50. 乙女心
俺たちは、火事になった屋敷跡に残された、地下部屋への扉を開けた。
「……監禁部屋じゃな。内側からは開かんようになっておる」
階段を下りて全員が部屋に入ると、ベッドと机しかない部屋は、とても狭く感じた。
博士は、辺りを見回してから、目を瞑ってベッドに手を当てた。
「ここには、しっかりと魔力が残っている……。私と同じ魔力の質だ」
じいちゃんは、階段横に掛けてあった『木の持ち手に鎖のついた道具』を見つけた。
「なんだこれは……。ただの鞭ではない。拷問用の道具だ」
博士は、じいちゃんが持った道具を見ると、少女を痛めつけるために使われたものだと察して、表情を険しくした。
「博士、この残留魔力、デーモン族の魔力かどうか、わかりますか?」
博士は、じいちゃんからその道具を受け取ると目を瞑った――が、パッと真っ赤に染まった目を開けた。
(博士……、怒りを抑え込んでる……)
「はい……。この異様な刺々しい魔力は、デーモン族のものです」
「やはり……、この屋敷は、デーモン族が住んでいた屋敷ということで間違いないな……」
じいちゃんたちが話をしている後ろで、ばあちゃんが、ベッドのマットレスをずらして、木枠の隙間を探っていた。
「あった!」
(ばあちゃん、何を見つけたの?)
ばあちゃんは、数枚の紙切れを手に持っていた。
「セイ、それは何だ?」
ばあちゃんは、ドヤ顔で、手に持った紙切れを突き出した。
「やっぱり我が一緒にこの国に来たのは、正解じゃったな。女心は、女子にしかわからんからのぉ~」
(えっ、ばあちゃん、何のこと?)
「これは、シエラ殿が神官から受け取ったメモじゃ」
「おばあさま!何でそのメモが、そんなところにあるってわかったの?」
ばあちゃんは、「わからんか?」という顔で、メモに保存魔法をかけながら答えた。
「この部屋で、誰にも見つからずに隠せる場所はここぐらいじゃ。そして……女子は好意を持っている異性からもらったものは、紙切れ一枚でも捨てられん。おぬしらに、この乙女心がわかるかのぉ~」
((((乙女心!))))
「セイ、その紙は何枚あった?」
「5枚じゃ……。この数回のやり取りだけで、シエラ殿は正気を保っておったんじゃろう……」
「火事のことは書いてあるか?」
「書いてある。この屋敷に火をつけたのは、その神官じゃ。シエラ殿を逃がすためじゃな」
(あぁ……やっぱり……)
「……それと、火をつけた後は、闇空間に入れと書いてある」
「闇空間……。その神官は、彼女が闇魔力を持っていたことを知っていた?治癒も、光ではなく、闇魔法を使ってたってことも……」
ずっと黙っていたモーリーが口を開いた。
「神官は、ガーラン家当主の魔力を、半分も防ぐだけの魔力を持っていた……なら、彼女の魔力のことに気が付いていてもおかしくないと思う……」
「モーリー君、日記をもう一度見せてくれないか?」
博士は、モーリーから受け取った日記をめくると、「ここだ」と言って指をさした。
日記には、『今日は、闇空間を作る練習をした』と書いてあった。
「この日記を読んだときに、なぜこんな練習をしていたのかと疑問に思ったんだ。火事の際に闇空間に逃げ込む場所を作る練習をしていたのかもしれないな……」
「それに……シエラ殿は、この神官から、孤児院で魔力の使い方を教わっていたのかもしれんの……」
船に戻ると、レオさんたちは、買い込んできた『ダリオン国名物』を、テーブルいっぱいに並べているところだった。
そして俺たちに気がつくと、重苦しい空気を吹き飛ばすように、レオさんが笑顔で声を上げた。
「あっ、総帥、みなさん、お帰りなさい。今日は、ダリオン国名物をたくさん買ってきましたよ!」
ばあちゃんは、目をキラキラさせて、テーブルに並べられた料理を眺めていた。
そんなばあちゃんに、じいちゃんが後ろから声を掛けた。
「セイ、明日は、レオと一緒に、欲しいと言ってた薬草を買いに行ってくるといい。儂らは、ちょっと孤児院まで行ってくる」
「我も……あっ、我を置いていくということは……わかったぞえ。レオ、明日は大量に薬草を買わねばならんから、荷物持ちを頼むぞえ~」
レオさんは、苦笑いしながら、目で俺たちに助けを求めていたが、俺は苦笑いで返した。(ごめんね、レオさん)
♢*♢*♢*♢*♢
次の日、俺たちは孤児院の前に来た。
「ここか……。そして……魔の森は向こうか……」
じいちゃんと博士は、教会には寄らずに、魔の森に向かって歩き出した。
「おじいさま、ここの司祭には会わなくていいの?」
「お前とモーリーが、聞き出してくれた情報で充分だ。儂と博士は、魔の森のどの辺りで、彼女が魔王を見かけたのかが知りたくてな……」
(そういうことか……)
俺とモーリーは、じいちゃんたちの後ろをついて行った。
魔の森の入口に到着すると、じいちゃんは辺りを見回してから地面に手を当てた。
「瘴気は地面から出ているのか……」
博士は、じいちゃんにうなずいた。
「そうです。魔の森の地面全体から、瘴気が発生しています」
モーリーは、何か思い出したように、おもむろに地面に土魔法を放つと、地面が盛り上がり、青白い石が次々と姿を現した。
「たぶん、地面から瘴気を発生してるのは、この石のせいだと思う。この森で訓練してた時に、この石が地中にたくさんあって、びっくりしたんだ」
「なるほど、瘴気石か……」
じいちゃんは、瘴気石と呼んだ石を手に取った。
「あっ、おじいさま!瘴気石を持って、体に異常は……」
「大丈夫だ。儂は、『何故か』瘴気の影響を受けん」
(えっ……どういうこと……?)
