261 始まる物語はない
「うーん、一行で完結しちゃって物語になんない」
いつもの通りに揶揄をされても、ことこの件に関してはカナンの口から溜息は零れなかった。
自身でも端から見ればそうだろうな、と皮肉に思っているからだ。
" 何度、要請や懇願を重ねようと、最期まで相まみえることは叶わなかった。
完 "
ということ。
何のことか?―――時々 "隣人" に対して「建設的な対話を」と執拗に要求してくる辜負族のことだ。
尊大に命じてくる者とは少々属性が異なり、下心はあれど一応 "公正" と言える人格の者。大真面目に "隣人" と対等・良好な縁を持ち、その立場を人間に都合良く利用したいという(「それって公正? 公正かなあ。まああっち側からするとwin-winのつもりなんだろーなー」)。
その為に数えるのもうんざりする回数、思惟の森や深思の山(流石に潜思の海にはない)の境界ぎりぎりまでやって来て上記の主張をし続けるのだ。
「三顧の礼ってかー?」
全然違う、とこの例えにはカナンも抗議の視線を向けた。
互いの立場も相手の要求も全く違う。とてもではないがそのような "良い話" ではない(大体その言い種だとやって来た辜負族が目上の者ということになる。あちらがそのつもりでいるのだとしても甚だ不本意だ。曲解のない者には主張しておきたいが、これはカナンの方が上だと言いたいのではない。上下を決められるような同じ土俵の上にはいないということだ)。
ジョシュアの言うように、辜負族側にしてみれば "良い話" でオチをつけたいのだろうが、その決着はカナンにとって欠片も "良い" と言える展開ではない為、辜負族が腐すところの最低対応を貫いている。
それが「一行で完結」。つまり相手が禁域前までやって来なくなるまで、やって来られなくなるまで―――死ぬまで、その要求に応えることはなく完全無視。
それでは物語も始まりようがない。
駄作の極みである。
ちなみに、この行動はアウレリウスも同様だ。寧ろ、あの男の方が年季が入っている。
禁域にではなく "隣人" がターゲットなのは、見た目に人の形をしている方が取っ付き易そう(「丸め込み易そう、じゃね?」)だかららしい。
誰が見ているのでなくとも己が森や山に話しかける絵面が耐え難いのもある、とは精霊の言。
つい最近も思惟の森へ数十年通い続けた一人の人族がカナンであれアウレリウスであれ "隣人" と会えないまま寿命を終え、そのことで身内らしき者がわざわざ森の前まで来て盛大に恨み言を喚き散らして行った。
あの者にとってはさぞ無情で冷酷で度し難い人非人なのだろう。
否定はしない。
対話を望まれれば受けて当たり前、拒絶する者は性質の劣る者と判じられてしかるべき、という思考はとても対等とは言えない気がする、とふと思うが、人の言う "誠実" の実体はそんなものだ。
いや、"誠実" に限らないか。
何事かを言葉で表す者にとって都合の良い、価値観の合致する、己の望み通りの行動を取る者だけが常に "優れた者" だ(相手が "己の望み通り" でない行動を取ったとして、それが "己" にとってプラスに作用する行動であれば、それもまた "己の望み通りの行動" である)。
―――突き詰めるとブーメラン、ダブスタでしかない為、それ以上の思考をカナンは放棄した。
* * *
一度切りだと思われた故対話希望者の身内は、その後、思惟の森に高い頻度でやってくるようになった。
ただ罵詈雑言を喚く為だけに。
「…………」
「別段、お前が責任を感じる必要はない。先の人族もこの人族もこちらの都合を顧みず己の欲のままに行動しているに過ぎない。俺達がそれに応えなければならない義理もなければ、その行動を止めさせる為に何事かをしなければならない義務もない」
思惟の森に迷惑を掛けることになってしまったかと一瞬脳裏を掠めた後ろめたさを察したか、アウレリウスは無遠慮に囀った精霊に溜息をつきつつカナンの懸念を否定してきた。
「そもそも今回の件は初めてではないからな」
「……そうなんですか?」
「ああ。思惟の森にせよ深思の山にせよ、ああいった手合いに一々付き合う訳もない。最初の段階で既に声を封じている。当人は己の張り上げた声が禁域に届いているものと思い込んでいるが、実際は禁域どころか当人以外にはまるで聞こえない状態にされている」
それは何とも道化な話だ。
しかし、(あちらとしては)平和的な対話を望む者のみならず、その後の展開までも繰り返されていたとは。
カナンがそこまで推測するに至らなかっただけでなく、誰も――アウレリウスは元より精霊も禁域も言及してこなかったのだ、カナンの喫驚もやむを得まい(切っ掛けがなかっただけか、"平和的対話" の枠に入らない為わざわざ言うまでも無いと省略されたか。"対話" するつもりのない者なら掃いて捨てる程いた、という事実は既知だ)。
