263 いつか
手乗りクラゲ。
生息地が海ではないどころか水中ですらない時点でもはやクラゲではないだろう、という突っ込みに対する返しは、ゲームだからで解決する。
「…………そうなんだけどね」
ちなみに "手乗りクラゲ" はただ現状を言い表しているに過ぎない。種名は別にある。
そう、現在、カナンの右掌の上には一体の生きたクラゲが乗っていた。
"一体" などと表現する時点で正体は明らか。
この日、久しぶりにドラカチェッタが居住区に現れ、恒例のイノレアの竹林へ向かったタイミングでアウレリウスが転移してきた。
そして、彼らの用は現在、キッチンのワークトップの上にあった。
つるつるぽわり、と言いたくなる、見る角度ではまん丸い物体がこんもり積まれた大きな笊が二つ。
今回のドラカチェッタの手土産はクラゲだった。
アウレリウスの手土産もクラゲだった。
山と積まれた物体は、直径が二十五センチメートルもあるキャノンボールクラゲだった(<あちら>ではテアムプルソイングと言うらしい。日本語ではキャノンボールクラゲ、キャノンボールジェリー、キャノンボールジェリーフィッシュ、と表記が入り乱れているが、無難に食材絡みで使用例が多いように思われた「キャノンボールクラゲ」を使うことにする)。
キャノンボールクラゲは大きさや形が砲丸に似ていることからその名がついたそうで、多少末広がりの釣り鐘型ではあるが、体の下の口腕が短く、全体として丸っこい印象を受ける。
体長は直径二十五センチに達することもあるというので、二者が持ってきたキャノンボールクラゲはそう非現実的でもない。
色は全体に淡い小豆色に口周りだけが濃い斑になっているものもいれば真っ白の個体もおり、示し合わせたのでもないだろうに、ドラカチェッタは前者、アウレリウスは後者を持ってきていた。
アウレリウスのは、モドキとはいえ一応地球のオリジナルから構築されたドラカチェッタの土産と違い<あちら>の類似種でしかない為、キャノンボールクラゲの白個体と言って良いかどうかは微妙だが。
「まあそうだが、これに関してはほぼ同じだ」
「そうなんですか?」
「ああ。俺の見立てだけでは説得力に欠けるかもしれんが、霊獣、精霊、潜思の海の三者全てがほぼ同一と見て良いと受け合っている」
「はあ……」
カナンとしてはアウレリウス一人のお墨付きで充分な為、上記三者が更に加わっても<あちら>のキャノンボールクラゲに対する認識修正にこれ以上の大きな変化はない([ホーム]のキャノンボールクラゲモドキを<あちら>の三者がどうやって知ったかに関しては、アウレリウスが持ち込んで比較させたらしい。そのサンプルも、改めて土産の山を見てみれば無駄なくきっちり入っていた)。
それよりも、そこまでアウレリウスが厳密性に拘ったことの方がカナンには気になった。
「何か[ホーム]のキャノンボールクラゲとの類似性が高くある必要があったんですか?」
その "何か" の見当がつかず気遣わしげな気配を滲ませたカナンに、アウレリウスは鷹揚な笑みを見せた。
「あるにはあったがな、他愛ない理由だ。お前達の故郷では高級食材なのだろう? ならば、土産にするものには極力質に差がない方が良いだろう」
「……はぁ」
思いがけない理由で、カナンは一変して硬くなっていた表情を緩ませた。
よもやそのような気遣いをされていたとは。
確かに故郷では高級食材、加工品は高級珍味と言われていた。
そしてその稀少性を再現したそうで(ゲーム当時、運営がそう明言していた)、[ホーム]の海にオプションで生息させたとしても常態数はかなり絞られていた。
但し、地球でキャノンボールクラゲ自体が稀少であったかどうかは別だ。
某国某所では時に数千匹ものキャノンボールクラゲが海岸に打ち上げられることも珍しくないといい、某国での漁獲は一年で三億を越えたという。
つまり、運営が再現したのはキャノンボールクラゲに付けられた等級の高い個体のみということ。
誰がアウレリウスに高級と吹き込んだのかは分からないが(それを追求する気もない)、そのことに思い至ってしまえば、何やら要らぬ気遣いをさせてしまったようで申し訳なさがカナンの中で湧いてきた。
