第24話 モーリーの記録玉
アルジェントは、通信鏡の魔力を切ると、ソファに座って目を閉じた。
「ノクス様……」
(ガーラ国に来る前の俺は、ノクス様を崇拝し、自分の命を投げ打ってでもノクス様の理想を叶えると決心してこの国に来たのに……。学院に入って、彼と接するようになってから、なぜかノクス様への不信感が増している……)
コンコン、と控えめなノックが扉に響き、アルジェントはハッと顔を上げた。
「アルジェント様、マルコです」
「……入れ」
マルコとサムが部屋に入った途端、フワッと頭の中に霧がかかるような気持ちの悪い感じがした。
(……また、この感覚だ……。ノクタリア国にいた時は、こんなことはなかったのに……)
「フルーラ辺境伯の屋敷はどうだ?」
「……あの屋敷には、何重にも結界が張ってあり侵入は不可能です。しかも、ノクス様から頂いたこの指輪の魔力も弾くような、強力な『魔力返しの腕輪』を使用人全員がはめていました」
(ノクス様の魔力を弾く、だと……?)
♢*♢*♢*♢*♢
「モーリー、地底族のみんなにお土産買った?」
「あぁ、王都のお菓子、大量に準備したぞ。あっ、じいちゃんが、旅行から帰ってきたって連絡あったよ。なんか、ルキリアにも見てもらいたい物があるって言ってたな……」
「えっ、俺に?何だろうね?」
タウンハウスから、フルーラ辺境伯城へ転移すると、じいちゃんとばあちゃんたち、そして地底族長と族長補佐もいて、大人数で迎えてくれた。
「おじいさま、おばあさま、ただいま帰りました!」
「ルキ〜!少し痩せたのではないかえ?」
「おばあさま、痩せてはいません。俺は……少し太りました」
じいちゃんの特訓がなくなったせいか、俺は太った。
「ルキリア、体が鈍っているんじゃないか?……んっ?魔力経絡が太くなっているな……」
(魔力経絡?)
「あっ、おじいさまに見てもらいたい魔法があるので、明朝、特訓をお願いします!」
俺は、隣で嬉しそうにモーリーにハグしている族長に声をかけた。
「あっ、族長、旅行はどうでしたか?遮光の魔道具に不具合はありませんでしたか?」
族長は、いつもの穏やかな表情で微笑んだ。
「ルキリア君、お帰りなさい。魔道具はとても調子が良かったですよ。転移の魔道具と潤沢な資金のおかげで、海を超えた国までたくさん観光してきました」
「そうだよな!ルキリアが、地下都市の道端に転がってた石が高値で売れるって教えてくれたから、地底族も現金収入のルートが出来た」
(あの発見は偶然だったんだけどな。でも、ミスリル以上の魔力伝導率がある鉱石なんて、地底深く潜れる地底族でないと採掘できないから、地底族の独占販売だよね)
「あの鉱石を加工した剣は、ものすごく切れ味がいい。あちこちから大量の注文が入って、生産が追いつかんぐらいだ」
俺の後ろにいたチャールズが、ホクホク顔でうなずいた。
「フルーラ辺境伯領は、地底族様から優先的に鉱石を仕入れさせていただいておりますので、win-winです」
「あっ、族長、俺に見てもらいたい物ってなんですか?」
族長は、フッと暗い顔をしたが、すぐにいつもの穏やかな表情に戻って、俺とじいちゃんを見た。
じいちゃんは、族長の一瞬の表情を見逃さず、執務室に移動して話を聞くことになった。
執務室に入ると、じいちゃんは、ばあちゃん、族長と族長補佐、モーリーと俺を残して、他は退室させてから部屋に防音の結界を張った。
「ハン殿、お孫さんが帰ってきたばかりなのに申し訳ありませんね……。どうしても早くこれを見ていただきたくて……」
族長はそう言うと、マジックバッグから2つの白く光る玉を取り出した。
「まずは、モーリー、この玉に魔力を流し込んでみなさい。これは地底族が代々保管している記録玉と同じものです。私はこれを、ここからかなり離れた国で見つけました」
「えっ、なんで記録玉が他の国で……」
モーリーが、記録玉を手に取り、少しずつ慎重に魔力を流し込むと、カチッと鍵が開くような音がした。
「……やはり、モーリーの作った記録玉でしたか……」
(なんでモーリーが作ったってわかったの……?)
