55. 誤解
転移門から戻ってきた第2教皇補佐のムルドゥが、筆頭聖女の執務室にすごい勢いで怒鳴りこんできた。
「聖女様、フルーラ辺境伯の屋敷を荒らして、国境の転移門で彼らを足止めするとは、どういうことですか!」
筆頭聖女は、「何のことだか?」ととぼけた顔で答えた。
「貴方が第1教皇補佐を動かしていることは、皆が知っていることです」
「第1教皇補佐が、教皇代理として聖騎士たちを動かしているのでしょう?それに、ガーラ国とこの国の間には、それほど交易はありませんからね。抗議されても、あまり影響はないのではないですか?」
ムルドゥは、大きくため息をつくと、「何かあったら責任を取っていただきますので……」と言い残して部屋を出て行った。
しばらくすると、第1教皇補佐のケジャールが、筆頭聖女の執務室をノックした。
「失礼いたします。ノクタリア国の王妃付き侍女が帰国しましたので連れてまいりました」
筆頭聖女は、2人が入室すると、手に持っていた報告書から顔を上げて尋ねた。
「ノクタリア国の国王と王妃は、毒杯を賜ったそうね」
ドアのそばに立っていた侍女は、数歩前に出ると、おどおどした表情で答えた。
「はい……、私も王妃と一緒に毒を飲むはずでしたが、聖エリス国からの嘆願書のおかげで、この国に戻ることができました……」
「そう……それじゃ、役に立ってもらおうかしら……」
筆頭聖女は、立ち上がって侍女の前に来ると、侍女の頭をガシッと乱暴につかんだ。そして手に魔力を込めると、侍女の記憶を容赦なく吸い出した。
「うぐっ、うがぁぁぁ……」
侍女は目を見開いて苦しみながらもがいていたが、筆頭聖女は手を離さず無表情のままに、吸い出された記憶を読み取っていった。
しばらくすると、侍女の記憶の中に、ノクタリア国の王太子があの黒髪の少年を『魔王』と呼んでいる映像を見つけた。
◇◇◇◇◇
ノクタリア国王太子が、通信鏡を使い、ガーラ国に送り込んだ者と話をしていた
「―― 彼は、『魔王』の力を持ち、ノクタリア国の象徴として立たれる方です。一般の子どもとは違います。貴方は、彼と仲良くなり、彼の力を探りなさい――」
◆◆◆◆◆
「んっ?王太子が、なぜあの少年を……?魔王だと……?」
記憶を見終えた筆頭聖女は、侍女の頭から手を離すと、思考を巡らしながら、静かに椅子に座った。
「あの黒髪の少年が転生した魔王だとするなら……私の傀儡にしてあげましょう……」
そして何かを閃いたように、第1教皇補佐に指示を出した。
「ケジャール、あの少年が学院で親しかった、魔法陣に詳しい子がいたわね……。その子を連れて来なさい」
第1教皇補佐が、侍女を肩に担いで執務室を出ると、筆頭聖女はひとりつぶやいた。
「教皇とモリスは、フルーラ辺境伯の元にいるはず……」
筆頭聖女は、引き出しの隠し板を外すと、奥から幼い聖女見習いの双子の女の子が描かれた、古い肖像画を取り出した。
「モリスを私に引き渡せば、死ぬこともなかったのに……。モリスが生まれた時に掛けた、私の呪いが役に立つ時がきたようね……。使いたくはなかったわ……モリス……」
筆頭聖女は、薄らと笑いながら窓の外を見つめた。
「1000年前、私たち家族を不幸にした魔王と地底族には、必ず復讐する……。フルーラ辺境伯は、あの子を連れ出したことを後悔するでしょうね……ふふふっ……」
♢*♢*♢*♢*♢
「教皇、モリスさん!無事に城に飛べて良かった!」
じいちゃんは、チャールズに教皇たちを客室に案内するように言うと、ばあちゃんと俺たちを連れて、執務室に入った。
「とりあえず、全員が城に戻れてよかった……が、勝負はこれからだ」
ばあちゃんは、考えをまとめるように口を開いた。
