54. 教皇継承の儀
「おかえりなさいませ」
フルーラ辺境伯城に帰ると、執事のチャールズと従業員たちが玄関ホールに整列して俺たちを迎えてくれた。
「今、戻った。チャールズ、変わりはなかったか?」
「はい。何匹かネズミが入りかけましたが、始末いたしました」
「そうか……、今後、そいつらの動きが派手になるかもしれん。すべて始末していい……。領内は第2次警戒体制を取る」
「かしこまりました」
俺とモーリーは、じいちゃんに付いて執務室に入った。
「ルキリア、モーリー、お前たちはこれからどうする?学院に戻るか……、それとも……」
モーリーは、少し考えた後、じいちゃんを見て口を開いた。
「俺は、教皇が退位するまで、学院に居たいと思います。第3教皇補佐のモリスさんも気になるし……」
「俺も、モリスさんが心配だよ……。筆頭聖女は、必ず彼を手に入れようとするはずだからね……」
じいちゃんは、俺たちにうなずいた。
「これから先は、お前たちも狙われる対象となるだろう。常に警戒しておけ。教皇には影を付けているが、第3教皇補佐にも手配する」
(あっ、じいちゃん、教皇に影を付けてくれてたんだ……)
俺たちが、執務室を出ようとすると、じいちゃんが俺たちを呼び止めた。
「2人とも、結界壁無効の転移魔道具は持っているな?」
「「はい」」
「何か緊急で出国が必要になったら、国境の結界壁を無視して帰ってこい」
(俺が作ったこの魔道具は、ガーラ国王にも秘密にしている違法魔道具だ……。使用した後の魔力残像も残さない、やばいやつ……。まあ、グリモード家には、一個あげちゃったけど……。これ以上は、表に出せない代物だ)
「使う状況にならないことを祈るよ……」
「そうだな……」
俺たちは、新学期が始まる少し前に聖エリス国に戻ってきた。
「ルーピン、ただいま〜」
「おかえりなさいませ」
モーリーは、玄関ホールの真ん中に立つと屋敷の中を見回した。
「ルーピンさん、屋敷の結界と警備体制が上がってるね」
「はい。ルキリア様たちがガーラ国に帰国された後も、この屋敷に不審な者が入り込もうとしておりましたので……」
俺たちが玄関ホールで話していると、玄関のチャイムが鳴った。
ルーピンが警戒しながらドアを開けると、そこには、第3教皇補佐のモリスさんが立っていた。
「「モリスさん!」」
「急に訪れて申し訳ありません……」
「どうしたんですか!あっ、俺たちが戻るのが見えたんですね?」
「はい……。お話ししたいことがありまして……」
俺たちは談話室に入ると防音の結界を張った。
「モリスさん、どうしたんですか?俺たちに話って……」
モリスさんは、涙を浮かべながら話し出した。
「実は……、来月行われる、第1教皇補佐への教皇継承の儀が終わったら、私はこの国を出ることになりました……」
「えっ、どういうこと?」
モーリーが身を乗り出して、モリスさんに尋ねた。
「教皇が、私にこの国を出ろと……。私の身が危険だからと……」
(モリスさんの力を知っている教皇も、やっぱりモリスさんが狙われると思っているんだ……)
隣に座っていたモーリーが、何かじれったそうにイライラしているのが見えた。
「モーリー、どうしたの?」
「なんかじれったいなと思ってさ……」
「えっ、何が?」
「敵は、まだ俺たちに手を出していない。奴らが動かないと、俺たちは動けないっていうことがじれったい……」
モーリーは腕を組み、考え込みながら小さくつぶやいた。
「あっ、そうか……敵が動かないなら、動かしたらいい。……でも辺境伯の許可はいるな……」
モーリーは、モリスさんに確認するかのように、じっと目を見て尋ねた。
「モリスさんは、教皇と離れたくはないんだよね」
「はい……。私は最後まで教皇のおそばにいたいと思っております」
モーリーは、ニヤリと俺に顔を向けると、「作戦会議だ」と言って、ルーピンを呼んだ。そしてその日、俺たちはルーピンを交えて夜遅くまで作戦を練り続けた。
俺たちは準備を整え、聖エリス国の教皇継承の儀が行われる日を迎えた。
「ルキリア、準備は整った。いよいよだな……」
「そうだね。でも、教皇とモリスさん、かなり乗り気だったねぇ……」
俺たちは、筆頭聖女たちに罠を仕掛けることにした。
その事をルーピンに話したが、最初に考えた案は即座に却下された。
