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捕まった話

 青年は困り果てていた。

 扉を開けたら、いや正確には開けていないのだが、全く見知らぬ場所。

 眼前にいるのは、青年とは人種の違う三人。

 

 異常事態に、戻らなければとここに導いた元凶である扉を振り返れば、すでに半ばから存在がなくなっていた。

 

 下半分が存在しない扉など開けるはずもなく、黙って見送るしか出来なかった。

 

「あの、お帰りになりたいなら、どうぞ」


 三人の異人、その中で銀の髪の容姿が整った女性が前に出る。

 人を見た目で判断する事は良くない。

 だが言葉に冷たさがある。

 自分は招かれざる客なのだろう。

 とりあえず居場所を確認するため、外に出るべきか。


――そういえば、言葉が通じている。


 一つ良かったことを見つけ、それならばここもそう遠い場所ではないのかと期待する。

 だが、一つ悪いことも見つかった。


――部屋から出られない。

 なにか透明の壁に囲まれているのだろうか。

 床にある血の模様。その外側にどれだけ頑張っても出られない。


「ねえ、カレンちゃん。あれってもしかして?」


「そう、陣が効いているみたいだわ」


 この場所に閉じ込められた。

 一体何の目的で。

 悩む青年を横目に、いそいそと足を出口に伸ばしていく三人と目が合った。


 その瞬間、異人三人は走りだす。


『待ッテ!』


 待てと言われて待つ奴はいない。

 だが、食料も水もないこんな暗い場所に取り残されるのは勘弁してもらいたい。

 しかし、助けを求める声を無視し、階段を昇っていってしまう。

 その背中を見送って、もう声も届かないことを理解し、涙が出そうになった。

 

――そんな青年を慰めるように、彼の衣の袖が、くいくいっと引っ張られる。


 いつの間にかそれは長く伸びて、階段の向こうまでつながっている。

 もしやと思い、引っ張るとすぐに巻き取られて、衣の中に収まっていった。 

 

 そして引っ張られた先に魚釣りのように獲物がかかっている。


――それは、あの銀の少女の腹に巻き付いていた。


 無理やり引っ張られた彼女は、階段に何度も尻を打ち付けられながら降りてきた。

 

 こちらをキッと睨む。

 そして巻き付いた衣が取れないことを確認してから、言葉を発した。



「で、私の臀部をここまで傷めつけて、一体何が目的なんでしょうか?」


『帰リタ、イ』


 額に青筋の彼女は花咲くような笑顔で言った。


「勝手に帰りやがれ!」


 何故か涙は流れなかった。


 ●

 

 銀髪の少女が床を一箇所磨くと、不思議な事に透明な壁はなくなった。

 頼れるものが彼女しかいないために、逃がさないよう衣は外さない。

 一緒に階段を登って、外に出る。


――そこは小高い丘だった。

 そこから見える知らない街並みに、青年は言葉をなくした。


 石で出来きた家々。

 背の高い建物は少なく、道行く人々の服装もどこか古めかしい。

 少女の袖を引き、確認する。


『ココハ、ドコ?』

 


 すぐに国、都市、番地らしきものを答えてくれるが、その名称のすべてに心当たりがない。

 それならばと、自分の暮らしていた国の名前を知らないかと尋ねようとする。


――だが、国の名前以降の細かい場所が思い出せない。

 知っているはずの故郷。

 どんな暮らしをしていたのか、どんな人がいたのか。

 その思い出の一つに至るまですべてが、霞のように頭から消えていく。

 まるで最初から存在などしなかった、そう言われれば信じてしまいそうだ。

 

 動揺する青年を訝しく思ったのか、少女は首を傾げた。


「ええっと、私を害する気はないのよね? もしかして、本当に帰り方がわからないの?

召喚に応じたくせに?」


 青年は頷く。

 少女の召喚という言葉、彼女が青年をこの場所に連れてきたのか。

 恨みがましく見つめる。

 だが、表情筋が上手く動かない。

 おかしいなと、顔に手をやり確かめようとしてようやく気づく。

 その手の袖を見て、自分の服装が変わっていることに。


――服装だけではない。

 肌の色や指の長さ、顔に手をやれば、左側が妙にゴツゴツしている。

 鏡を見て確かめたいが、やな予感がした。


 その横、少女が手を打ち鳴らし、何かを決心した顔になる。


「――私の名前はカレン、あなたを呼び出したセラの友人です。あなたのお名前は?」


 カレンの問いに青年は首を振った。

 それすらも失くしてしまった。


「そう、この世界での名前は契約者がつけるんだっけ? でも肝心のセラは――っていた! ちょっとこっちに来なさい! とりあえず大丈夫そうだから」


 二人から数十歩離れた木に隠れこっちを窺っている紫髪の少女。

 セラはカレンの呼びかけに応じておっかなびっくりこちらに歩いてきた。


 二人はしばらく相談する。


「カレンちゃんと相談して決めました。あなたの名前は『イラ』でーす。文句があるなら、あたしじゃなくてこっちにお願いします!」

 

 そういってセラが指した指は、カレンにはたき落とされる。


 自己紹介を終えて、それ以上の言葉は出てこない。


『それでどうするの?』『あたしだけなら逃げられるんだけど、逃げちゃダメだよね?』『よいしょっと』『カレンちゃん、なんであたしのことを抱きしめるの?』『セラが大切な友達だからよ』『ええっ! いきなり告白、そんなあたしたち女同士なのに、顔が真っ赤になっちゃう!』



  置いて行かれても困るので、意志で自在に動かせることに気づいた身に纏う衣を伸ばして、セラも拘束しておく。


『あれ? もう抱きしめなくていいの?』『ええ、十分に堪能させてもらったわ』



――これからどうしたらいいのか。


 この世界が自分の居場所でないこと。それ以外はなにも記憶が無い現状。


 目的は記憶の片隅にある元の世界に帰還すること。

 だが、その足がかりがない。

 一緒になって途方に暮れている三人組。


 その静寂を破ったのは複数の足音。

 それは明らかにこちらを目標に近づいている。


 気がつけば、三人は囲まれていた。

 回りにいるのはローブを身に着けた大人達。




「――これはやばいわね、セラ。一応、庇ってあげるけど、期待はしないでよ」


「ううん、その、あたしも先に謝っておくね。本当にごめんなさい。カレンちゃん」


「え? ああ、地下室でのことか。別にもういいわよ」


「それもあるけど、そうじゃなくて――」


 ローブの男、その一人の指示に従い、三人は連行されていく。

 イラと名付けられた青年はまだ事態を飲み込めていなかった。



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