265 続く時は続く
年に一回だけ、パルカパロル・テリスダランが白の境界手前まで(ゲーム当時は白の境界は存在せず、距離的にそのくらいまで、ということ)首を伸ばすと、そこから降りてくる存在がある。
虹の帯だ。
パルカパロルの角先から後頭部へ流れ、そのまま首の上を波打ちながら延々落ちていく。
最後は尾の上を滑って地へ流れ込み、パルカパロルの後ろ足の後方に(パルカパロルの足には触れない)直径二メートルほどの虹の池を暫く形成する。
「池」は比喩であるようで全くの比喩とも言い難く、それなりの深さ――[ホーム]所有者の身長の三倍の水深を形成し、水による池同様に浸かることが出来、体感も水に近い。
ただ、水のように濡れるということはなく、特に魔法や道具などで防水する必要も水中行動の補助をする必要もなく、空中での飛翔のような挙動を取れる。
水中には採取可能不可能問わず生物も非生物も存在せず、ただ、外気温よりやや低い水温が保たれるくらいで、水に浸かる、泳ぐことを好む者以外には観賞用として放置されがちだった。
見た目は確かに美麗と言える。ただ、それも人によりけり。
また、ゲーム内時間の二日ほどで消滅してしまう為、観賞用としてさえ利用されないこともしばしば。形成されたことに気付かないプレイヤーも少なくなかった。
飲料用としての利用も可能だが、特典はなし。美味い不味いも人それぞれ。
「――――プレイヤーはそうでもパルカパロルは好きだよね、虹の池」
少なくともカナンのヴルガレスのパルカパロルは池が消滅するまで直ぐそばに座り込み、首を草の上に伸ばしてぼんやり眺める。
最初から最後までその様子をカナンが見続けたことはないが、周囲の精霊の話では時々うつらうつらしたり首を起こして欠伸をしたりするものの、ほぼ池のそばでじっと動かず、池に入ったり身体の一部を浸したりすることもなくひたすら見続けるらしい。
但し、本人曰く、好物ではない、とのこと。
「例外もいるけど概ねなー」
カナンの予防線を無駄にしない答えを返したのは、単純に面白がりで誤魔化したり否定したりするほどのことでもない事実だからか。
特に思い入れがあるようでもないが凪いだ表情で否定しない愉快犯に、半ば習慣とはいえ尖り過ぎたと己の過剰反応をカナンは自省した。
パルカパロルに関しては、確かに見たまま、これ以上のナニカはなかった。
パルカパロルの心証絡みでは。
* * *
「最初は一繋ぎのアメフラシが降りてくることにしようとしたんだけど、卑猥過ぎるってあいつじゃない誰かの抗議で却下されたんだよなあ」
「……」
卑猥、でアメフラシの状態を察したカナンは虚無顔を愉快犯に向けた。
「言っとくけどデフォルメ系のグラフィックだったから卑猥はそれ見て想像する方の頭ん中だと思うんだよなあ」
「……」
否定し切れず、しかし同意も不本意でカナンは虚無顔を続ける。
「文字通り繋がってるだけでホッピングしてるわけでなし、一本の長くて太い紐なだけなのに」
本気で「だけ」と思っている風に見えなくもない表情でつくづくと零すが、口にした単語が一々連想を誘発するものなだけに、カナンの虚無顔も猜疑を滲ませた。
この愉快犯の昔語りがフラグだったとは、仮令それが真理であったとしても認めたくない、とカナンが腐すのも致し方ないだろう。
現在、草原の只中で展開されている現象を前にしては。
〔千里眼〕でなければ頭を視認出来ない位置まで首を伸び上がらせたパルカパロルの背中を一直線に滑り降りてきているのは、一見、虹色の透明なグミのような姿をしていた。
アメフラシだ。勿論、モドキの。
体色が上記のように透明虹色の為、もはやモドキとさえ言えない様相を呈してはいるが。
