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隣人  作者: 鈴木
その後
268/268

268 獣とは

 この世界には地球のオオコウモリのような巨大コウモリは存在しない。


「紛らわしいからじゃね?」

「……」


 何と?とは問い返さなかった。

 何を言いたいのかは共有域を探らずとも推測がつく。

 獣人のいる世界である。カナンはその存在と遭遇したことも存在すると知らされたこともないが、存在していてもおかしくはない、とは思うからだ。

 つまり、コウモリの獣人と紛らわしいからではないか、と言いたいのだろうこの愉快犯は。

 地球のオオコウモリの最大は体長だけでも1.5メートル、翼幅となると2メートル近くになるというのだ(厳密には2メートル、1.8メートル、1.7メートル、1.5メートルとサイトによってばらつきがあり、どれが正しい「最大」なのかカナンには判断がつかなかった)、故郷で見た翼を閉じて逆さまにぶら下がっている写真は正にフィクションの吸血鬼もかくや、という姿だった。

 獣人は "人" と(あちらの言葉でも)付くだけあって直立二足歩行の種族しかいない。そして辜負(こふ)族で平均身長が一番低いのは妖鬼族のドワーフだ。そのドワーフも人族の中肉中背同等が高いと言われるくらいが平均である以上、コウモリの獣人がいたとしても、その身長はそれなりにある筈。細部を見ればオオコウモリとは異なる部分があったとしても、オオコウモリが動物として存在するなら立ち姿だけでも紛らわしい事この上ないのではないだろうか。

 コウモリに似た翼を持つ魔族が思い浮かばなかったのは、彼らは翼と角以外では獣度が極めて低いからだ。

 この世界の住人も魔族を見て獣人と間違えることはない。仮令どちらにも直接会ったことのない者でも、初遭遇時に勘違いすることはない、とはアウレリウス他、禁域サイドの面々の後の言。

 コウモリに限ったことでなく、他でも獣人と動物とで見間違うほど完璧なまでに似通った姿の存在はいない。


 そも何故オオコウモリの話になったのかというと、[ホーム]にいるからだ。

 ―――いや、いることになっていた(・・・・・・・・・・)からだ。

 カナンは自主的に増やした覚えはない。また、これまでいることを確認したこともなかった。そして、誰もいるとは言わなかった、言ってこなかった。ヴルガレスも、精霊も、妖精も、アウレリウスも、現在、この場で、吃驚を見せたジョシュアも(取り敢えず振りには見えなかった)。


 スロトヴィの荒野同様、いつの間にか拡張されていた大規模エリアに、荒野とは違って生物がいたのだ、複数種。その中の一つがオオコウモリだった(小さな拡張の時は既に存在するエリアが少しばかり広がった程度で、生態系もその延長だった為にカナンが認知していない新たな生物はいなかった)。

 それも地球で最大と言われていたフィリピンオオコウモリサイズの種が、世界最大と言われたコウモリ洞窟規模の180万匹近いコロニーを洞窟内に形成して(フィリピンオオコウモリの生息域は森林で、洞窟ではない、と言っても始まらない。所詮ゲーム、なんちゃって、もどき、似て非なるもの。洞窟に棲まわせたいならオオコウモリでもルーセットコウモリ類にすれば良かっただろうにと言っても始まらない)。


「あっちはオオコウモリでもフィリピンオオコウモリほど巨大なやつじゃなかったから、洞窟自体の大きさはここまで大きくなかったんじゃないかなあ」


 何を何処まで知っているのか分からない雑学者が頼まれずとも情報提供してくれるのは有り難いが、やはり良く知ってるね、という目をカナンが向けてしまうのは仕方ないだろう。


 確かに洞窟自体も巨大だった。

 体長25.5センチ、はフィリピンオオコウモリに限らずオオコウモリとして標準内らしいが、翼幅1.7メートル(眼下のもどきのサイズ。カナンが魔法もろもろで測る前にその辺の精霊が囀った。雑学者(ジョシュア)は俺が最初に言うつもりだったのにーと悔しがったが知ったことではない)ともなると洞窟もそれなりの広さがないと窮屈そうではある。


「て、素人が考えたからこのサイズな~。実際のとこは知んない。狭きゃ狭いなりで順応するのかも? 写真で見たのなんかもうちまいのがびっしり鱗状態でひしめき合ってたし。あと、翼幅1.7メートルてのは、ひと頃2メートルあるって騒がれてたけど色々調べたら1.5から1.7くらいが無難そうだったからそっちにしたんだって」