そして、3人で試行錯誤して考えた案をじいちゃんに伝えると、じいちゃんは俺たちの案に、容赦なく赤ペンを入れて返してきた。
そして、じいちゃんから合格点を貰った俺たちは、ようやくこの日を迎えた。
「教皇様、儀式の準備が整いましたので、神殿へお越しください」
第1教皇補佐派の神官が部屋をノックしてドアを開けると、モリスは「すぐに向かいます」と返答してドアを閉めた。
「教皇様、向かいましょう」
教皇の手を引いてモリスが神殿へ入ると、聖女と神官たちが席についていた。そして、筆頭聖女が、じっとモリスを見ていた。
粛々と儀式が進み、代々の教皇に受け継がれるリングの受け渡しのため、モリスは教皇の手を取って祭壇の前に進み出た――その時――
教皇とモリスの足元から光が放たれ、2人の姿がスッと消えた。
「「「「「教皇様!」」」」」
神殿の中は騒然となり、聖騎士たちがすぐさま捜索にあたったが、2人の魔力の痕跡は全く残っていなかった。
「まだ見つからんのか!」
筆頭聖女は、教皇継承の儀を中断されたことに苛立ち、爪を噛んでイライラしながら第1教皇補佐に怒鳴り散らした。
「国中を捜索しておりますが、魔力の痕跡も全く見つかりません。神殿で消えた原因も……」
「魔道具を使ったのではないのか!」
「いえ……、魔道具も魔法陣も使用した痕跡はありません……」
「では、どうやって……」
「この国の結界を通り抜けることは不可能ですので、国内に潜伏していると思われます。国中を捜索しておりますので、いずれ見つかるかと……」
教皇たちが消えた翌日、俺とモーリーが、料理長の作った『フルーツ盛りだくさんフワフワショートケーキ』を食べていると、急に屋敷の門前が騒がしくなった。
ルーピンが対応していたが、門を開けるとドカドカと聖騎士たちが屋敷に入ってきた。
そして、俺たちがいた談話室のドアをノックもなしに勢いよく開けて聖騎士たちが入ってきた。
「教皇はどこだ!」
「はぁあ?教皇?」
「お前らが、教皇を隠しているんだろ!」
「なんで、俺たちが?何の関わりもないのに?」
俺たちの返答にイラついた聖騎士は、「屋敷中を探せ!」と叫んだ。
ルーピンたちが制止したが、聖騎士たちは聞く耳を持たず、屋敷中をめちゃくちゃにしながら探し回った。
しかし何も見つけることが出来なかった聖騎士たちは、俺たちを無理矢理に連行しようとして、腕を掴もうとした――が、その瞬間――
『ドガドガ――ンッ』
じいちゃんが、俺たちの前に現れて軽く手を払った瞬間、10人以上の聖騎士たちが壁を突き破って吹き飛んだ。
「うちの孫たちに手をかけるとは……」
そして、じいちゃんの後ろにいたばあちゃんが、ひょこっと顔を出した。
「ひどいのぉ〜!ちょっと外出している間に、なんじゃこの有り様は!聖エリス国の聖騎士は野蛮じゃのぉ〜!これは国際問題じゃぞ!」
ばあちゃんは、倒れている聖騎士に少しだけ治癒魔法をかけると、揺さぶって目を開けさせた。
「おぬしたち、この責任は取るんじゃろうな?こんなところでは、お茶も飲めん!ルーピン、皆の者、こんな国からは出て行くぞえ!」
俺たちと従業員全員が玄関ホールに集まると、じいちゃんは聖騎士たちに一言だけ伝えた。
「教皇代理には、ガーラ国からの抗議文書を待てと伝えろ」
そしてじいちゃんは、全員を連れて国境の転移門に転移した。
転移門には、すでに王都から連絡を受けた神官たちが立ち塞がっていた。
「お待ちください!フルーラ辺境伯様の出国を許可できません!」
「なんじゃ?うちの屋敷をめちゃくちゃにしてくれたおかげで、この国には、我らがお茶を飲む場所もないんじゃがのぉ」
神官たちは、ばあちゃんの後ろに立っているじいちゃんの睨みに怯えながら俺たちを引き止めていると、どこからか転移してきた者が、急いでこちらに駆けてきた。
「フルーラ辺境伯様、大変申し訳ありません!どうぞ、門をお通りください」
第2教皇補佐のムルドゥが、俺たちの前に来ると、立ち塞がっていた神官たちを下がらせた。
「話のわかる者もおるんじゃのぉ〜」
ばあちゃんは、あれっ?という顔をしながらムルドゥを見ていたが、じいちゃんに連れられて転移門に入った。
そして俺たちは、フルーラ辺境伯城に戻ってきた。
「「「「「おかえりなさいませ!」」」」」
俺たちが城に入ると執事のチャールズと従業員たちが並んでいた。
そして、その横では――教皇とモリスさんが、ニコニコと小さく手を振っていた。




