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隣人  作者: 鈴木
その後
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259 何処にでも

 カナンの居住域の一角にある森の一つの奥には巨大なウツボカズラが生えている。

 どのくらい巨大かというと、ウツボカズラの野生種の最大が四十センチ台、植物園での栽培種の最大が五十センチ台であるらしいのに対し、後者の五倍、約百五十センチある、捕虫嚢が。


「ラフレシアの最大と同じくらいなー」


 [ホーム]に顕れてから初めてこの巨大ウツボカズラを前にした時、たまたまそばにいたカナンにジョシュアはそう言って嫌な形に目元を歪ませた。

 いつもの愉快がりより若干毒の強い笑いに。


「…………」

「なんでラフレシアって? いや~ラフレシアが食虫植物だって勘違いしてる人間多過ぎ!それもこれもメディアのせい!――――って上からディスってるのをこれ設定する直前に見掛けちゃってさあ、なんかイラっとしたっていうか」

「……………………」


 あなた、メディアにそんなに思い入れあった?という嫌みになりかねない突っ込みをカナンは飲み込んだ。

 天邪鬼なところもある男だ、反射的な反応もあるのではと思えば、


「あはは無い無い。食虫植物だって思う人もいるかもしれないけど~、ってのをしつっように繰り返すからちょっとウザくなったってのがしんそー」


 カナンの(ジョシュア的に)分かり易い反応から容易く内心を読んだのだろう、あっさり彼女の推測を肯定してきた。

 更に毒盛りをして。


「…………………………」


 なんであれ、コメントに困る誕生秘話であることに変わりはない("秘話"の実情無視で(秘話と銘打たれた時点で隠されていない) "秘" の文字相応に秘密にしておいて欲しかった、という自分都合も言葉にはしなかった)。






 *






 巨大化の理由はともかくとして、このウツボカズラの生態に関してはリアルからさほどかけ離れてはいないらしい。


「…………いないの?」

「いないよ」


 これが?


 ウツボカズラの、だけでなく、この場合、ウツボカズラに関わる多様な生態にカナンが詳しくない、と言うのが正しいのだろう。


 現在二人の前にいる(・・)のは巨大ウツボカズラだけでなく、その蓋と呼ばれる上部の葉の部分と、壺と称されることの多い捕虫嚢の開口部をぐるりと取り巻く襟の部分に纏わりつく数匹の小動物。



 ぱっと見はサイズの違うネズミ二匹に、彼らより更に、それもかなり小さな(親指と人差し指の先で摘まめるくらいの)コウモリ一匹、そしてネズミと大差ない小鳥一羽、のようにカナンには思える。しかし、ジョシュアの言うにはネズミもどきの一方――尖りぎみの顔からカナンはネズミを思い浮かべたのだが――はリスに近いらしい。

 そのリスもどきの正式名はヤマツパイ(もどき)、大型のネズミはタカネクマネズミもどき、コウモリはハードウィック・ウーリー・バットもどき、小鳥はメグロメジロもどきなのだそう。


 そこまでピンポイントにモデルの種を限定しているのは、先にジョシュアの受け合った「リアルからさほどかけ離れていない」に関係している。四者すべてが特定のウツボカズラと共生関係にあるのだ。


「特定のってか、限定的な場所のウツボカズラなー」


 この時、やけにニヤニヤしながら勿体ぶった説明の仕方をする愉快犯の様子から嫌な予感はしていた。

 しかし好奇心を抑えられず、尚も目顔で先を促したカナンは直ぐに後悔することになったが、それは聞く相手を間違えたという意味においてで、知った内容は自然の摂理、知って後悔するほどのことでもなかった。


 この四種、ウツボカズラの中に糞をするというのだ。

 ハードウィック・ウーリー・バットもどきが啄んでいる蓋と、メグロメジロ・ヤマツパイ・タカネクマネズミもどきが舐めている襟とには蜜腺があり、彼らはそこから分泌される誘惑の香りに(たが)わない甘い蜜を堪能し、腹を満たした後、或いは満たしながら排便をする―――ウツボカズラの捕虫嚢の中に。


 地球の某所で彼らと共に生育するウツボカズラは、当然ながら現在カナンが前にしている個体ほど大きくはない。

 捕虫嚢の襟に乗って蓋を舐めると、実に都合良く?肛門が捕虫嚢の口の上に位置することになり、蜜を食べながら排泄すれば必然、捕虫嚢の中へ糞は落ちる。

 そして、事は無駄なく成り立っているようで(そのように進化したとも言える)、上記で両者の関係を「共生」とした通り(「相互依存」とする書物もある)、この糞からウツボカズラは栄養を得ているのだ。それも、主要と言える割合で(だからといって虫から栄養を摂取しないようになったわけでもない為、変わらず「食虫植物」と表記しても間違いではない)。