 伝聞ということはジョシュアは関わっていなかったのか。その割にそれなりの情報を持っているのだから興味はあったのだろう。なければ知らないとはっきり言う。過去の例からして。興味がありながら生成に関わらなかった理由は推測しようもないが、そこにはカナンが興味ない為、追求はしなかった。



 洞窟のある岩山は二人が巨大と認識するだけあって縦も横もかなりの規模を誇っていたが、この領域はフィリピンオオコウモリ擬きファーストなのか、岩山の何十倍もの森林が山の周囲を取り巻いていた。それも季節感のない、年がら年中実をつけるというファンタジー仕様な草木ばかりとくる(フィリピンオオコウモリの主食は果物や花蜜)。そして天敵がいない(梟、鷹、蛇など)、どころか植物以外では虫(と菌類?微生物?)くらいしかいない。


「…………増える一方じゃ?」

「そこもちゃんとフィクション(ファンタジー)、一定数以上は増えませーん」


 誰の趣味だ。


「決まってんでしょ」


 何も言っていないのに、と間髪容れずの反応に拗ねたい気持ちになったが辛うじて表情には出さなかった。







 * * *







「……本当にオオコウモリに近いのね……」

「八割くらい?」


 眼下の森において無心で果実にかぶりついている蝙蝠獣人の姿は、見た目、確かにフィリピンオオコウモリに近かった。

 はっきり違いが分かるのは下半身くらいだ。

 流石に、と言っていいものか、ズボンらしきものを穿いている。推定、男女共にだ。そうなると必然?通常コウモリには当たり前に、オオコウモリでは未発達な腿間膜(たいかんまく)は脚の間に全くなく、飛膜の下部も脚と繋がっていない。

 飛膜はズボンの開口部辺りから伸び、その胴体部分はこれまた男女共に豊かな体毛で覆われている為か何も身に着けていない。

 また、その体毛にはかなりのボリュームがあり、乳房があるのかどうかの区別がつかない。

 顔も男女ともフィリピンオオコウモリに極めて近く、一見で男女の区別は別の種族ではつけ辛いだろう。カナン達には〔解析〕があり容易かったが、素では無理だと、少なくともカナンは断言出来る。ジョシュアがどうなのかは当人が何も言わない為、不明だ。わざわざ追求しなければならないことでもないので聞いていない。

 生態に関しては〔詳細解析〕を使うまでもなく周囲の精霊が囀ってくれた。

 まあ、一目瞭然ではあるが夜行性ではないらしい。現在、真昼間。まだ太陽は頂点にある。

 木に逆さまにぶら下がって休息するところは同じだそうで、その為だろう、靴は履いていない。


 その蝙蝠獣人の一方が、急にさっと身体を後方へ引くと同時に両腕を広げて飛び上がった。

 よくよく見れば、獣人が根元にいた木の幹に一本の矢が突き刺さっていた。

 飛び上がった蝙蝠獣人がそのまま飛び去るのに遅れじともう一人も直ぐさま後を追って飛び立ち、その二人に向かって何本もの矢が放たれた。

 それらを()けながら障害となる木々の幹や枝も器用に()けて二人の獣人は多少の傷を負いながらも無事に逃げおおせて行った。


 獣人達のいた果樹の上方の枝に阻害系の魔法をフル装備して座っていたカナンとジョシュアが平静に眼下を窺っている中、矢の飛来した方角から数人の人族と思しき辜負族が現れた。

 全員が森歩きに相応しい装備、と言うには少々物騒な出で立ちで、当然ながら片手には弓を持っている。

 彼らは二人のいる木のそばまで来ると、根本に散らばっている果実の芯を見付けて舌打ちをする者、獣人の去った方角を見遣って忌々しそうに顔を顰める者、幹や周囲に残っている矢を乱暴に回収する者、など様々に怒りを露わにしながらも、この位置から先まで追うことは断念したようで、暫く(のち)に元来た方向へ引き返していった。


「いじきたなーって言ったらダメ?」

「……」

「んじゃちゃっかりしてんなーってことで」

「…………」

「それもダメ? なら食べ物を無駄にしないえすでぃーじーずなイイコーってのは?」


 にやにや笑いを浮かべ、わざわざ顔を上げてカナンを見ながら言う愉快犯に彼女が無表情無言を貫けば、その反応も予測済みだったのだろう、声の調子を変えずに言葉を重ねてきた。

