60. 送り人 筆頭聖女
「ルキリア!無事か!」
「おじいさま!」
じいちゃんが俺たちのそばに飛び降りると、意識を失ったモリスさんをさっと抱えた。
「モリスさんは気を失っているだけだから大丈夫……それより……」
俺はモリスさんをじいちゃんにあずけると、すぐに血塗れになって倒れている筆頭聖女と第1教皇補佐に駆け寄った。
(まだ息はある!)
「おじいさま、この2人を……送ります」
「……あぁ、そうしてやれ」
俺は、筆頭聖女と第1教皇補佐の手を取って、2人の手を重ね合わせた。
手を握った時、1000年前の2人が、子どもを真ん中に手を繋ぎ、幸せな表情で暮らしている様子が俺の頭の中に流れた。
血塗れの第1教皇補佐が、最後の力を振り絞って顔だけを彼女に向けた。
「シエラ……」
彼は小さく一言だけ発すると、静かに目を閉じた。
俺は、彼の鼓動が消える寸前――暗黒魔力で2人をふわっと包み込んだ。
(今度こそ、幸せになってください……)
俺は祈りながら、彼らに魔力を流し続けた……。
(俺の命を狙った2人なのに……なぜか涙が止まらない……)
吹き飛ばされた天井から、夕日が落ちかけて真っ赤に染まった空に、2人の体が金色の光の粒になって静かに舞い上がっていった。
そして舞い上がった最後の光が夜空へ溶けていく頃には、辺りはすっかり夜の闇に包まれていた。
俺とじいちゃんは、あの地下部屋を土に埋めてから、辺境伯城へ戻った。
筆頭聖女と第1教皇補佐を別世界へ送ったことで、この世界から2人の存在は、みんなの記憶から消えた。
覚えているのは博士とじいちゃん、そして俺だけ。
モーリーだけは博士から事情を聞き、静かに俺たちの帰りを待っていてくれた。
「おかえり、ルキリア」
「うん……ただいま……。あっ、モリスさんは……?」
「暗部の人が連れて帰ってきて、部屋に寝かせた。今、辺境伯夫人が診察に行ってる」
「そうか……」
「飯食うか?」
「うん……」
博士はそのまま、じいちゃんと今後について話し合うため執務室へ向かった。
「あのさ……、俺、魔法陣で飛ばされた時、筆頭聖女を見て『俺が消えたら彼女の怒りは収まるのかな?』なんて考えたんだ……」
「うん……」
「その時さ、凄いタイミングで、ガイから魔道通信機に手紙が届いたんだ……そこに、『恨みから目を逸らすことは出来ても、まだ消せない』って書いてあった……」
「なるほどな……」
「恨みって……凄い熱量なんだよな……」
モーリーは腕を組んで、少し考えてから、俺を見た。
「ルキリアは、前世で親に放置された時、恨まなかったのか?」
「えっ、俺?」
(俺は……親を恨んだことは無かった。自分を恨んだことはあったけど……)
「俺は、諦めてた……のかな?自分が普通じゃなかったから……しょうがないって……」
モーリーは、大皿に盛ってあった最後のフライドチキンを皿に取ると、じっとチキンを見つめながらつぶやいた。
「そうか……。怒りとか、恨みとか……諦めとか……欲とか……なんで、生まれるんだろうな……?」
「なんでだろうな……なんて言ってる俺たちは、幸せなんだと思う……」
「そうだな……」
次の日、俺はモリスさんの部屋を訪れた。
「モリスさん、体調はどう?」
モリスさんはベッドから起き上がりながら、俺ににっこりと微笑んだ。
(モリスさん、あの時の記憶……無いんだった……)
「ちょっと体はだるいですけど、もう大丈夫です。視察旅行が長引いてしまったので、早く体調を戻して、聖エリス国に帰らなくてはなりませんね」
「視察旅行……?」
「はい、フルーラ辺境伯領の魔道具視察です。第2教皇補佐が国の収益を上げるために頑張ってますから。私も教皇を支えて頑張らないと……」
「あっ……教皇は退位するんじゃ……?」
「んっ?いえ、まだまだお元気なので、あと10年は頑張ってもらえると思いますよ」
「えっ……あ、あの、今の筆頭聖女は……」
「筆頭聖女?聖女に序列はありませんね……?年齢的な序列はありますが?」
(えっ……、じゃあ、次期筆頭聖女だった彼女は……?)
「あ、モリスさん、今の……第1教皇補佐は、誰なの?」
「私ですけど……?」
「えっ、第3教皇補佐は?」
「第1と第2教皇補佐の2人だけで、第3教皇補佐は居ないですが……?ルキリア君、どうしました?」
「あっ、なんでもないです!起こしちゃってごめんなさい、横になって休んで、モリスさん!」
俺は慌てて部屋を出た。
(みんなの記憶から2人が消えた……。筆頭聖女の娘……次期筆頭聖女だった彼女も、記憶が消えたんだろうか……?そしたら……モーリーのループする未来も消えたのか……?)
