29. ノクスの過去
俺たちは、久しぶりにフルーラ辺境伯領に帰る準備をしていた。
「モーリー、準備出来た?うわぁ〜、すごい量の『ヒーロー・チョコ』!」
「ルキリアが、子供でも買える値段で、ヒーローカード付きのお菓子販売を始めた時は、こんなに人気になるとは思ってなかったけど、今じゃ、国中で大人気になってるもんな!」
俺は、以前から執事のチャールズに相談されていた、フルーラ辺境伯領の『アンテナショップ』を王都に開いた。フルーラ辺境伯領の特産物を販売するための店だったが、俺がたまたま思いついた、子どもをターゲットにした、ヒーローカード付きのお菓子を店に置いたら大売れして、子どもから大人まで大人気となってしまった。
「魔法史の授業受けてる時に、思いついたんだよね〜。この大陸にはたくさんのヒーローがいるって」
「おまけ付きのお菓子なんて、今までこの国にはなかったもんな。俺、この間、レアカードの『魔王』、手に入れたぜ!」
(あっ、『魔王』のカードは、博士をイメージして絵を作ったんだよなぁ……。この世界には、肖像権も無いから、作りたい放題なんだけど……、大丈夫かな……?)
「このカード、絵も綺麗だけど、キラキラしてて、大人でも欲しくなるよ。この大量の注文は、親父からだぜ!」
(モーリーのお父さん……、ストレス溜まってるのかな……?)
辺境伯城に転移すると、じいちゃんたちと、モーリーのお父さんが、俺たちを待っていてくれた。
「ただいま〜!えっ、親父!」
「今日は、私が迎えにきたよ。ルキリア君にお礼を言いたくてね」
「おじさん、お久しぶりです!魔道具の調子はどうですか?」
「ルキリア君、いろいろな魔道具を作ってくれてありがとう。この間作ってもらった、発注から出荷まで、みんなが情報を共有出来る魔道具で、出荷ミスがほとんど無くなったよ。現場のみんなが喜んでる」
「良かったです!何か改善点があったら、遠慮なく言ってください」
モーリーのお父さんは、後ろに置いてあった木箱から瓶を1本取り出して、じいちゃんに渡した。
「あっ、辺境伯、族長からこれを渡してほしいと……。先日、旅行先から転送されてきました」
じいちゃんは、瓶の栓を開けて匂いを嗅ぐと「これは!」と言って、ばあちゃんに瓶を渡した。
「なんと!日本酒じゃ!モーリーの父殿、これは我ら夫婦にとって、とても懐かしい貴重なものじゃ……」
「そうでしたか!ルキリア君に、いつも助けていただいているので、そのお礼です」
「(ルキリア、また何か作ったのか……?)」
モーリーたちが大量の『ヒーロー・チョコ』と一緒に地下都市へ転移して行った後、俺はじいちゃんとばあちゃんに話があると言って、じいちゃんの執務室に向かった。
防音の結界を張り、俺は、シャーロット夫妻のこと、ガーラン公爵とデーモン族のこと、そして俺が1000年前の魔国にいた魔王の息子だったことを話した。
「ルキが、魔王の息子じゃったとは……」
ばあちゃんは、驚いた顔をしていたが、「しかし、今は、我の孫じゃがな!」と俺の頭をぐりぐりした。
「デーモン族と聖女……、そして聖エリス国……」
じいちゃんは、目を瞑って情報を整理しているようだったが、何かを思い出したかのようにパッと目を開いた。
「ノクタリア国の側妃……、彼女は聖エリス国で聖女見習いをしていた……。その後、なぜかノクタリア国の公爵家の養女となり、ノクタリア国王に嫁いでいる。あの国の王族は純血を重んじるのだが……。調べる必要がありそうだ……」
(ノクタリア国王の側妃?)
