266 過ぎれば何もかも
その人族の町では住人の約半数が流行り病で命を落とした。
しかし、治療や予防の方法が確立していなかったのではない。
効果的な薬が既に開発されていたが、その大半を十数人の住人達が結託して処分してしまったからだ。
理由は、身内に薬との相性が悪く、死亡ないし生き延びても重い後遺症を負った者がいた為。また、その者達の主張を丸飲みした為。
薬ではなく毒を当局は住民に飲ませようとしているのだと決めつけたのだ。
そして薬が行き届かず、本来なら予防薬の服用で流行り病とは無縁でいられた筈の多くの者達が罹患・重症化で苦しみながら死亡すると、今度は偽物の製造にばかりかまけて特効薬をいつまでも開発しない当局が悪いと主張し始めた。或いは、本来自然回復出来る程度の病であるのに、利権絡みで不当な益を得る為に難病であると嘘を流布し、効かないどころか害でしかない薬紛いを予防と称して安易に服用させることで住民達の元より備わっている自ら病に打ち勝つ力を弱めたせいだと(実際は廃棄される前に服用した者の大半は罹患していない(が、その事実は存在しないもの扱い)。そうはならなかった極少数の者達は言わずもがな)。
そうして己の正義を頑迷に妄信する者達は、皮肉なことに誰一人として流行り病に掛からなかったが為に益々増長した。但し、その殆どはただの偶然からであったが、一部は欺瞞甚だしく予防薬をこっそり服用していたからだった(後者は悪意ある者と引っ込みがつかなくなった者と己だけを例外扱いする者に三分する)。
「どっちもありがちー」
「どっちも?」
「自分が恩恵を受けられないか受けられないかもしんないってびびっちゃってでもびびってる自分クソかっこ悪いしかっこわるーって言われんのも腹立つし自分の方が正しいことにしちゃえばかっこいい!ってな感じで全部を嘘呼ばわりしてああなんて俺ってば慧眼ーって確信しちゃってそれでも嘲ってくるヤツうっざ俺の言うこと聞かないヤツラもっとうっざそれならそれで俺の正しさを見せつけてやるーっつって色々邪魔してくんのもどーせ大したこと出来ねーって軽く見ちゃって大事なもんを大事にしとかないのも」
長い。
余程地球で語りたくなる経験でもしたのか(オリジナルが)、ノンブレスでの長文語りは聞いている方の呼吸が苦しくなりそうだった。
その為、言い終わり、やり切った感満載の晴れやかな表情を見せて来た愉快犯にカナンは盛大な溜息で応えた。
ただ、言いたいことは分かった。
犯罪のプロでもない、素人集団があっさり薬の大半を窃取ないしその場で焼失させることが出来たのだ、薬の管理――警備が甘かったのも事実なのだろう。
窃取した側の行動理由も確かに有り勝ちだ。故郷ではそれなりの頻度で耳目に触れた。世情を完全に無視するのでもなければ避けることは難しかった。元より注目を浴びることを目的として行動していたのだ、あちらとしてはそうでなければ意味はなかっただろう。
「他の町ではこの件を教訓に最悪の事態は回避しているようだがな。それを不幸中の幸いと好意的に捉えているか踏み台にされたと憤っているかは人によるが」
「そうなんですよね……」
アウレリウスは町の住人の現状を客観的に言い表しはしたものの、最後についた吐息には多分に特定の感情が込められており、それを察してカナンも追加の溜息をついた。
主に後者に対して。
二人とも倫理的・道義的にどうこうという人間でいうところの "真っ当さ" を装って息をついたのではない。至極身勝手な理由でだ――――面倒事を増やしてくれて、という。
負の情動は言うまでもなく澱の源、澱の増幅源である。
更には、やらかした後も執拗に絡んでくる。
彼らの悪行は地球でも似たような事例があるが、あちらでは大事に至らなかったこともあり大した罪には問われなかった。
しかしこの世界は違う。
