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隣人  作者: 鈴木
その後
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267 何ということもない話2

 久しぶりに森を訪れてみると、ありとあらゆる場所に蜘蛛の巣が張られていた。

 そう、ありとあらゆる樹の天辺から根本まで、そして前後左右四方八方の樹との間に。もはや森自体が巨大な出来損ないの繭状態。

 "出来損ない" なのは、所謂繭ほどには糸が密ではないからだ。

 形状はあくまで蜘蛛の巣。あの段段、放射状、隙だらけの。

 それでも数が重なれば隙も視覚的には埋まる。

 故に遠目には繭のようなのだ。


 場所は魔獣蜘蛛トラルルデル・レストチカのいる森。

 当然ながら?蜘蛛の巣はトラルルデルの仕業だ。

 ミニイベントの一つで、たった一日で消えてしまう。

 一日でも森の生物達にはいい迷惑?

 問題ない。

 この蜘蛛の巣はプレイヤーにしか知覚出来ず、存在もしない。

 森の生物達はいつもと変わりない生活を送れている。

 そしてプレイヤーが認識するトラルルデルの糸には、クリスマスの飾りかと言いたくなる数の獲物が掛かっていた。

 蜘蛛の食性は実に多岐にわたり、全て挙げていると切りがないので割愛するとして(全て把握など出来もしなかったというのが実情。主体は昆虫のようだが、一口に昆虫と言ってもこれまた色々だ)、[ホーム(ゲーム)]らしく全て擬きではあっても本物(・・)でもあったので、節足動物や軟体動物を生理的に受け付けないプレイヤーには僅かばかりしかいない脊椎動物は何の救いにもならず大不評。報酬(メリット)がどうあれ、このイベントが発生した際、彼らは二十四時間トラルルデルの森には近寄らなかった、と運営関係者(ゆかいはん)がけらけら笑いながら暴露していた。


 では、全般ではないものの、苦手な "虫" の多いカナンはどうしていたのか?


 実はこのイベント巣、ストレイジバッグの中へ丸ごと入れられるのだ――――相応の巨大な容量があれば。

 ストレイジバッグの拡張はプレイヤーレベル、クエスト、ダンジョンリドルなどで可能になることがあるが、それだけでは高が知れており、一番確実なのは(かね)だ。

 但し、一段階上げるのにも相当の額が必要で、段階が上がるごとに当然ながらその額も上がっていく。

 その為、初期の内は何回か金で解決するプレイヤーも少なくなかったが、ある程度の容量が確保出来てしまえば以降は成り行き任せ、順当なプレイ進行で上記の条件を満たして上がるならそれで良しとする者が大半だった、とこれまた運営関係者は言う。

 実際、巨大化させずとも充分な容量があるからだ。

 そこを、カナンは敢えてした。このトラルルデルのイベントクリアの為に。

 ゲーム内時間で十年掛かった。

 その間、ずっとゲーム内通貨を一切使わずに溜め込んだわけもないから、それもあってだ。

 ただ、そうまでしてカナンがこのイベントに拘ったのは、それほどまでに報酬が魅力的だからか、というとそうでもない。

 単純に存在を認知しているのにクリア出来ていないイベントがあることが不満だったからだ。消化不良感とでも言おうか、どうにも気になる。特に解決方法が分かっているのに、となると何が何でもクリアしたくなる。

 ゲーマー習性?(そんな言葉があるのかは知らない。適当造語?)

 ちなみに方法はトラルルデル自身に教えられた。正確には「ストレイジバッグに丸ごと入れられない?」と聞いたところ、是、と返された(トラルルデルは魔獣の為、具体的な言葉としてではなく、そう取れる挙動で)。

 どうやら言い方はどうでもこの主旨の言葉を直接トラルルデルに投げ掛けなければ解は得られず、可能にもならないらしい(情報源は言わずもがな。この時まだ容量が足りていなくともOKで、解禁だけは先にされることがせめてもか)。

 カナンがこれを言えたのはただの偶然だ。ヤケとも言う。

 この日も事前にイベント発生を認知して森までやって来たのではなく、偶然上空から繭状態を確認。その時点でさっくりストレイジバッグの中へ仕舞い込み、すっきりいつもの森の姿へ戻してから "訪れて" いた。



 バッグへ丸ごと入れた巣と獲物は中で分離され、巣はトラルルデルの糸、それも品質最上で素材として使用可能に、獲物は向こう一年分のトラルルデルの餌となる。

 トラルルデルの餌は直接魔力だけを与えるのでも問題ないが、この獲物は謂わばトラルルデル自身からの提示、これらにルデウコヌウィの為の牧草のように魔力を付与してよこせば更に良し、という意思表示だ。この餌を与えている間のトラルルデルは住処にしている森に影響を与え、収穫物の品質を向上させる。プレイヤーが自ら消費するのでも売るのでもクエストに使用するのでも通常より高い利を望める。