♢*♢*♢*♢*♢
その頃……、
マルコは、ノクスからの帰国命令により、サムをガーラ国に残して、1人ノクタリア国へ向かっていた。
各国には、転移による無断入国者を弾くための結界があるため、マルコは風魔法で飛行してノクタリアへ向かった。
(腹が減ったな……。下に降りるか……)
地上に降り立ち、市場の中を歩いていると、威勢の良い屋台の女将から声をかけられた。
「お兄さん、顔色悪いよ。うちで朝メシ食べて行きな!」
マルコが屋台のそばにあるテーブルに荷物を下ろすと、女将は、美味しそうな玉子サンド、そして「おまけだよ」と言って、温かいスープを持ってきてくれた。
「お兄さん、疲れた顔してるよ。ここでゆっくり休んで行きな。人生、急いだって、たかが知れてるよ。ちょっとぐらいゆっくり休んでも、どうってことないもんだよ」
そう言うと、女将は俺の背中をポンと叩いて戻って行った。
(このスープの味……、俺は知っている。……が、何でなのか……を思い出せない……)
マルコは、食事を終えると、女将にお礼を言って、休息を取ることなく、そのままノクタリア国へ飛行を続けた。
ノクタリア国の上空に入ったマルコは、ガーラ国に比べて空気が重く、冷たく感じながら城に向かった。そして、城に着くと、マルコは身体の疲れを無視して、すぐにノクスの執務室に向かった。
「マルコです」
「入りなさい」
ノクスはマルコの顔を見ると、フッと懐かしい者を見るような表情をしたが、すぐにいつもの微笑を顔に貼り付けた。
(ノクス様は、時々、俺を通して誰かを見ている気がする……)
「マルコ、遠いところお疲れ様でした」
ノクスは、マルコをソファに座るように促した。
「貴方を呼び戻したのは……、実は、貴方に私の側近になってもらいたいからです」
「えっ……、殿下には、すでに側近が何人も……」
「あの側近たちは、側妃が私にあてがった者たちです。私は、彼らに何度も毒殺されそうになりました……。今は、私の傀儡となっていますがね……」
「側妃様が……?」
「……私の母、王妃が亡くなったのも、側妃が仕組んだことだと判明しました」
「そんな……」
「側妃は、王妃を亡き者にした後、自分の息子を王太子にしようと画策を始めました。まずは私が幼い頃から仕えてくれた側近たちを外し、彼女の息のかかった者たちを私の側近として近づけさせました。そして、国王も側妃に操られているかのように、全ての仕事を私に押し付け、数年後に側妃の息子が成人したら、私を消すつもりで動いています」
(ノクス様が、この城で孤立しているように感じたのは、そのためか……)
「私には……、昔、心から信頼している部下がいました……。側妃は、私と親しかった彼女をエビータ国の後宮に諜報員として送り……、彼女は、エビータ国の先王に慰み者にされて、子を産むとそのまま亡くなりました……」
(えっ……、それって……)
「貴方の母親です……」
「そんな……ことが……。俺の母親が、ヴァンパイア族……だった……?」
マルコは、衝撃の事実に崩れ落ちそうになったが、自分の髪と目の色を思い出した。
(……だから、俺は血清の馴染みが早かったのか……)
「彼女は、私の幼馴染であり、私の……とても大切な人でした……」
ノクスは、遠くに誰かの面影を探すかのように、マルコをじっと見つめた。
「今の私は、国王をも凌ぐ力を身につけました。……マルコ、私は、私の大切な者たちを殺した側妃に復讐をしたいと考えています」
「復讐……」
「貴方の母を貶めた、全ての者を消していくつもりです。貴方には、私の片腕となって、その手伝いをしていただきたいのです。魅了魔法など使わなくても、同じ志を持つ者として……」
「あっ、アルジェント様は……?」
「彼は側妃の義理の甥です。彼には念のため魅了魔法をかけてあります……私に歯向かわないようにね……」
マルコが、ノクスの執務室を訪れていた時、ノクタリア国城の誰もいない謁見の間の玉座には、黒いマントを羽織った、黒髪に紅目の長身の男が、長い脚を組んで座っていた。
「なるほど……。そういうことか……」
男は小さく呟くと、サッと手を振り、ノクスの中の記憶を操作する魔法を飛ばした。
その魔法は――
アルジェントに関わる記憶に幕を張り、
魔王崇拝の気持ちが薄くなるように、ルキリアへの執着を削り取った。
そして、男が立ち上がると、空間がわずかに歪み、その姿は闇に溶けるように消えていった。