最悪の事態を齎したことも理由ではあるが、仮令そうはならなかった、死者はもとより罹患者を出さなかったとしても軽微な罰では済まなかっただろう。
そういう法の国なのだ(同様の法を布いている国はこの世界の国の総数からすると大半と言って差し支えない数だが、そうでない国も存在している為、ここでは "この国は" に限定しておく)。
全員が既にこの世にはおらず、その性質から病による死亡者より先んじて火葬――対アンデッド化処理を施されたが、アンデッドにならずともその過剰な遺恨は呪詛と成り得るレベルの澱を遺し、実際既に呪詛化して町を覆っている。
呪詛は掛けた者が死亡すればいずれ自然消滅するものではあるが、それまでに要する時間には個体差があり、魔力規模は確実に影響する。
直にやらかした者達を見ている精霊の見立てでは、放置で明日明後日には消えてくれる、といった類いのものではないらしい。
ただ、単純に彼らの魔力規模が大きかっただけでもないようで、では恨み辛みの強さか?と精霊に問えば、妄念と一言で返され、確信することの厄介さをカナンは改めて思い知らされた。
この呪詛が、踏み台にされたと憤っている者達の精神を煽っているのだ。
命を絶たれ、アンデッド化も阻止され、これ以上澱を生み出せない妄執者達の代わりのように。
しかもただ澱を増大させるだけでなく、その澱に、この町に存在する全ての薬の効果を阻害する影響力を持たせていた。
病原体に薬剤耐性のあるものが出現したわけではない。人体の方に薬効を阻害する変異を起こさせているのだ。
その関係で呪詛の効果範囲外――町からある程度離れれば本来の薬効を得られるようになる。
離れられれば。
薬効阻害とその効果範囲が周知された直後は他の町や村に身を寄せられる当てのある者は我先にこの町を離れて行ったが、全ての者がそうであるわけもない。
行けばなんとかなると楽観や焦燥から町を発つ者もいるにはいたが、行った先で手厚く保護された者はいないに等しい。
居住を希望しながら身元を保証する者のいない立場というのはそういうものなのだ、この国では。
その結果、諦めて故郷へ戻った者もいれば、路上生活者となった者もいる。
ここで貧民街へ、となっていないのは、この国の貧民街の多くは在住者で構成されており、当局による流行り病の保護対象にも入っているからだ。つまり、無謀・無策で飛び込んで来た他所の者の立場は彼らより下なのだ。仮令どれほど身形が良かろうと。
同じように身元を保証する者のいないクェジトルや旅芸人といった所謂流れ者も保護対象外で、予防薬は供給されず、罹患した場合は住民より遥かに高額な医療費を支払うか、それが出来なければゲームで言うパーティや一座ごと町から放逐されている。
一時滞在者でも商人や職人、研究者といった職種の者は大概目的遂行の為には町の許可が要る為、身元が保証されており、保護対象に含まれているが、モグリの者は当然ながら流れ者と同じ扱いだ。
そうして町の外につてがあり、思い切りの良い者が粗方いなくなった頃、呪詛が変異して残っている町の住人達に更なる精神干渉を始めた。
町を出ることに対する恐怖心を煽り、他所へ移ったところで助からないという強迫観念を増幅させたのだ。
元より当てのない者には影響のない効果ではあるが、当てがありながら町を出るタイミングを逸した者にとっては最悪の事態となった。
「――――で、なすすべもなくじわじわ~と人口を減らしていってる最中、と」
流行り病だけでも厄介だというのに、他の病の薬も全般、効果が発揮されなくなってしまっているのだ。命にかかわる病は流行り病だけではない。呪詛がなければ継続治療で回復を望めた患者も次々と命を落としているのが現状だ。
「全滅する前に呪詛が解けると思う?」
どう見ても解けると思っていない無邪気さで愉快犯がカナンにともアウレリウスにともつかない問いを口にする。