しかし、それを言うのもアウレリウスの気持ちに水を差すようで、[ホーム]の海に生息しているキャノンボールクラゲが高等級をベースにしていることに変わりないこともあり、敢えて触れるようなことはせずに礼だけを口にするに留めた。
キャノンボールクラゲに関しては、上記のように食材として有り難く頂くだけで済むことだった。
ただ。
アウレリウスの土産はそこで終わってもドラカチェッタの土産はこれで終わりではなかった。
いや、終わりにしても良いのか……? 〔解析〕をする前は去ってしまったドラカチェッタに一体何処で拾ってきたのと膝詰め追求したい気持ちになったが、正体が知れてしまえば当人に聞くのが早い。
そう、正体――――
「霊獣か」
カナンが脳裏で具体的な言葉にする前にアウレリウスが答えを出してしまい、少しばかり表情に困ったが。
「…………そうですね」
眉尻を下げて同意するカナンにアウレリウスは片眉を上げて怪訝を表したが、それには苦笑で返し、視線は掌の上へ戻した。
そこにいるのは冒頭の通り、小さな小さなクラゲ。
傘の部分だけなら二センチほどだろうか(これはモデルであるリアルのクラゲよりはやや大きい)。
ただ、その頭頂よりやや下の側頭部からそれぞれ一本ずつ細く長い触手が伸びている。
それを生え際で湾曲させて残りは下へ垂らし、カナンの掌の上に先端を付けて足のように立っている。
色は全体に薄紫の透明で、ところどころラメのような反射をし、その二点だけを除けばカナンには覚えのある姿だった。
といっても、故郷のネットで写真を見た程度だが。
ヤジロベエクラゲだ。
但し、アウレリウスも言った通り、霊獣。
つまり "モドキ" ではない。
"モドキ" ならそもそも今生きてはいないだろう。
この霊獣はドラカチェッタの土産のキャノンボールクラゲの間に挟まっていた。
ワークトップの笊に積み上げられた時点では気づかなかったが、状態を確認する為に一匹ずつ取り上げた際にその内の一つから転がり落ちてきたのだ。
眠っていたのか気絶していたのか、最初はピクリとも動かず死骸かと短絡に考えたが、カナンが摘まみ上げようと指を伸ばした途端、むくりと起き上がった。二本の触手を足代わりにして。
イニレファスキとスペウルカダエの件で、万が一カナンの与り知らぬところで霊獣が生まれても、死に直結する――未契約の為に[ホーム]から出てしまう、という心配もアウレリウスのおかげでなくなったと分かった。
故に未契約のままの霊獣が未だいることに対してあれこれと気が揉めることもなく、普段はその可能性に意識が向くこともない。
しかし、こうして、何処で?いつから?をまるで知らない存在に直面すると、やはり今までどうしていたのかが気になってしまうのはもはや習い性のようなものだ。
心配することが習い性とは妙な話だろうが、カナンにとっての霊獣とはそういう存在なので仕方がない。
そのようなわけで、話が長くなることを考慮して先にキャノンボールクラゲをストレイジバッグの中へ移動させ(サイズ的に氷室には収納し切れない、また片手すら使わずに片づけられることから)、じっくり事情を聞いてみれば、冒頭通り、まず生活圏が水中ではなかった。
誕生要因は先頃ガストモアとケスロイテロブによって収獲?討伐?されたタコクラーケンとイカクラーケンの海上ハイタッチで、その際に飛び散った水飛沫、その一滴が海岸の岩で跳ねて戻り、波打ち際で揺蕩っていたキャノンボールクラゲの傘の中に落ちて変異。
そのキャノンボールクラゲが丁度そばまでやって来ていたオサガメによって捕食されると、口内に巻き込まれる前に海岸の岩場の間へ逃れ、ほっと息をついたついでにそのまま安穏と眠ってしまったという。
そして体感何日経ったのかも分からない後、強風に巻き上げられて再び落ちた先はキャノンボールクラゲを数匹収獲して海から上がったばかりのドラカチェッタの肩の上で、留まる間もなく腕を転がり落ち、先にあったキャノンボールクラゲの傘の中にまたしても潜り込んだ、と。
