48. 日記
「おっ、早いお帰りですね」
俺たちが埠頭に転移すると、ちょうどレオさんと調理場のメンバーが、大量の袋を抱えて船に戻ってくるところだった。
「レオさん、大量の荷物だね!手伝うよ!」
「今日の昼食は、屋台飯ですよ!市場の屋台で色々買ってきました」
(レオさん、族長とモーリーを元気づけようとしてくれてる……)
俺たちが、荷物を持って食堂に入ると、族長たちがちょうど食堂でお茶を飲んでいるところだった。
「族長!もう具合は良くなったんですか?」
レオさんが心配そうに声をかけた。
「みなさんには心配をおかけしてしまいましたね……。旅の疲れが出たようです」
族長補佐は、くんくんと美味しそうな匂いのする袋を覗き込んだ。
「あっ!これは族長が食べたいと言っていた『ホロホロバードの焼き鳥』ですね!」
「なんですと!この間は、売り切れていましたからね!」
レオさんは、「たくさん食べてくださいね」と言いながら、族長を見てホッとした顔をしていたが、俺には、族長の顔色は、まだ良くなってはいないように見えた。
昼食を終えた俺たちは、みんなより先に船室に戻った。そして、屋敷跡の地下で見つけた日記を開いた。
日記の一番始めのページには、屋敷に来た初日のことが書かれてあった――
◇◇◇◇◇
◯月◯日
今日、孤児院から、この屋敷に連れてこられた。私の力が見つかってしまったからだ。神官様の怪我が治せたから、よかったけど、もう彼には会えないかもしれない。
◯月◯日
今日は、無理やり婚姻契約書にサインをさせられた。王家に見つかる前に、この家の長男の嫁としておけば、取り上げられることはないらしい。神官様のお嫁さんには、もうなれない
〇月〇日
今日はたくさんの人を治癒した。疲れ過ぎて、全員を治癒できなかったから、鞭で打たれた。お腹がすいて、力が出ない
○月○日
もう力が出ない。毎日、鞭で打たれる。今日は旦那様から足でお腹を蹴られた。神官様に会いたい
〇月〇日
あの森で見た、私と同じ黒髪と紅い瞳を持つ男の子の夢を見た。
同じ色を持つのに、彼は仲間と笑っていた
私のまわりの人は、私の色を嫌悪する
なぜ、私だけが不幸なんだろう
俺たちは震える手でページをめくった。
だが、そこに書かれていたのは、暴力と飢えと絶望の日々だった。
俺たちは、あまりにも悲惨な内容に耐えられず、最後のページへと飛ばした。
〇月○日
今日は旦那様にもメイドたちにも殴られて蹴られた。体中が痛い。骨が折れているようだ。でも神官様の使いからメモを受け取った。決行は明日の夜。神官様が助けに来てくれる
◆◆◆◆◆
「助けに来てくれる……?」
モーリーは、天井を見て大きく息を吐くと、両手で自分の頬をバシッと叩いた。
「ルキリア、甲板に上がろう」
「うん、俺も呼吸が苦しい」
甲板に出て俺たちが深呼吸していると、スッとオウルさんがそばに現れて、俺にメモを手渡した。
「辺境伯様からです」
メモには、メナード辺境伯領にある孤児院の名前と住所が書いてあった。
「ルキリア様、私が場所を知っておりますので、すぐに転移で向かえます」
俺は、モーリーの顔色の悪さを見てから、オウルさんに伝えた。
「オウルさん、明日でもいいかな?帰国は4日後だよね」
「かしこまりました。明日、向かいましょう」
そう言うと、オウルさんは姿を消した。
♢*♢*♢*♢*♢
次の日、俺たちは、じいちゃんたちが調査してくれた孤児院の前に来ていた。
「ここか……?」
「ここみたいだね……。近くに、魔の森がある……」
「ルキリア、人族はあの森には入れないんだよな……」
「うん。でも日記の彼女は、入れたみたいだね……」
モーリーは、辺りを見まわしながら、少し考えた後に俺に振り返った。
「孤児院に行く前に、この場所から魔の森まで、歩いてみないか?」
「俺も、同じこと考えてたよ……」
俺たちは無言で、彼女が歩いたであろう草が生い茂る獣道を通って森に向かった。
