第六話 紙に願いを
「貴女が次のレクリエーションリーダーです」
お局様の発言に拒否権などない。
上司の命令は絶対だ。
でも、運は良かった。
七月のレクリエーションは想像しやすく、内容も豊富だ。
しかも、第一週目のリーダーともあれば、考えられるイベントは一つ。そう、七夕だ。
私はお局様を真っ直ぐ見つめ返し、力強い頷きで返した。
そんな私にお局様が少しだけ引いていたのが、僅かばかりの不満ではある。
勤務を終え地元に戻る。
私は時間を有意義に使える女だ。
帰りの電車の中で手帳を開くと、そこには施設で行った全てのレクリエーションに関するメモが書いてある。
リーダーを任せられたのだから、不備などあってはならない。
必要な物品や手順の全てを記入し、地元の駅に降り立った。
地元のスーパーは田舎ならではの土地の広さがある。
スーパーと同じ敷地内に、コインランドリーとチェーン店の喫茶店、さらに100円ショップまでもが併設されている。
ある種のテーマパークのようなものだ。
最近は100円ショップにも季節感のあるものが多く売られているから、安価で良いものを揃えることができる。
私は流れるようにイミテーションの笹と短冊を幾つか購入した。
笹なんて地元に腐るほどあるのに、通勤手段が電車である以上担いで持ってくる事ができない。
ついでに数種類の折り紙と、糊やハサミ、推し活用の団扇も購入する。
やりたいレクリエーションのイメージは、無事に固まった。
ただ、欠点があった。
私は己の掌を見る。
指は長めであるものの、あまりにも白く、意外と細くて頼りない……。
「不器用なんだよねぇ……」
七夕飾りを作りたい。
でも、自分が作ればダークマターになりかねない。
店の前で太く長いため息を吐く。
明確なビジョンはあるのに、そこに向かう道が険しすぎるのだ。
「どうすっかなぁ……」
口癖になった自問自答。
まさか返事があるとは思わなかった。
「うわふっ!」
聞き慣れた鳴き声。
突然視界にカットインしてきたのはハナコだった。
ハナコは私の腰に手をかけるように後ろ足で立ち上がる。
激しい挨拶が嬉しかった。
その後ろから息を切らせてついてきたのは佐伯だ。
「こんばんは、神崎さん。なにがどうしたんですか?」
いつ見ても柔らかい微笑みを絶やさない佐伯は、前世はシスターかお坊様に違いない。
佐伯は肩から下げているサコッシュからハンカチを取り出すと、丁寧に汗を拭いている。
私の独り言を拾ってくれたらしい。
「今週のレクリエーション、私がリーダーになったからそれの買い出しでさ」
買った袋を開いて見せた。
佐伯は覗き込んですぐ「七夕ですか、いいですね」と歯を見せて笑った。
そんな彼に、私は現実を伝えねばならない。
「少しだけ時間ある?」
そう聞くと、佐伯は穏やかな表情で「僕でよければ、あります」と応じてくれた。
スーパーの隣にある数台の自販機コーナーには、日陰で休めるよう木製の机と長椅子が置いてある。
私たちはそこに移動して腰をかけた。
袋を開け、ハサミと折り紙を一枚出す。
佐伯は興味深そうに私の手元を見つめている。
「まぁ、見ててよ」
私は折り紙を四つ折りにして、勘でハサミを入れていく。
自他共に認める不器用人間に、出来上がりのイメージなどあるわけがないので、全ては野生の勘だ。
何ヶ所かにハサミを入れ、折り紙がぼろぼろになったところで、それをゆっくりと開いた。
「どうよ!」
私は佐伯に見せつけた。
我ながら綺麗な折り紙が、一瞬で立派なゴミに切り替わったものだ。
「…………」
穏やかなはずの佐伯が、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしている。
それでも2拍ほど停止した後、動き出した。
「個性は十分に光っていますね」
こんなものをちゃんと褒めてくれる。
佐伯の優しい人間性がわかった気がする。
やはり人間得手不得手があるものだ。
私は足掻くのをやめた。
「ありがとう、あんたの反応で理解したわ。大人しく飾りも買ってくる……」
私は再度100円ショップに行こうとした。
「あの、神崎さん」と声をかけられ、振り向くと佐伯が学生の発言よろしく右手を小さく挙げている。
「僕もやってみていいですか?」
そう言ったので、私は座り直し、ハサミと紙を手渡した。
佐伯は私と違い、折り紙を横半分に折ると、折り目を下にして垂直に切れ目を入れていった。
切り終わるとそれを開き、くるりと輪をつくるよう広げ、端同士を糊づけする。
佐伯の指が紙をちょいちょいと整えると、提灯の形が出来ていた。
「……」
私は手渡されたそれをまじまじと眺める。
くるくると回す。切れ込みの幅も定規で測ったかのように均等だ。
「すご、魔法か?」
私のツッコミに佐伯は目を細め、2枚目を切り出した。
細長く折り、交互になるよう両サイドに切り込みを入れていた。
私はそれを食い入るように見つめる。
ハナコは折り紙に興味はないようで、匂いを嗅いでひと舐めした後、飽きたのか佐伯の足に顎を乗せてのんびりくつろいでいた。
「どうですかね」
佐伯が紙を広げると、よく見かけるぴらぴらした網目上の七夕飾りが完成していた。
「すごいな、佐伯は絵以外の才能も豊富だな!」
私は受け取った飾りを眺めて思わず興奮気味に笑う。
佐伯はそんな私に有難い提案をしてくれた。
「良ければ手伝いましょうか?」
「マジで?」
職場でも言われた事のない控えめな優しい提案。
レクリエーションを手伝ってもらえるのは、当日に他の担当に割り振るくらいだったから。
「ありがとう! 正直すごく助かる!」
せっかく七夕をやるのだから、綺麗なものを作って見た目でも喜んでもらいたい。
「じゃあ、急だけど明日の夜、いつもの場所で!」
「はい」
私たちは約束をして立ち上がる。
方向が同じなので、歩きながら少しずつ話をした。
真ん中を歩くハナコが、尻尾をぶんぶんと回しながら私と佐伯を交互に見上げてくるのが可愛い。
家の少し手前で別れ、家の方角を見た。
自分の顔から笑顔が消え、すっと真顔に戻る。
それでも、二人のおかげで笑顔でいられたのだと気づき、もう一度少しだけ口角を上げることができた。




