第2話 父との別れ
「旦那様! ルーク様が——!」
父上が魔獣討伐に出発した次の日の朝、執事のチャールズが、青い顔で食堂に駆け込んできた。
「どうした!」
「今朝、魔獣のスタンピードが発生して、討伐に向かった騎士団のほぼ全員が重傷を負ったとの連絡が入りました!」
(えっ……)
「ルークは!」
「魔信便は、現場から離れたところにいる救護隊の者からでしたので、山の中にいるルーク様の安否はわかっておりません!」
(父上!)
ばあちゃんは、チャールズが話し終える前に立ち上がり、辺境伯城の一画にある救護室に、現地に向かう準備のために走り出した。
「ハン!5分後じゃ!」
「わかった!きっかり5分後に救護室に転移する!」
そして、じいちゃんは天井を見上げると、姿を隠して常にじいちゃんに張り付いている『影』に声をかけた。
「ルイ、話は聞いたな!暗部の第1と第2部隊を騎士団のもとに向かわせろ!」
「御意」
じいちゃんの後ろに、暗部第3部隊の者たちがサッと姿を現した。
「チャールズ、お前はルキリアを守れ。現場には儂とセイが向かう」
「大奥様まで……」
「儂らは、先に転移の魔道具で現地に飛ぶ。城に残っている騎士団の者たちは、すぐに山の麓の住民を避難させるように向かわせろ」
「畏まりました」
じいちゃんは、俺に振り返り、俺の頭をグリグリと撫でた。
「ルキリア、この城を頼むぞ」
「おじいしゃま……」
俺は涙を堪えて、うんうんと首を縦に振った。
そしてじいちゃんたちは、その場から姿を消した。
何度か執事のチャールズに連絡は入ったが、辺境伯城内は異様なほど静かだった。
待っているだけで何も出来ない自分に歯痒い思いをしながら、じいちゃんたちの帰りを待った。
(俺は、何もできない……)
俺が自室のベッドのそばで膝を抱えていると、チャールズがドアをノックして部屋に入ってきた。
「ルキリア様、みなさんが帰ってくる前に救護室の準備をしたいのですが、手伝っていただけますか?」
チャールズが、俺に仕事をくれた。
「うん!手伝いましゅ!」
俺は涙を拭って、チャールズの後ろを走った。
そして、メイドたちと一緒に、ガーゼをたたんだり、洗濯してあった包帯を巻いたり、今の俺に出来ることを必死にやった。
(今の俺には、こんなことぐらいしか出来ないけど……やれることをやる!)
その日の夜、じいちゃんは父上を抱いて、静かに城に戻ってきた。
父上の服は裂け、血で黒く染まっていた。
「ちちうえ……?」
じいちゃんは、眉間に皺を寄せて口を一文字に結びながら父上の寝室に入ると、そっと父上の体をベッドに横たわらせた。
そして寝室のドアのところで立ちすくんでいた俺を抱き上げて、ベッドの側にあった椅子に腰を下ろした。
「ルークは、先頭に立って戦った。こいつが魔獣たちを押さえてくれたお陰で、麓の町の被害は最小限で済んだ」
「……」
「ルークは……亡くなった」
「んぐっ……ズズッ……」
じいちゃんはしばらく黙った後、俺の頭に手を置いた。
「ルキリア……お前が、次の当主になる」
「うぐっ……ズズッ……はい。……俺が、ちちうえの代わりにこの領地を守ります……」
じいちゃんは、目に光るものを浮かべながら俺の頭をぐしゃぐしゃっと撫でた。
「葬儀が終わったら……儂がお前を次期当主として鍛え上げる」
「はい、おじいしゃま……」
じいちゃんは俺をベッドの縁に座らせると、「ルークと最後の会話をしておけ」と言って、静かにドアを閉めて部屋を出ていった。
ぽふっ。
俺は、ベッドに横たわる父上のそばに寝そべった。
父上は、大人に甘えることが苦手な俺を察して、よく父上のベッドに俺を担ぎ込んで、この世界の色んな話をしてくれた。
俺は、異世界で出会った父親という存在に戸惑いながら、人の温かさを感じた。
「ちちうえ……」
俺は、父上が大好きだった。
「ちちうえ、また頭をグリグリ撫でてよ……」
ふと俺の手が父上のポケットに触れると、俺が渡した魔道具が滑り落ちた。
「あっ……」
表面には無残な亀裂が入っている……。
もしかしたら……この魔道具の結界のせいで、スタンピードに気がつくのが遅れたのか……
それに、こんな魔道具の結界に魔獣がぶつかってきたら……
スタンピードの衝撃には耐えられないはずだ……
「ちちうえ……、ごめんな、さい……」
(こんなものを渡したからだ……俺が……殺したんだ……)
ひび割れた魔道具を、俺は何度も握りしめた。
(俺は……魔道具を作って、役に立ってるつもりになってただけだ……。何の役にも立ってない!)
「うぁぁぁぁぁ——」
俺は、大声を上げて泣いた。
俺は、『初めて』声を上げて泣いた。
(父上——)
突然、俺の頭の中に声が聞こえた——
『弱いな……』
(誰……?)
『お前の魂には、儂の力を芽吹かせるほどの器があるというのに……』
(……器?)
『欲しいか?……この世界を変えるほどの力が、欲しいか?』
(その力は……父上を生き返らせられる?)
『死んだ者は、連れ戻すことは出来ん。すでに魂が渡ってしまっている』
(渡る……?貴方は、誰?)
『名はない……。お前は、その力が欲しいか?儂がその力を芽吹かせてやるぞ』
(俺は……やっと普通の子どもになれた、から……。いらない……)
『お前の能力、知能……それを使いこなせず、逃げるのか』
(逃げてない!俺は……)
『能力は使命をもって与えられる……。お前は、また……同じことを繰り返すのか……』
声は小さくなり、消えていった……。
(俺は、逃げてきたのか……?そして、この世界でも……)
父上にしがみついて泣いていると、執事のチャールズが俺を迎えにきた。
「ルキリア様、ルーク様がお着替えになりますので部屋に戻りましょう」
俺はチャールズに抱っこされて部屋に戻ると、泣き疲れてそのまま眠ってしまった。
スタンピードで亡くなった人たちの合同葬儀が終わってから数日後、じいちゃんは、父上が魔獣と戦った場所に俺を連れて来た。
「ここが、ルークが命を落とした場所だ。……ルキリア、ここは、国の砦となる辺境伯領だ。魔獣から民を守るために、誰かが死ぬのは避けられん」
「……」
「ルキリア、スタンピードからこの麓の町を守る道具を作れ」
俺は、顔を上げて、あたりを見回してから大きく頷いた。
(俺に、できること……)
俺は、『あの声』を思い出した。
(俺は……逃げてない!)
「おじいしゃま……、しゅぐに魔道具作成にとりかかりましゅ」
じいちゃんは、俺を父上の死から引き離すために、あえて難しい課題を与えてくれたんだ。
俺はもう、二度と間違えない
——もう、誰も死なせない
葬儀後、父の部屋は、そのまま鍵を閉めることになった。
当主になったら……俺が……鍵を開ける。
父上……待ってて。
必ず、俺が開けるから……