「でも、ああも怨嗟の念が強過ぎると澱は大丈夫なんですか?」
自らの怨みの念が元ではなかったが、生きながら変異して澱の大量製造機となり、一人で木を生み出せるのではないかと危惧した人族がいた。
死後、変異せず、たった一人で、己の怨みのみで澱の木を生成した人族もいた。この人族にもカナンはある程度の干渉をしたが、カナンが対処した時は過去の澱の木に比べれば少ない人数でとはいえ、他者の怨み(どころかレヴァナント化した己の殺した同郷の者達自体)を取り込んでの生成だった。それが後にアウレリウスから聞いた話では、カナンに浄化された後にも故郷に澱の木を芽吹かせただけでなく急速成長させていたらしい。それも上記のように他者を怨みごと取り込んでではなく、己の執着のみで。
変異せず、生きながら他者の澱を自身に収集し体内で澱の木を萌芽させた人族もいた。これも当人に対する他者の怨みの念が根幹にあるが、上記と違い澱となった後に怨みの対象であるこの人族へ向かってくることとなった。その量が――この人族を怨む者があまりに多過ぎた為に、自らの吐き出す澱の量は常人のままでありながら澱の木を体内で芽吹かせるに至った。
一例目と三例目は他者の怨みあってこそではあるが、遠い思惟の森まで病的なまでに何度も罵詈雑言を浴びせ掛けにやってくる人間性で他者の怨みを買っていないということがあるだろうか。
猫を被る、外面がいい、など一見 "無害な人" を装う者は珍しくもないが、常日頃から異常性を露わにしている者もいる。
自らの怨みのみで澱の木を生み出すのでも、他者の怨みが元となって澱の木を生み出すことになるのでも、件の人族には可能性があるようにカナンには思えた。
「あの人族は半々だな。外面はいいが相手を選んでいることで怨みも相応に買っている。その為、自身の澱を増大させるだけでなく他者から向けられる怨みそのものも澱も取り込み、澱の木の生成を危惧する規模までその量を高めたことは何度かある。
ただ、高めはしても実際に発芽させたことはない。皮肉な話だが思惟の森の前まで来て森に対してのみ怨みを向けることで、あの人族の澱もまた周囲に拡散せず森にのみ向かっている。
深淵以外の禁域でも澱の浄化は行われる為、わざわざ牽引する必要も出向く必要もなく、寧ろ手間が省けていい」
「はぁ……」
そんな都合の良過ぎる展開が有り得るのか?―――実際にあると言うのだからあるのだろう。そのような嘘をアウレリウスがつく道理もない。
しかし、その成り行きはある意味、件の人族のストレス発散に思惟の森が利用されているとも言えるのではないか?
辜負族に利用されるのを殊の外嫌う禁域としてこれは良いのか?
「あの人族が精神的安寧を得て帰途に就いているのであれば問題だろうがな」
カナンの微妙な表情からその不可解を察したのか、苦笑しながらアウレリウスは続ける。
「澱の生成量と気分は必ずしも一致しないようで、思惟の森に相手にされないと怒りを募らせるが、森に怨嗟ごと澱を吐き出すことで一旦辜負族の平均まで生成量は落ち、直ぐには増大しない質らしい。
居住地で澱が増えた頃に再び森へやって来るが、それも常にではない。澱の木の生成が危ぶまれる規模になる前に来ることもあり、本能的に過剰となった己の澱という不快を森に押し付けようとしているのだとも言い難い」
「はぁ……」
「一応、常態的に精霊に監視させてはいるが、まあ、森としては放置で問題ないだろうという判断になっている」
そこまで言われてしまうと、カナンが自分のせいで、などといつまでも気に掛け続けるのも自意識過剰のようで、森がそれでいいのなら、と気にしないことにした。
* * *
「要約すっと、うっとーしーのを気を利かせて排除してやったんだからなんかよこせ?」
誰に聞いたか、カナンの中で聞いていたか。
先日のアウレリウスとの話を前提にしていることが分かるイイ笑顔で帰宅した愉快犯はそうカナンに切り出した。
昼下がり。
家妖精と共に室内の掃除に勤しんだ後、キッチンテーブルで氷入りの冷たい炭酸水(精霊任せ)と前日に作り置きしておいたレモン強めのチーズケーキで一休みしていたカナンは、忽然と眼前に現れた愉快犯の逆さ顔に驚くこともなく、淡々と食事を続けた。
ジョシュアはジョシュアでカナンの反応の薄さは予測済み、或いは慣れからまるで意に介さず、下げていた頭を上体ごと起こして彼女の前の席の上方へ移動した。相変わらず浮いたまま、椅子に座るつもりはないらしい。
「猫被ってなかった方の対人関係で殺られちゃったみたい。にしてもまだ続くとはねー」
対話希望連鎖?