アメフラシ型のスライムとでも言った方が適切な気さえしてくる(あのゲームには定番のスライムは存在していなかった。敢えて "定番の" と断るのは、定番ではないスライムっぽいものはいないでもなかったからだ。その際たる存在はラクルリィマ。但し、あくまでもトリップする前の話で、トリップ後に変異だ何だで[ホーム]に紛れ込んでいないかどうかは不明だ。あいにくヴルガレスにいないことで "スライム" というキャラクターの存在自体を忘れがちの為、一々もしやと思いもせず探してこなかった。今回のアメフラシで久しぶりに思い出したほどだ)。
その虹色アメフラシは全てが連結していた。――――交尾状態なのだ。
正しく、愉快犯が振りだったのか素で愉快に思っていなかったのか、平静な表情で語っていた通りに。
確かに交尾から想起される挙動はしていない(リアルのアメフラシが哺乳類でお馴染みのホッピング(片足ジャンプではなく車の異常振動現象の方、とは愉快犯の言。要は比喩)をするかどうかはともかく。そもそもカナンはアメフラシの生態を知らない)。
ただ、一本の長い綱のようにパルカパロルの背中の上を滑り降りて来ている。
色が色だけに結合部分もほぼ視認出来ない。そもそも遠目には、いや、〔千里眼〕で多少距離を近付けても少々不格好な透明虹色のグミが捻りの中途半端なソーセージのように連なって地面まで達し、先に虹の帯が形成していた虹の池の中へと消えて行っているだけだ。
かれこれ五分、虹色アメフラシは池の中へ途切れることなく没しているものの、全く池の水の溢れる気配がないのは妙な事態ではあるが。常の虹の池には一応底があった筈。カナンの身長の三倍ほどの深さで。
そうして首を傾げている間も虹色アメフラシは止まることなく池の中へ。いくら水深が四メートル半強あるといっても、流石に溢れ出すのではないか、これまでの深さのままであるなら。
池に潜り込む際のアメフラシの周囲にさえ波紋が出来ていないことにも奇妙さを覚えつつ、所詮[ホーム]、所詮元はフィクション、と追求することの虚しさを内心で唱えること更に五分。
正味十分ほどで虹色アメフラシ綱は尽き、パルカパロルを見上げれば、カナンの視線を感じたのか徐々に頭を下ろしてきた。つまり首を縮めてきた。カナンが〔千里眼〕を効かせていたからだろう。素で見上げただけだと、流石に最長まで首を伸ばしている時のパルカパロルには足元に誰が、何がいるのかを正確に把握出来る能力がない為、全く気づいてもらえない。
虹の帯の時は虹が落ち切った後も暫くは伸ばした状態を楽しんでいることからしても、やはりカナンの視線で呼ばれているとでも思ったのだろう。
呼んだというより、イレギュラーな事態にパルカパロルに支障はないかと気になり、半ば無意識の行動であった為、通常の位置まで首を下げ、何?と言いたげに見られた段でカナンは少々気まずくなった。
楽しみの邪魔をした?
言葉にならず、目顔で問えば元々下ろすつもりだった、とカナンを気遣ってのようでもない言葉が返ってきた。
そして虹の帯の時と同じように、大量の虹色アメフラシを飲み込んでいることなどまるで窺わせない虹の池のそばに座り込んだ。
そう、透明度は高く、水深の問題で底までは無理でもアメフラシの数を思えば地上から覗き込んでその姿を捉えられないのはおかしい。
つまりこれは幻影?
しゃがみ込んで手を差し込んでみれば、常の虹の池の水と変わらない感触がある。ならば水面の見た目だけが幻影なのか。
アメフラシが没している最中はどうだったかとふと考え、思い出そうとしたが――――思い出せず少しばかり呆然とした。
見ていたつもりで意識が水中に向かっていなかった?
