41. 博士の訪問
その日の夕食後、俺たちは玄関ホールのベンチに座って、シャーロット博士を待っていた。
「ルキリア、博士に聞きたいこと、整理したか?」
「うん、大体はね……。でも聞きたいことがたくさんありすぎて……」
「そうだな。でも1番聞きたいのは『悪魔の憑代』と『聖女の能力』だな……」
俺たちが話していると、玄関ホールの空間がグニャリと歪んだ。
((んっ?))
そして空間に切れ目が入り、そこから博士が出てきた。
「博士!」
「博士、今、どこから出てきたの!」
博士は、手に王都の有名なパティスリーの箱を持って微笑んだ。
「転移だと、国境の転移門を通らないとこの国に入れないからね、闇空間を通ってきたよ」
「「闇空間移動!」」
「ルキリア君も出来るはずだよ。簡単ではないが練習してみるといい」
(やっぱり、クリスさんの朝練に参加しよう……)
俺たちは、博士からの『お土産』をルーピンに渡すと、談話室に移動した。
「2人とも元気だったか?こっちの学院はどうだ?」
「博士、この国、ヤバい……」
「あっ、俺たちがこっちに来てからあったことを先に話しますね」
ドアをノックして、ルーピンが博士のお土産のケーキとお茶を持って入ってきた。
「おお〜、このケーキは!」
「俺の大好きなパティスリーのだ!」
「ガーラ国のお菓子が、食べたくなる頃かと思ってね。それで、何があったんだ?」
モーリーが、大きな口で頬張ったケーキを飲み込んでから話し始めた。
「まずは、教皇の暗殺事件がありました。クリスさんが、治癒して、教皇は助かったけど」
「首謀者は判明したのか?」
「ギルさんたちが調べてくれて……、第2教皇補佐が怪しいらしいです」
博士は、目を細めながらあごに手を当てた。
「第2教皇補佐?筆頭ではなく?」
「そうなんです。俺たちも筆頭教皇補佐が怪しいと思ってたんだけど、毒を入手したのは、第2補佐だったってギルさんが言ってました」
「次期教皇の座を、どちらもが狙っているのか……」
「あっ、博士、あと俺たち第3教皇補佐から忠告を受けました」
「第3教皇補佐?現教皇の派閥の者か……。どんな忠告だったんだ?」
「彼は予知能力があるらしくて、モーリーは聖女に消されて、俺は『悪魔の憑代』になる予知を見たって言ってました」
モーリーは、2個目のケーキを食べながら、うなずいた。
「予知って聞いた時は、怪しい奴って思ったけど、俺が聖女に消されるってのが見えたって言ってたから、マジだなって……」
「予知能力……?第3教皇補佐が?……それで、予知したのが悪魔の憑代……?……待てよ。それはデーモン族のことか……?」
「えっ、博士、デーモン族って……」
「あぁ、前に話したな。私がまだ魔王の時に、暗黒世界に送った者たちだ。……まさか、デーモン族の血が残っていたのか……」
「博士、悪魔の憑代って、どういうことなんでしょうか?」
博士は、紅茶を一口飲んでから話し始めた。
「1000年前、私の父(先代魔王)は、聖エリス国の聖女を妃に迎えた。しかし彼女は、人族と偽ってエリス国に住んでいたデーモン族の娘だった。妃は……私の母親だ。母は、結婚してすぐに父を自分の傀儡にした。デーモン族が持つ能力を使ってな……」
「デーモン族の能力って……?」
「生きている間に一度しか使えない魔法だ。自分と相手の心臓を魔力の鎖で縛って精神を乗っ取る……第3教皇補佐が見たのは、そのことだと思う。『憑代』みたいなものだからな」
「……ってことは、デーモン族がルキリアの精神を乗っ取ろうとしてるってこと……?」
「そうだろうな」
「誰が……俺を狙ってるんだろう……」
モーリーは、うつむいてた俺の背中をバシッと叩いた。
「ルキリア、これでハッキリした。俺たちは、デーモン族を探せばいいんだ。あっ、博士、そのデーモン族って、外見で見分けることはできるんですか?」
「いや、容姿は人族と全く同じで、『普通』に見ただけではわからん」
モーリーは、空になった皿に三つ目のケーキを乗せながら聞いた。
「博士、『普通』に見なかったら、判別できますか?」
博士は、笑いながらうなずいた。
「あぁ、普通に見なかったら、見える」
(どんな方法で……?)
