264 何事も例外はつきもの
「初めて見るパターンですね」
「俺も初めて見たな」
「…………………とっても珍しい?」
逃げ回るスケルトンというのは。
墓荒らしの気配を察したのでもなかろうが、そのスケルトンは墓地に人の踏み込んで来たタイミングで地中から飛び出し、反対方向へ向けて一目散に駆け出した。
墓は町の郊外にあり、アンデッド化の用心の為に全面に呪の刻み込まれた高い石塀で囲まれている。その己より遙かに高い塀を驚異的な跳躍力で飛び越え、草地を危なげなく走り抜けて先にある森へと駆け込んでいった。
埋葬されてから、いいほど経った時分のことだった。
このスケルトンには、生前、薬物中毒者の身内がおり、精神的にも肉体的にも経済的にも散々に苦しめられた為、麻薬の類いを激しく憎悪していた。
そして、病気で死ぬ僅か前、人骨を使った安価な、しかし価格相応でない強い依存性を持つ薬の存在を知り、自身が死んだ後、己の骨を薬材にされることを殊の外危惧した。
臨終間際には諄いほどに看取る家族へ遺骨を守ってくれと遺言するが、内心ではそれが叶えられるとの確信は持てなかったらしい。
都合良く精霊がスケルトンの生前の頭の中を覗いていたわけではない。
正に現在スケルトン化していることがその証拠だ。
疑念、不安、恐怖といった気掛かり、自らの骨に対する執着があったからこそアンデッド化したのだ。
この町では建前上、アンデッド化を防ぐ為の火葬は行われている。故にこのスケルトンの遺体も一度は焼かれているが、火葬師ではない者の手によって成された為か燃焼時間が不足していたらしい。これまた現状がその証拠だ。
死者のアンデッド化は辜負族の間でよくよく発現してはいるが、墓の周囲をこの町ほど強固にしている場所は存外少ない(とはいえ易々と跳び越えられてしまっており、今回ばかりは物理的にも呪術的にも威力不足であったようだが。件のスケルトンの魔力は辜負族の市井人としては珍しく、魔術師と成り得る者達に勝る規模であったらしい)。
国が安定していればアンデッド化に対する危惧が薄れ、技術的・財政的な問題がなくとも対策が疎かになることは珍しくない。
そしてこの国は比較的安定した治世が続いている。
それでも尚、ということは詰まるところ、死者のアンデッド化がそれなりに起こっているということだ。
起こっていながらいつまでも火葬の不備が改められていないのはどうしたものか。
町民性か、為政者の怠惰か、人のすることに完璧はないと諦念でもしているのか。
いや、墓を高い石塀で囲っているだけ防御意識はあると言えるか。
このスケルトンの元となった遺体が埋葬されてからそれなりの日数が経っているとはいえ、それが中途半端に焼かれた人体が白骨化するまでの理に適った時間であったかどうかは追求するだけ無駄だろう。
アンデッド化までの所要時間には個体差がある。更にスケルトン化が遺体の白骨化に影響するのかどうかも不明だ。
そもそもスケルトンは一旦コープスやグールになった後、その腐肉が全て自然に削げ落ちるタイミングで骨が変異した場合に発生する。自壊アンデッドが自壊するまでの時間も不定なら、いきなり死体からスケルトンになったケースも過去にない。
つまりこのスケルトンがどのタイミングで白骨化したのかは誰にも知り得ようがない。最初からアンデッド化の兆しがありコープス乃至グールに成り掛けていたものの、骨への執着が強過ぎて成り切れないまま肉の分解だけを過剰に促進し、一足飛びにスケルトン化して地中から飛び出したタイミングがたまたま墓地への賊の侵入と重なっただけなのか。アンデッド化の兆しはあったが肉の分解自体は緩慢で、墓荒らしの侵入を残存していた未練が関知して一気に白骨・スケルトン化をしたのか。アンデッド化の兆しなく偶然の自然現象で肉の分解だけは急速に進み、墓荒らしを認めて初めてアンデッド化する素養が発現してみれば既に白骨化していた為にスケルトンとなったのか。
スケルトンに特化した研究をしている辜負族は今も昔も一定数存在するが、未だ根拠の不確かな推測が幾つも存在するだけに留まっている。
―――というのはあくまで辜負族の事情で、禁域サイドには少なくとも白骨化のタイミングは容易に知れる。
「地中の精霊に聞けばいいだけの話だからな」
「身も蓋もないです……」
そうなのだ。地中にも当然ながら精霊はいる。
その精霊の言うには自壊アンデッド化がまず急速に進み、墓荒らしの侵入直前まではまだコープス状態だったらしい。それが、墓荒らしを関知した途端、未だ腐肉があるというのに一気にスケルトン化。
コープスになるまでの所要時間は平均値と比較するなら時間を掛けた方らしい。
つまり上記のどれでもなかった。
