59. 恨み
階段横の空間が歪み、何もない空間に切れ目が開くと、そこから誰かが飛び出して床に倒れ込んだ。
「「誰だ!」」
俺とモリスさんが同時に叫んで、光を当てると――
そこにいたのはフルーラ辺境伯城にいるはずの教皇だった……。
「「えっ……教皇……?」」
「あいたたた……。腰を打ってしまった」
「教皇様、どうしてここに!」
モリスは教皇に駆け寄ると、起きあがろうとしていた教皇の肩を支えた。
「モリスたちが消えたと聞いて、儂も庭へ向かったのだが、途中で魔法陣の中に取り込まれてしまった……」
(教皇も魔法陣に取り込まれた……?)
まわりを見回していた教皇が、俺とモリスさんに尋ねた。
「ここは、どこじゃ?」
「あっ、ルキリア君、ここはどこでしょうか?」
(モリスさんたちに、この場所のこと話してなかったな……)
「ここは、魔王の双子の妹が監禁されていた場所です」
「えっ、監禁……ここで……」
モリスは、じめじめしている狭いこの空間をもう一度見回した。
(あっ……モリスさん、顔色が……。たしかに……こんなところに監禁されていたなんて、想像しただけで気分が悪くなる場所だ……)
俺は、ふと空間が揺れるのを感じて後ろを振り返った。
そこに姿を現したのは――
「探しましたよ……」
「筆頭聖女!」
筆頭聖女は俺たちに微笑むと、ゆっくりと手を差し出した。
「教皇様、モリス、聖エリス国に戻りましょう。……そこの少年も一緒に……」
モリスさんが俺たちを庇うように、一歩前に出た。
「教皇をあんな危険な場所に戻すことはできません!」
「大丈夫ですよ……モリス。その少年の力があれば、第2教皇補佐の改革を止めることができます。政教を分けるなど、そんな政策は止めるべきです」
教皇が、モリスに声をかけた。
「モリス、筆頭聖女の言う通りじゃ。第2教皇補佐の改革を止めて、儂らも聖堂に戻ったほうがいいかもしれん」
モリスは、教皇の発言に戸惑った表情で振り返った。
「教皇様……あの隠れ家で話し合って決めた、私たちの決意は……」
「儂が、間違っておった……」
筆頭聖女は、薄く微笑むとモリスに指示を出した。
「モリス、貴方の力でその少年を使役しなさい。そしてその少年の力で第2教皇補佐を止めるのです。今まで通り、聖エリス国を女神を敬う信者の国として存続させるのです」
モリスさんは、俺をチラッと見て首を振った。
「ルキリア君に、そんなこと……出来ません……」
教皇がモリスの肩に優しく手を置いた。
「モリス、これから聖エリス国を立て直すために必要なことじゃ。第2教皇補佐を排除する手伝いをしてもらうだけじゃからな……わかってくれるか?」
(あれ……?この声に魅了の魔力が乗ってる……?これ、教皇じゃない!)
