35. ガイの出発 / ノクタリア国の側妃
「ルキリア、聖エリス国の屋敷の準備は整った。屋敷の執事として、ルーピンが行くことになった。そして腕利きの暗部の者たちが、従者とメイドとして屋敷に入る」
(暗部……。ガーラ国内じゃないから、じいちゃん、相当に警戒してる……)
「おじいさま、ありがとうございます。そういえば……この国で暗部を持つ貴族はうちだけなんですか?」
「いや、もう一つある。『グリモード男爵家』だ。国王直属で動く者たちだ」
(グリモード男爵家?)
「彼らは、ダリオン国で持っていた伯爵位を分家に譲ってこの国に来たらしい。領地持ちではないから、あまり名前は知られていないが、大きな商会を営んでいる。そういえば、そこの兄妹も、王弟殿下の教え子だったはずだが……」
(えっ……、もしかして、特級魔術師試験の時の……!)
――そんな驚きの事実を知った数日後、
俺たちは、ガイを見送るため、竜人の滝へ来ていた。
「ガイ、がんばれよ!」
「ガイ、無理しないようにな」
「ガイ、あっ、これ、みんなに渡しとく」
「魔道通信機……、改造版か?」
モーリーは、前に貰った魔道通信機との違いにすぐに気がついた。
「うん、竜人の谷は時間の流れが違うから、通話は出来ないんだけど、ここに文字を入力した手紙なら送れる」
「すごいな!」
「やっぱり、ルキリアは天才……」
「んっ?ルキリア、この赤いボタンは?」
「それは、緊急ボタン。それを押すと、他の通信機と転移ルートが繋がって、すぐに駆けつけることが出来る」
「えっ、竜人の谷にも?」
「うん、ちょっと、俺の魔力使ったけどね」
先生と話をしていた竜人族長が、森の奥に振り返って、ニコリと微笑んだ。
「君たちに、紹介したい者たちがおるんじゃ」
森の奥から、何か話しをしながらこちらに歩いてくる3人の姿が見えた。
(えっ、だれ?)
「ようやく、彼らに顔を見せることができますね」
「竜人族長が、俺たちを紹介するのを渋ったからなぁ」
「儂は、早く彼らが持つ魔道具を見てみたいのだ」
銀髪の男は耳が尖っている。
隣には、2メートルを超える黒髪の巨漢。
さらに、小柄だが異様に腕の太い男が腕を組んで立っていた。
竜人族長が、彼らを俺たちに紹介してくれた。
「この森に住む魔族の長たちじゃ。エルフ族、ブラックウルフ族、ドワーフ族。彼らがこの森を守っている」
(森の奥から感じていた視線……、この人たちだったのか!)
モーリーは、一歩前に出ると膝をついて地底族の正式な挨拶をした。
続いてアルジェントとガイが挨拶を交わし、俺も前に出た。
その瞬間――
3人の表情が変わった。
「「「魔王様」」」
(はぁ……?)
「お主ら、気持ちはわかるが……。ルキリア殿は、魔王様ではない……。動揺されているから、やめなさい」
3人は立ち上がると、ルキリアの目をじっと見つめた。
「……ある」
「あるな……」
「歪みもなく……ある」
(何が『ある』の?)
♢*♢*♢*♢*♢
その頃、ノクタリア城では――
「マルコ、側妃を頻繁に訪れている者の正体は判明しましたか?」
「はい。聖エリス国の教皇補佐の使いの者でした」
「聖エリス国……。側妃は、ノクタリア国の公爵家の養女になる前は、聖エリス国の聖女見習いでしたね……」
「純血を重んじる公爵家が、なぜ聖エリス国から養女を迎えたんでしょうか?」
「……調べる必要がありますね。母上……、王妃暗殺も彼女だけの仕業ではない可能性がありますね……」
「あっ、ノクス様、サムから、アルジェント様について報告がありました」
「アルジェント?誰ですか、それは?」
「えっ……。あっ、彼は、殿下が、あの少年をこの国に連れてくるためにガーラ国の王立学院に送り込んだ、公爵家の三男の……」
「……すっかり忘れていました。……彼がどうしました?」
「アルジェント様ですが、飛び級で学院を卒業して、高等学院に入学されるそうです」
「そうですか。それよりも、ガーラ国にいる貴方の部下を呼び戻しなさい。貴方一人で任務にあたるのは大変でしょうから」
「えっ、あ、あの……、アルジェント様の護衛は……」
「アルジェント?誰ですか、それは?」
(えっ……?)
