タイムリミット
ふわふわした気持ちでいたのもつかの間、乗り換えた別の電車は人身事故の影響で途中の駅で止まってしまった。三十分ぐらい待っても動かない。でも、目的地まで行く、他の路線はこの駅からはない。ああ、タイムリミットがなければ、一緒にいられる時間が延長されたと喜んでたのに。こういう、どうにもならなかった作戦をいつしか考えてた自分が本当にお気楽だったなと思えてくる。
3時に到着は無理だったとしても、5時前に着かないと二宮が消えちゃう。
結局、一時間近く待たされて、振り替え輸送のバスが出ると言われた。
振り替えと言っても、最寄りの大きな駅に送られてそこから、違う路線で行ってねってやつなので、結局、さっきの乗り換え駅に戻る。
はああ。
駅員さんに聞いたけど、バスで戻って違うルートで行くのが一番早いと。
二宮は、これがそもそものルートだったと思ってるくらい、言われるがままについて行ってる感じだ。わたしの焦りなんか、あんまり分からないみたい。
まあ、デート、デート。
一緒にいる時間を楽しまないとな。
お母さんに電話して、ナミばあちゃんに3時には行かれないと伝えてもらった。
やっと、最寄りの駅に着いた。
ただいまの時刻4時。
予定より二時間遅れ。
でも、ここからマンション前のバス停に直で行けるバスは一時間に一本。大幅に予定がずれて、次のバスが来るのは四十五分後。他のバスは、ものすごい迂回して行くやつだから、何分かかるか分からない。バスで行けば七分ぐらいの場所だから、歩いても二十分ぐらいかな。歩くのが一番早いけど、道があってるか自信がない。
でも、歩くしかない。
わたしは、駅の地図と、前に歩いて行った時の記憶を頼りに歩き始めた。二宮は、もうわたしに付いてくるしかない。
わたしは少し早足で歩きながら、二宮に言った。
「二宮、もしも、5時に間に合わなかったらゴメンね」
「佳夏が謝ることじゃないよ」
「うん。でも、わたしにしかできないことだと思うの。二人を会わせるの。ナミばあちゃんさ、あんまり調子よくないみたいで、今日のチャンス逃したら、もしかしたら、もしかしたら、もう会えないかもしれないんだ」
「そっか。この、少年も、少年の体もクリスマスが限界かもって、言われてる」
「そうだよね」
わたしは一度立ち止まった。
ナミばあちゃんと二宮が会えなくなるだけじゃないんだ。わたしと二宮も、そう思うと先のことを考えたくなかった。
「じゃ、全力で頑張ろう」
「うん」
わたしたちは、走り始めた。
余計なこと考えないように走ろう。
交差点に出ると、ナミばあちゃんのマンションの看板が出ていた。もうすぐだ。
4時15分。
看板が示す矢印の方向に向かった。少し急な上り坂がキツい。
前に来たときは、この坂道がこんなキツいとは思わなかった。この坂道、こんな坂道あったけ?
不安の先に着いた場所はマンション専用駐車場入り口だった。高齢者用マンションと病院、デイサービスやリハビリ施設が併設されてて、車椅子ごと乗れる大きな車も出入りできるよう駐車場も広い。あの看板は車で来た人用の案内だったんだ。
「二宮、マンションには着いたけど、入り口逆だ!」
「え? ここから入れないの?」
「どうだろう」
わたしは高さが3mぐらいある門のすき間から中をのぞいた。徒歩で来た人が通り抜けて正面玄関に行ける道は見当たらない。なにより、この門をくぐり抜ける方法が分からない。
「佳夏、これなんだろう?」
二宮が壁にはまってるテレビみたいなのを見つけた。
画面をさわると「カードをかざしてください」という文字が出た。
わたしは、前にお母さんが見せてくれたICカードのことを思い出した。うちは車持ってないから、行くにしてもバスか歩きだろうけど、一応カードはもらって登録しておいたって。
この高齢者専用マンションは、ハッキリ言って金持ちばっかり。病院やリハビリ施設は紹介制で近所の人が気軽に行けるところではないし、デイサービスもいずれここに入居予定の人たちがほとんどらしい。外部からの侵入者を徹底的に入れないように、セキュリティーはものスゴいしっかりしてるんだって。
入居者に会いに来た人が、バスやタクシー、徒歩で来た場合は、正面玄関から入ってフロントで手続きをする。事前に連絡しておいて許可書を作ってもらって入る。今日のわたしは、お母さんに連絡しておいてもらったので入れる。子供だけど身分証明書を見せるように言われるかも知れないので、保険証も持たされた。
車で出入りする場合は、施設関係者、入居者とその家族しか持っていない専用のICカードがないと絶対に入れないし出られない。
カードさえあればいいってものじゃなくて、どこかにカメラが付いてて、そのカードの持ち主とカードを一瞬で照合してるんだって。関係者だと確証がないと門が開かない。
カードもなく、車じゃないのにここから入ろうなんて絶対絶対無理。
その監視を人工知能、ロボットがやってるって母さんが言ってた。
警備員も守衛のおじさんもいらない。むしろロボットの方が信用できる。
「あああ。ロボットに負けた」
「え? 佳夏どうしたの?」
「あのね、専用のICカード、さっきわたしが電車に乗ると時に使ってたやつ。ああいうのがないと入れないの。説明は後でするから、とにかくここから入るのは無理」
「じゃあ、どうする」
「正面玄関から入るしかない。看板があった場所まで戻って、違う道から行こう」
「分かった。じゃ、戻ろう」
「うん」
せっかく上った坂道を下りた。そこそこ車通りがある信号のない横断歩道を横切る。焦る気持ちを抑えた。ここで自分が事故ったら意味がない。もしかしたら、今日は間に合わなくても、二人が出会うチャンスはまだあるかも知れない。でも、わたしがケガしたら、死んだら終わりだ。
看板の場所に戻り、矢印と反対側の道を進んだ。
前に来た時に歩いた通りが見えてきた。この道だ。
ふと見ると二宮がゼイゼイと肩で息をしていた。
「大丈夫?」
「うん。気持ちは大丈夫なんだけど、こんなに走ったことなくて」
「そうだよね」
体は借り物なんだ。
そうだった。体はクリスマスが限界なんだった。
これで少年の寿命を縮めちゃったら、魂の契約違反だよね。
ここで無理しちゃダメだ。
まだ、これからチャンスがあるかもしれない。
「少し、休んでから行こう。大丈夫、ここからの道は分かるから、絶対間に合うよ」
「わかった」
ウォーキングコースにも使われているのか、歩道の片隅にちょっと休む用のベンチがあった。そこまで行って少し休むことにした。
5分後、わたしたちはゆっくりと歩き出した。
マンションは小高い丘の上に立っているので、こっちのルートで行っても、どこかしら坂を上る。緩やかで長い坂の先に建物の姿は見えてきた。ちゃんと正面玄関がある。
わたしは時計を見た。
4時59分。
うそ。
あと1分、あ。
間に合わない。
夕焼け小焼けのメロディが始まった。
5時になってしまった。
「二宮・・・・・・」
わたしは、二宮が消える瞬間が怖くて、立ち止まりぐっと目を閉じた。
もうダメだ。
きっと、まだチャンスはある。
いつか必ず。
それまで生きてると信じるんだ。