数日後、教皇とモリスさんは迎えに来た神官たちと一緒に聖エリス国に帰っていった。
「ルキリア、後で儂の執務室に来てくれ」
俺が、じいちゃんの執務室に入ると、ちょうどルーピンが転移でその場から姿を消すところだった。
「ルーピンから、聖エリス国の現状の報告を受けた」
「聖堂は今、どうなっているんですか?」
「まず現教皇は、そのままだ。そして第1教皇補佐がモリス殿、第2教皇補佐は、聖堂を出て政務局を立ち上げた。筆頭聖女の娘であった聖女は……聖堂から消えた」
「消えた……?彼女は筆頭聖女の記憶は無いんですよね……」
「たぶん無いとは思うが……確かではない」
「あっ、リキータさんと彼女のお父さんは……?」
「リキータ嬢は、洗脳が解けている。父親は聖堂でずっと仕事をしていたことになっていた。今は、家に戻って以前通り図書館で司書の仕事をしている」
(よかった……)
じいちゃんは腕を組むと、俺をじっと見つめてから口を開いた。
「ルーピンからの報告は以上だが……、ルキリア、お前はこれからどうする?」
(俺は……あれからずっと、これからのことを考えてた……)
じいちゃんは静かに俺に告げた。
「ルキリア、辺境伯当主の継承はお前が成人する18歳にしようと考えている。それまでは、自由にしていい」
「おじいさま……、俺……」
「辺境伯当主を継承したら、自由に動くことは難しくなる。今のうちに、やりたいことは全部やっておけ」
「……はい」
執務室を出た俺は、モーリーに連絡を取ると、すぐに地下都市入口の広場に向かった。
「ルキリア、どうしたんだ?」
「モーリーに聞きたいことがあって……」
「……なんだ?」
「あのさ……モーリーは、これからどうするの?」
モーリーは広場に張られた遮光結界越しの空を見上げてから、草の上に足を伸ばして座った。
「俺は……まだ見つかっていない記憶玉を、探しに行こうかなって考えてた。ルキリアも一緒に行くか?」
(モーリーと旅をするなんて……きっと凄く楽しいだろうな……)
「いや……、俺は……」
モーリーは、少し寂しそうに俺に笑いかけた。
「わかってるよ……。お前、ひとりで修行に出るつもりだろ?」
「えっ……!モーリー!なんで俺の考えてることわかったんだ!」
「ルキリア、わかりやすいからな……。あの日、城に帰って来てから、お前の様子がおかしかった。辺境伯の強さを見て、自分の弱さが嫌になったんだろ?ガイから手紙が来なかったら、聖女の復讐に身を捧げてたかもって言ってたからな……」
「あっ、うん……俺さ……さっきじいちゃんから、18歳になって成人したら、辺境伯当主を引き継ぐって言われたんだ……。だけど今の俺じゃ……みんなの命を預かれない」
モーリーは呆れた顔で俺の頭をぺちっと叩いた。
「辺境伯と比べんなよ……あの人は超人だ。お前は、お前の力を活かした辺境伯当主になればいいんじゃないのか?」
「わかっている……。だけど、俺は気持ちが弱いっていうか、優しすぎるっていうか……情けなくなるほど……弱い」
「自信がないんだな?」
「俺がじいちゃんみたいに、なれないのはわかってる……」
「ルキリア、辺境伯は、お前みたいに魔道具は作れないぞ……って言っても、今のお前には響かないか……。じゃあ、自信が持てるまで、納得するまで自分を追い込んでみろよ。何か見えるかもしれないから」
広場の向こう側で『日陰ぼっこ』をしていた族長と族長補佐がリクライニングチェアから起き上がって、俺たちに向かって歩いてきた。
「ルキリア君、お話は聞かせてもらいましたよ。辺境伯当主を継ぐ自信がないのですね……?」
「あっ、族長……。はい……でも修行に出るといっても、まずどこに向かったらいいかもわからなくて……」
「ん~修行ですか……」
族長があごに手を当てて考えていると、族長補佐がポンと手を打った。
「あっ、族長!ブルーマウンテンの頂上付近に、不思議な洞窟がありましたよね?」
「洞窟?あっ、あの何層にもなっている洞窟ですか?数階下まで降りてみましたが……あそこは不思議な場所でしたね」
「洞窟?俺聞いたことないんだけど?」
「私が入口を閉じてしまいましたので」
「えっ、危険なの?」
「いえ……何と言ったらいいか……」
族長が説明し難いと悩んでいると、族長補佐がサッと前に出て、身振り手振りで説明を始めた。
「この世界が『ある選択』をした結果だとしたら、洞窟の中には『違う選択』をした世界があるんです」
(えっ、それって……パラレルワールド!)
「各層ごとに、自分の過去にあった場面が現れるのですが、そこでは『重要』な選択を迫られるんです」
「重要って……、えっ、族長補佐さん……つまり、自分の過去の選択をやり直せる世界ということですか?」
「そうそう、それです。そして、選択を間違えて身体にダメージを受けると洞窟の入口に戻ってくるんです」
「なんだそれ、気持ち悪いな」
「私も少し気味が悪くて、入口を閉じてしまったんです」
(過去の選択をやり直し……俺の精神を鍛えるのにうってつけの場所だ。何でそんな場所があるのかはわからないけど……。もしかしたら、このブルーマウンテンの辺りは、次元が不安定なのかもしれない……転生者が多いのもそのせいかも……)
「ルキリア、どうした?」
「そこ、場所を教えていただけますか!俺、そこで修行したい!」
それからは、俺はじいちゃんとばあちゃんを必死になって説得した。
俺がその洞窟に入る前に、じいちゃんが試しに入って「やっぱり危険かもしれん」とか言い出して大変だったけど、最後には、俺の気持ちを分かってくれたじいちゃんが、背中を押してくれた。
「ルキリア……自分が、この辺境伯当主を継げると思えるようになったら帰ってこい」
「おじいさま、ありがとうございます!俺、必ず乗り越えてきます」
「あぁ、楽しみに待ってるぞ。それとな、お前がそれを乗り越えて辺境伯当主を継いだら、『じいちゃん・ばあちゃん』呼びを許可してやる」
(えっ、あれ?なんで俺の心の声がバレてるんだろ?)
じいちゃんが、ニヤッと眉を上げたのを見て、俺は思わず苦笑いしてしまった。