 糸は通常、何の処置も施さず外気に触れさせておくと急速に劣化していき使いものにならなくなるが、この糸はイベント終了までは劣化なしの特別性。その代わりのように終了と同時に消滅してしまうが。バッグ内へ移した後の処置は通常糸と同じだ。

 また、獲物は生きているが、"トラルルデルの餌" というアイテム扱いとなる為、ストレイジバッグの中へ生きたままでも収められる。大体、それが出来ると提示してきたのはトラルルデル自身だ、その辺りの特別仕様は入れる前からカナンも予測していた。







 * * *







「とぉ~~~ってもじみーーーーーーな効果だけどねえ」

「でもこれはこれで随分助かるよ」


 あまり関心がないのだろう、特に好みだとも聞いたことのないジョシュアにとってはそうでも、それなりに好んで食べるカナンには有り難い効果だった。

 何のことかというと、トラルルデルのイベント効果の話だ。一年、あの森での収穫物の品質が向上するという。

 その中には可食野草の苦み、渋み、えぐ味といったアクが抜けるというものがあるのだ。

 品種改良された作物と違い、野草にはアクはまま残っている。これを美味しく頂こうと思えばアク抜きは必須だ。

 天ぷらにする場合は必要ないらしいが、天ぷらばかりでは飽きる。

 [ホーム]には食材が豊富で、栽培品種だけでも家妖精(ブラウニー)のおかげで多岐に渡る。

 わざわざ野草に手を出さずとも充分、ヴァリエーションのある食事を毎日摂れるが、そこは趣味、である。

 好きなものは好き。それに尽きる。

 ゼンマイやワラビなどはえぐ味が特に強い上にアク抜きに灰を用意する必要があり(故郷で調べた時は灰の他に重曹を使うというものがあったが、重曹? ない。カナンは元より精霊・妖精でも作り方を知っている者がおらず、唯一知っているジョシュアは「知ってるだけで作れるわけないじゃん」と実ににこやかに否定していた)、一晩は掛かるのでカナンとしては結構手間に感じる。

 それが省略されるのだから実に有り難い(単純なえぐ味の強さでいうならタケノコの方が上を行くらしいが、あれは野草ではないのでここで比較しても仕方がない。そもトラルルデルの森に竹はない。それにタケノコは米ぬかや米のとぎ汁で茹でれば良いだけなのでそう手間ではない、というのがカナンの感覚)。


「ワラビは米ぬかや小麦粉でも出来るって聞いた気がするなあ」

「……」


 関心がない風でその実関心がある?


 何故知っている、と胡乱な目を向けると「ざつがくーぅ」とイイ笑顔を返された。

 ただ、存在は知っていても手順までは知らないそうで、結局いつも通りに灰を使った。


 そう、トラルルデルの糸を片した後に早速色々採取していた。

 そして現在調理中なのはゼンマイ、ワラビ、ふきのとう、こごみ、つくし。

 普段なら前者三つは灰、こごみは塩茹で、つくしは熱湯を使うが、今回はそれら全てが不要。アク抜きなしで煮たり炒めたり、と楽だ。手間が減るだけでなくアク抜きの失敗を危惧する必要もない。


 まずゼンマイは炊き込みご飯にした。他の食材はやはりトラルルデルの森で採取した舞茸、木耳、しめじ(松茸もあるがカナンはあの匂いがどうにも苦手で一度も採取したことがない)に畑のニンジンとゴボウ、ストレイジバッグに作り置きしている油揚げにハーブ園の三つ葉、ドラカチェッタの土産の鮭(最近受け取った新しいものだ)、味付けは醤油と酒、昆布出汁、塩。炊飯器はないので釜炊きだ。

 ワラビは魔鶏(ネウルガリティ)(家畜を絞めたのではない。居住区外で狩ってきた)の肉と椎茸を合わせて煮物にした。

 ふきのとうはオーソドックスに天ぷらに。味噌だれも用意したが、知っているレシピの材料にあったみりんは無いので省いた。時々日本酒もどきと蜂蜜で代用しているが、酒が既に材料に入っている為、なんとなく止めておいた。

 こごみは胡桃と白和えに。胡桃は軽く砕いただけのものとすりこぎを使って細かく潰したものの両方を混ぜた。

 つくしは三つ葉、しめじと一緒に卵とじに。三つ葉かネギかクレソンか、幾つかのレシピを思い出し、ゼンマイの炊き込みご飯と被るが好みから三つ葉を選んだ。



「いただきます」


 キッチンテーブルに全て並べ、手を合わせてから箸を持つ。

 食べるのは作った内の半分もない。残りは氷室やストレイジバッグ行きだ。

 後日自分が食べるなり、アウレリウスの酒のつまみにするなり、消費の仕方は特に決めていない。

 まずこごみの白和えとワラビの煮物に手を付ける。ただ、後者は魔鶏肉以外だ。次いでふきのとうの天ぷらに手を伸ばし、肉はその後のつくしの卵とじと一緒に食べ、最後にゼンマイの炊き込みご飯となる。