「博士、普通に見なかったらって、どんな方法で見たら見えるんですか?」
「目に、闇と光の魔力を集中させて相手の魔力を見る。デーモン族には、闇の魔力の中に魔法陣のような物が浮かび上がる」
「闇魔力に、魔法陣が浮かび上がる?」
「相対する魔力を同時に目に集中させることは、かなり難しいがな……」
(俺に出来るか……?あっ、もしかして、魔道具なら……)
「あっ、ところで、博士は何を調べていたんですか?」
「私が調べていたのは、筆頭教皇補佐とノクタリア国の側妃との繋がりだ。筆頭教皇補佐が、ノクタリア国に自分の娘を側妃として潜り込ませて、あの国を乗っ取ろうとしていた」
「あっ、アルジェントに、俺をノクタリアに連れて帰るように命令してた、あの国の王太子は?」
「あの王太子は改心して、今は国の改革に尽力しているようだ。しかし、側妃は、彼を排除しようと暗殺を企んでいる」
「えっ、王太子を排除……。あっ、アルジェントは、大丈夫なんですか……!?」
「大丈夫だ。少し王太子の記憶をいじった。アルジェントに関わらないようにな」
((いじった……。博士も、結構、容赦ない……))
「おっと、そろそろ戻らねばな。闇空間の維持にも限界がある。それじゃ、また来る。あまり無茶なことはするなよ。何かあったら、ギルバート君とクリスティーナ嬢を頼れ」
「わかりました。こちらも進展があったらすぐに連絡します」
「あっ、博士!ケーキありがとうございました!」
博士を見送った俺たちは、談話室で残ったケーキを食べながら、頭の中を整理した。
「博士には、聖女について聞けなかったね……。モーリー、今わかってることを整理しよう」
「あぁ、1つずつ上げていこう」
「まずは、デーモン族が俺を傀儡にしようと狙ってること」
「そして、2つ目は、筆頭教皇補佐が、ノクタリア国の側妃と繋がってて、ノクタリア国を乗っ取ろうとしてることだな」
「うん、そして側妃は、ノクタリアの王太子を暗殺しようとしてる」
「うん」
「そして、3つ目は、第2教皇補佐が、現教皇を引きずり降ろして、次期教皇の座を狙っていること」
「あっ……ルキリア……、博士が言ってた、1000年前の魔王が聖エリス国の聖女を妃にしたってやつ、今のノクタリア国に当てはまると思うんだけど……」
「確かに……、同じことを繰り返してるように見えるね……」
「もしかして、筆頭教皇補佐がデーモン族……?」
「いや、わからない……。情報がなさすぎる……。モーリー、俺、当分、作業場に籠る……」
「『見るやつ』作るのか?」
「やってみる」
♢*♢*♢*♢*♢
数日後、じいちゃんとばあちゃんが、聖エリス国のタウンハウスに毒の検査結果を持ってやってきた。
「ルキ、モーリー、ちゃんとご飯は食べていたかえ?学院はどうじゃ?」
ばあちゃんは、俺とモーリーにハグして、さりげなく体調をチェックしていた。
「おじいさま、おばあさま、毒の検査結果はどうだったの?」
「ルキリア、今からグリモード男爵たちが来るから、その時に詳しく説明しよう」
グリモード男爵たちが応接室に入ると、じいちゃんは防音と防視の二重結界を張った。
(じいちゃん、かなり警戒してる……)
「男爵、今日はわざわざこちらに出向かせて申し訳ない。男爵にもこの結果を報告しておきたくてな……」
「辺境伯様、毒の検査結果はどのような……?」
ばあちゃんは、手に持っていた毒の入った小瓶をテーブルに置いた。
「この毒は、人を殺せるものではなかった。ただの仮死状態にする薬じゃった」
「「「仮死状態?」」」
「しかし普通の仮死状態にする薬では無い。時間を止める魔力が込められておった」
「「「時間を止める?」」」
「通常の仮死状態にする薬は、1ヶ月も放って置けば体が衰弱して自然死を迎える。だから数日で目が覚めるように慎重に調薬する。しかし、あの薬なら何年放置しても死ぬことはない」
「……どういうこと?」
「理由は不明だが、教皇を殺す気であの薬を盛ったのではないということだ」
「教皇が仮死状態の間に、次期教皇の座を取ろうとしたのかしら?」
じいちゃんは、俺に顔を向けると厳しい表情で言った。
「ルキリア、儂らが手を出すのはここまでだ。この国にはこの国のやり方がある。ここから先は、他所の者が干渉するべきではない」
「はい……」
「儂らがこの国ですることは、地底族の未来を変えるための解決策を見つけること。それだけだ」
「わかりました……」
男爵は、俺にうなずいてから、じいちゃんたちに、薬を調達したのは第2教皇補佐だったことを伝えた。
「第2教皇補佐だったか……。この国は改革した方がいいのか、現状のままがいいのか……」
男爵が何かを思い出したように、じいちゃんに微笑んだ。
「辺境伯様、前の時も、私たちは、変革の時を生きましたね……」
「あぁ、そうだった……。男爵には、世話になった……。男爵がいなければ、あのお方を国までお連れ出来なかった」
「お父様、その話、詳しくお聞かせください!」
「あっ、我も聞きたいのじゃ!」
みんなは、じいちゃんたちの昔話に盛り上がっていたが、俺は、『これ以上、干渉はするな』と言われたことに、うなずけない理由をずっと考えていた……。