確かに、ジョシュアが「まだ」と言いたくなる執拗さではある。カナンにはこれまで経験のない展開だ(アウレリウスの事情は知らないが)。
もっとも、二人目以降は対話希望と言ってよいものやら。別のカテゴリーだろう。
そもそも目当てが違う。
最初の一人の目的は "隣人" だったが、後二人は思惟の森だ。
「……」
無言のまま溜息だけついたカナンはチーズケーキを食べ切って席を立った。
その際、眼前の愉快犯からもう一つ、の意思表示を共有域越しに受けたが、氷室の前まで移動したカナンは、扉を開けて中からキャロットジュースゼリーを取り出した。
単純な絞り汁である癒しの妖精用のキャロットジュースと違い、素材の選別(〔解析〕使用)やレモン果汁、蜂蜜を加えることで匂いは殆ど残していないものだが、それを持ってキッチンテーブルへ戻ると愉快犯の姿はそこにはなかった。
* * *
「謝罪…………だけなんですか?」
「だけだな」
愉快犯のフラグ予測ほど当たる?(数打ちゃ当たる、かもしれない)。
続きがあった。
ジョシュアによる三人目の告知から更に後日。
合わせたか偶然かの言及はなかったが、家妖精の依頼を果たしにやってきたアウレリウスは、酒杯を傾けつつ、自身の前に肴を並べていくカナンに苦笑を浮かべながら四人目の存在に触れてきた。
なんでも、二人目、三人目の無礼を詫びに如何にも身分持ちな人族が護衛らしき騎士を二人従えて思惟の森の前までやって来たのだとか。
そして、森を前に口にしたのはひたすらに謝罪だけだったという。
但し、
「一回の謝罪で終わっていないんですね……」
そこは前三人と同じらしい。
しかし、その三人同様思惟の森からの反応は得られないだろうから、「赦す」の言葉を告げられるまで粘るつもりなのだろうかと憶測すれば、
「赦されたいわけではないらしい」
呆れを滲ませた表情で否定された。
「赦されたいのでもないのに繰り返しやって来るんですか?」
何故―――は当人でもないのに聞いていいものか迷い、言葉を飲み込んだカナンにアウレリウスは肩を竦めた。
「毎回愉快犯に似た笑いを浮かべての謝罪だからな、思惑は幾らでも推測出来るが、はっきりさせたい程の興味が誰にも湧かず放置されている。頭の中を覗いたところで碌でもないものが詰まっているだろうことだけは誰も疑っていないのもある」
「それは……まぁ……」
誰もはさしずめアウレリウス、精霊、思惟の森か。
カナンとて、その人族の様子を聞いた後では知りたいとも思えない。
詳しく探らずとも現状では問題ないと判じられるだけの情報を彼らが既に得ているが故かもしれないが、それに対しても知っておきたいという欲求は湧いてこなかった。
カナンが知っている必要があるのであればこの場でアウレリウスが語っただろう。
それが緩い話しぶりで触れられないまま。つまりはそういうことだ。
ちなみに、三人目がどうなったかにも話は及ばなかったが、単にその末路にアウレリウス自身がこれまた関心がなかった為、すっかり失念していただけらしい。
アウレリウスが去った後に共に来ていた<あちら>の精霊達がその後を追い掛けようとして不意に気付いたように言及してきた。
一部はアウレリウスに忘れてるーと指摘しながら追い掛けて行ったが、立ち止まることも振り返ることもなく男は〔転移〕によって忽然と消え失せてしまい、まだカナンのそばにいた精霊達が代わりのように伝えてきた。
が。
やはりカナンにもどうでも良いことだ。
ああ、うん、と適当に相槌を打っただけで右から左へ聞き流し、<あちら>の精霊達が全て去った頃にはすっかり忘れていた。
「あんなんと一緒にすんなーぁ」
誰に聞いたかリアルタイムで聞いていたか、「あんなん」と言うからにはそれ以前から知っていたか。
存在を―――存在だけを?
「必要不可欠以外は要らないから」
先手必勝。
「えー?」
その反応は必要以上に知っているということか。
精霊よりも?
「なんも言えないじゃん」
つまり―――――――――その程度の存在。
思惟の森の前で好きに道化を演じていて貰おう。
関わりたくない。それに尽きる。
やはり、物語は始まらない。
覚書
思惟の森に通い詰めた人族 カハゼミル・サンセヤント
上記の身内 ガシェウノイ・ユンプワクス
上記を排除した人族 エクリュッド(・ヴィリロワン)
森に謝罪だけをする人族 プレソバル・オータネル・リウツネレナ
関連
98 対価と代償
108 スラング
135 良き報い、悪しき報い




