49. 1000年前の記録玉
「それでは、記録玉の鍵を開けますね」
族長は、1000年前の族長が監視していた女性を記録したという記録玉を手のひらにのせて、慎重に魔力を込めた。
◇◇◇◇◇
古い教会の前で、神官服を着た男性が、魔法で茶髪に変装した紅目の女性の隣で、その女性と同じ色を持つ女の子を抱き上げていた。
そして3人の前に、突然、貴族と思われる男と黒装束の男たちが現れた。
「ようやく見つけた。容姿を変えて、魔力を隠していたようだな」
「誰だ、お前たちは!シエラ、娘を連れて逃げろ!」
3人を黒装束の男たちが取り囲んだ。
神官は、すぐに女性と子供のまわりに結界を張ったが、貴族の男の魔力に弾かれた。
「まさか、地底族が殺したと思っていた魔王の双子の片割れが、分家が監禁していた女だったとはな……」
「魔王の双子の片割れ?」
「ああ、お前は知らないんだったな。お前は生まれてすぐに地底族に連れ去られた、魔王の子だ。連れ去られたのが、お前でなかったら、こんな目には合っていなかっただろうな」
「魔王の子……」
「お前の双子の兄は、今の魔王としてあの森でふんぞり帰っておるわ」
放心している女性を庇うように、神官が前に出た。
「お前たちは誰だ!ダリオン国の屋敷の者は、全員死んだはずだ」
「私は、ガーラン家当主だ。聖エリス国で叙爵され、今は公爵となった。あの屋敷には、火事の生き残りがいてな、全部白状した。聖エリス国の本家に内緒で、その女に貴族たちの病気を治癒させて金儲けしていたとな」
そしてその男は、黒装束の者たちに、女と子供を拘束して連れて行くように指示した。
神官は首に掛けていた転移の魔道具を握ろうと手を動かした瞬間、貴族の男は真っ黒な炎を神官に浴びせた。
「うぁぁぁぁぁ――」
「ガブリエル――!」
「お父さん――!」
神官の絶叫が辺りに響き続けた後、その黒い炎がスッと消えた。
そして、黒い炎に焼かれて、地面に倒れた神官が、力を振り絞って顔を上げると、片目だけが真っ黒に染まっていた
「しぶといな……。傀儡にして、聖エリス国の聖堂で使おうかと思ったが、私の支配を半分も弾くとは……。殺れ」
その声とほぼ同時に、黒装束の1人が炎の槍で神官の胸を貫いた。
「ガブリエル――!!!」
女性は、血を流す神官に走り寄って、涙を流しながら必死に魔力を注いだが、流れる血は止まらなかった。
そして、神官は、震える手で女性の頬に触れると、小さく何かをささやいて、そのまま息絶えた。
女性は、無言のまま神官を抱きしめていたが、ゆっくりと顔を上げ、怒りを込めた真っ赤に染まった目で、黒装束の男たちを見据えると、女性から溢れ出した真っ黒な魔力が男たちに絡みついた瞬間、叫び声を上げながら男たちは消滅していった。
そしてその女性が貴族の男に向き直ると、女性の心臓部から飛び出した、目に見えるぐらい強固な魔力の鎖が男の胸に突き刺さった。
「グガッ……!こ、れは……デーモン族の力……!や、やめろ……!グガァァァォォォ――!」
女性は、真っ赤な目を見開きながらその鎖に膨大な魔力を流し込んだ。
そして叫び声が収まってしばらくすると、貴族の男は操り人形のようにヨロヨロと立ち上がり、女性の前に跪いた。
「主……。御命令を……」
感情が消えた女性の瞳は、空を見つめたままだったが、娘がそばに来て女性の手を握った。
「……私とこの子を不幸にした、魔王と地底族に復讐を……」
その女性は、目の前の男に冷たく言い放った。
「魔王と地底族を消す。聖エリス国へ行く」
「御意」
そして、女性と娘、貴族の男は、その場から姿を消した。
◆◆◆◆◆
族長は、震える手で記録玉を握ると俺とモーリーを見つめた。
「これが、最後に記録されたものです……」
モーリーは、膝に置いた拳をぎゅっと握ると、震える族長の背中に手を置いた。
「じいちゃん……。これは、じいちゃんが、責任を感じることじゃない……」
族長は、記録玉をじっと見つめながら、涙を流した。
「地底族は……、取り返しのつかないことを……。この方の人生を狂わせて……」
(これは、デーモン族が魔国を欲したことから始まったことだ……。歪み……捻れ……が、少しずつ重なって……)
モーリーは、族長補佐に目で合図を送ると、族長補佐は小さくうなずき、族長の肩を支えながら船室に戻っていった。
族長たちが去った後も、俺たちはずっと海を見ながら、ベンチに座っていた。
「海って、すごいな……」
「うん……。俺たちの悩みなんて、小さく感じる……」
「そうだな……」
モーリーは、ずっと何かを考えたまま、海を見続けていたが、俺は、小さな高速船が物凄い速さで港に向かって来るのに気がついた。
船の下からガヤガヤした声が聞こえたので、船着場のほうを覗くと、ばあちゃんが俺に気がついて手を振った。
「ルキリアー!来たぞえー!」
(えっ、ばあちゃん?)
