28. 前世母との別れ / 掛けられた魅了
「ルキリア、おかえり!」
俺が屋敷に戻ると、モーリーは『何か』を手に持って廊下を走ってきた。
「どうだった?博士と話してきたか?」
「うん……、ちょっと長くなる話だから、後でゆっくり話すよ。……モーリー何を持ってるの?」
「あっ、これか?親父に送ってもらったんだ、『発光石』。この屋敷、俺のために真っ暗にしてくれてるけど、みんな仕事がしづらいだろ。この鉱石の光なら、地底族の体に影響が無いから、屋敷中の明かりを魔石からこの鉱石に付け替えてたんだ。青白い光だけど、赤外線メガネをつけるより仕事しやすいかなって思ってさ。交換不要で半永久的に使えるから、節約にもなるしな!」
「節約……。あっ、これも売れるかも!」
「マジか!親父の仕事、また増えるな!」
(あぁ……、モーリーのお父さんのために、また事務処理の魔道具を考えてあげよう……)
夕食後、俺たちはモーリーの部屋に移動して、防音の結界を2人で重ね掛けした。
「これでいいか?」
「うん、ありがとう……」
真っ暗な部屋で、俺はモーリーに、博士から聞いた話と、シャーロット夫人のことを話した。モーリーは、驚いた顔をしながらも、話を遮ることなく、だまって最後まで聞いていた。
「……シャーロット夫妻が、ルキリアの1000年前の両親か……」
「うん……」
「ガーラン公爵が、デーモン族か……」
「うん……」
「ドーナツ、食うか……」
「うん……」
ドーナツを食べた後、俺たちは、それぞれに頭の中を整理しようということになり、そのまま就寝した。
次の日、俺たちは、その話に触れることなく、学院へ行く馬車に乗り込んだ。
「モーリー、俺、今日も博士の家に行ってくるよ。夫人に会いに……」
モーリーは、俺の肩に手を置いて「それ正解!」とニカッと笑った。
「行ってこいよ。可能な限り、毎日、行け」
「うん、そうする」
その日の午後、俺は授業が終わると、博士の家に足早に向かった。
「ルキリア君……!今日は、どうしてここに……?」
「シャーロット夫人に会いに来ました」
博士は驚きながらも、俺の手を握った。
「……ありがとう」
シャーロット夫人は、私室の窓辺の椅子に座って、外の景色を眺めていた。
「ルキリア君が、今日も来てくれたよ」
シャーロット夫人は、静かにゆっくりと俺に顔を向けた。とても優しい穏やかな笑顔で……。
そして俺たちは、その日からほぼ毎日のように、夫人の部屋で、短い時間ながらも、温かく優しい時を過ごした。
「ルキリア君、今日も来てくれてありがとう」
俺が初めて夫人のもとを訪れてから約1ヶ月が過ぎた。
夫人は、だんだんと起き上がることが難しくなり、俺は、寝ている夫人の手を握るだけの日々が続いていた。
「あっ、博士に聞きたいことがあるんですが……」
博士は、お茶を淹れる手を止めて、俺に振り返った。
「博士は、なぜ王弟殿下に俺の力を知っていることを内緒にしているんですか?」
「あぁ、そのことか……。それはね、王弟殿下に、君の力のことを知っていると話したら、私が魔王だったことを話さなくてはならない。暗黒魔法がこの世界を滅ぼすことが出来る力だということが知られたら、君に危険が及ぶ恐れがあるからね……」
(あっ……、確かに……)
「暗黒魔力が、どんなことを出来るものなのかは、明確には伝えない方がいい。君だけじゃなく、身近な人をも守るためにもね」
「わかりました……。博士、ありがとうございます」
それから1週間後、学院のカフェテリアで4人で昼食を取っていると、俺に魔信便が届いた。
「あっ……」
モーリーが、俺が青ざめた顔で固まっているのを見て、バシッと俺の背中を叩いた。
「ルキリア、行ってこいよ、早く!」
俺はうなずくと、周りの目も構わず全速力で廊下を走り、校門を出た瞬間にその場から博士の家に転移した。
「博士!」
「ルキリア君……、来てくれてありがとう」
シャーロット夫人は、柔らかい風が吹き抜ける部屋で、いつものように優しい表情でベッドに横たわっていたが、顔色はいつもより青白かった。
俺がシャーロット夫人の手を握ると、夫人は薄っすらと目を開いて小さく口を開いた。
「ロア……」
「お母様……」
俺は、ぎゅっと夫人の手を握った。
「博士……」
「わかっている……」
1ヶ月前、シャーロット夫人はポツリと「3人が穏やかに笑って暮らしている世界に行きたい」と、つぶやいた。
そして、博士と俺で話し合い、夫人をやり直しの世界へ送ることに、決めた。
博士と俺は、夫人の両サイドに立ち、俺は夫人と博士の手を、博士は俺と夫人の手をしっかりと握った。
「ルイーゼ、また会おう……」
「母上……」
俺は溢れる涙を流しながら、全身の魔力を右手と左手に流していった。
夫人の右手には、俺の暗黒魔力が……、そして左手には博士と俺の魔力を合わせた魔力が、シャーロット夫人の身体に静かに流れていった。
ふわっと、窓から気持ちのいい涼やかな風が俺たちの髪を揺らすと、夫人の身体が光に包まれた。
そして夫人の足元から少しずつキラキラした光の粒が舞い上がっていった……。
『ジルバ……、ロア……、愛してる……』
夫人の声が聞こえたような気がした……。
窓際のレースのカーテンが、風でフワッと舞い上がり、キラキラした光の粒が部屋中に舞い散ると、夫人の姿がスーッと消えていった。