分からない。
カナンが迂闊だったのかもしれないし、この虹の池がそういう仕様なのかもしれない。
ただ。
自覚してしまえば、まあいいか、で受け入れた。
全くもって、どうでも良いことだ。
あのアメフラシ達が何だったのか、どうなったのか。
[ホーム]に不条理はつきもの、そしてヴルガレス由来では危機感を抱かなければならない事態にはならない。
現にパルカパロルはのんびりしたものだ。
カナンが一人、あれこれ気を揉んだところで徒労なだけだ。
―――そうとでも思わないとゲーム由来の[ホーム]とは付き合っていけない。
少し遠い目になりながらカナンがそんな風に益体もない思考を脳裏で巡らせている間に幾らか時が過ぎ、パルカパロルも通常サイズに戻ったことだし、そろそろ帰宅するか、と〔転移〕を発動しかけた時だった。
ぎゅむ。
という、訳の分からない音が聞こえてきたのは。
虹の池から。
何か弾力のあるものを潰したような搾ったような。
池を見ればなんと、布袋の口を絞るように水面が中央へ向けて皺を寄せながら縮められていた。
一カ所がぎゅむ、と中央へ押しつけられれば、他方でぷわり、と反動のように水が膨らみ、そんな揉み込んでいるかのような挙動を繰り返していたのだ。
カナンがあっけに取られて見詰めている間もその動きが止むことはなく、その内、反動で何処かしらがはみ出すことはなくなり、全方位から中央へ押しつけられるようになると、間もなく限界が来たのか池は小さな襞の塊となって動きを停止した。
そして次の瞬間。
「…………………………は?」
音もなく、敢えて擬態語を付けるなら在り来たりにすぽんっというように、襞の間から巨大で透明でぷるんっとした物体が飛び出してきた。
いや、打ち上げられた?
出現の仕方はシャボン玉のようで、しかしあれほどゆっくりでもなく、一気に上空へ向けて噴き出されたような感覚だった。その跡にはもはや何もなく、池が形成される前の草があるばかり。
巨大というのは、恐らく虹の池のサイズ、つまりカナンの身長の三倍はある虹色の塊が、あっという間に遙か上空の高みへ上った。
その外観をはっきり捉えられたのは都合良く〔千里眼〕をまだ効かせたままだったからだ。そうでなければ無理な位置まで一息に噴き上げられていた。
そして、打ち上げられっぱなしの仕様ではなかったようで、伸ばしたパルカパロルの首の半分ほどの高さで失速し、その後は自然法則通り、一気に落下し始めた。
「!!」
真下へ落ちてきているようでも、池の直ぐ脇にいたカナンが危機感を覚えるのはむべなるかな、だろう。
急いで〔飛翔〕を発動すると同時に数メートルは元の場所から離れた。
ただ、その際、草地に座り込んでいるパルカパロルも移動させようとしたのだが、拒否されてしまった。
当たらない確信でもあるのか? ゲーム当時の仕様でも承知している?
それらの疑問をカナンが口にする前に回答は上空から与えられた。
虹の塊がはっきり落下の角度を変えてきたのだ。疑いようもなく、カナン目掛けて。
「なんで!?」
慌てて〔転移〕を使おうとするが今度は強制キャンセル。ぎょっとなった時には既に塊はカナンの真上まで来ており、無意味だと自覚する余裕もなく条件反射で両目をぎゅっと瞑って体を縮こまらせた。
そのようなカナンに塊は容赦なく衝突――――――――――――することはなかった。
「………………え?」
恐る恐る目を開ければ、あの巨大でぷるぷるで虹色の塊は何処にもなくなっていた。
「……」
暫時呆然とした後、上下左右、周囲一帯を見回すが跡形もなし。
最後になんとなくパルカパロルへ目を向けてみると、澄まし顔で立ち上がってカナンに背中(「てゆーより尻?」)を見せ、何処へともなく去って行ってしまった。
「ちょっ……」
と待って、という引き止めの言葉は勝手に開いたストレイジバッグのウィンドウに邪魔をされ口内に消えた。
「…………」
このタイミングでは中を見ろ、以外にないだろう。
パルカパロルにそのようなことが出来る能力はない筈なので、これもゲームの仕様の名残か。
あの塊の行方を欲したのはカナンだ、無視をする意味もなし。誰に対するでもなく盛大に溜息をついてから中の確認をした。
もはやあの塊が収まっていることは疑っていない。
そして、案の定、食材用の停滞領域にあった。