「……………………………………………………」
幾ら何でも出来過ぎじゃない?という突っ込みは頭の中だけにしておいた。
オルルゴドマムの例がある。
それでも動き出してしまいそうな口元を殊更強く真一文字に引き締め、我ながら何の為だかな縋るような視線をアウレリウスへ向ければ、こちらもまた反応に困るといった態で深い苦笑を浮かべていた。
その後、特にごねられることもなくヤジロベエクラゲ霊獣はカナンのヴルガレスとなり、知らされた種族名はアウダンメクン・ルラウトラ。
大好物はキャノンボールクラゲの毒だそうだ。
「毒…………」
ところで、ルラウトラをカナンの元まで送り届けた(と言っていいものか)ドラカチェッタは、このニュービーの存在に全く気づいていなかったらしい(と後日自己申告された)。
タコクラーケンとイカクラーケンの出現が確認された時点で、事情通の誰ぞやはルラウトラが誕生する可能性に思い至れていたのではないかという疑いが、暫く後、カナンの中に沸々とわいてきたが、彼(?)との初対面で見せた愉快犯の喫驚には一見わざとらしさはなかった。
続けて興味深げにまじまじと小さなクラゲを見詰め、次いで少し悔しそうな表情を閃かせたことから、どうも本気で知らなかったらしい、と結論付けざるを得なかった(「別にいーけどさー無断でやられたと思うとハラタツ」)。
* * *
後日。
カナンとの契約で〔転移〕共有が叶ったアウダンメクン・ルラウトラが奇妙なものを持ってカナンの許へやってきた。
己よりも一回り大きい小枝のようなものを。
但し、ルラウトラのサイズがサイズだ、その小枝モドキも小さかった。
淡い赤紫の枝のようなそれは途中から二股に分かれ、全体に毛のような細かい突起が生えている。
それもルラウトラが触手で持っている位置より上方になると、数倍の長さの突起がロールブラシのように四方八方へ伸び、その長い突起と短い突起の境目辺りが膨んで団子のようになっている。
「………………ベニクラゲのポリプ?」
ヤジロベエクラゲ共々、クラゲの生態情報を広く浅くネットで浚った時に見掛けた写真に、それはとても似ていた。
ベニクラゲのプラヌラ幼生の、或いは過度のストレスや老化から肉ダンゴ状となった後の段階で、いずれ離脱してベニクラゲとなる芽が既に出来ている状態だ。
カナンの記憶では直径一ミリくらいでポリプから離れるとあったと思うが、ルラウトラが片方の触手で持つポリプのクラゲ芽はもう少し大きいように見える(流石に肉眼でそれを認識することは困難な為〔千里眼〕でズームしている)。
しかし、本当にベニクラゲのポリプだとして、何故ルラウトラはわざわざ水から出して持ってきたのか。
通常であれば疾うに死んでしまっている……
「!」
そこまで考えてはっとなった。
そのポリプは死んでいない。そして、しな垂れることもなくぴんと伸び、水膜でも纏っているかのように瑞々しい。
つまり、厳密にはベニクラゲのポリプではない……?
カナンの問い待ちをしているかのように何も言わないルラウトラにカナンが疑問を向ける前、答えは彼女の正面から齎された。
「まだ眠っているのか……」
直接的ではなかったが、その言葉は充分に事情を知っていると察せる内容。そして "眠る" とはベニクラゲのポリプないしクラゲ芽に向ける言葉ではないだろう。
やはり、見たままの存在ではないのだ。
「アウルさん……?」
この時、アウレリウスもまた[ホーム]を訪問しており、デッキテラスのスクウェア・テーブルで相変わらずの酒肴を堪能していた(肴はキャノンボールクラゲの胡麻和えとオイル漬け)。
ルラウトラは二人の間のテーブル上に現れたのだ。
アウレリウスがいることを見越してではなかったと後にルラウトラは言うが、彼にはそうした "運" でもあるのか、持ち込んだベニクラゲのポリプモドキの素性を詳らかにするにはアウレリウスはこの上ない存在だった。
そのことを、次いで発せられた言葉がカナンに痛感させた。
「これは異世界人だ」
――――――――――――――――――――――――は?
