第7話 ガーラ国王弟
フルーラ辺境伯のハンは、転移の魔道具で王都にあるタウンハウスに到着した。
「旦那様、馬車の準備が出来ております」
ハンは、王都のタウンハウスで執事を務める暗部のオウルに頷くと、そのまま家紋のない黒塗りの馬車に乗り込んだ。
そして、オウルも護衛として同じ馬車に乗り込み、エビータ国について王都で入手した情報を報告し始めた。
「旦那様、王都で妙な動きがございます」
「妙な動き?」
「隣国の第7王子と思われる人物が、王都郊外の屋敷を頻繁に出入りしているようです」
「王位を継承したのは第5王子だが……。第7王子が動いているか……」
辺境伯は腕を組むと馬車の天井を見上げたが、すぐにオウルに「続けろ」と目線を送った。
「エビータ国の代理の者がその屋敷を購入してすぐに、妙な物が運び込まれています」
「妙な物?」
「大量のガラス器具や金属製の装置が運び込まれています」
「実験器具か……。オウル、屋敷で何の実験が行われているのかを探れ」
「承知いたしました」
馬車は王宮裏門から入り、建物の裏側の何もないような場所で止まった。
馬車を降りると、国王の側近が、身近な者しか知らない裏の出入口でハンを迎えた。
「出迎えに感謝する」
「ハン殿、久しぶりだね。陛下がお待ちだ」
側近に案内されて国王の私室に入ると、国王アーチーの向かいに、王弟のレイノルドが座っていた。
「ハン、久しぶりだな!」
「国王陛下もお元気そうで」
「ハン、今日は私と弟の3人だけだから、いつも通りでな……」
国王はそう言うと、側近たちを下がらせた。
「ハン、今後の隣国の対応についてだが、王都側はレイノルドに指揮を執らせる。フルーラ辺境伯領側は、ハンが国王代理の権限を持って指揮を執ってくれ」
「了承した。エビータ国の第7王子が、何度かこの国に入国して王都郊外の屋敷を訪れているらしい」
「あぁ、私の方にも情報が上がってきた。あの第7王子は病弱という触れ込みだったが、実際のところかなりの魔力持ちで、城の地下施設で何らかの研究をしているらしい」
「地下施設……。実は数日前から、隣国がうちの領地に向かって、あのブルーマウンテンに穴を掘り出したと、地底族から知らせを受けた」
「穴?」
「山に穴を開けて道を作るようだ。1日に約1キロの速さで掘り進めているらしい」
「ハン、それはあり得ん……。そんな掘削速度など聞いたことがない」
黙って話を聞いていたレイノルドは、まるで見たことがあるかのように呟いた。
「……トンネルか」
ハンはその呟きを拾うと、少し目を見張ってからレイノルドに顔を向けた。
「王弟殿下はトンネルを知っていらっしゃる方でしたか」
レイノルドは小さく頷いた。
「ハン殿、トンネルと判断したのは、お孫さんのルキリア君ですか?」
「山に穴を掘っていると情報を持って来てくれたのは地底族だが、それをトンネルと判断したのは儂の孫だ。……向こうにも前世持ちがいるのではないかと考えておる」
レイノルドは一瞬だけ視線を伏せた。
「1日に約1キロの速さで掘り進めることが出来るのならば、その可能性は高いでしょう……。ハン殿、王都側もそれを踏まえて対策を講じると、ルキリア君に伝えてほしい」
「王弟殿下、承知いたしました。孫にそう伝えます」
♢*♢*♢*♢*♢
辺境伯城に戻ったハンが執務室に入ると、ルキリアたちが落ち着かない様子で待っていた。
「おじいさま、おかえりなさい!」
「ハン!話はルキから聞いたぞぇ」
フルーラ辺境伯城の執務室で待ち構えていたルキリアとセイに、ハンは苦笑いしながらソファに腰を下ろした。
「ハン、王都側はどんな様子じゃった?」
「王都そのものに混乱はない。しかし、水面下では隣国の者が王都郊外に拠点を構え始めている」
ルキリアは、顎に手を当てて少し考えてから口を開いた。
「おじいさま、隣国はガーラ国を取ろうとしているのではなく、うちの領地狙いってことですか?」
「あぁ、よく気づいたな。いきなり王都を狙ってこの国を取りにくるのはリスクが高すぎるからな。儂ならうちの領から落とすことを考える」
ルキリアはテーブルに隣国の地図を広げ、じっと見つめた。
「おじいさま、エビータ国軍部の情報はありますか?」
ハンは、口角を上げると「頼りになる孫だな」と小さく呟いて、ソファの背もたれに寄りかかった。
「エビータ国の軍部は、3つに分かれている。騎士団、海兵団、空挺団、……厄介なのは空挺団だな」
「空から来るってことですか?」
「あぁ。風の魔力持ちが一斉に降りてくる」
(落下傘部隊のようなものか……?)
