第32話 花魂祭
「おはようございます」
アルジェントは、護衛のサムが馬車のドアを開けた時、馬車の横に立つ護衛が一人しかいないことに気づいた。
「最近、もう1人の護衛を見ていないが……」
そう言って、サムを振り返った。
「マルコ隊長は、ノクス様の命令で本国に戻っております」
「ノクス様の……」
アルジェントは、ノクスの名前を聞いて、フワッと頭の中に霧がかかりそうになったが、すぐに自分に防御結界の魔法を張ると、霧がすっと晴れていった。
(俺はもう、こんなものに、振り回されない)
「お前も1人で護衛をするのは大変だろう。適度に休みを取れ。この国では、私に護衛は必要ない」
護衛のサムは、アルジェントが自分に声をかけたことに驚いたが、平静を装って頭を下げた。
「……承知しました」
♢*♢*♢*♢*♢
「おはよう」
アルジェントが、教室に入ると、すでに席についていた3人が、暗い表情でぼーっと空を見つめていた。
「みんな……、どうした?」
「あっ、アル、おはよう……」
「……おは〜」
「おはよう……」
「どうしたんだ?なぜ、3人ともそんなに暗い顔をしている?」
「昨日の……あれ見てから……、ちょっと自信が無くなっちゃって……」
「俺も……」
「俺さぁ、自分は結構やれる方だと思ってたけど、昨日の模擬戦見たら……、自信無くしたわ」
アルジェントは、席に座るとフフッと笑った。
「モーリーでも、落ち込むことあるんだな」
「えっ、アルは、あれを見て落ち込まなかったのか?特級魔術師たちと俺たちとでは、力の差がありすぎて……」
アルジェントは、長い足を組むと、晴れやかな笑顔で爆弾宣言をした。
「俺は、特級魔術師を目指すことにした。国に縛られない、俺だけの居場所を作ることに決めた。だからこの国に、あとどれくらい居られるかわからないけど、ここでやれるだけのことをやる」
(アルのポジティブ発言!)
「だって、あの兄妹もトライしてたんだ。俺たちも先生の教え子だし……やれる。いや……、やる」
俺たちは、アルジェントの言葉に、目を見張った。
「アル……、お前、凄いな!よし、俺も落ち込んではいられん!やるぞ!」
(アル、凄くいい表情してる!)
ガイは、アルジェントの爆弾宣言に驚いた顔をしていたが、顔を背けてうつむくと、小さく誰にも聞こえないぐらいの声で呟いた。
「俺……おいてけぼりだ……」
(……ガイ……)
モーリーは、ガイをチラッと見たが、今は何を言っても届かないと思ったのか、開きかけた口を閉じた。
竜人族の『花魂祭』に向かう朝、俺たちは魔の森にある竜人の滝の前で竜人族長を待っていた。
「すまん、待たせたな」
族長が滝の前に現れると、ガイは緊張した面持ちになったが、族長は、それを見て微笑みながらガイに話しかけた。
「ガイ、お前の目で竜人たちが住む『竜人の谷』をしっかりと見てこい」
「はい……」
族長はガイにうなずくと、みんなを光で包み込んで、異空間にある『竜人の谷』へ転移した。
そこは、山の頂上が雲に隠れて見えないような標高の高い山が連なり、山の谷間に、真っ赤な花を付けた木々が繁り、木漏れ日が地面の落ち葉の上を踊るようにキラキラと輝いて、絵本の挿絵のような美しい場所だった。
「ここが、竜人の谷……」
モーリーが声にならない呟きを漏らした後、俺たちは、息を呑むような光景に、その場に立ち尽くした。
「美しい……」
アルジェントも、うっとりした表情で辺りを見回していた。
ガイも辺りを見回していたが、グッと歯を噛み締めると下を向いた。
(ガイ……)
「さて、みんなを祭りに案内する前に、儂の孫を紹介する。儂の孫――つまりガイの叔父じゃ」
「俺の、叔父さん?」
「あぁ、そろそろ来るじゃろう」
族長がそう言って振り返ると、族長の後ろに、赤髪の大柄な男性が現れた。
「族長、すみません、遅くなりました」
「ファイアス、忙しいところ悪いな。ガイと友人たちじゃ。レイには何度も会っているな」
「はい。レイ殿、久しぶりですね。ガイ、そしてご友人、竜人の谷へようこそ。ガイの叔父のファイアスです。今日は、花魂祭を楽しんで行ってください」
「「「はい!」」」
「……」
(ガイ……、固い表情をしてる……)
「それじゃぁ、みなさん、私はガイと行くところがあるので、後ほど演舞の会場で合流しましょう。さあ、ガイ、行くぞ」
「えっ、あ、はい……」
(えっ、ガイを連れてどこに……?)
