第2話
「はあぁ……でっか……」
ゲームの画面で何度もアースクライン家は見たことあるけど、こんなに大きかったんだ……。ヨーロッパとかにあるお城とほぼ同レベルの規模と言っても過言ではない。一番大きいのは『空色のエンパシー』のメインルートである皇太子の屋敷だろうけど。
「……何、してる」
「わっ」
先ほどまでエイデンのフリをしていたアルバートは本来の姿に戻っていた。後ろにいつの間にか立っていて声をかけられ、鼓動が早くなる。彼らは一卵性で見た目はほぼ同じだけど、乙女ゲームは声優も大事な売りポイントだから、それぞれ別の人が声をあてている。エイデンはやんちゃな役が多い声優さんだけど、アルバートは低音が特徴的な声優さんで声を発せば違いは分かるはず。でも、お互いのフリをしていた時はエイデンの声そのものだった。
作品内で何度も間違えられたことが、この世界でも影響を及ぼしている、とか……?
「……そんな、まさか……でも転生ものって結構なんでもアリだからなぁ……」
「早くこっち!」
エイデンに引っ張られ屋敷の中へと招かれる。
外見の圧倒的な大きさに負けないくらい、内装も豪勢なものだった。ゲームでは屋敷内はせいぜい二人の自室くらいしかなかったから、初めて見る設定に思わず心を躍らす。ここに、推しが住んで、生活して……。スマホ、は当たり前にないし、カメラの類もない。全部記録したいのに……!
「エイデン様、アルバート様、おかえりなさいませ」
「ああ、お茶の用意してくれる?」
「かしこまりました」
執事と思われる老齢の男性にエイデンは指示を出し、私の腕を掴みずんずんと屋敷内を進んでいく。少し力が強くて痛い。その痛みでここに連れてこられた理由を思い出した。
そうだった、これから罰を受けるんだった。道中の馬車内でなぜか片側に偏って私を挟んで二人が座ってて、元の世界のニュースでよく見るパトカーで連行される犯人を思い浮かべていたんだった。
どんな罰だろう。資料集にはないところが見られて、推しと会話できたから、ある程度の罰は甘んじて受けよう。痛くないといいな。
そんなことを考えていると、客間のようなところに着いたようでソファに座らせられる。それと同時に、先ほどの執事さんも部屋に入ってきた。高そうなティーポットとカップ、それにたくさんのお菓子を持って。
「失礼致します」
「ありがとう……君、えっと」
「え、私? ……あ、名前か」
そういえば名乗っていなかったっけ。転生先のこの身体の持ち主の名前は一切分からない。私の名前でもいいかな……。
「り、リンです……」
「リンはこのケーキの中だったら、どれが好き?」
「え? えっと……これ、かな」
「じゃあ、これはリンに、僕たちはいつもの」
「かしこまりました」
ケーキの好みを聞かれて、それを差し出されて、香り高い紅茶を淹れられて、ど、どれが罰なの……?
紅茶になんか毒とか仕込まれてたり!? 罰って言うか即処刑になるほどの無礼働いちゃった!?
気が気じゃなくて出されたケーキと紅茶に手を付けないでいたら、警戒していることが分かったのか、エイデンがテーブルをコンコンッと叩いて私に自分の方を注視するように促した。エイデンは紅茶をこくりと一口飲む。なんともない……? じゃ、じゃあ、ケーキの方に……! もしくはティーカップになにか塗られていたり! 漫画で見たやつ!
「……くっくっ……何も入ってないから、安心して食べていいよ」
「ほ、本当に……?」
「ああ、……アルバート」
エイデンがアルバートを呼ぶと、アルバートは私の方に向かって手を伸ばし、綺麗に磨かれた銀のカトラリーで私にと出されたケーキを少し取って食べた。
「あ!」
「何か、違いはある?」
「……ない、うまい」
「だそうだ、リン」
エイデンはにっこりと笑って、どうぞ召し上がれと言わんばかりに手のひらを上に向けて私に差し出してきた。彼らが毒物等に強い設定なんかなかったはず。
「……じゃあ、頂きます……っ! おいしい!」
元の世界では食べたことがないような濃厚な、だけど繊細な味をしているケーキに舌鼓を打つ。ティーカップを手に取り、紅茶を飲む。少し冷めてしまったけど、鼻から芳しい香りが抜けていく。舌にほどよい渋みが残るけど、嫌な渋さじゃなく、むしろ爽やかさがある。こんな紅茶、飲んだことがない。
「気に入ってくれたようでなにより」
「っ! こ、これは……!」
至高の幸せを味わえて思わず頬が緩んでしまって、エイデンに笑われてしまった。慌てて取り繕おうとするけれど、彼はそれに構わず紅茶のおかわりを淹れるように執事さんに頼んでいた。
「そういえば、リン、家名は? 身分や年齢なんかも聞いていなかったね」
「え、あ、えっと……」
「召し物を見る限り、貧民ではなさそうだけど」
「た、多分……?」
ふわふわでひらひらのドレスはずっと歩きにくかった。こういうのは確かに貧しい家だと着られないはず。でも、この身体の持ち主がどこの誰かなんて、彼らにはもちろん、私にも分からなかった。
家名とか聞かれても答えようがないんだけど、どうしよう……。異世界転生しました、なんて言ったところで、異世界や転生のことについて説明するのも頭がおかしくなったと思われかねないし……。
「……あ」
「ん?」
「あ、えっと、私、名前しか覚えてなくて、多分、記憶喪失的な?」
「そうなの?」
「どうしてあの場所にいたのかも、覚えていなくて……」
一応嘘は言っていない。この身体の身分も家名も分からないし、あの場所で目覚めた理由も不明だ。記憶喪失なんて怪しさ満点な話、信用してくれるだろうか。むしろ、これこそ罰を与えられてもおかしくないかもしれない。言ってから自分の失態に気付く。
びくびくと返ってくる言葉を待った。




