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第十六話 デミのふるさと

スウの港に一隻の船が停泊した。その船にある少女がパタパタと駆け寄ってくる。

「すいませーん、私宛の荷物がそこにないですかー」

波の音と船の音があるので叫ばなければ相手に聞こえない。

「名前はー?」

「ナナネルズです!ナナネルズ・ポンシーエ!」

「おお君がナナか、デミとハルから聞いているよ!」

船からロミが大きな木箱を降ろしてきた。張り紙には”スウ行き ナナネルズ・ポンシーエ宛 生もの注意”と書かれていた。

「自宅まで運ばなくていいのかい?」

「大丈夫です、荷車を持ってきています」

ナナの指した先には一台の荷車があった。

「荷車でも重いような気がするが・・・とりあえずあそこまで運ぶな」

「ありがとうございます」

荷車に木箱を乗せるとナナは荷車を押して母親の借りている小屋まで向かった。結構重いはずなのだがナナはやすやすと動かしている。ロミは目を丸くしていた。




「いらっしゃいデミ~」

「ふう、やっと解放された・・・ここは?」

「私のママの家だよ。家といっても一時的なものだけど・・・」

ナナの母親は探偵は探偵でもあちこち回るタイプの探偵らしい。一時的に借りただけの家はかなり質素で家というより小屋だった。

「そういえばハルはどうしたの?てっきり一緒かと思ったけど・・・」

「ハルはキキ村に向かったよ、ちょっとアキュスでいろいろあって・・・」

「何があったの?」

「アキュスにヴァンパイアが船で押し寄せた。おかげでアキュスは壊滅・・・命からがらだったよ・・・」

「船で!?にわかには信じられないわね・・・」

デミも信じてもらえるとは思っていなかった。

「一応プロでハトを飛ばしたけど直接行ったほうがいいだろうって・・・」

ギルド本部を仮設状態で置いているキキ村にハルとブレイが向かっていった。ブレイはギルドのリーダーこそ引き受けなかったが本格的にヴァンパイア退治をはじめるとのことだった。アキュスのことが響いたのだろう。結果デミだけがふるさとであるルル村に行くことになり先に来ていたナナとこのスウの町で落ち合ったのだ。

「キールの時といいアキュスの時といい・・・ヴァンパイアはえらく統率の取れた行動をするわね・・・指導者でもいるのかしら」

「いたんだよ・・・ルコが・・・」

「ルコ?」

そういえばルコの話をナナにしたことがなかった。

「キールで私が見つけた女の子・・・生存者だったんだけど見失ったんだ・・・」

「生存者ではなく指導者だったというわけか・・・・」


ヴァンパイアのキール攻略は本人も認めた通りにルコがヴァンパイアに指示したものだった。サルのヴァンパイアを放ち閉じられている入口を開放、キールの街中にヴァンパイアの大群を流し込んだ。

ルコはその後の指揮のためにヴァンパイアと一緒にキールの内部に入っていったのだ。キールを落とした後はヴァンパイアの拠点とするべく街の入口の扉を閉めて立てこもりの状態にした。これでギルドの人間であろうと中には入れないと。しかしルコの予想は外れていた。キールの扉は外からも開けられたのだ、地面のマンホールの中にあったそのレバーはキールに駐在しているギルドメンバーしか知られておらずルコが気づかなかったのもしょうがない。

ギルドのメンバーが調査のためにキールに入ってきた。このままルコがキールにいては誰かに見つかってしまう。誰もが生存者と思うのですぐに殺されることはないが保護されてしまったら今後のヴァンパイアの活動に支障が出た。

ルコはキール脱出を決意し脱出を試みたがデミに見つかってしまう。見た目はヴァンパイアだが心は人のままのデミを敵か味方か区別できなかったが大事をとってルコは逃げ出した。周囲のヴァンパイアに暴れるように命じて人々の目を引きつけてそのままキールを脱出した。

