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馬車に揺られながらの話

 幌で締め切られた馬車が道を行く。

 その内部は乗り心地が良いものではなく、直に腰を下ろしているので尻が痛くてしかたない。

  

 外の景色は見えない。

 それよりなにより、今はそんなものを愉しむ心の余裕がなかった。

 少女は一糸まとわぬ姿になっていた。

 膝を抱えて、ため息を吐く。


 ――昨日の今日でこれか。

 

 裸に鎖のついた首輪。

 人間ここまでの速度で落ちぶれるものなのか。

 昨日まで思うように学ぶことの出来た環境が懐かしい。


 カレンの他に繋がれているものといえば、王国同盟内では、地位の低い亜人。

 背は低いが、成人男性でも絞め殺せそうなほど太い腕にもっさり髭のドワーフ。

 そして小さいながら美術品のように整った容貌のエルフの子供。

 その全てがボロ布の服を纏って俯き悲嘆にくれている。


 ――なんで自分だけ素っ裸なのか。

 自分たちを拐った御者の男の趣味だったりしたら、カレンも嫌悪を示すのだが。

 たんに用意していたものが足りなくなっただけだらしい。

 それはそれで女のプライドが傷つけられるのだが、襲われたりするよりはましかと、肌を晒すことに開き直っていたりする。

 それに、幌内が亜人種ばかりだというのも、性を意識せずにすむ。


 幌の隙間から降り注ぐ光と、体内時計からおそらく朝方だろうか。

 魔導院のある街からはまだ遠く離れてはいないはず。

 

 ――でも、いまさら戻っても、あそこで仕事って見つかりそうもないし。


 それならばいっそどこか遠くの街まで載せてもらったほうが良いかもしれない。

 囚われの身だというのに、この不遜な振る舞いは一体何をよりどころにしているのか。

 それは勿論、己の契約士としての力量。

 つまりつい先日従えたばかりの精霊のことだ。


「ねえ、いるんでしょう。ちょっと顔を出してくれる」


 カレンは薄暗い馬車内で、己の影に声をかける。

 隣に座っていたエルフの子供は、自分が呼ばれたのかと勘違いして、顔を近づけてきた。


「ああっと、違うわ。私が用があるのは貴方じゃないの。――って、そっちのドワーフでもなくて」


 ついでドワーフがこちらを見たが、それにも首を振る。

 

 ――皆がなにか可哀想なものを見る目付きになった。

 

 その理由に気づいているのだが、説明するのは難しい。

 

 ――ええっと、契約した者には、召喚陣すら必要なくて、精神を声で送るだけでいいはずで。


 今は遠い魔導院で習った初歩の初歩を反芻する。

 街にいる間の呼べば出てくる様は、召喚ではなく相手の意志で顔を出してくれていたのだ。

 それが無理なら、こちらが強制すれば良い。


『いと昏き、影の主。陽光の下、あなたを晒すことを許せ。我が声、我が意に力を。破滅精霊、イラ!』


 カレンは拳を突き出し詠う。 

 即興で考えた文言はそれなりに上出来だと思う。

 契約する前の召喚文言は、呼び出すものの棲家や生息地、容姿などの特徴を盛り込んだ情報の縄である。

 それを元に、召喚獣の下に扉を作り、契約士のもとに呼びこむのだ。


 だが契約した後のそれは、ぶっちゃけただのご機嫌伺いに近い。

 相手の都合を無視して、無理やり呼び出すのだ。

 せめてその掛け声は相手を称えるものにして、不満をおさめてもらうという下手の姿勢。

 少なくともカレンはそう考えている。

 別に否定しているわけではない。

 人間以上の力を持つ者との対話。

 そこに安い矜持などもっていっても、下手をすれば消し炭にされてしまう。

 歴史上、召喚された者の機嫌を損ね、語り継がれるほどに悲惨な状況に追い込まれた話は多くある。

 それが『彼ら』との正しい付き合い方なのだ。

 肺から喉へ、喉から舌へ、そして魔力が唄になり、扉を繋げる。


「――おい、人間の嬢ちゃん、大丈夫かい? まあ、こんな状況で元気を出せなんてとても言えないが、それでも生きることを諦めちゃ駄目だ。わしだって、故郷に家族がいる。そいつらのことを思うと――」


 

 ――声をかけてくれたのは、無理やり笑顔を作ったドワーフだった。

 己の見たものが納得行かないと眼元を軽く揉んで、もう一度、文言を繰り返す。


 だけど、お目当ての相手は現れない。

 そうすると先程までの余裕が一瞬で吹っ飛び、少女の額から汗が流れる。


 代わりに聞こえたのは馬のいななきと醜い悲鳴。

 そして急に馬車の速度が上がる。

 反動で皆が横に押し付けられるのだが、カレンに抵抗する力はなかった。

 

「――なんで来てくれないの、イラ?」


 小さく呟いた非難の言葉は、続く激突音に遮られた。



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