「陸地側は、今の結界の魔道具で空からの攻撃を防ぐことが可能だけど……。問題は海側かな……」
俺は、じいちゃんの説明を聞いて頭の中を整理したが、何か違和感を覚えて、モヤモヤしたような感じがしていた。
(空挺団を持っているのに、なんでトンネルなんか掘ってるんだろう……。空挺団で上空から侵入した方が圧倒的に早い。それなのに、あえて膨大なコストと時間をかけて、物理的に『穴』なんかを掘る理由は?)
俺が頭を悩ませていると、ドアが開いた。
入ってきたのは、身長2メートルのじいちゃんをひと回りサイズダウンした感じの、筋肉隆々で真っ黒に日焼けした男だった。
「総帥、お呼びでしょうか」
「レオ、忙しいところ悪いな。隣国の件で相談がある」
俺が顔を上げると、レオと呼ばれた男性と目が合った。
「総帥、お孫様ですか!あっ、セイ様、ご無沙汰しております」
「レオ、孫のルキリアだ。ルキリア、レオは海兵団長で、ルークの幼馴染だ」
「ルキリア様、私は海兵団長のレオノールと申します。レオとお呼びください」
「父上の幼馴染……」
(父上のことを知っている人だ……)
「あっ、ルキリアです。レオさん、うちの海兵団について教えていただきたいのですが……」
「海兵団についてですか?」
「レオ、隣国のエビータ国がうちに侵攻してくるかもしれんという情報が入った」
「エビータ国ですか……。今のところ海側は何も動きは無いようですが……」
「今、陸地側の対応策はだいたい決まったんだが、海側の対策をどうするか、レオに相談しようと思ってな」
レオは、眉間に皺を寄せながら口を開いた。
「そうですね……厄介なのは、向こうの空挺団ですね。空から兵士の大群が降って来た場合……」
じいちゃんとレオさんで話し合いが続いていたが、俺は隣国が本当に侵攻を考えているのか?ということの方が気になっていた。
(隣国が何を考えているのかは、まだ分からないけど、うちの海兵団の防御を上げるために策は練っておいた方がいいね……)
「おじいさま、レオさん、空からの攻撃に備えて、全船に結界を張る魔道具を設置するのはどうでしょうか?」
「……全船に?」
「はい。明日までに試作品を作ります」
レオは目を見開いてルキリアを見た。
「明日……?」
ルキリアは『何かおかしいこと言った?』という表情でレオを見上げた。
「はい……船の構造が分かれば作れると、思いますが……」
「……」
レオは絶句した顔で、俺をガン見した。
(レオさん……恐いよ、その顔……)
「結界の魔道具か……。ルキリア、それでいこう。結界の魔道具であれば、すぐ対応出来る」
「レオさん、船の構造と大きさを知りたいので、時間のある時に船を見せてもらえますか?」
「結界の魔道具が……すぐに出来る?」
レオは、驚いた顔をしていたが、ふっと何かが腑に落ちたように頷いた。
「もしかして、この領の結界魔道具の製作者は、ルキリア様ですか?」
「あっ……おじいさま」
『しまった!』という顔をしたルキリアの表情を見て、ハンは苦笑いをしながらレオに向き直った。
「レオには、話しておいた方がいいだろう……。この領の環境整備に使われている魔道具のほとんどは、ルキリアが作った物だ」
「えっ、あの上下水道も、真っ平な馬車道も、あのトイレも?」
「あぁ、全部、孫が作った」
「天才ですか……」
「レオ、この事は内密にな……いずれバレることになるとは思うが……」
レオは「凄いな……」と小さく呟いてから大きく頷いた。
「畏まりました。ルキリア様、明日にでも港にご案内いたします。明日には補給船も入港するので、全ての船の型を見る事が出来ます」
俺は初めて見るこの世界の造船技術がどんなものなのか、すごく興味が湧いた。
「はい、レオさん。明日はよろしくお願いします!」
レオさんが執務室を出て行った後、じいちゃんは少しだけ、レオさんのことを話してくれた。
レオさんは、父上の乳兄弟で、土魔法しか持っていないと……。
(土魔法しか持たないのに――海兵団長?)