俺がフルーラ辺境伯のタウンハウスに転移して帰ると、モーリーが玄関前の階段に座っていた。
「おかえり、……大丈夫か?」
「えっ……、モーリー!シャーロット夫人のこと覚えてるの?夫人のことは、みんなの記憶から消えて書き換えられたはずなのに……」
モーリーは、何かが走り書きしてある手のひらを、俺に向けた。
「……俺の手に書いてあった。今日は、お前が帰ってくるまで、ここで待つこと。そして、『大丈夫か?』って、声をかけること。俺の手に、書いてある通りに、した」
「あっ……。モーリー……、ありがとう……」
モーリーは、震える俺の背中に手を当てて、何も言わずに、2人のまわりに結界を張った。
♢*♢*♢*♢*♢
「……今日の報告は、以上です」
「アルジェント、報告が、いつも彼の授業の時の様子のみですが、彼とは親しくなれましたか?」
「いえ……、彼には地底人の親友がいて、彼と2人だけで話しをすることが難しく……」
「あぁ、あの目障りな地底人ですか……。彼を消してしまいましょうか?そうしたら、貴方が彼の1番の友人となる居場所を得られるでしょう」
「えっ……、ノクス様!……あっ、……失礼しました……。それは……、必要ないと思います……」
「そうですか……、どうやら、情が湧いたようですね……。学年末にある長期休暇に、彼を我が国にお誘いしてみなさい。……上手く誘うのですよ、アルジェント」
アルジェントは、通信鏡の魔力を切ると、ドサっと床に膝をついた。
「俺は……、どうしたら……いいん……だ……」
「今日のスペシャルランチの『バッファローバウの魔獣肉ステーキ』、ちょーうまいな! 俺、おかわり取ってくるわ!」
モーリーがガツガツと食べている横で、アルジェントは、フォークでサラダを突いていた。
「アル、大丈夫か?顔色悪いぞ」
ガイがアルジェントの顔をのぞき込むと、アルジェントは顔を背けて立ち上がった。
「大丈夫だ……。今日は、先に帰るよ」
手付かずの皿が乗ったトレイを持とうとした瞬間、
アルジェントは、そのまま床に倒れた。
「「「アル!」」」
俺たちは、先生と博士に魔信便を送ると、アルジェントをすぐに医務室に運んだ。
「アルジェント!大丈夫か!」
先生が息を切らして医務室に駆け込んできた。
シャーロット博士も、白衣を着たままで、王立魔法薬研究所からすぐに駆けつけてくれた。
博士は、すぐにアルジェントの身体に手を当てて、光魔法で治療を始めた。
「……大丈夫だ。睡眠不足と精神的疲労から胃がズタズタになっていた。これでは、食事も摂れなかっただろう」
(胃潰瘍か、十二指腸潰瘍みたいなものかな?ストレスからか……)
「アルジェント君、もう普通に動けるだろうが、念のため薬を用意しておくから、後から王立魔法薬研究所まで来なさい」
「はい……、ありがとうございます」
しばらくして、顔色の良くなったアルジェントが起き上がると、ガイが、心配そうに声をかけた。
「アル、大丈夫か?博士の研究所まで付き添わなくていいのか?」
「大丈夫だ……」
アルジェントは、医務室を出て、1人で学院の門の前まで行くと、離れているところにいた護衛の2人をチラッと見て、声もかけずに、その場から転移して行った。
「失礼します……」
アルジェントは、シャーロット博士の執務室をノックすると、博士は優しい笑顔で迎えてくれた。
「そこのソファに座ってくれ。今、胃に優しいお茶を淹れるよ」
博士は、柔らかい香りのするお茶を淹れると、冷たいアルジェントの手にカップを持たせた。
「……美味しい」
博士は優しい表情でうなずくと、アルジェントの目を見て話し始めた。
「アルジェント君、君には魅了の魔法が掛けられている……、外れかけているがね……。君も……、気づいていたんじゃないか?」
「あっ……」
「ノクタリア国のノクス殿下だね。君の魅了を解くのは簡単だが、解けた瞬間、彼に気づかれる」
「私は、どうしたら……」
「君は、薬草に詳しかったね?」
「えっ、なんで、それを……」
「ノクタリア国の薬草園の者から聞いたよ。君がこの国に来る前、薬草園の手伝いをしていたことをね」
「薬草園の……、みんな……」
「アルジェント君、君は、この研究所の研修生として、学院が終わった後にここに通いなさい。……たぶん君の屋敷には、魅了を持続させるための魔力を込めた石が隠して置いてあるはずだ。屋敷にいる時間を少しでも減らしたほうがいい」
「でも、私の行動は、全てノクス様に報告されています!」
「その件は、大丈夫だ。私に考えがある……」
博士は、アルジェントの隣に座ると、涙を流しているアルジェントの手を握り、背中を擦った。
「君にずっと掛けられていた魅了が、この国に来て、ルキリア君のそばにいたことで、少しずつ外れかけている。今は、自分の本当の気持ちが、見え始めてきているんじゃないのかい?」
「本当の、気持ち……?」
「この世界では、君の生きたいように生きていいんだ。何者にも囚われなくていい。力を抜いて、自然体で生きてごらん。自由になれるから……」
アルジェントは、今まで押し込めていたものが溢れ出したかのように、声を出して泣いた……。
そして博士は、窓の外を見つめて、アルジェントにも聞こえないぐらいの声で、つぶやいた……。
「彼には……、『指導』が必要だな……」