 ルコはヴァンパイアを友達とも家族とも言っていた。昼間に日光に晒すような命令をしたときはとても心が痛んだだろう。


「ルコ・・・ヴァンパイアの女王というべきかしら・・・」

ナナはふむふむ考えていた。人間の子供がヴァンパイアを従えていた事は驚いた。ではどうやってヴァンパイアを従えたのだろうか・・・

「ヴァンパイアは仲間、友達、家族・・・ヴァンパイアを認めさせる・・・」

デミはアキュスでルコが最後にはなった言葉をつぶやいた。

「ともかく今はデミ自身のことをかんがえましょ、明日の早朝にはルル村に向かうわ」

ルル村、デミの生まれた16年前の11月3日にヴァンパイアタウンになった村、デミのふるさと・・・そこで何がわかるのだろうか・・・




 翌日、まだ薄暗い早朝にデミとナナはスウの町を出発した。ルル村はここから北に行ったところにある。さほど距離はないらしい。ルル村に通じる北側の壁はとても頑丈で扉は24時間閉め切りだった。近くにヴァンパイアタウンが近くにあることを考えれば当たり前である。スウから首都ギダムには16年前まではルル村を経由して向かっていたが現在は北東に無理やり街道を作ってそれを利用している。デミたちは閉じられている北の扉を勝手に開けて村を出た。なぜかナナが扉の鍵を持っていたが気にしないことにした。


 スウの壁の外にまた壁があった、壁というより柵に近いほど小さいが。

「なにこれ・・・」

近づいてみると熱気を感じた。

「触っちゃダメだよ、その柵は太陽石だから」

通りで熱気を感じるわけだ。

「ここからルルまで歩いても2時間くらいだからね。ヴァンパイア対策は厳重だよ」

スウは保安官の数も多く5人が常駐している。実際に過去に何度もヴァンパイアによる襲撃を受けている。スウの村が未だに無事なのは奇跡に近かった。


 本当に2時間歩くとルル村らしき建物群が見え始めた、まだ午前中だ。

「そういえばヴァンパイアがいるんだよね?ナナはどうするの?」

「私が欲しいのはデミ、いやデミの母親ミレ・テールのカルテ・・・診療所でそれを手に入れればミッションクリアだよ」

デミは数年ぶりに母親の名前を聞いた。父親のカブンから名前だけは聞いたことがある。写真は残っていないらしく顔は見たことがない。理由はわからないがデミはカブンから母親のことをほとんど教えてもらっていなかった。聞いてもデミが生まれてすぐに亡くなったとしか聞いていなかったのだ。

「ヴァンパイアタウンの診療所の中はヴァンパイアだらけだと思うけど・・・」

「何のためにデミがいるの?デミはヴァンパイアに襲われる心配がないじゃない。デミ、診療所に行ってとってきて。私は日の当たる外で待っているから」

「私が非常にぞんざいな扱いされている気がする・・・」

デミはわざと疲れたように歩いてみた。

「うなだれていないで、もうルル村だよ」

2人はボロボロになったルル村の門をくぐった。

「ヴァンパイアタウンとは聞いていたけど人の気配がないね・・・」

デミはあたりを見回していた。それほど大きくないルル村はナーカと同じくスウとギダムの中間に有り商人のための宿屋町だったようだ。

「人の気配どころかヴァンパイアの気配もないわね・・・かえって不気味だわ」

残された建物の中にもヴァンパイアは見当たらなかった。どういう訳か畑が整備されているように感じるがそれ以外は廃墟同然だ。

「これなら2人でカルテ探せそうだねぇ」

デミはジト目でナナを見てみた。

「楽できそうだったのに!」

ナナの口からついに本音が出ていた。


 診療所の位置はすぐにわかった。ナナが古い地図を持ってきていたのだ。16年以上前の地図だがそもそもルル村は16年前から時が止まっているので問題ない。2人は手始めに診察室から探してみた。診察室の中の日めくりカレンダーは11月3日を指していた。

