36. 指導 / 聖エリス国への出発
「マルコ、大丈夫ですか!」
焦った表情で、ノクスがマルコの私室に飛び込んできた。
「ノクス様……」
「あの側妃から呼び出されたと聞きました!」
マルコは、自分を心配して、額に汗をにじませて駆けつけてくれたノクスを見て、なぜか涙があふれてきた。
「ノ……クス様……」
「ど、どうしたんですか……、マルコ?」
(こんなことで涙が出るなんて……)
マルコは涙を手の甲で拭うと、ノクスを見上げた。
「俺、ノクス様を支えますから……、ずっとここに居ますから!」
「マルコ……」
マルコは、国王の執務室であったこと、黒いマントの男に助けられたことをノクスに話した。
「その男が、私の魅了の魔力を封印したと……」
「はい……。魅了の力に頼らず、信頼できる臣下を作るようにとのことでした」
「私の魔力を容易に封印できるのは……」
「その男は、黒髪に紅目でした……」
「記憶の操作に、魔力の封印……」
「あっ……、あと、側妃から俺の記憶を消した後、真っ白な空間に飛びました……。俺はそこで、立ったまま気を失ってしまいましたが……」
「真っ白な異空間……?そんな場所を創れる存在……、魔王様以外に聞いたことがありません……」
ノクスは険しい顔で呟いた。
「竜人の住む異空間も……、魔王様が創ったと記録されています」
「それでは、あの少年は……?」
「私にもわかりません……。しかしその男は言ったのですね『指導』だと……」
「はい……そして、側妃の件は、その男が処理すると。私たちは、この国の改革にだけ目を向けろと……」
「記憶操作に、魔力封印……異空間転移……。
それほどの力を持つ存在が、私たちに干渉している……」
ノクスは俯いたまま、小さく呟いた。
「……やるしか、ありませんね……魔王様が、そう仰るなら……」
(ノクス様……微笑んでる……?)
「側妃への復讐心が消えたわけではありません……。しかし、あのお方が、この私を直々に『ご指導』してくださるのですから……」
ノクスはそう言うと、ゾクッとするような、狂気を孕んだ美しい笑みを浮かべた。
「この国を変えるには、もはや側妃だけを排除しても意味がありません。腐敗を見逃し続けた国王自身にも、責任を取っていただかなくては」
そう言うと、ノクスは静かに目を細めた。
「マルコ、国王を退位させる準備に取りかかりましょう」
「えっ……退位?」
「魔王様に、私の仕事ぶりをお見せしなくてはなりませんからね……」
ノクスの瞳が、今まで見たことがないほど爛々と輝いて見えた。
(えっ……、ノクス様……。……俺……間違えたか……?)
♢*♢*♢*♢*♢
「ルキー!準備は出来たかえー!」
聖エリス国へ向かう日、俺たちはガーラ国王都のタウンハウスで、急遽、一緒に聖エリス国に行くことになった、グリモード男爵家の兄妹を待っていた。
「先生、なんで急にあの兄妹が聖エリス国に?」
「お前たちの護衛だ。まぁ、表向きは、聖エリス国にあるグリモード商会の支店に出向するためとなっているがな」
(護衛……?じいちゃんと先生が、俺とモーリーのことを、国王にどこまで話をしてるのかはわからないけど……、俺たちの監視役だよね……)
「先生、彼らは、俺たちの監視役ってことですか?」
先生は、苦笑いをしながら、モーリーに答えた。
「お前らが、無茶しないためのな……」
俺たちが玄関ホールで話をしていると、チャイムが鳴って、グリモード男爵と、兄妹が玄関ホールに入ってきた。
茶髪にエメラルドグリーンの瞳をした男爵とその息子、そして、銀髪にサファイア色の瞳の娘。
「王弟殿下、フルーラ辺境伯様、この度はお世話になります」
「突然、申し訳なかったね。兄上が、急遽思い立ってね……」
グリモード男爵がじいちゃんに顔を向けると、深々と頭を下げた。
「フルーラ辺境伯様、お初にお目にかかります」
じいちゃんは、じっと男爵を見つめていたが、「お初にお目にかかる」と挨拶をした後も視線を外さなかった。
(んっ……、じいちゃん?)
そして、先生が兄妹を俺たちに紹介してくれた。
「ギルバートとクリスティーナだ。特級魔術師試験会場でも会ったな」
「ギルバートです。ギルって呼んでくれていいよ」
「クリスティーナです。クリスって呼んでください」
「ルキリアです」
「モーリーです。特級魔術師試験の結果はどうだったんですか?」
(モーリー、今聞くの!まあ、俺も気になってたけど……)
「2人とも合格したよ。今回の試験で合格したのは、彼らだけだった。過去最年少での合格だ」
(すごい!んっ……?この2人は、何歳なんだ?)