俺はそっと目に魔力を集中させて、教皇を見つめた……。
変身魔法の奥に透けて見える、あの第1教皇補佐のねっとりとした不快な魔力——
「モリスさん!その人、教皇じゃない!第1教皇補佐が変身魔法で姿を変えてるだけだ!」
「えっ……」
筆頭聖女は、俺の声を聞くとすぐにモリスに手を伸ばして小さく詠唱した。
その途端、モリスが頭を抑えて叫び声を上げた。
「あっ……うわあぁぁぁ――頭が……、割れる……!」
「モリスさん!」
俺が叫んだ瞬間、モリスさんの身体から、禍々しい黒い魔力が噴き出し――そして、モリスさんの目が真っ黒に染まった——
筆頭聖女は、うずくまるモリスに静かに話しかけた。
「モリス、頭の中にこの部屋であった拷問の様子が流れたのを見たでしょう……。魔王と地底族が彼女を見捨てたことから、私たちの不幸が始まったの。魔王と地底族を抹殺しないと、この不幸の輪廻は止まらないの……」
モリスさんの真っ黒な瞳が俺を捉え……そして、低い声でつぶやいた。
「私の両親が死んだのも、私がずっとひとりぼっちだったのも……魔王と地底族のせい……」
「そうよ、モリス……。復讐を終わらせないと、私たちは前に進めない……」
モリスは真っ黒な目で俺を見つめ続けた。
(モリスさん……あぁ、俺は何て声をかけたらいいんだ……。彼女の復讐の気持ちもわかるよ。だけど、復讐する対象が間違ってる……、始まりはデーモン族が地底族長夫人を殺したことから始まった……。でも彼女は地底人に攫われた。この怒りはどうやって消したらいいんだ……)
筆頭聖女は、続けてモリスに声をかけた。
「モリス、貴方の力を解放しなさい」
(1000年前から続く恨み……。俺という魔王がいなくなれば、この人たちは救われるのだろうか……)
突然、俺のポケットに入っていた魔道通信機の手紙機能の着信音が鳴った。
(そうだ、この魔道通信機の手紙機能だけは結界も通り抜けて連絡を取ることが出来るように作ったんだ)
筆頭聖女がモリスさんに話しかけている隙をねらって、ポケットの中の魔道通信機に表示されている手紙を読み取った。
ガイからだった……。
『元気か?こっちの修行は厳しいけど順調に進んでるよ。まだ親父や竜人に対しての恨みは無くならないけど、それだけに囚われることが無くなってきた気がする。修行が終わる頃に、俺の中の気持ちがどう変化してるのか分からないけど——』
(このタイミングで、ガイからの手紙……。俺が消えたらとか、危ないこと考えてた……。そうだよな……『恨み』は、消えるもんじゃないんだ……)
俺はグッと拳を握って、筆頭聖女に話しかけた。
「筆頭聖女さん、魔王と地底族に対する恨みは、今の俺たちに復讐しても消えないと思う。そして、貴方は復讐する相手を間違えてる」
筆頭聖女が怒りの表情で俺に顔を向けた。
「間違ってる?私を攫ったのは地底族。そして見捨てたのは魔王よ……」
「地底族が貴方を攫った理由は知ってますか?」
「理由……」
「始まりは1000年前……デーモン族の聖女が、身ごもっていた地底族長夫人を殺した。その報復として、地底族は双子だった貴方を攫った」
「地底族長夫人を殺した……?」
「そして貴方を拷問したのは……、デーモン族だ!」
筆頭聖女の動きが急に止まると、顔から血の気が引き、呆然とその場に立ち尽くした。
「私を苦しめたのは……デーモン族……だった……?」
彼女は、急に頭を抱えてうずくまった。
「えっ……あ、あぁぁぁぁぁー、うがぁぁぁーーー!」
「筆頭聖女様!」
(もしかして、監禁されていた彼女は、デーモン族への本当の恨みを、他所に向けるよう洗脳されてた……?)
第1教皇補佐が、聖女を支えようと近づいたその時——
真っ黒に染まった瞳のモリスが魔力を暴走させた——
「モリスさん!」
モリスの黒い魔力が渦を巻いて、刃物のような魔力風で聖女と第1教皇補佐を切り裂いた。
第1教皇補佐は、聖女の盾になり自分の身体で覆い隠していたが、二人とも魔力の刃に切り刻まれて血だらけになっているのが見えた。
「モリスさん、止めて!」
俺はモリスさんに駆け寄り、自分に防御結界を張ってモリスさんをギュッと力いっぱい抱きしめた。
「うがぁぁぁぁぁ――」
モリスの力が膨れ上がり、魔力の刃の勢いが強くなると、部屋の中にあったベッドと机、階段が粉々に吹き飛んだ。
俺は咄嗟に筆頭聖女たちに防御結界を張った。
「モリスさん、教皇が待ってる!帰ろう!」
「……教皇……」
モリスさんの力が弱まったその時——
「ドカッ、ドガァァァァァン!」
部屋の天井が吹き飛んだ……。
「ルキリア!無事か!」
俺が上を見上げると、吹き飛んだ天井の向こうから、じいちゃんと暗部たちが俺たちを見下ろしていた。