「儂は、落ち人だからだと思っていたが?……まあ、たいしたことではない」
(じいちゃん……、結構たいしたことだと思うけど……)
魔の森の中を進んで行くと、小さな広場に出た。
「ここは……」
博士は、懐かしそうに辺りを見回した。
「ここは、小さい頃、私が魔族から魔力の使い方を学んだ場所です。生まれてすぐに、両親……魔王も妃も亡くなりましたから、1000年前の私は、魔族たちに育てられました」
じいちゃんは、情報を整理するかのように、博士に質問した。
「博士、その頃は竜人族もヴァンパイア族もこの森に住んでいたんですよね?」
「はい。デーモン族を除くすべての魔族がこの森に住んでいました。私がこの森を去る時に、魔国を解体しました。ブラックウルフ族、ドワーフ族、エルフ族は、この森に残りましたが……」
モーリーも腕を組みながら、時系列に情報を並べるようにつぶやき出した。
「大昔の初代魔王が、デーモン族に勝って魔国を建国。
デーモン族は、ダリオン国に移り住む。
デーモン族は、魔国を手に入れるための力をつける。
教団を支援して聖エリス国が建国した後は、公爵家として聖エリス国で暗躍。
自分の娘を、魔王の妃として送り込む。
妃が、双子を出産した後、地底族が双子の片割れのシエラさんを連れ去る。
シエラさんは、孤児院に預けられて、それからガーラン伯爵家に引き取られる。
ダリオン国のガーラン伯爵邸が火事になって、神官がシエラさんを連れて身を隠す。
シエラさんと神官に娘が生まれる。
ガーラン家当主が、シエラさんたちを見つける。
シエラさんが、当主を傀儡にして、聖エリス国に行く。
地底族長は、魔王の前に現れて、妃はデーモン族で魔国に送り込まれたことを伝えるけど、双子の片割れを殺していなかったことは言ってない。
……そして、1000年前の魔王だった博士は、デーモン族を召喚して、暗黒世界に送る。
魔王の息子だったルキリアが、地底族長と幹部を並行世界に送る。……で、合ってるかな?」
「合っている」
「ここで、疑問がひとつあるんだ。なぜ魔王がデーモン族を召喚した時に、シエラさんと、その娘は、召喚されなかったのか?」
博士は、うなずきながら答えた。
「私も、その部分が謎なんだ。魔力を隠していたとしても、召喚の魔法陣は、それを見つけ出せるように作ったからね」
(んっ?もし、闇空間にいた場合は?)
「博士、もし彼女たちが闇空間に入っていたら、召喚されますか?」
「闇空間か……。闇空間にいた場合は、召喚されない、な……」
「でも闇空間魔法を使えるのって、相当の魔力量と技術がないと難しいよね……。博士とおじいさまは、闇空間魔法を使えるけど……」
俺たちが、魔の森の広場で話していると、森の奥からガサガサとこちらに向かってくる音がした。
「あっ、ブラックウルフ族長、ドワーフ族長、エルフ族長!」
族長たちは、こちらに軽くうなずいて、口を開かず、そのままじいちゃんと博士の前に跪き、頭を下げた。
「「「初代魔王様、16代目魔王様、お帰りなさいませ」」」
(はぁ~?じいちゃんが、初代魔王!?それって、どういうこと!!!)




