第3話
「ふーん……そっか。大変だね」
「あ、そ、そうですね……」
「……記憶喪失なのに、俺たちのことは覚えていたのか」
「え! ……自分のこと以外はわりと覚えてる的な……? あ、でも、覚えてないことの方が多いとは思うけど……」
苦しい言い訳にしか聞こえないが、二人とも特段気に留めなかった。たしかにゲーム内の彼らは国でも有数の貴族なのに大雑把で、庶民出身の主人公のことも特に差別したりしないおおらかなキャラクターだった。皇太子ルートは散々なこき下ろしだったけど。
「リンはなんで僕たちがお互いのフリをしているって分かったの?」
「え? いや、だって……っ!」
あなたたちの過激派のオタクだからですよ……!
なんて言っても意味が分からないだろうし、オタクは一般人にオタクですってわざわざ言わない。思わず言いかけて慌てて口をつぐむ。
「だって?」
「あー……えっと……二人とも全然違うでしょ」
「……よく似ているとは、散々言われてきたが」
「顔はたしかに似てるよ。でも性格は真反対だし、似てる顔だってよく見れば、エイデンの方はちょっとだけ垂れ目で、アルバートは逆にちょっとだけ吊り目だし。他にもいっぱい違うよ。二人のこと好きなら分かって当然、で、しょ……ぁ」
――やってしまった。
今、完全にオタク特有の早口長文だった。しかもしれっと二人のことが好きだとか言ってしまった。私のポリシーとしては推しは隠れて見守っていたい、なのに。彼らに話しかけられてここに連れてこられた時点で、そのポリシーは崩れ去っていたけど。
二人はお互いに目を合わせて、私には聞こえないように何かを話しているようだった。というか、何かじゃなくて私が気持ち悪いって話をしているんだと思う……。一般人にこんなオタク口調引かれるに決まっている。まあ、彼らが一般人かどうかは疑問だけど。
次――があるならだけど――気をつけよう……。
ひとりでうんうんと頷いて言い聞かせていると、私が座っていたソファに馬車内の時のように両隣に彼らが腰かけてきた。え、なんで?
お金持ちの家具だから大きくて窮屈というほどではないけど、狭いといえば狭い。それは別に構わないんだけど、推しに挟まれてる状況、改めて考えるとやばくないですか……?
「……な、なんで、ここに座って……?」
混乱する頭で言葉をなんとか絞り出した。彼らの顔を交互に見て、私の困惑している感情を読み取ってほしかったのに、二人同時にエイデンには右手をアルバートには左手を取られて、手の甲に口付けを落とされた。
「……は?」
え? 今、何され……え?
あ、ああ、挨拶ね。バラエティ番組で、海外には手にキスをして挨拶する国もあるって見たような記憶があるし、そういうことよね!
……そうよね?
「リンの口から僕らの話、もっと聞きたいな」
「……リンだけが、俺たちを分かってくれる」
「え、いや、でも――」
「そうだ! 記憶喪失で家がどこかも分からないんだよね? それだったら、今日からうちに住まない?」
「……は?」
「……俺たちにも、リンが必要だから」
罰せられに来たはずだったのに、推しに同居を勧められているってどういう状況? それに、アルバートの必要ってなに?
二人の言動すべてに思考が追い付いていかない。
でも、記憶喪失、ではなく異世界転生者で自分の転生先が誰なのか分からない私にとっては、住む場所を与えてくれるのは有難くはある。二人とも優しいから、私を心配して住居を提供してくれてるだけだろう。
いろいろ気になるところはあるけど、元々、来るもの拒まず去るもの追わずの精神だから、住まわせてもらおう。
「……二人と、屋敷の人たちがいいなら、ここで少しの間暮らさせてください」
「やった! じゃあ、すぐに部屋の準備させるね!」
「……リンが傍にいる、嬉しい」
アルバートに再度手の甲にキスをされる。右側から「ずるい!」って聞こえて、右手もエイデンに同じようにされた。何に対する嬉しいで、何に対するずるいなの!?
一刻も早くこの状況から抜け出したかったのを執事さんは察したのか、私が過ごす予定の部屋を大急ぎで準備してくれた。私の心臓は助かりました、ありがとう執事さん……。
その日はとても疲れてしまったから、臨時の私専属のメイドだという人に寝間着に着替えさせてもらって、太陽が完全に落ちる前に眠りについた。