現在二人がいるのは墓地の石塀の上。カナンは事故で思惟の森から転送され、場所が場所だけにバランスを崩し落ちそうになったところを先に来ていたアウレリウスに支えられ事なきを得た。
アウレリウスは別件を終えての移動中、たまたま石塀の上に澱の木の芽を見つけ、気まぐれで踏み潰して浄化した後だったという。
そう、澱の木。
ただ、それでこの国が傾き掛けているのかというとそうではない。
ごく一部、と言うには規模はそれなりだが、この町を含めた特定の貴族の領地内において不穏が蔓延している結果だ。
必然、この町だけでなく他所でも澱の木が生じる可能性は多分にあり、情報共有を受け溜め息をついたカナンにアウレリウスも苦い顔で深く吐息をついていた。アウレリウスの別件は隣接する別の国でのことだったようで、一つ片したそばから新しい案件に行き当たり、溜め息も一入のようだ。
アウレリウスが踏み潰した澱の木の芽を生やしたのは件のスケルトンであるが、過去の稀有な例のように一体で成したわけではない。
そこは在り来たりに複数の要因の中の一つに過ぎない。
先に来ていたことで既に状況把握を済ませているアウレリウスが言うには、この町を含む複数箇所でスケルトンの未練の原因となった人骨由来の薬物の中毒者が急増しているらしい。
澱の木が生成されるほどに澱を増大させているのは言うまでもなくその中毒者、そしてその周囲の者達だ。あのスケルトンを悩ませた身内は人骨薬に関しては使用していなかったそうで、スケルトンは被害妄想を拡大させていたと言えなくもないが、生前に取り巻かれていた状況を思えばそれも致し方のないことなのだろう。
「その薬に人骨を使っているというのは本当なんですか?」
あのスケルトンがスケルトン化することになった理由も思い込みや誤情報に振り回されたが故とも言えずカナンが半信半疑で問いかければ、
「本当だ。更に言えばそれによって効果が増強されている」
苦い声音で肯定された。ただ、アウレリウスの表情は嫌悪ではなく辟易――呆れの色が強かった。
倫理観の違いというより、人体というものに対する認識の違いだろうか。
人間の肉体を薬剤の原料にすることにさほどの忌避感が窺えない。辜負族は常日頃から他の生物を原料に製薬を行っているのだ、人間も所詮動物、アウレリウスにとってはそこに差をつけることの方が違和感があるのかもしれない。
カナン自身はダブスタの自覚がある為、その点には触れなかった。
どうしても人体部位で何をするか、部位をどのように確保しているかで嫌悪感を抱いたり抱かなかったりと確としたラインもなく選別してしまう。
人の脳を使った麻薬の製造が良い例だ。
人の命に鈍感になっていると自嘲しながらも陰鬱な気分に浸っていた。
あれは脳を使用していたからなのか、持ち主の同意がなさそうだったからなのか。
故郷での臓器移植に嫌悪感はなかった。ならば、脳を使用していたこと自体に嫌悪はなかったのか? 脳の使い方次第でも?
分からない。
材料が人体部位であろうとなかろうと、中毒者増産目的の麻薬の製造という観点でははっきりきっぱり嫌悪感を欺瞞する気はないが、それもまた選別だ。
以上のように人骨の使用に関しては複雑な心境になったカナンだが、人骨を薬材として使用している事実自体に対しての喫驚はなかった。
それは人の命に鈍感になっていることが理由ではない。
その手のことに詳しそうなジョシュアが絡まずとも、元よりカナンにも多少なりとあったのだ――地球でも同様のことが行われていたという記事を読んだ記憶が。
それは墓荒らしが横行したというところまで同じだ。
いや、安価であること、効果が高いことまでも。
違いは国内情勢(災害、貧困、医療資源不足など)と、人骨が薬効に影響を与えていたかどうかは不明だったということか。
「戦をしているわけでもなく、致死率の高い病が蔓延しているわけでもない現状で薬材として確保出来る人骨には限界があると思うんですけど、何処から入手しているんでしょう?」
この国では研究目的での遺体の利用は禁じられていない。それに伴い遺体の売買も状況次第で合法だ。
しかし、件の薬は人骨を使わなければ合法でも人骨入りはその過剰な影響力から違法となっているようで、となれば人骨の入手に違法手段が取られていたとしても何ら不思議ではない。
ただ、それも肝心の人骨があってこそだ。
貧困層が金欲しさに身内の骨を売るにしてもこの国は珍しくその貧困層が少ないと来る。
衣食住が安定している層で率先して身内の墓を掘り返そうという者は、いくら遺体に思い入れを持たない者が大半のこの世界の人間でも少数派だろう。だからこそ、掘り返されていない墓がカナン達の足下にも数多く存在している。
その墓地に現れた墓荒らしがカナンの疑問の答えの一つではあるだろうが、それにしても薬を安価で売り捌けるほどの数を彼らだけで確保出来ているとも思えない、足元の無事な墓の数からして。