だが、それもある意味仕方のない部分もある。この町には医者も医学研究者もいるが魔術師がいないのだ。
この先どれだけ特効薬を、と研究を重ねていっても、呪詛に気付けない限り何の成果も上げられない。
そして呪詛の探知は門外漢には難しい。
本能レベルで感知する者はいるかもしれないが、それで何が出来るでなし。
解呪のハードルの高さは探知感知の比ではない。
「他の町へ難を逃れられた者達が領主や国にこの町の実情を正確に訴えられれば、いずれは救いの手が差し伸べられるんじゃないかな……」
この町の住人には何故町の中や周囲の一定域内で薬が効力を発揮しないのか分からなくとも、その手の異常に慣れている魔術師なら話を聞くだけで直接体感せずとも察するものがあるかもしれない。
それがいつになるかは見当もつかないが。
「だよなあ」
あっさりカナンに同調する愉快犯の微笑が良くない意味で広がり、解けると思っていなさそうだったのは振りだが全滅の可能性を高く見積もっていそうなのは変わらず本音のように思え、愉快犯の思惑を外す回答はなかったのだろうなとカナンは諦めの溜息をついた。
発言の不謹慎さを咎める良識は持ち合わせていないが、無害なものとして流すには抵抗のある毒だ。毒だと感じる感性は一応健在である為、常識人を気取るかのような溜息はどうしても漏れてしまう。
そのような自身の挙動に辟易しながらうっかりアウレリウスを見上げてしまい、バツが悪く眉尻を下げると、男もまたどうしようもない、といった表情で吐息をついた。
*
今回、三人がこの地へ来たのは、いつもの禁域による転送でも不可抗力でも、偶然通りかかったのでも何かしらの存在からのヘルプに応えたのでもなかった。
きっかけは[ホーム]のカナンの居住区にあるハーブ園でのこと。
料理に必要としていた分を各種摘んで家の中へ戻ろうとした時、直ぐそばの山椒の木の根元で異界門が唐突に開いてくれた。
言うまでもない厄介存在。
しかし、益がないわけでもなく、即行で閉じることはせず門越しに見える<あちら>側を窺ってみると、何やら門の際で蠢いている存在に気付き、ぞわりとした不快感に襲われてカナンは一歩退いた。
見た目は紐状の黒い靄のようなもので、表面がつるりとしているわけでもないのにワームと称される生物を想起させる動きで見ていて嫌悪感が半端ない。
ただ、その拒否反応が見た目のせいだけでないことも直ぐに察せられた。
〔解析〕を使うまでもなく。
――――澱だったのだ。
あの悍ましい存在が、異界門を通って[ホーム]へ侵入しようとしていた。
カナンやアウレリウスの結界によって仮令異界門を介してであろうと侵蝕を許しはしないが、執拗に門と重なり合っている結界に体当たりを敢行し続ける様は見ていて気持ちの良いものではなかった。
一体、辜負族の生前のどのような思惑が、存在を知りもしない[ホーム]へ攻撃を仕掛けるといった不可解な挙動を取る澱を生み出すことになったのか。
今後の[ホーム]の防衛強化の指標とする為に詳細を調べておいた方が良いだろう、と澱と認識した直後には判断したカナンだったが、それを実行に移すことは叶わなかった。
異界門が唐突に消え失せてしまったからだ。
正確には消滅させられた。
カナンの手によってではない。故にそれだけならば更に不穏さが増しただろうが、意図的にだろう異界門を握り潰すかのように圧搾・崩壊させた力は存在があからさまで、馴染みの深いその魔力にカナンはほっと息をついた。
「アウルさん」
そう、気付けばアウレリウスが傍らにいて、「必要な情報は既に得た」と冷徹な表情で告げて来た。
「追うか?」
そして、カナンの欲求を良く分かっており、一変、口角を吊り上げて誘ってきた。
「――――追います」
異界門を唐突に消したのは、用の済んだ不快物をいつまでも見続ける必要はない、という気遣いからだったらしい。
*
アウレリウスの誘導で最初に着いたのは焼き払われた薬草園だった。
