傍から見ると怖い話
イラと名付けられた青年は影の揺り籠の中、これからのことを考えていた。
自分の状況を一つ一つ確かめていく。
まずここは、いや、この世界自体、己が今まで住んでいた場所とはかけ離れすぎている。
文明が違うし、文化が違う。
人種が違うし、なぜか通じて入るのだが、恐らく言葉も違う。
それだけでも参っているのに、極めつけが自分の体ではないということ。
生気のない白い肌の腕はまだ良い。
問題はその反対。
陶器のような白磁だけで形成された骨の腕。
感触を確かめるために、拳を開いたり閉じたり。
健も筋肉もないはずなのに己の意思で動くそれはとても気持ち悪い。
――悪い夢だ。
そう決めつけてしまうには、出会った人、歩いてきた世界はとても現実過ぎた。
結局、イラはこの世界でのパートナーである少女を頼りにすることしかできない。
――右も左もわからぬ赤子同然の自分を助けてくれる優しい少女。
カレンはイラの恩人であった。
美しい少女のことを思い浮かべると、自然と気持ちが軽くなる。
『いと昏き、影の主。陽光の下、あなたを晒すことを許せ。――』
イラを呼ぶ声がする。
昨日、食事を始めた彼女を残して、眠りについてから初めての呼び出し。
なにかあったのかと、やる気を出して彼女の影に出口を繋いだ。
●
「――」
『――』
影の中からニョッキと頭だけだして考える。
――カレンって髭が生えていたかな。
馬の手綱を握った髭の男と見つめ合い、イラは首を傾げる。
そんなはずはないのでぐるりと辺りを見回すが、御者台には彼しかいない。
「な、な、生首が、う、動いている?」
生首ではないが、イラはたしかに動いている。
だから安心させるため、頷いてあげたのだが、逆効果だった。
御者は恐慌に陥り、手綱を振るう。
――このまま動かないほうが良かったか。
いきなり動かない生首が現れた。それはそれで怖いのでどうにもならなかったのだろう。
速度が上がると共に、馬車の揺れ、車輪の軋みが大きくなっているように思える。
このままでは不味いのでは。
御者を落ち着かせなければ。
混乱する御者に、イラの声は届かない。
この体の声量が元々小さいせいだろう。
解決のためにイラがとった手段。
――それは、影ごと御者の首に移動して耳元から直接声を届けること。
虫が身体を這うように、男の身体を影が登って行く。
イラの首を生やしたままで。
そんなことをすればどうなるのか。
自分の肩から、気持ち悪く生えた人の顔に耳元で囁かれる。
御者は手綱を握ったまま、気を失う。
泡を吹いて倒れる御者と、猛り狂う馬を交互に見て、イラは何かしなければと決意する。
だが、馬の扱いを知らぬイラに成せることなどなく、馬車はそのまま道の外れの大木に激突し、大破した。
投げだされる御者にくっついたまま、イラも宙を飛ぶ。
その最中、半壊する馬車の中から、幾つかの人影が飛び出してきた。
その一人、美貌の少女には見覚えがある。
一糸纏わぬカレンは、イラに気づくと顔を真赤にして走ってきた。
――不味いことをした。
少女の乗っていた馬車を壊したのだ。
しかも、それがイラの所業だとバレているっぽい。
「何処か行ってしまったわけじゃないのね、イラ! もう、来るならもっと早く顔を――」
――イラの頭が徐々に影に沈んでいく。
――その顎に手を引っ掛けて、少女は全力で引き戻そうとしてた。
喜色の少女は困惑して心なしか困った表情の精霊と引っ張り合い。
――その光景から大分離れた場所で、ドワーフとエルフが顔を恐怖で引き攣らせていた。