アメフラシ型虹色滋養強壮ゼリー(統合タイプ:変質)。
名称通り、打ち上げられた時にはやや楕円の塊でしかなかったものが、バッグの中ではパルカパロルの背を降りてきた時のアメフラシ一つ分の形に変わっていた。
滋養強壮と銘打たれてはいるが、扱いはゲームでお馴染みの回復薬のようなものだ。
但し、効能は効果実感を保証しない疲労回復程度のようで、それが「変質」ということなのだろう。
いや、それ以前に、パルカパロルの背を降りていた時は確かに生物のアメフラシであった筈(〔解析〕結果上では)。そちらの意味でも「変質」なのか、それとも解析結果がフェイクだったのか。
ともあれ、味は特に明記されておらず、小さじ一杯程度を掌に出して食べてみたところ、特定の食材を想起させられるものではなく、市販のフルーツミックスジュース辺りが最も近いように思えた。
特別忌避したくなる味でもなく、効果も薄いようで、通常のデザートの感覚で消費していけばいいか、とこの時は決着させたカナンだったが、後日、思いがけない効果があることが分かった。
パルカパロルには見向きもされなかったこの虹色アメフラシ型ゼリー、誕生母体(間違ってはいないが)のガフレスクンウベイスには好評だったのだ。
肥料のように地中に埋め、そこにガフレスクが根を張って微睡むと、通常、赤系統のヴァリエーションに終始する花の色が全て虹のグラデーションとなり、用途としては酒の材料一択となった。
…………この時のガフレスクの睡眠が陶酔に近いから?
などと無責任な憶測を脳裏に閃かせたのは、まあ、無責任でも問題ない他愛ないことだったからだ。
事を詳らかに知る必要はあるか?―――ない。少なくともカナンにその欲求は湧いてこなかった。
ちなみに、この一連のイベントも愉快犯は認識していなかったようで、ケスロイテロブの時のように少々お冠だった。
イベント内容だけ見ればジョシュアの思惑通りになっていたと言えなくもない気はするが、無断で行われたのではアイデアを盗まれたとも言える?
しかし、当人が言うにはパルカパロルのこのイベント周りのクレジットはゲーム当時ジョシュアだけであったそうで、ならば(A氏から?)告知される前にトリップしてしまった為に聞き損ねたのか。
今となっては永遠に知り得ようがない。
「にしても、酒一択って誰の趣味だよ……」
付き合いで飲んでいた程度で、基本、酒を美味しいと思わないジョシュアとしては、その改変も立腹要因らしい。
ではジョシュアはガフレスクの虹色の花に何を設定しようとしていたのか?
そこまでは明らかにしなかった。言いたくない、というより、言うのがメンドウ、という気を醸し出していた為、カナンも追求しなかった。
* * *
「…………好物関係ないんじゃなかったの?」
「関係ないねー基本は」
「基本……」
「関係しちゃう場合もあるっちゃあるってこと」
「だからって池の底にウチワサボテン……」
「あーそれ、魔獣化してるから」
「……………は?」
言われて初めて〔解析〕をしてみれば成る程。
「なんでもありなゲームだったけどさあ、ウチワサボテンが水耕栽培向きっても水中でも生育する設定にまではしてなかったから。池に種が落ちて、腐る前にがんばっちゃったみたいだなー」
種の段階で発芽を頑張ったくらいで魔獣化出来るものなのか?―――現実に出来るから目の前にいるのだろうが、カナンとしては素直に納得したくなかった。
「………………パルカパロルの好物が植物以外になっていたらどうなっていたの?」
カナンが納得しないところで現実は変わらないが、何となく悪足掻き的な疑問をぶつけてみる。
それに対する愉快犯の愉快がる表情は変わらず、ただ一言。
「臨機応変?」
便利な言葉だ。
魔獣サボテンは虹の池が消滅する直前に草地へと移動してきた。
〔転移〕などで一瞬、ではなく、いそいそと擬態語をつけたくなる挙動で池の壁面(「あるんだ……」)を歩いて上ってきた。
そして、地上に上がるや、蕾すらついていなかった身体に一気に無数の花を咲かせ、盛大に花粉をまき散らして直ぐそばにいたパルカパロルを大歓喜させた。
こちらはジョシュアの仕込みであったようで、終始無駄ににこやかな表情で眉間に皺の寄ったカナンの相手をしていた。
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