押された。
「え〜邪魔〜」
量子が嫌そうにいう。
「さっきから何なんですか、この女。君の方が邪魔なんだけど」
「はあ〜? あたしも警察なんですけど」
「やめろ、お前ら」
量子と警察官が再び取っ組み合いを始めたので、灰原が慌てて引き離す。
「捜査から外すぞ」
「やれるもんならやってみなさいよ」
量子が灰原に向かってジャブを繰り出す。
「良いんだな? お前は警察手帳を持っているわけじゃないだろ? 俺が帯同しないと、捜査関係者として自由に出入りできないんだぞ。つまり、不法侵入だ。最悪、俺がお前を逮捕したって良いんだ。そうしたら、捜査どころじゃあないだろ?」
量子が急にしおらしくなる。試合に敗れたボクサーだ。それを見て、警察官が馬鹿にしたように笑う。
「君も。査定に響くぞ」
灰原が言うと、警察官は急に顔色を青くした。
「俺達は事件の捜査で来ているんだ。それを忘れるな。遊びに来たつもりなら帰れ」
周りの視線などお構いなしに、灰原が叱責する。
騒動を聞きつけて、病院の警備員がやってきた。灰原が警察手帳を見せると、苦々しそうな顔で後ろの二人に視線を向ける。警察官は制服を着ているが、量子はどう見ても警察関係者には見えない。派手な髪に派手な服装である。
「この子も?」
警備員が量子を指差す。量子は今にも噛みつきそうだったが、灰原が睨んでいることに気づいて大人しくしていた。
「ええ。彼女は協力者です」
警備員は納得できていない顔だったが、それでも灰原の空気感と警察官の制服には説得力があった。量子は見くびっているが、灰原は傍目に見れば只者ではないことが見てわかる。その体格や目つきの鋭さ、隙のなさ。彼の言動には説得力があった。




