ずっとずっと会いたかった
ここまでだ。
「佳夏」
二宮の声がした。
「え?」
目を開けると二宮がいる。
「二宮、どうして?」
わたしは、わたしを見る二宮をじっと見つめた。
消えてない。
カラスといっしょに、かえりましょ・・・
夕焼け小焼けのメロディは最後まで歌ってる。
時間が止まったわけじゃない。
時計を見た。5時2分。ケータイも見た5:02。
もう時計に細工していない。
この地域が夕焼け小焼けを4時に流してるわけじゃない。
なんで?
分かんない。
「ボクにも分からないけど、いつ消えるか分からないから、急ごう」
「うん」
わたしたちはまた走った。
もしかしたら、神様が特別にチャンスをくれてるのかもしれない。最後だからっておまけしてくれてるのかもしれない。あ、二宮が言ってた管理人がサービスしてくれてるのかも。
普段はホテルみたいな感じに行けたけど、最近調子が良くないからか、いろんなスタッフサービスを付けてるみたいで病院みたいだった。身分証明書を見せる以外にも、面会手続きとか施設の約束ごとみたいなのもいちいち説明されて、ここに着いてからナミばあちゃんの部屋に行くまでにも十分以上かかった。
やっとたどり着いた。
二宮は消えていない。
「ナミばあちゃん、あのね、わたしの友達連れてきたんだけどいい?」
ナミばあちゃんはベッドに寝ていた。
前に会ったときより、すごくやせていた。
目が開いてるのか分からない、穏やかな笑い顔でナミばあちゃんは言った。
「あら、ありがとう。どうぞ」
耳と言葉はしっかりしている。
わたしは、ドアの前で待たせてた二宮を中に入れた。
二宮の顔を見て、ナミばあちゃんの目がまん丸になった。起き上がろうとするので、わたしは支えに行くと
「金次郎さん?」
そうつぶやいた。
その言葉に、わたしは鳥肌が立った。
「ナミばあちゃん、分かるの?」
「会いに来てくれたんだ」
ナミばあちゃんはそう言って、少女のような笑顔で二宮を見つめる。
二宮も、懐かしそうな、穏やかな顔で笑う。
「ずっとずっと会いたかった」
初めて会ったときにわたしに言った言葉。
「ありがとう」
ナミばあちゃんの頬に涙が流れた。
「ぜんぜん変わってない」
「何言ってるの、八十七歳のおばあちゃんよ」
「ボクだって、見たこともない少年だ」
「でも、分かります」
「ボクも」
二人の姿を見ているわたしにも、分かるような気がした。
あの写真の少女と、二宮金次郎の石像が見えた。
ナミばあちゃんは、涙を光らせながら、何度も何度もありがとうと言って二宮とわたしの手を握った。
二人は通じ合っていた。
それがどうしてかなんて説明できない。
なんとなく分かる。
そういう気持ちでつながれる。
ロボットにはできないよね。
あ、石像にはできるのかな。
お地蔵さんとか、そういうの信じる心は昔からあるもんね。
何を話すでもなく、お互い見つめ合い、ゆっくりと、穏やかな時間が流れた。
ナミばあちゃんの手に二宮の時計が輪になったまま乗せられた。
二宮は消えた。
時計は6時ちょうどだった。
それから二宮に会うことはなかった。
金次郎さんと手を取り合った三日後、ナミばあちゃんは亡くなった。いつも通り夜に寝て、朝が来ても目覚めなかっただけみたいに、本当に静かに亡くなったって。
ナミばあちゃんの住んでたマンションは、部屋も病院もお墓もセットになっていたので、いろんな手続きはすぐに終わった。静かに眠るナミばあちゃんの姿がとてもキレイに見えた。なぜだか寂しくなかった。お葬式も不思議な光に包まれて、結婚式みたいにとても幸せな儀式のように思えた。
わたしはヒマがあれば、石像の所に行っていろいろ話かけた。
あの地域は大雨にやられて本当に大変で、予定よりも早く再開発の話が進められるらしい。二宮金次郎の石像もお引っ越ししなくてはならない。
金次郎像の歴史的な価値を判断するのに、ナミばあちゃんの写真が役にたった。持ち主がいるわけでもないから、縁のあるナミばあちゃんのために使われるなら誰も文句言わないだろうって話になった。
そんな話を石像に聞かせた。届いてるかな。




