43. 第3教皇補佐モリスの生立ち
「うっそお〜!何で、あるのよ〜!」
((えっ~~~!あるのぉ~~~!))
「ヒィィィィィーー!」
第3教皇補佐のモリスさんが部屋に入ってくるなり、クリスさんが叫ぶと、モリスさんは、床にへたり込んでしまった。
「ご、ごめんなさい!驚かせてしまいましたわね!」
((あっ、クリスさん、営業用スマイルに切り替えた!))
なんとかモリスさんを立たせてソファに座らせると、従業員の女性がお茶を運んできた。
「モリスさん、先ほどは急に大声を出して驚かせてしまってごめんなさいね。」
(クリスさんは、『見たもの』には触れずに、営業スマイルで対応してる……)
「モリスさん、急にどうしたの?俺たちに何か用?」
モリスさんはお茶を一口飲むと、ふうっと息をついた。
「はい。ルキリア君とモーリー君が、お店に来るのが見えたので、ご報告に……」
「報告って?」
「……教皇が、今日から仕事に復帰されました」
「「「えっ!」」」
「あっ、すみません。第2教皇補佐の処分はどうなったのですか?」
「……あの、処分はありませんでした……」
「「「えっ~~~!」」」
「第2教皇補佐のムルドゥは、教皇を仮死状態にする薬を盛ったこと、そして教皇が仮死状態の間に、この国の体制の改革をしようと企てたことなど、全てを教皇に告白しました……」
「……で、教皇は、それを許したの?」
「……はい。教皇も、現状の体制を少しずつ変える必要があると考えられていたようで、これからは政教を分けていくことになりました。その主導者として、ムルドゥを任命されました」
(方法は間違ったけど、やろうとした改革自体は、必要だったってことだね……)
「筆頭教皇補佐は?」
「筆頭のケジャールは、聖堂の次期教皇となることが決まりました。現教皇は、数年以内に生前退位されることになります」
「マジかぁ……」
「そうなったのね……」
(……成るようになる、か……)
「あっ、モリスさんは、どうなるの?」
「私は、教皇が引退されたら、身の回りのお世話をする側仕えとして、教皇についていくつもりです」
モーリーは、俺に目で合図をすると、モリスさんに訊ねた。
「モリスさんは、教皇に拾われたって言ってたけど、この国の人なの?予知能力もあるし……」
モリスさんは何度か口を開きかけては閉じ、やがて意を決したように顔を上げた。
「……私の両親は、この国の神官と聖女だったそうです……。何者かが、私を両親から取り上げようとしたらしく、それから逃れて国外へ脱出しようとした途中で命を落としたと聞きました。教皇は、両親から私を密かに託され、孤児として私の魔力を隠しながら育ててくださいました……」
「そんなことが……」
クリスさんは、拳を握り締めて、モリスさんの話を聞いていた。
「私の予知能力は、母が持っていた力を受け継いだらしいです……」
「モリスさん……。あのさぁ……モリスさんの持っている魔力は、光魔力と予知能力だけかな?」
「えっ……、あっ……」
((やっぱり、闇魔力があるんだ……))
モリスさんは時計を見ると、「また今度……」と言い残し、姿を消して部屋を出て行った。
「びっくりしたね……」
「予想外だったな……」
俺たちが言葉を失っていると、クリスさんは、腕を組みながら目をつむった。
「彼には、見えたわよ。闇魔力の中に魔法陣が……。闇魔力は巧妙に隠されてだけどね……」
モーリーは、口の中に詰め込んだ焼き菓子を、紅茶で流し込んだ。
「モリスさんに魔法陣があったってことは……父親がデーモン族だった可能性が高いってことだよな」
「たぶんね……。でも、モリスさんは、人を憑代にするようなタイプじゃない……」
クリスさんは目を開けると、俺たちをじっと見た。
「モリスさんが、赤ん坊の頃に誰かに取り上げられそうになったって言ってたわよね。そいつが、首謀者だと思うわ。赤ん坊のうちから洗脳すれば……」
モーリーは、皿にあった最後の焼き菓子を口に入れた。
「目的は?」
「そこなのよ……。目的がわからないと……」
「もし筆頭教皇補佐が黒幕なら、他国侵略のためにモリスさんを利用するつもりだったのかもしれない……?」
「推測するには情報が少ないわ……。少し調べてみるわね」
(あっ……、クリスさんたちを巻き込んでしまった……)
「クリスさん、巻き込んでごめんなさい。あっ、必要な魔道具があったら何でも言って!俺、作るから……」
モーリーが何かを思いついたように、俺を指さした。
「あ~っ!魔法陣!」
♢*♢*♢*♢*♢
次の日の午後、俺たちは昼食後、すぐに土魔法クラスの教室に向かった。
「今日は、どうしてそんなに急いでるんだ?」
俺たちが競歩でクラスに向かっている後ろを、ダニエルは走りながら追いかけてきた。
「俺たち、リキータさんに聞きたいことがあるんだ」
「聞きたいこと?」
「魔法陣のことでね……」
俺たちが教室に入ると、リキータさんは本を読みながら、お弁当を食べているところだった。
「あら、今日は早いのね?」
「あっ、食事中、ごめん。リキータさんに見てもらいたいものがあって……」
俺は、クリスさんが見た魔法陣を『念写紙』に写し取ったものをリキータさんに見せた。
「この魔法陣、何の効果があるものかわかる?」
リキータさんは、じっと念写紙を見つめた。
「……これ、魔法陣じゃないわ……」
「えぇ〜!魔法陣じゃないの?」
「魔法陣に似てるけど、文字と複雑な絵柄が書いてあるだけよ……。文字はね……」
「なんて書いてあるの?」
「これ……、普通のルーン文字じゃないわね……。あっ、古代ルーン文字か……」
「古代ルーン文字?リキータさん、読める?」
リキータさんは、顔を上げた。
「家に、私が作った古代ルーン文字の辞書があるから、それを見ながらじゃないと……」
「辞書、作ったの!」
リキータさんは、何をそんなに驚いているの?って顔でうなずいた。
「作ったわよ。だって、そんな辞書、あの図書館には無かったから、原書と翻訳された本を見比べながら作ったの」
俺たちが、驚いていると、サラさんが教室に入ってきた。
「なになに〜!何を見てるの〜?」
サラさんが、リキータさんの手元にあった紙を覗き込んだ。
「なにこれ?」
「俺たちにもわからなくて、リキータさんに見てもらってたんだ」
「ふう〜ん……。あれ……?この絵……どこかで……。あっ、ダニー!これ、畑の横にある林にあったのと、似てない?」
「えっ、林にあった……?あっ、そうかも!」
((見たことあるの?……ってか、『ダニー』?))