「ギルバートさんと、クリスティーナさん、年齢をお聞きしてもいいですか?」
「俺は今年21歳になる。クリスは18歳だ」
(俺とモーリーの『中身の年齢』と同じぐらいか……)
「やはり、あなたは……!」
(えっ、じいちゃん、どうしたの?)
グリモード男爵と話をしていたじいちゃんが、急に大きな声を上げた。
「ハン、どうしたんじゃ?」
目を潤ませたじいちゃんが、ばあちゃんに顔を向けた。
「実は、グリモード男爵は、『前の儂』の知り合いだった……」
(『前の儂』?あっ、そういうことか!じいちゃんの前世の知り合い!)
ばあちゃんも、ピンときたらしく、じいちゃんにうなずいた。
「……ということは、男爵も……!」
「はい。辺境伯様とは同業でした」
「なんと……!それでは今度ゆっくりと、うちの領地の温泉にでも招待せねばのぉ」
(そういえば俺、温泉も作ったんだったな……)
「お父様?」
「あぁ、すまん。お前たちには、『前の私』について話してなかったな。向こうに着いたらゆっくり話そう」
そうして俺たちは、先生とタウンハウスのみんなに見送られて、国境の転移門を経由して聖エリス国の王都にあるタウンハウスへ到着した。
「おぉ~、ここが我らの屋敷かえ~」
聖エリス国の王都中心から少し外れたところにある屋敷は、真っ白な壁の美しい屋敷だった。
「聖エリス国の町並みは、真っ白だな」
「うん……、でも異様に静かだね……。人はたくさんいるけど、なんか……表情がない……?」
じいちゃんは、屋敷の結界をチェックしながら、グリモード男爵に声をかけた。
「グリモード男爵、商会はどの辺りに?」
「店舗は、貴族街の大通り沿いにありますが、商会の倉庫と事務所は、こちらの屋敷の近くにあります」
「えっ、ギルバートさんたちはどこに住むの?」
「俺たちは、商会の事務所の上に住居スペースがあるから、そこに住む予定だよ」
「あっ、倉庫の地下に、従業員用の訓練場があるから、今度、一緒に訓練しましょう」
((訓練場?))
「あの~、どんな訓練を?」
クリスティーナは、ニッコリ笑ってモーリーに答えた。
「いろいろよ。あっ、大丈夫、私、治癒魔法得意だから、心臓さえ動いていたら、完全に復活させられるわ」
((心臓……))
治癒魔法という言葉が聞こえて、ばあちゃんが興味深々の表情でこちらに振り返った。
「クリスティーナ殿は、治癒魔法が得意なのかえ?今度、我にも見せてほしいのじゃ」
「辺境伯夫人、いつでもいらっしゃってください。毎朝、従業員たちに、治癒魔法を掛けているので」
((毎朝、治癒魔法って、どんな訓練なんだ!))
俺たちが門前で話をしていると、屋敷の中から、ルーピンと他の従業員たちが出てきた。
「旦那様、到着に気が付かず申し訳ありません!」
(ルーピンの執事服姿、初めて見るな……)
「ルキリア様、ご無沙汰しておりました」
「ルーピン、執事服、似合ってるよ」
「ありがとうございます……」
ルーピンは、少し赤い顔をして頭を下げた。
門をくぐり、結界内の屋敷へ入ろうとした瞬間、その場にいた全員が、突然流れてきた怪しい気配に気がついた。
(えっ……!)
「みなさま、屋敷の中へ!」
ルーピン以外の従業員は、サッと姿を消した。
そして、目を瞑って、魔力を追っていたクリスティーナが、パッと目を開けた。
「見つけた……」
「クリス、どこから見てた?」
クリスティーナは、王都の中心にある、教皇たちが暮らす聖堂の方に視線を送った。
「あの聖堂からでした……。ねっとりした気持ちの悪い気配……隠す気も無いようね」
「クリス、落ち着け。勝手に突っ走るなよ……」
「えぇ、お兄様……」
クリスティーナは、チラッとグリモード男爵の苦笑いの表情を見ると、ギルバートに微笑んだ。
「大丈夫……、今は我慢するわ」
(あぁ……、ギルさん、苦労してるね……)
モーリーが、あごに手を当てて何かを考えながら呟いた。
「誰が……誰を狙ってる?」
「モーリー、ルーピンからの報告もあるようだ。一旦、情報を整理しよう」
モーリーのつぶやきを拾ったじいちゃんは、聖堂の方を見ながら、その場にいたみんなを屋敷の中に転移させた。