町の城壁の外にあった、件の薬の原料となる薬草が栽培されていた畑だ。
焼き払ったのは勿論、完成した薬を廃棄した者達。念入りに使い古しの油を熱してまで引火に使い、鎮火された後に塩まで撒くという念の入れようはもはや常軌を逸しており、死ぬまでもなく既に自らが生み出した澱の影響を強く受けていたのではないか、とは一部始終を見ていた精霊の言だ。
あの異界門越しに見えた澱の発生源はこの薬を廃棄した者達だが、[ホーム]の存在を知り得ようもない彼らの澱が[ホーム]へ侵入しようとしたのはこの薬草園――いや、薬草という存在そのものに対する憎悪に端を発している、というのがアウレリウス、精霊双方の見立てだった。
たまたま開いた異界門の向こうにカナンのハーブ園という薬草畑を感知し、理性も何もない呪詛を纏った澱が本能的、条件反射的に攻撃してきただけだろうと。
それはそれで忌まわしい成り行きではあるが、[ホーム]自体が攻撃を受けようとしていたのではない事実はカナンを安堵させた。
この先、そうした事態が生じる可能性を否定は出来ないが、今回の件が無関係であったのはやはり幸いだ。
今まで生きている辜負族が異界門越しに[ホーム]を感知したことはなかったが、この機会にどのような知覚によってであっても[ホーム]を捉えることは出来ないようにアウレリウスと相談して結界を強化しておいた。
侵入は元より不可となっているが、何となく最果ての島のペンギンのように異界門越しに辜負族の視線が[ホーム]内を窺うことがあれば、と考えてみたところ、ぞっとしない、と嫌悪感が湧き起こったからだ。
今回はもはや自我のない澱によってであったが、その源である辜負族に同様のことが起きない保証はない。
精神的安寧の為に念を入れておくことは無駄ではないだろう。
「[ホーム]突撃が偶然のおまけでどーでも良くても他がどーでも良くないからめんどーだけどなー」
そう腐す愉快犯はこの場へ来た後に顕現した。
但し、現れた時点でカナン以上に事の次第を承知しており、実際は疾うに顕現していながら姿を見せていなかっただけだろうとカナンは邪推している。
今、ジョシュアの腐した「面倒」はこうした状況での必然、澱の木のことだ。
ご多分に漏れず何本かが町の各所で成長していた。
それらは既に処理済みだが、町の現状からして今後も暫くは鼬ごっこが続くだろう。
「大男がこっちも全部やってくれんなら別だけど」
「ジョシュア」
これはカナンの突っ込み前提だろうと、わざわざアウレリウスではなく自分に向けられた笑顔で容易く察せられたが、無視出来る愉快がりではなかった為、愉快犯の思惑通りに即答した。
あの異界門も澱も確かに偶然でしかなかったが、それでも[ホーム]が絡んだのだ、そのことを認知しているのだ、カナンに出来ることがないのならともかく、そうでないのならアウレリウスに丸投げはしたくない。
ただ、
「都度、出来る者がすればいい」
苦笑と共に告げられた提案を突っ撥ねるほど意固地でもない。
「はい」
そこは素直に受け入れて小さく頷いた。
* * *
町は人口がゼロになる前に澱の生成量を平均値へ戻したが、図ったようにその頃になって新しい流行り病が蔓延し、懲りもせず同じことを繰り返して、いっそ滅ぼしてやろうか、と誰かがその気もないのに思わず呟いたが、それを現実にする前に廃墟となった。
その廃墟でも暫くは澱の木の処理が続いた。
残り少ない人数でも、確信する者ばかりとなると、こうも未練・執着が強固になるものなのか。
処置なし、と見捨てられれば、それはそれで呪詛を吐き、死んだ後までも他責妄想は改まらなかった。
「死んだ後だからっしょー。改められる自我がないんだし」
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217 最果ての島