「じいちゃん、なんで俺が作ったってわかったんだ?」
「地底族が作る記録玉は、地底族長を継承した者にしか、記録玉の鍵を開けることは出来ません……。モーリーが鍵を開けたということは、すでに継承の儀を受けて、魔力に鍵が刻まれているということです」
「……じいちゃん、この中の記録、見た?」
「……見ました。モーリー、何回目ですか?人生を繰り返しているのは……。私が見つけた記録玉は2つでした」
「……今が、5回目……。俺、記録玉を作った記憶無いんだけど……。でもなんで他国にこれがあったんだ……?」
じっと話を聞いていたじいちゃんが、口を開いた。
「族長、モーリーは、この世界での『生』を繰り返していると?」
族長は、静かにうなずいた。
「はい。この記録玉には、これを作った者の最後の瞬間が記録されていました。どちらもほぼ同じものが記録されていて、記録者のモーリーという名前が刻まれています」
(記録玉には、作った者の名前が刻まれるのか……)
「モーリー、一人で抱え込んでもいいですが、みんなの知恵を借りた方がいいと、私は思いますよ」
モーリーは、俺の顔を見た。そして俺は、モーリーにうなずいた。
モーリーは、大きく深呼吸してから口を開いた。
「じいちゃん、辺境伯、辺境伯夫人……、俺はこの世界を繰り返しています。今回が5回目です。俺が父から族長を継ぐとすぐに地下都市が襲撃されて、そして俺はそこで終わる……っていうのを繰り返してます。ループするたびに違う行動を取って、流れを変えようとしたんですが、どうやっても俺が族長を継承することになって、地下都市が襲撃されてしまう……」
「過去4回の記憶はあるのかえ?」
ばあちゃんは、じっとモーリーの魔力を見ながら質問した。
「微かに……。しかし、ほとんどの記憶はありません。俺が消える前の記憶だけが、はっきりと残っているだけです……」
族長が、小刻みに震えているモーリーの手を優しく握った。
「たぶん、この記録玉に記憶させた部分だけが、モーリーの記憶に残っているのでしょう。他の記憶は、繰り返すたびに消えたんだと思います……」
「地下都市の襲撃……。その原因と首謀者を突き止めれば……」じいちゃんが、腕を組みながら呟いた。
モーリーは、また俺を見た。俺は、「うん」とうなずいた。
そして、モーリーは、もう一度大きく深呼吸をした。
「俺が消える時には、毎回、聖女が俺の前に立っていました……」
「聖女……」じいちゃんは、驚いて目を見開いたが、すぐに眉間に皺をよせて、何かを考えている様子だった。
「モーリー、この記録玉を、みなさんに見ていただいてもいいですか?」
「はい……、お願いします」
族長は、一つ目の記録玉をテーブルの上に置いた。そして魔力を流し込むと、色のない3D映像のようなものが、俺たちの前に表れた。
◇◇◇◇◇
『……お前たちの目的は何だ!なぜ地下都市を襲撃した!』
『……ごめんなさい……。こうしないと、この世界が破壊されてしまう……』
『破壊?誰が……』
『ごめんなさい……。お願い……あなたが……』
◆◆◆◆◆
記録玉の映像が消えた。
「もう一つの記録玉も、開けますね……」
族長は、もう一つの記録玉にも魔力を流し込んだ。
◇◇◇◇◇
『……お前たちの目的は何だ!なぜ地下都市を襲撃した!』
『……ごめんなさい……。こうしないと、この世界が破壊されしまう……』
『俺をループさせているのは、お前か!俺に、何をさせたいんだ!』
『ごめんなさい……。私に出来ることは、あなたをループさせることだけ……。お願い……、どうぞこの世界を……』
◆◆◆◆◆
じっと記録玉の映像を見ていたじいちゃんが、ぽつりと呟いた。
「今の聖女の容姿と違うが……、この服は聖エリス国の聖女の正装だ……。そうか、これは未来の聖女か……」
「えっ、おじいさま、容姿が違うって……。あっ、そうか今の聖女じゃなくて、次の聖女……」
じいちゃんは、俺にうなずくと、
「この聖女は、今は聖女候補である可能性が高いな……。聖女に関しては、諜報部にすぐに調べさせよう」
「でも、族長が見つけた記録玉、なんで他の人に拾われなかったんでしようか?あんなキラキラしたもの、目立つと思うんだけど……」
「あの記録玉は、地底族の目か、地底族がそばにいる時でないと見えないんです。地底族の魔力に反応する物なのです」
「それでも、この広い世界であの記録玉を見つけたことは、奇跡だね……」
族長は、深々とじいちゃんに頭を下げた。
「ハン殿……。この子たちを救うために、お力をお借りします……」
「あっ、族長、俺たちは、モーリーのループに、地底族が魔の森からブルーマウンテンに住処を移したことに何か関わりがあるかもしれないって、考えていたんですが……」
「魔の森から……?」
族長は、眉間を寄せていたが、首を捻りながら答えた。
「……とても重要なことなのに、私は先代から直接その話を聞いたことがありません……」
「その頃の記録玉は、残っていますか?」
「残っているはずです……。地下都市に戻ったらすぐに確認してみます」
「族長、俺も、その記録玉を見せてもらえますか?」
「もちろんです。明日でよろしければ、みなさんにお見せしますので、地下都市にいらしてください」
(この聖女が言ってたことの謎を解くには、情報が足りない……。記録玉に、何かヒントがあればいいんだけと……。あっ、ガーラン公爵家について、後でじいちゃんに話を聞こう……)