 最初に食物繊維だけを摂るのはトリップ前からの習慣で、特に変える必要性もない為そのままにしている。炊き込みご飯も何となく初めに茸や野菜だけを多少摘まんでから米と一緒に摂る。

 野菜類で単品がない時は上記の煮物や炊き込みご飯形式で食べている。意識せずともそうなる。但し、食事はそうでもデザートは故郷の頃とは違い、今は食べる時を選んでいない。以前は間食せず食事の最後でだけにしていたが、今は健康というものにあまり気を使う必要がなくなったからだ。だからといって怠惰にはしていない、どころか眠りが不要になったことで活動時間は増えているだろう。要は肥満の心配をしなくていい。


 ―――とは言っても今でも間食以外でもデザートは食べる。

 ということで、食事を終えた後にはデザートタイム。

 この日は野草・茸繋がりでよもぎ団子としめじ団子、各茸煎餅だ。

 甘味はどちらも団子だが、食感を変える為に前者はだんご粉(うるち米、もち米)、後者は白玉粉(もち米)を使っている。粉の精製? 最初は勿論、家妖精任せ。リアルではスーパーで既に粉になっているものを買っていたので作り方を知っていたわけもない(特に白玉粉)。また、ゲーム当時はNPCの店に売っていたことでやはり自ら作る必要がなかった。トリップ後に家妖精が精製出来ることを知って依頼し、その際作り方を教えて貰った後は自分で作ることもある(主にだんご粉。作るも何もうるち米ともち米のブレンドなだけだ。白玉粉は工程が多く家妖精に任せがち)。

 よもぎ団子はともかく、しめじの団子?と最初は能面顔になっていたジョシュアも、生地にしめじの粉末を加えてあるだけで中は餡入り、元よりクセのないと言われるしめじの中でも更に〔解析〕で自己主張の薄いものを選んだと聞いてころりと表情を変えた。

 茸煎餅は舞茸、椎茸、しめじ、エノキタケを粉末にした後、それぞれに片栗粉、水、先に良く混ぜておいた牛乳・植物油・酢微量、塩・胡椒、と合わせてペースト状にしてから焼いたものだ。味付けは塩か醤油。残りご飯に混ぜて焼くというレシピも良く故郷では見かけたが、今回はそのご飯が炊き込みな為、見合わせた。また、レシピの茸にはエリンギが入っていることもあったが、カナンはどうにもあの匂いが松茸とはまた別方向で苦手な為、これも避けた。




「徹底してるなあ」


 呆れを隠しもしない声音で愉快犯がぼやくが、食事中、味覚はずっと共有されていた。

 本当に興味がない振りだけだったのか、調理されてしまえば積極的に味わいたくなる嗜好なのか、そこはまあどうでもよい。

 味に不満を漏らしたわけではないのだ。

 団子に関しては寧ろ声音を裏切って表情は露骨に歓喜している。甘い物好きなのだ、さもありなん(きのこに対する不審より餡の甘い誘惑が勝るらしい)。

 それならそれで素直に――――は言うだけ無駄か。そういう性格だ。

 …………オリジナルと違い、たまに(いとけな)い言動をするから反応に困る時もあるが。

 ちなみにジョシュアに不評ではないもののスルーされた茸煎餅は、後日アウレリウスに提供したところ、とても好評だった。そして他の茸でも色々試し、エリンギも問題ないようだったが、やはりカナンは苦手で味見はご当人に任せた。







 * * *







 既知の植物の場合、ヴィジュアルは大事だ。


 そんなことを脳裏で強調しつつ、カナンはせっせと手を動かした。

 ――――イチゴ摘みの為の手を。


 トラルルデルの森再び。

 この日は野イチゴを摘みに来ていた。

 主にキイチゴを。

 そうなのだ、このイベントの間、この森のキイチゴは見た目と味が一致する。つまり、見ると食欲が湧く。

 採取しないという手はない。

 当然ながらヘビイチゴは本来の味なしになる。

 余談だが、ヘビイチゴも毒がない為、食べること自体は可能だ。

 可能だが味がしないのだから味を付ける必要があり、それはもはやヘビイチゴである必要があるのか?となり、やはりカナンの食指は動かない。

 栄養価がどうのというのは調べたことがないので不明。[ホーム]の誰に聞いても知らないと言い、〔解析〕でも出て来ないとなれば更に摂食の欲求も遠のく。

 ヘビイチゴを加工する時間を別のことで費やしたい。




 …………のだが。

 ややこしいのは禁域のヘビイチゴ相当にはキイチゴと入れ替わりではない味があるのだ。

 アウレリウスが土産で持ってきたことがあり、不審げなカナンを苦笑で見守る男の前で一つ口に入れてみると、これまで食べたベリー類のいずれとも違う味がした。

 具体的に言い表せる語彙をカナンは持っていないが。

 あれを知ってしまった後は、[ホーム]のヘビイチゴを見る度、勘違いしそうで少々困っている。

 この時は本来の味なしになっているから更にややこしかった。








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