「見つからないなぁ・・・」

どのカルテにもミレ・テールの名は書かれていなかった。小さな村の診療所なのでカルテの数は少ないのだが・・・

「もしかすると病室の方かしら・・・行ってみる?」

ナナの提案に2人は病室を探すことになった。相変わらずヴァンパイアの姿は見当たらなかった。


“ミレ・テール”


5部屋ある病室の一つにこのネームプレートがあった。ドアは意外にもすんなりと開き目当ての物も病室のベッドの横の机にあっさり置いてあった。

「ここだったのね」

カルテには一部血痕がついていた。年月が経っているせいで今にも破けそうだ。ナナはホコリを払うと破けないように机に置いたまま読み始めた。

「11月3日の夜10時過ぎに陣痛が始まっているわね・・・」

カルテはそこで途切れていた。つまりデミが生まれたとの記録がない。

「この近くのヴァンパイアスポットといえばギダムの南から東にかけてあるミシル森かしら?あの最大のヴァンパイアスポット・・・ヴァンパイアの足なら5~6時間くらい・・・」

「日没に動き出したならちょうどこの時間じゃん・・・」

「・・・デミ、私はあなたが人の心を持ったままヴァンパイアになった理由について3つの仮説を考えていたの」


 ひとつはデミに噛み付いたヴァンパイア側に問題があった。ヴァンパイアが十分に噛み付くことができなかったりヴァンパイア自体が突然変異などの変わった個体であった可能性。特にデミは川に落ちながら噛み付かれたので十分に噛みつけなかった可能性はある。

 次にデミ自体にヴァンパイア、もしくはワームに対する抵抗力を持っていた可能性。人間が病原菌にかかると本能的に体はその病原菌に対する抵抗力を生み出す。これが寄生虫であるワームに対しても起こった。デミの現在の姿はワームと抵抗力が戦っているためと捉えるものだ。この可能性はほとんど無いと思われる。まずジョウォルでイリバが採取したデミの血液とキールでナナが採血した血液のワームの量はほとんど同じだった。抵抗力が生まれているなら量に変化があるはずである。ワーム自体に変化が起こっているが抵抗力とは無関係に思われる。

そして最後に残された可能性・・・


「最後の可能性は・・・デミがもともとヴァンパイアだったということ・・・」

「私が最初からヴァンパイア?生まれてすぐに噛まれたということ?」

「いや、それじゃ赤ちゃんのヴァンパイアになる。おそらく・・・」

ナナは一度深呼吸をした。デミは唾を飲む。

「お産中にミレがヴァンパイアに噛まれた・・・」


 ナナの仮説とカルテの時間から導き出せる真実。デミが生まれる直前に母親のミレがヴァンパイアに噛まれた。傷口からミレの体内に入り込んだワームはへその緒を伝ってデミの体内に入り込んだ。

ヴァンパイアが人に噛み付いてからはワームが急速に増殖して一定の量になると増殖することを止める。へその緒経由で入ってきたワームはデミのことを「既にヴァンパイアにしたミレ」と思い込んだのだろう。ミレは噛まれて気絶していたが本能でデミを出産した。母と子を心配して駆けつけたであろうカブンは「母親は亡くしたが娘は無事」と判断して娘を連れてルル村を脱出、巡り巡ってナーカで暮らすことになった。


「デミに入り込んだワームは少量かつ増えなかった。だからデミは人間として過ごせた」

「・・・・」

デミは自分のお腹を見ていた。デミには生まれつきおへその周りにシミがあった。少し青かったそのシミは今考えてみるとワームだったのだろう。ワームの個体数は少なかったのでデミの体をコントロールすることはできなかった。


 デミの中のワームはもちろん普通とは違う状況下に置かれた。デミは人間として生きていたので昼間や火などに当たることが多かったのだが皮膚や脂肪などの人間としての外郭に守られてワームが死ぬことがなかった。やがてワームは16年かけてデミの体内に最適になるように進化していったのだ。色は緑色になって熱に強くなりそして増殖しなくなった。デミの体をコントロールすることもなくなった。