♢*♢*♢*♢*♢
「族長、大丈夫かえ?」
オウルさんから連絡を受けたじいちゃんが、博士とばあちゃんを連れて高速船でダリオン国まで駆けつけてくれた。
「辺境伯、みなさん、ご迷惑をおかけして申し訳ありません……」
ばあちゃんは、博士から診察を受けた後の族長の手を握りながら、さりげなく癒しの魔力で族長を包み込んだ。
「族長殿、何を他人行儀なことを言っておるんじゃ?我らは、ファミリーじゃろぉ~?」
「ファミリー?」
(ばあちゃん、俺の言葉拾って、使いまわしてるなぁ……)
博士は、コホンっと咳払いをしてから族長に口を開いた。
「過労です。あとは……何か『陰の気』をまとったものを触りませんでしたか?それが族長にまとわりついていました」
「陰の気?」
モーリーは、「あっ……」と博士を見ると、「記録玉だ……」とつぶやいた。
「記録玉?」じいちゃんが、腕を組んで眉間に皺を寄せた。
「オウルから報告を受けている……。族長がこの国の地下で見つけたものだと聞いているが……」
モーリーは、族長をチラッと見てから、みんなに目で合図をした。
「じいちゃんは、少し横になって休んでて。俺がみんなに説明してくる」
「モーリー、私も……」
「じいちゃん、未来の地底族長の俺が、この件を引き継ぐ。じいちゃんは、俺のサポートをしてくれ」
「モーリー……。うちの孫は、息子よりしっかりしていますね……。わかりました。モーリー、お願いします」
みんなで、俺たちの船室に移動すると、モーリーが防音結界を張った。
そして、みんなの顔を見回した後、小さく息を吐いた。
「俺たちがここで調べたことと、じいちゃんが見つけた記録玉のことを話します」
モーリーは、地底族に連れ去られた双子の片割れが、メナード辺境伯領の孤児院に預けられてガーラン伯爵家に引き取られたこと。そして、その屋敷の火事の跡地に見つけた地下部屋のこと、日記のこと、記録玉の内容のことを、淡々と話した。
モーリーが話し終えると、じいちゃんは、腕を組んで天井を見上げ、ばあちゃんは手で顔を覆って涙をこらえ、博士は日記を手に握って目を瞑っていた。
じいちゃんは、立ち上がって俺たちのそばに来ると、俺とモーリーの肩に手を置いて「良く調べたな」と言ってから、2人の頭をワシワシとなでた。
そして、ドカッとベッドの縁に腰掛けると、俺たちに笑いかけながら口を開いた。
「物事の解決策を探るときは、事実と感情を分けて考える。お前たちはそれが出来ている。……よし、儂らを屋敷の跡地に案内してくれ。儂と博士で残留魔力を探る」
ばあちゃんは、じいちゃんの言ったことに反応して、パッと顔を上げると、大きく叫んだ。
「我も行くぞえ!」
俺たちは、レオさんに声を掛けてから、転移の魔道具で三角州の真ん中にある島に転移してきた。
「すごいのぉ!島全体が、真っ赤な花畑じゃ!」
ばあちゃんは、花が咲き誇る一面に、しばらく顔を突っ込んでいたが、おもむろに顔を上げると、じいちゃんに振り返った。
「ハン、この花はケシの花じゃ。観賞用のケシの花ではないほうじゃ……」
モーリーは、「ケシの花?」と首をひねると、ばあちゃんが説明した。
「我らの前世にあった花じゃ。この未熟な実の液を少量使用すれば薬となるが、大量に摂取すると幻覚や中毒症状をおこす。まぁ、ここに、この花があるのは、偶然かもしれんがな……」
「幻覚……」
俺はここで会った親子が、『この花を飾ると時間が遡れるっていう御伽噺がある』って言っていたのを思い出した。
(この花の影響で幻覚を見たことが、そんな御伽噺に繋がったのかもな……)
博士は、花を一本千切って茎から滲み出た液の匂いを嗅ぐと、ばあちゃんの説明に続けた。
「この花には、魔力増強の効果もある。しかし、その成分を抽出するにはかなり難しい技術が必要になるが……」
偶然なのか……。
しかしこの場所は、デーモン族が魔の森を出てから、初めて住み着いた場所――の可能性が高い。
みんなは、何も言わずに、一面の花畑を見つめた。