「……失礼しました。すぐにサムを呼び戻します」
「彼が戻り次第、聖エリス国の調査に向かってください」
「……承知いたしました」
マルコは、執務室を出て、足早に自室に戻るとバタンッ!と扉を閉めて、呆然とその場に立ち尽くした。
(どういうことだ……?ノクス殿下から、アルジェント様の記憶が無くなっている?……いや、記憶はある……が、思い出しても、すぐに記憶が消えてしまっているようだ……。殿下に、何か魔法がかけられているのか?)
マルコは、震える手で水差しに手をかけると、そばに置いてあるコップが目に留まった。
(コップは、2つ……。前は……5つ置いてあった……)
「俺の記憶も、消されているのか……?」
(3人が消えた……と、いうことか……)
『コン、コン……』
ドアをノックする音が、部屋に響いた。
マルコが警戒しながらドアを開けると、国王の側近が立っていた。
「陛下がお呼びです」
「えっ、俺を……?」
(側妃を探っているのがバレたか……?)
側近の後ろについて国王の執務室に入ると、虚ろな目をした国王と、派手なドレスを着た側妃が、ソファに座っていた。
「陛下、側妃様、ノクス殿下の部下をお連れしました」
側妃は、マルコをじっとりとした目で見ると、部屋にいた者たちを退室させた。
「貴方が……、ノクスがエビータ国から連れてきた『ネズミ』ね。あの女にそっくりね……」
「……」
「あの女を『獣の後宮』に入れたけど、しぶとく生き残ったのねぇ。まぁ、貴方を産んで、すぐに死んだけど」
「……」
「貴方、ノクスの命令で私のまわりを探っているようだけど……、これからは、私の駒にしてあげるわ」
マルコの握り込んだ拳から、血が滲み出た。
(この女が――俺と母親を地獄に落とした!)
マルコの魔力が、ブワッと膨れ上がり、マルコに半分流れる獣人の血が沸騰して、身体が燃えるように熱くなった。
(くっ……、魔力が……暴走する……抑えられない!)
マルコが叫びそうになった瞬間、背の高い紅目の黒いマントを羽織った男が後ろに現れ、マルコの肩に手を置いた。
「もう大丈夫だ……」
その男が、サッと手を振ると、マルコとその男は真っ白な空間に飛んだ。
マルコの魔力が収まると、男はマルコに声をかけた。
「君はどうしたい?」
男は、マルコに問いかけたが、マルコの頭は状況が理解できていないのか、呆然と立ちすくんだままだった。
「混乱しているようだな……。一旦落ち着いてから、話したほうがいいか……」
マルコが目を開けると、ベッドのそばには紅目の男が座っていた。
「気がついたか?」
「俺は……」
「あの女の記憶から、君の存在は消しておいた」
マルコは、国王の執務室であった事を思い出した。
「記憶を消した……?あっ……もしかして、ノクス様がアルジェント様を思い出せないのも……」
「あぁ、あいつには、俺が記憶に幕を張った。完全に消してはいないがな……」
「なぜ……」
男は眉間にシワを寄せると、腕を組んで大きくため息をついた。
「あいつは、やり方を間違えている。指導が必要だ」
「ノクス様のやり方は……たしかに歪んでいます……が……」
「君も彼に振り回されているんじゃないか?この国に来なければ、今頃、君はエビータ国の王族になっていた」
「えっ……」
「今でも彼らは、必死に君を探しているよ」
「……」
「君はどうしたい?この国で彼の部下として居場所を作っていくか?……それとも、エビータ国に戻って、あの兄弟を支えていくか?」
マルコは、ノクスが時々、自分に向ける表情を思い出した。
(ノクス様は、俺を見ながら、彼の大切な幼馴染だった、俺の母親の姿を探している……)
「……俺は……ノクス様のそばに、います。ノクス様は、俺と同じ苦しみを持ってる……。俺が居なくなったら……、彼はまた1人になってしまう……」
(共依存……似た傷を持つ者同士か……)
「それでいいんだな?」
「……はい」
「今のノクスには、魅了の魔法が使えない。指導のために俺が封印した。これからは、自力で信頼できる者を作れるように支えてやれ」
「封印……?いったい貴方は……?」
「側妃の件は、こちらで動く。お前たちは、この国の改革にだけ目を向けろ」
男は立ち上がると、マントを羽織りマルコを振り返った。
「あっ、アルジェントはこちらで保護しているから心配するな」
マルコが男の顔を正面から見た時、マルコはその男が誰だったかを思い出した。
「貴方は……!」
男は、フッと笑うとその場から姿を消した……。