♢*♢*♢*♢*♢
ファイアスは、谷から少し離れた山の中腹にガイを連れてきた。
「ここは……?」
「ここは、お前の祖母――俺の叔母が眠る場所だ」
「俺の祖母……」
「叔母は、ガーラ国の城で自害した。族長は遺体の引き渡しに抵抗した国王を無視して、この谷に娘を連れ帰った」
「……なぜ、祖母は自害する前に、城を出なかったんでしょうか……?」
「番だ……。叔母は、国王の執着で城に監禁され、王妃の嫉妬から、国王の目に付かないところで、酷い仕打ちを受けていた。……食事もほとんど与えられずに」
「そんなことまでされて……」
「叔母は、それでも番と離れられなかった……。そして、永遠に番の中に自分を刻むため、番の前で……自害した」
(番の前で自害……。どんなに強い『呪い』なんだ……)
「……番とのつながりは、消せないんですか……?」
「俺は……、消した……」
「えっ……」
「俺には、幼い頃から結婚を約束した女性がいた。彼女は番では無かったが、俺は彼女と結婚したいと思っていた。しかし、俺の前に現れた番に、彼女は殺された……」
「殺された……?」
「あぁ、俺の前に現れた番は、俺と彼女の血の契約に気づいて、それに嫉妬して、狂ったように彼女に魔法を放った……」
ファイアスは、過去を思い出しているような目で、遠くを見つめた。
「……やっぱり……番は……『呪い』だ……」
ガイは、拳を震わせながらつぶやいた。
「呪い?……確かに、呪いのようなものだな……。俺も、番なんて、無ければいいと思ってな……、その番が目の前に現れた時には、すでに自分の中の番を求める本能を封印していたんだ」
「えっ、封印!そんなこと、出来るんですか!」
「出来る。禁術だがな……。族長にも親父にもこっぴどく怒られたが、封印した術は、俺が生きている間は解くことは出来ない」
「俺も、できますか?」
ファイアスは、ガイの真剣な表情に気がつき、大きくうなずいた。
「できるはずだ。お前も族長の血を継いでいる。お前の魔力量と努力次第では、可能なはずだ」
「……叔父さん、俺も番に対する本能を封印出来るように……、俺を……、叔父さんの下で修行させてください!」
「そんなに、番が嫌か……」
「はい……。祖母も……、母も俺を産んですぐに……自害しました……。こんな呪い……、絶対に、俺の中から消したい……」
ファイアスは、拳を震わせているガイの肩に手を置くと、ガイの目をじっと見つめた。
「ガイ、この谷では、外の世界より時間の流れが遅い。ここで10年過ごしても、外では5年しか経たん。竜人族だけが持つ特異魔法を会得するには、最低でも10年はかかるだろう……。やれるか?」
ガイは、迷いなく頷いた。
「ファイアス叔父さん、俺は、何年かかっても、番に対する本能を封印したいです。……どうか、お願いします!」
ファイアスは、「本気だな……」とつぶやくと、小さく頷いて、ガイに告げた。
「ガイ、外の世界でのしがらみを、すべて捨ててから、ここに来い」
(しがらみを……、捨てる……。あの居場所を……)
「わかりました……。叔父さん……、俺、ただの『ガイ』になって、ここに戻ってきます!」
ファイアスとガイが、『番の魂を空に送る』という花舞の演舞が奉納される場所に転移すると、すでに先生たちが、花の絨毯の上に座って俺たちを待っていた。
「おっ、ガイ、間に合ったな!今から始まるって!」
会場が静まると、舞人が舞台の上にあがり、空に一礼した。
そして、舞人は、天女のように美しく舞いながら、桜色の透けるような袖を空へ踊らせた。
そして、この世を去って行った番の魂を空に送り出すように、舞人は紅い花びらを空に舞い上がらせた……。
俺たちは、紅い花びらが空へ消えていく光景を、ただ黙って見上げていた。
「すごかったな……」
「美しかった……」
「あの衣装の生地は、何で出来てるんだろね……」
俺たちが、花の絨毯の上で余韻に浸っている間、ガイは族長とファイアスさん、そして先生を交えて、何か話し合いをしていた。
話し合いが終わると、ガイは先生と一緒に、俺たちが座っている場所に戻ってきた。
ガイは、俺たちを見回して、そして、静かに言った。
「俺、ここで修行する」
「えっ……?」
先生が、俺たちに向かって続けた。
「ガイは、学院を飛び級で卒業し、竜人族の修行を受けることになった」
(えっ……、修行って……)