 [ホーム]のこの巨大ウツボカズラではリアルのような体勢にはなりようがないが、ジョシュアの言うにはそこを敢えてリアルに寄せたそうで、つまり、自然の成り行きからではなく、わざわざこの四種は糞をする際、一々捕虫嚢の口へ尻を向けるのだという。そうした習性を設定して構築したのだと。

 巨大ウツボカズラは巨大故に捕虫嚢が地面に垂直にはなっておらず横倒し状態で、ヤマツパイもどきとタカネクマネズミもどきとメグロメジロもどきは地面に直接か周囲の草の上に立ち、伸び上がって襟の蜜に吸い付く。ハードウィック・ウーリー・バットもどきは反り返っている蓋自体に乗ってその露わになった裏側の蜜を食む。そして全員がわざわざ襟に上がり、捕虫嚢の口に向けて尻を出して糞をする。


「…………最初から襟に乗って襟の蜜を吸った方が効率が良くない?」

「滑るからそれやると食べにくいんだよ-。蓋は逆向きに反って後ろの草が台座になってるから乗っかっても割と安定してる? それでも下にいる三匹だと不安定かもだけどちっさいコウモリだかんねーおまけにリアルの最小サイズを体長基準に設定したから体重もそう掛かんないし」


 ―――それはリアルから外れていると言わないか?


 捕虫嚢へ糞をすること自体はリアルと同じでもその過程が全くリアルでない。


「えーそこは割とどーでも良くない? 壺ん中に糞するのが大事」


 大事か?


 カナンのジト目を愉快犯は尚一層の晴れやかな笑みで受け流してくれた。


「……」


 この男との価値観の相違は今に始まったことではない。

 いや、この男に限ったことではない。

 否定は自身に返ってくる。ジョシュアの対応こそが最良なのだろう。


 諦めたカナンはこれ見よがしの溜息も心の中でだけにして、逸らしていた視線を巨大ウツボカズラへ戻した。

 すると、ちょうど四種の満腹中枢が満たされたようで(あるのかは知らない。適当だ)、各々別方向へ去って行くところだった―――ハードウィック・ウーリー・バットもどき以外は。

 この小さなコウモリだけは何故だか捕虫嚢の中へといそいそ入って行ったのだ。


「……………………リアル習性?」

「そー。リアルなんかもっと壺は小さいのに親子三匹仲良く詰まってたこともあるらしーよー」


 そう言われてしまうと納得するしかない。

 いや、リアルのハードウィック・ウーリー・バットが共生関係にあるのは特定のウツボカズラだけであるらしいので、リアルと似ているようで何処か違うゲームオリジナルのこの巨大ウツボカズラの壺に潜り込む行動にリアリティがあるのかどうかは微妙なところであるが、両者の生態に詳しくないカナンにその判断が出来る筈もなく、また厳密である必要のある知識でもない為、納得で流して正解なのだろう。


 ハードウィック・ウーリー・バットに関しては。


「……………………………………………………」

「……………………………………………………」


 事はハードウィック・ウーリー・バットだけで終わりではなかった。


「……………………………………………………」

「……………………………………………………いやあ、これは、単純に、個人の趣味じゃないかなあ……」


 ジョシュアでさえ反応に困るということは、習性でないのは勿論、個体差というにも予想外の行動だったということか。


 ハードウィック・ウーリー・バットもどきの姿が巨大ウツボカズラの捕虫嚢の奥へと完全に消え去った後、入れ替わるように壺口から顔を出した存在があった。


 ――――――ロコメネフ・ダウィレイだ。


 リアルのシマスカンクのどちらかというと最小に近いサイズのロコメネフであれば難なくこのウツボカズラの捕虫嚢には収まれるだろう。

 だろうが。


「…………そんな趣味があるなんて全然知らなかったよ……」


 これも好物行動になるのか?

 香りが大好物のロコメネフならでは? しかしウツボカズラの匂いとは……。


「あーまー花が咲いた時は土の臭いだとか腐った虫の臭いだとか言われる悪臭を出すけど、虫を誘ってる間は甘い匂いを出してるからなあ」


 それに惹かれたのではないかと?