 ジョシュアの言うのは蝙蝠獣人のことだ。

 彼らは揃って食べかけの果実を手に持ったまま逃走していた。

 カナンはそのことに関して特に何も思っておらず(公平公正な立場で、なわけもなくただの無関心だ)、返せる主張がなかったというのが実情だ。

 それを共有域を見るのでも見ないのでも察せられるジョシュアはカナンに何かを求めてはおらず、言葉遊びをしただけだった。


 言うだけ言って気が済んだのか、あはは、と乾いていない(・・・・・・)笑いを零した後、ジョシュアは枝からふわりと浮き上がり、急速に上空へと駆け上って行った。

 その理由にはカナンも同意で、直ぐに後に続いた。

 目的は森全体を見渡す為だ。

 森に滞留する(おり)の流れを見る為、澱の木の生成の有無を確認する為、木にまで成長しておらずとも芽吹いている、或いは芽吹きを兆している場所の特定の為。

 幸い、まだどれにも該当する箇所は認められなかったが、蝙蝠獣人と人族の現状を思えば楽観は出来ない。



 先程の成り行きだけを見るなら蝙蝠獣人の方が不法侵入者、窃盗犯のように思えるが、実際に正当性があるのは彼らの方である。

 周囲の精霊が言うには、過去、どれほど遡っても、この辺り一帯が人族のものであったことは一度もないのだそうだ。

 それが隣接する人族の領地のトップが代替わりした途端、色々屁理屈を捏ねてこの広大な森は元々人族(じぶんたち)のものであった、それを獣人がどさくさ紛れに掠め取ったのだと言い始めたらしい。特段、戦や災害、飢饉などで早急に大量の物資を確保する必要がある、といった喫緊の問題が領内に生じているわけではない。単純に新領主の個人的都合、際限ない欲望の発露があったに過ぎない。

 そして始末の悪いことに領民がそれを真に受け、先程の射手達のように純粋(・・)な愛()心から森にいる蝙蝠獣人を攻撃するようになった。

 当然、彼らこそが不法侵入者であるが、己が、己の頂く領主が絶対的に正しいと信じ込んでいる為、罪悪感を抱くこともなければ対話も不可能。

 穏当な蝙蝠獣人が何度か森で和解を試みようとしたが、いずれの場合も問答無用で殺されている。

 そのことを獣人側が人族へ抗議しても領主は梨の礫、それどころか獣人殺害に関わった者達を大々的に称賛する始末。


 しかし、そこまで強硬な姿勢を貫いていながら侵攻するに至っていないのは、如何に「まぬけな(笑)」……浅薄な言動であるかを物語るかのように、森林戦に適性のある軍隊を保有していないからだった。

 では全く展望がないのかというとそうでもなく、好戦的な者の少ない(と彼らが勝手に考える)蝙蝠獣人が、愛領心溢れる者達の度重なるゲリラ攻撃にいずれ音を上げ、自主的に森から出て行くのではないかと期待しているのだ。


 ちなみに、ジョシュアはどちらに非があるかを知らずに蝙蝠獣人を茶化していたのではない。あれでも良い意味で感心していたのだ。




「獣人族より人族の方が野性的(・・・)ってのも笑えるよなー。まあ、獣人族(あっち)にも怒りはあっておんびんにーおんびんにーがデフォルトなわけじゃないけど」


 (選んだ)言葉に相応しい質の良くない笑みを浮かべながら(動物的という副音声が聞こえた気がしないでもないがカナンは追求しなかった)、蝙蝠獣人の集落がある方角へとジョシュアは顔ごと視線を向ける。

 敢えてつられてカナンもそちらへ〔千里眼〕を飛ばしてみれば、成程、被害者からの報告を受けた同族達は静かに怒りを滾らせていた。

 ただ、それでも短絡に飛び出そうとする者はいない。

 単純な物理攻撃力(パワー)は他の種族に比して低いとはいえ、戦闘自体が不得手ということはない、とは周囲の精霊の言。

 戦闘力の評価など詳しく聞いてもカナンには興味も湧かなければ今知る必要があるとも思えなかった為、そこで彼らの会話からは脱落させて貰ったが、ジョシュアは好奇心を刺激されたのか暫く談笑していた。……そこで談 "笑" となっている辺りがジョシュアらしい、とは表情に出さずに思ったが、ちらりとよこされた視線から察せられているのだろう。だがそれも無表情のままスルーしておいた。