 ある日、デミにもグリーンワームにも想定外の出来事が起こった。デミがヴァンパイアに噛まれたのだ。見た目が人間だったせいでヴァンパイアの目にも人間だと思ったのだろう。デミに入り込んだ通常のワームは通常通りに増殖を始めたがグリーンワームはそれをよしとはしなかった。きっと「こいつは既に俺たちがヴァンパイアにしたからお前は来るな」と思ったのだろう。今まで増えなかったグリーンワームは通常のワームに対抗するため遂に数を増やした。結果デミに初めてヴァンパイアの特徴が現れた。

 デミの体内で起こった小さな戦争はグリーンワームが勝った。これは偶然なのか必然なのかはわからない。どちらにせよ現在のデミの血液が緑色なのはグリーンワームの勝利の印だ。


「ワーム同士で戦ったんだ・・・」

「人だって戦争するでしょう」

ナナはノートにいろいろ書き込んでいた。わかったことをメモしているのだろう。

「グリーンワームはデミの体をコントロールすることをやめたかもしくは忘れている。多分これからもデミの心までヴァンパイアになることはないね」

「うん、ありがとう・・・・」

別にナナのおかげではないがデミはお礼を言った。

「でも、デミが人間として生きていける保証はない。わかるでしょ?」

デミはアレバの荒野で起こったことを真っ先に思い出した。「バケモノ」と呼ばれた。「得体の知れない者」とも呼ばれた。

「デミ、ここでお別れよ」

ナナはノートに書き終えたのか立ち上がった。

「え?」

「キールで言ったこと覚えている?私とデミはあくまで一時的な協力だったでしょ」

そういえばキショーでナナは「真相を知るまで協力関係と行きましょ」と言っていた。あまりにナナが馴染んでいたので忘れてしまった。

「ナナは今も私を殺せばいいと思っているの?」

キショーでナナはそんなことを言っていたのを思い出した。デミが人類の驚異になるから殺してしまいたいと。デミが人間の心を持ったままで入れることがわかった今、デミの危険性は下がっているはずだ。

「人の心を持っている方が厄介だよ・・・」

ナナはそう言うと病室から出て行った。

「ナナ・・・」

「また会いましょう」

姿は見えなかったが声だけは聞こえてきた。「また会いましょう」ということはまた会うきなのだろう。




デミと別れてからナナはずっと空を見ながらスウに向かっていた。デミについてはすみずみまで調べた。科学的なことだけでなく内面的なことも分かった。もう科学者としては知る必要はないのだろうけどもっとデミのことを知りたいと思っている。ランスが亡くなってそのよりどころをデミに求めているのは自分でもわかっていた。有言実行の形でデミの元を去ったが自分は今どうするべきなのだろう。いや、何をしたいのだろうか・・・




デミはその日をこの病室で過ごすことにした。ベッドが思いのほかふかふかだったし暫くここに居たいと思ったくらいだ。久しぶりの一人はとてつもなく寂しく感じた。時刻は夜になったが昼間起きていたせいで眠くなってきた。ヴァンパイアの体で昼型は健康に悪い気がする。日が暮れたというのに相変わらずルル村はヴァンパイアは出てこなかった。一体この村のどこがヴァンパイアタウンなのだろうか。


 どこかで物音が聞こえた。足音だろうか。この病院には診察室とミレの病室しか見ていないのでもしかするとどこかの病室にヴァンパイアが隠れていたのかもしれない。

デミは一応様子を見に行くことにした。別に対峙するわけでもないし向こうが襲ってくるわけでもないのだが気になっただけだ。

デミが病室を出ると廊下の奥に小さな影が見えた。ヴァンパイア?いや、違う・・・

「ドウシテココにいるの?」

ルコだ・・・周囲にヴァンパイアは居ないようだ。

「それは・・・」

「ココはボクのイエだよ・・・」

ルコは眠そうな目をこすっていた。


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