「まず、この『誘拐』の目的は……、モリス殿の予知にあった『悪魔の憑代』の対象となる者の『確保と監視』じゃな……それと、筆頭聖女を動かして捕えるための……」
(ばあちゃん、『誘拐』って……『保護』でしょ……)
「おばあさま……そうですね……。デーモン族の印を持つのは、博士、筆頭聖女、次期筆頭聖女とモリスさんの4人だけ……。この中で、俺を狙う確率が一番高いのは……、やっぱりモリスさんだね……」
じいちゃんは、腕を組んでうなずいた。
「あぁ……。筆頭聖女は、第1教皇補佐にデーモン族の楔を使用しているはずだ。次期筆頭聖女は、モーリーをループさせている可能性が高い……この者の楔もルキリアには使わないだろう」
モーリーもじいちゃんに続けた。
「博士は、自分より魔力量が低い者からの洗脳は受けないから、自ら楔を使うことはない……。……ということは、消去法でいくと、やっぱりルキリアに楔を撃ち込むのは……モリスさんだね……」
『ガチャ、ガチャーン!』
突然、ドアの向こうで、何かが割れる音がした。
俺とモーリーがパッとドアを開けると、チャールズが、割れて床に散らばった茶器には目もくれず、首を捻りながらあちこちを見回していた。
「チャールズ、大丈夫?」
「大変失礼しました。ドアをノックしようとワゴンを押したら、『何か』にぶつかってティーポットを落としてしまいました」
「何か……って……?」
「まさか……」
その答えが頭に浮かんだ俺たちは、廊下を全速力で走って、教皇たちの客間に向かった。
俺たちは、教皇たちの部屋をノックすると、教皇が「どうしましたかな?」と顔を出した。
「教皇様、モリスさんは部屋にいますか?」
「いや?少し前に、城下を散策していいか辺境伯に許可をもらいに行くと言って、部屋を出たんじゃが……?」
(やっぱり、じいちゃんの執務室前にいたのは……!)
「俺たちの話、聞いちまったな……」
「うん……」
姿を消したモリスさんを探して、俺たちは城の中を探し回った。モリスさんに付いていた影も、魔力の跡を追いかけたが途中で見失った。
「城の外に出たんじゃないかな!」
夕方まで探しても見つからず、俺たちが城の入口でモーリーや従業員たちと捜索状況を確認し合っていると、教皇に話を終えたじいちゃんが玄関ホールから俺たちの方へ向かって歩いてきた。
「ルキリア、感知魔法を試してみろ。お前が持っている魔力なら探せるかもしれん。お前の中にある魔王の魔力と似た魔力を探してみろ。モリス殿と前世のお前は、同じ血筋を持つからな……」
「あっ……!そうか……俺、モリスさんの親戚だ……。今のこの世界で、デーモン族の印を持つのは、1000年前の博士の双子の妹の子孫しかいないからね!」
俺はマジックポケットから、ヘルメット型の空飛ぶ魔道具を出して頭に取り付けた。
「探してくる」
城下を見渡せるところまで上昇すると、俺はあの暗黒魔力を引き出し、城を中心に感知魔法を少しずつ広げていった。
「……見つけた!」
モリスさんの魔力は、城の裏にある森の中で移動していた。
そして、俺はそのままモリスさんの魔力を追って、森の中に入った。
「モリスさん!」
「えっ、あっ……」
姿を現したモリスさんを、俺はぎゅっと抱きしめた。
「モリスさん、ごめん!」
モリスさんは、顔を涙でぐしゃぐしゃにしながら、俺の腕の中でもがいていた……。
「ルキリアさん、離してください!私は貴方を悪魔の憑代にしてしまうかもしれないのです!」
(きちんと全部話せばよかった……。俺がモリスさんに誤解させてしまった……)
「大丈夫だよ!そんな楔、絶対弾いて見せるから!俺、モリスさんの親戚だから!」
モリスさんは涙を止め、信じられないという表情で俺を見つめた。
「んっ?親戚……?」