「でも、より警戒すべきはあっちでしょうね」


 そう言いながらカナンが視線を転じた先は人族の去った方角。森を越えた先にあるのはなだらかな田園地帯だ。

 田畑の向こうには人家がぽつぽつと見え、その更に先には中程度の町がある。

 そして、その一帯に渦巻く澱は辜負族の通常量、平均、というには少々過多に見える。


「まーなー。とっても分かり易い」


 口角を多少吊り上げる程度に笑みを弱めたジョシュアは呆れを隠しもせず肩を竦めた。


「勿論、思い込みは良くないから、ここにもアラートは掛けるけど」

「よーじんよーじん」


 吐息混じりに対処方法を口にすれば、愉快犯はあはははと毒のない笑い声を立てた。







 * * *







「この[ホーム]はトリップ補正で病気なしになってるけど、こいつらは元々なんにもなしなー。のっときゃりあ」


 拡張領域(オオコウモリ・パラダイス)へ様子見にやってきたカナンが数の増加がないことを〔解析〕で確認し([ホーム]のステータス表示では分からない)ほっとしている横にぽんと顕現した(あらわれた)ジョシュアがいきなりそんなことを言い出した訳は、彼について来たらしい<あちら>の精霊が解説してくれた(つまり、ジョシュアは<あちら>側へ行っていたのだ。故に顕現とは違う、とカナンは内心で己が反射的に思い浮かべたジョシュアの出現形態名称を自己満足の為にセルフ修正した)。


 件の蝙蝠獣人と人族の諍いは領主が死亡したことであっさり終息し、その死因はウイルス性の病気によるものだった。そして、そのウイルスは保菌者の蝙蝠獣人が感染させたのだという(そうは言っても蝙蝠獣人はウイルスを認識しているわけではない。単純に獣人と魔族以外の種族を病気にする力が自分達にはあるのだと本能的に知っているだけだ)。

 森へは一度も来たことのない領主にどうやって?

 公然と獣人差別のある国の、警護の厳重な領主にどうやって近付いたのか?

 その辺りの事情を精霊は知っており、肝心の人族は知らずじまい、そもそも領主が何故罹患したのかにも思い至れず、らしいが、関心を抱けなかったカナンは詳細語りの拝聴は遠慮させて貰った。

 要はジョシュアがいきなり[ホーム]のオオコウモリ擬きの保菌の有無に言及したのは、知ったばかりのその情報――蝙蝠獣人の保菌状況と比較してのことだったのだ。


「……領主が死亡しても確信して(・・・・)しまっていた(・・・・・・)者達は収まりがつかないんじゃないの?」


 既に暴走状態だった者達がそう易々と認識を改めるとは思えない。寧ろ領主の死亡でヒートアップしそうではないか、死因が不明でも根拠なく蝙蝠獣人の仕業と決めつけて(実際はその通りではあるのだが、それと知り得ようのない人族の中でも暴走者に同調しない者達には彼らの妄想も同然だろう)。


「あー収まりはついてないけどそこは絶賛仲間割れ中? 元々一部特化で全体的には人望のある領主じゃなかったらしいし、よくある権力闘争?派閥争い?後継問題?全部おんなじ?つまり景気よくカオスってて獣人どころじゃないんだよなー」


 確かによくあることではある。


「獣人の相手までしていられないから挑発する暴走者達を抑制しているってこと?」

「そうそう。はっきりした原因分かってなくても上の方はもしかしてーな薄気味悪さを感じてるみたいで、二の舞はいやーって?」


 にこやかに言う愉快犯の話に素直に納得して良いものか。

 しかし、こうした件で嘘を言う男ではないことも経験則から承知している為、納得しないわけにもいかない。

 それが今一つ不本意で、カナンは眉根を寄せたまま小さく溜息をついた。


「まあ、獣人の方は無監視放置で良くなっても人族の方が要注意なのに変わりないからメンドウは終わってないんだけどなー」



 敢えて言わなかったことを明確にしないで欲しい。…………今は(「言ったって言わなくったって現実は変わんなーい」)。













覚書

男の蝙蝠獣人 ヘギールビベ・ゾモラウロ

女の蝙蝠獣人 ワネデンタ・ガフーギュド

人族の領主  グラキレブ・キヨマーユ・ウダゴンヒン


関連

13 酒に泳ぐ/霊獣の味覚

111 選ばれし者はいない

185 対局

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