そう、安価なのだ。
それで利益を出せているのであれば(出せているからこそ長期的に売り続けているのであれば)相応の数を売っていることになる。
中毒者を増やすことにこそ意味があるのであれば採算は度外視だろうが、そうではないらしい、とは精霊、アウレリウスともの見解だ。
「それとも、人骨の含有量は極僅かで良いとか?」
「いや、中毒性を高めるなら相応の量がいる。人骨の入手方法は密輸だ。隣国で派手に殺し合いをしているからな。数には困らない」
「ああ……」
口元に酷薄な笑みを浮かべてのアウレリウスの答えにカナンは妙に納得して頷く。
男の "別件" に見当がついたからだ。
「ただ、手間は手間だ。身近で確保出来るものならそれに越したことはないのだろう。主たる取引相手以外からの人骨の持ち込みも製造者達は拒否していない。貧困層と括るには問題のある連中が売買の話を持ちかけられずとも売れると知り、ああやって墓荒らしをしているわけだ」
アウレリウスが顎でしゃくった先では墓荒らし達が一つの墓石を脇へよけ、スコップに似た道具で土を掘り返していた。
それはカナンの倫理観的にアウトな行為ではあるが特に何もしない。
辜負族には不干渉――以前に墓荒らし達は当局にマークされていたのだろう(或いは彼らは囮で別に本命がいるのかもしれないが)、既に墓の入り口には兵士達が待ち構えていた。反対側のもう一つの締め切りの扉の外にも数人控えており、犯罪のプロでもなければ何かしらの異能の持ち主でもない、至って平均的な庶民でしかない墓荒らし達には万事休すだ。
墓荒らしへの対応はそうだとして、ではスケルトンは?
やはり二人共、特に何かをするつもりはなかった。
一応タグ付けをし、〔千里眼〕と魔眼で時々様子を窺いはするがそれだけだ。
あのスケルトンは只管、逃げるだけだった。
脇目も振らず。
自壊アンデッドでありながら、行く先々で遭遇する生物に何もせず完全スルー。
それ程に、生前の骨を薬材として使われたくないという強迫観念が強く残留しているらしい。
中々に稀有な存在だ。アンデッドとしては。
最後に森の奥の洞窟へ駆け込んだところで二人はそれぞれのホームへ戻った。
墓地での捕り物は始まってすらいなかったが、そちらはどうでも良かった。
* * *
件のスケルトンにはその存在情報が為政者にまで齎されると即座に討伐命令が各所へ通達されたようだが、内実は所謂研究者が多分に絡んでのことらしい、とは精霊の言。
治安維持目的より研究材料確保が主体であると。
薬物の乱造乱用に苦慮していながら根絶を目指さず研究は継続、どころか根絶を名目に、より活発化させようというのだ。
その研究者の中には為政者も含まれていた。
建前は薬の乱用には反対の立場。実際、薬の散蒔きには加担しておらず、中毒者を減らす為の施策は行われている。
しかし、乱用者の症状に対する好奇心、研究熱は抑えられないということのようだ。故に無くす、ではなく "減らす"(端から人のすることだ、根絶は不可能、などとリアリストを形ばかりでも気取っているわけではないらしい。一応、減らすことを当座の目標とし、いずれは根絶を実現させる、という建前を全面に押し出している)。
ただでさえ人骨に薬効増幅効果があるのだ、稀少なスケルトンの骨ともなればその影響力は如何ほどのものか―――内心の興奮を抑えられず、時に公衆の面前であっても漏らし掛けては側近から直前で諫められている、というカナン的には心底要らない情報まで精霊は囀った。
「でもスケルトンはアンデッドですから、討伐と言える行為は浄化しかなく、そうなると跡形もなく消滅してしまうのでは?」
そう、骨は残らない。
「そこは都合良く浄化せずに確保する方法もあるだろうという希望的観測の元に、だな」
「あるんですか?」
「ない」
にべもない。
「まあ好きにさせるさ。辜負族から逃げ回る以外に何をするでなし。レヴァナント同様辜負族以外に直接的な害もない。不壊アンデッドではないから辜負族が不甲斐なく野放し状態が続けどいずれ自壊する。対処するならその時でいい」
「問題は薬物に絡むこの領域の澱の方ですか……」
「ああ。だがそれも当面、我々がすることはない」
辜負族のことは辜負族で。
「各所にアラートは疾うに掛けてありますしね」
「そういうことだ」
スケルトン発生の町だけでなく、件の為政者の領土内の各所。そして、密輸相手の隣国にも幾つか。あちらは未だに戦争中なのだ、為政者が上記の体たらくではまだ暫く違法取引は切られないだろう。
面倒な話である。
覚書
スケルトンの生前 キュラバル・アラゼアルク
町の為政者 シヘリャード・デズカウヴァン
墓荒らし1 タナヨック(・ヘツハンニル)
〃 2 チペニョカル(・ボサラノボ)
関連
151 漁夫の利