 [ホーム]創造の一翼を担っていただろう男はそう言うが、肝心のロコメネフは無言だ。

 そして、何かを訴えかける眼差しをカナンへ向けてきたかと思うと、ぶるり、と身震いをし、その瞬間、ぶわっっと巨大ウツボカズラを中心として一気に強烈な悪臭が噴き上げた。


「!!??」

「ぅえっっっっ!!!!」


 味覚はカナンとの共有のみだが、嗅覚は単独でも有するジョシュアもカナン同様咄嗟に鼻を両手で押さえて後方へ飛び退る。


「花が咲いてないのに……なんて言うまでもないよね。この臭いは……」

「ぜんっぜん違うって! この臭いったらあれでしょー!!」


 結界を己の周囲に張って鼻から手を外した二人は、巨大ウツボカズラとその中のロコメネフを見つめたままに強い語調で言い合う。

 そのロコメネフはいつもの快適空間(フィールド)で自身を守っているのか、特に悪臭を感じている様子もなく平静でいる。

 ただ、先に壺へ入っていったハードウィック・ウーリー・バットは耐えられなかったようで、ロコメネフと壺襟の間から慌てた様子で飛び出してきた。一、二、三、……四匹ほど。

 ジョシュアが挙げた過去事例のような、つがいと子供達なのか。

 ともあれ、四匹は我先に外へ飛び出し、森の奥深くへと飛び去っていった。


 周囲を見渡せば鳥や動物は勿論、虫でさえもその気配を絶っていた。

 すっかり悪臭から退避してしまったらしい。


「ありゃ……」

「通常の腐臭とは違うってこと……?」


 そう、巨大ウツボカズラの放っている臭いは腐臭――それも人体の腐る臭いだ。

 地球にいた頃にはついぞ嗅ぐ機会のなかった、しかしこの世界へ来たばかりの、まだ用心深く、執拗なまでに、自衛を追究するようになる前には何度もうっかりで嗅ぐ羽目になった――――アンデッド臭。

 [ホーム]の生物にはとんと縁の無かった臭いだ、単純な "生物の腐敗臭" と反応が異なるのはその為か。

 アンデッドには(おり)も絡んでくる。


「ロコメネフ……」


 事情(わけ)を問うようにカナンが名を呼ぶと、ロコメネフ・ダウィレイは漸く捕虫嚢からその体全てを抜き出し、消化液のある底の方までは潜っていなかったのか、毛皮の濡れていない体をぐううっと伸ばした後、ちょこりと巨大ウツボカズラの口の横に上体を起こした姿勢で座った。

 すると、ロコメネフが栓となっていたのか、悪臭がウツボカズラ全体からではなく捕虫嚢の中から溢れ出していることが分かった。

 結界で臭いを遮断していても、その要素は感知出来るようにしていたからだ。


 中に何かがある……?と短絡過ぎる解釈は言葉にするより前に魔法を行使したことで飲み込んだ。

 〔千里眼〕で捕虫嚢の中を覗き見たのだ。

 その結果。


「…………異界門」

「うーわー」


 消化液のある場所に液はなく、ぽっかりと異空間が広がっていた。そして、その向こうにあったのは言うまでも無く?アンデッド。その群れ。

 戦場跡か、背後には荒れ果てた大地と破壊された建物らしきものが見える。

 ぞろぞろと何処へ向けてだか、てんでんばらばらに移動するアンデッド達は異界門には全く注意を向けない。

 俯瞰であることから、上空の為、認識しようがないのか。いや、目の前にあっても禁域サイドの存在以外には認識出来ないか。



「にしても、なんだって臭いだけー」


 それに尽きる。


 原因が分かってしまえばすることは一つ。

 異界門を閉じる。

 苦も無いことだ。


「…………はぁ」

「やー想定外ー」


 残留していた悪臭も除去し、それに合わせてロコメネフもフィールドを解除した。


 彼がカナン達が来るまであの悪臭を抑えていたらしきことは分かったが、何故、彼女達がこの場へ来た時点でそれを告知しなかったのか?

 アンデッドの臭いを抑えることに集中していて外に意識を向ける余裕がなかったらしい、当人が言うには。

 ロコメネフには異界門を閉じる力がない。

 いつまでも抑えておけるものでなし、カナンに連絡するつもりではいたが手段を考える(ロコメネフには心話の能力はない)前に新たなハードウィック・ウーリー・バットの侵入で意識が外へ向き、思い掛けず彼女が間近まで来ていることに気付いて急いで出てきたというわけだ。

 カナンとジョシュアが巨大ウツボカズラのそばへやって来たのはただの偶然、近場にある蜂の巣から蜜を採取するついででしかなかった為、実に運が良かった。



 そもそも巨大ウツボカズラの中にいた理由は、ジョシュアの推測通り、ただの彼の嗜好、匂いに惹かれて口の襟に懐いている内に中へ滑り落ち、コウモリも利用している内側の棚のような突起に引っかかってそこで陶酔していたのだという。消化液に(まみ)れなかったのも異界門に落ちなかったのもそのおかげらしい。


「なんでもありだなぁ」

「……」


 どの口が言うか、という悪態は飲み込んだ。

 今日はよく言葉を飲み込む日だ、とこれまた内心でだけカナンは溜息をついた。






「いや~な前例が出来ちゃったよなあ。門から臭いが越えて来たことってあったっけ?」

「…………」


 溜息が止まらない。







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