20分ぐらい歩くと、森の入口に着いた。
その場所は、光も差し込まないぐらい木が鬱蒼と茂っていた。
「こんなに近いのか……」
「何も知らない子どもが入り込んだら、危ないよね」
そして俺たちは森へは入らずにまわりを眺めた後、そのまま引き返したのだが、俺たちの後ろ姿を見ていた者たちがそこにいた。
「あれ?あれは地底族の子じゃなかったか?」
「あぁ、隣にいるのは『魔王様』だな」
「なぜ、今日はこちらの国側にいるのでしょうね?」
竜人族のガイを見送りに来た時に会った、ブラックウルフ族長とドワーフ族長とエルフ族長は、俺たちの後ろ姿を見つめながら、首をひねっていた。
孤児院に戻った俺たちは、併設している教会を訪ねた。
「すみません〜」
「こんにちは〜」
奥からパタパタと足音が聞こえてきた。
「どちら様でしょうか?」
「あっ、お伺いしたいことがあって……」
「こんな辺鄙な孤児院に、ですか……?」
俺たちは、教会の応接室に通された。
まず俺たちは、オウルさんがじいちゃんから預かっていた寄付金を司祭に渡した。
「これは、ガーラ国のフルーラ辺境伯から預かってきた寄付金です」
ずっしりと重い金貨の入った袋をテーブルに置くと、驚いた顔で目を見開いた。
「こんなにたくさん……」
俺とモーリーは、目を合わせてうなずきながら、目の前の司祭に訪ねた。
「突然お伺いして申し訳ありません。かなり昔のことで聞きたいことがあるのですが……」
年老いた司祭は、ゆっくりとうなずいた。
「私にわかることでしたら……」
「1000年ほど前のことなんですが、黒髪に紅目の女の子がこちらに預けられた記録はありますでしょうか?」
「黒髪に紅目……」
司祭はしばらく考え込んでいたが、思い出したように顔を上げた。
「あっ……もしかすると、聖女様のことでしょうか?」
「聖女?」
「はい……。昔、この孤児院から治癒の力を持つ聖女が現れて、貴族の家に引き取られたという話が伝えられています」
「その人の記録は……」
「かなり昔の話なので……」
「そうですか……」
「あっ……、でも引き取られた先はわかります。この孤児院で貴族に引き取られるのは、稀なことでしたから……」
「えっ、引き取られた先は……」
「今は無くなりましたが、ガーラン家という伯爵家だったと聞いています」
「「ガーラン伯爵家……」」
司祭から話を聞いた後、俺たちは目の前に現れたたくさんの情報に動揺しながら船に戻った。
そして甲板のベンチに座って、ぼーっと海を眺めた。
しばらくして、モーリーが独り言のようにつぶやいた。
「日記の女性は、1000年前の博士の双子の片割れで間違いなさそうだ……」
「うん……。連れ去られた双子の片割れが、あの孤児院に預けられて、ガーラン伯爵家に引き取られた……。そして、限界まで魔力を使って働かされた……」
「そして、あの教会の神官が助けにきて……」
「屋敷が火事……って、まさか神官が……?」
「たぶんな……。その後、神官と彼女は、どこに行ったんだろうな……」
俺たちが頭の中を整理していると、族長が俺たちの隣のベンチに座った。
「族長!」
「じいちゃん!」
「モーリー、ルキリア君、心配をかけましたね。もう大丈夫です。こんなことで倒れるなど、族長失格ですね……」
族長と補佐は、しばらく海を眺めていたが、族長は何か心を決めたようにうなずくと、2つのベンチのまわりに防音防視結界を張った。
そして、マジックバッグから、記録玉を1つ取り出した。
「モーリー、ルキリア君、この記録玉を見ていただけますか?」
「えっ……、じいちゃん、記録玉を見るのは、帰ってからでも……」
「いえ、この国にいる間に、この謎の手掛かりとなるものをこの国で探したいのです……。これは、監視していた女性の最後の記録です」
族長の声は、わずかに震えていた。
((最後の記録……))