「これ、見たことあるの?」
「ちょっとこっち来て!」
俺たちは、サラさんの後をついて、土魔法クラスの裏手の畑のそばにある、木が鬱蒼と茂る怪しげな雰囲気の林に来た。
「これ見て」
サラさんが、地面から少しだけ飛び出している『建物の屋根の一部』を指差した。
「屋根?」
「ここ見て」
「えっ……、あっ……、同じだ……」
地面から飛び出している屋根の先に付いている鋳造物が、クリスさんが見たものと同じく象られていた。
「どういうこと……?」
ふと俺が振り返ると、モーリーが青い顔をして、立ち尽くしていた。
(えっ、モーリーどうした?)
「ごめん、モーリーの体調が悪そうだから、俺たち早退するね。先生に言っといて」
「えっ、モーリー君、顔が真っ青よ!早く、帰ったほうがいいわ!」
俺は魔信便でルーピンに連絡すると、すぐに馬車で迎えに来てくれた。
「モーリー大丈夫?」
「あぁ……」
屋敷に到着したモーリーは、俺を連れて自分の私室に入った。そしてすぐに、部屋に防音の結界を張った。
「モーリー、どうしたの?」
「……あの屋根、なんであんな風に飛び出てたか、おかしいと思わなかったか?」
「おかしいと思ったけど……あれがどうかしたの?」
「あんな風に、地中に家を落とすようなことは……地底族にしかできない……」
「あっ……たしかに……。土にほとんど埋もれて風化してたから、かなり昔のものだね……」
「でも、本当に地底族がやったものか、俺だけじゃ確信が持てない……」
「ん~、あっ、クリスさん、残留魔力とか読めないかな?かなり昔のものみたいだから、残ってるかわからないけど……」
「クリスさんか……今晩一緒にあの場所に行ってもらえるか魔信便送ってみる」
クリスさんに魔信便を送ると、すぐに返事が返ってきた。そして俺たちは、日付の変わる頃、屋敷からあの林に転移した。
「なんか気持ちの悪い林ね……」
「クリスさん、ここだよ」
クリスさんが、光魔法であの飛び出した屋根部分を照らすと、鋳造物が鈍く光った。
「あっ、あれね……。本当に、同じ魔法陣ね……」
「クリスさん、それは魔法陣じゃないらしいんです。複雑に描かれた紋章と古代ルーン文字だって……」
「えっ、古代ルーン文字が読めるの!」
「あっ……、土魔法クラスに、魔法陣に詳しい子がいて……」
「ちょっと!その子、今度紹介してほしいわ!ぜひ、うちの裏家業に就職してくれないかしら?」
((あっ……、余計なこと言ってしまったかも))
「……で、ここで、私に何を見てほしいの?」
「クリスさん、この家を地中に落とした時の残留魔力って、読み取れますか?」
「残留魔力?なんで、それが知りたいの?」
「この屋敷を地中に落としたのは、地底族だと思うんです……。この紋章と地底族が関係しているのかどうか、知りたくて……」
「……わかったわ。少し離れてて……」
クリスさんは、屋根が飛び出している辺りに光魔法を当てて目をつむった。
数分ほど、クリスさんは静止したまま集中していたが、光魔法を消すと、ゆっくりと目を開けた。
「土の魔力……、あったわ。かなり古くて、風化しかけていたけど、わずかにね。ものすごい怒りの気を含んだ魔力だったから、なかなか風化せずに残っていたみたいね」
「怒りの気を含んだ魔力……」
その日、俺たちはその場でクリスさんと別れた。
次の日、俺たちが土魔法クラスの教室に入ると、リキータさんが紙をヒラヒラさせて駆け寄ってきた。
「あの古代ルーン文字、なんて書いてあるかわかったわよ!」
「「えっ!なんて書いてあったの!」」
「意味はわからないけど、『ガーラン』って書いてあったわ」
「「ガーラン……!?」」
俺とモーリーは、顔を見合わせて息を呑んだ。
その名は――博士が語っていた、1000年前の事件に繋がる公爵家の名だった。
「「ガーラン公爵家……!」」