驚愕は声にならなかった。
目を限界まで見開いて男の精悍な顔を凝視すれば、何処か感心しているような、呆れているような、複雑な表情をアウレリウスはベニクラゲのポリプモドキに向けていた。
「<向こう>にもお前の言うベニクラゲ相当の生物はいる。その生態も[ホーム]の精霊に確認した限りではほぼ同じだ。つまりある種の不死性を持つ。ただ、これは異世界人、そして見た目だけでなく同様の能力も持っている。故にこのポリプ状態だ」
そうしてアウレリウスの語ることには、このベニクラゲ異世界人は元凶の帝国が滅んだ後――アウレリウスが<あちら>の大陸へ妖精によって保護されてから五百年ほど経った頃にこの世界へ転移し、運が良いのか悪いのか落ちた先は海でも捕食者の直ぐそばで、間一髪逃れたものの負傷した為に若返りを起こし、ポリプ状態まで戻ったのだという。
以降は落ちた外洋の海底に根を張り、そのまま成長するかと思われたが、
「転移の影響だろう、現状のまま眠り続けることになった」
「外敵からはアウルさんが守ってきたんですか?」
「いや、認識阻害の結界を自ら施している。今も有効になっているが、俺達には効果がない為、無防備に見えるだけだ」
言われて改めてルラウトラの手の中を観てみれば、成程、辜負族は元より<あちら>の生物全般の魔力規模であれば余裕で干渉出来るレベルの結界に覆われている。それは魔獣であってもだ。霊獣や妖精、精霊には勝る者もいるだろうが、彼らはクラゲであれ異世界人であれ捕食することはない。
「でも、<あちら>の外洋の底深くにいた異世界人を何故ルラウトラが……」
それは流石に当人に聞くしか分かるまい、とテーブル上のヴルガレスを見下ろせば、
「異界門だろう」
何故だかその訳をアウレリウスが告げてきた。
「それは……」
可能性としては充分有り得るが、応えにつられて一端男へ向けた視線を再度ルラウトラへと戻せば無言で頷かれた。つまり、彼は語る気がないと。
どういうことなのか?
「異世界人の潜在意識だ。覚醒しているわけではないが、その割に妙に強い意志を先程から俺に押しつけてきている」
「……そうなんですか?」
あまりに感覚的でカナンには理解し難い状況だ。
しかし、アウレリウスがそうだと言うのならそうなのだろう。
ただ、何を主張しているのか? そのこととルラウトラが彼に丸投げしていることとどう関係するのか?
「ルラウトラが何も言わんのは異界門を通って目の前に来た事実以外語れることが何もないからだろう」
「それは、まあ……」
アウレリウスに視線を合わせていても、下方のクラゲがしきりに傘を縦に振っているのが目の端でちらつく。その通りと言いたいらしい。
「では強い意志というのは……?」
「[ホーム]の海に居を移したいらしい」
「……!」
「こいつを[ホーム]の海岸に問答無用で落としたのは異界門だが、潜在的には渡りに船だったようだな。<向こう>の海、というより<向こう>の何処であっても不本意らしい」
それはある意味、致し方のないことと言える。
傍迷惑な辜負族の悪行の被害者だ、好き好んでこの世界へ来たわけではあるまい。
「許容するか?」
「私は構いませんが……ただ、いつ目覚めるんでしょう?」
故郷は違えど同じこの世界の異物、被害者だ、受け入れることに否やはない。
為人を全く知らないでは安易過ぎないか、というのは、やはりアウレリウスが代弁を買って出ていることが決め手だ。
人の意識の底の底、深層までをも読めるこの男がカナンや[ホーム]に仇なす可能性のある性状の者の居住を打診しはしないだろう、という。
ただ、そうはいっても――いや、だからこそか?――目覚める時期の見通しが立っていないと存在を忘れてしまいそうだ。
緊張感をもって管理・監視しなければならない相手ではなさそうなのだ。常にであれ、定期的にであれ、意識を向けられる対象とも思えない。
しかし、野生動物ではないのだ、住まわせる以上、[ホーム]の管理者としてそれはそれでまずい気もする。
せめて覚醒の時期を把握出来ていれば、普段忘れていてもその頃合いに思い出せそうではないか。
「さてな。気になるなら監視でもつけておけばいい」
「え、でも、客分の人にそれは……」
残念ながらカナンにもその節度がある。
「監視といっても精々精霊に見守らせるくらいだ。寧ろお前が指図せずとも自発的にやるだろうよ。好奇心からな。それを定期的に報告させればいい」
「はぁ……」
言われてみればそうだった、とカナンは拍子抜けした。
精霊の耳目のない場所はない。
それは<あちら>だけでなく[ホーム]でも同じだ。
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