第十五話 水上要塞アキュスⅡ
「あれ・・・ヴァンパイアだ・・・」
暗闇からゆっくり姿を現すその5隻の船はヴァンパイアを大量に載せていた。
「おい、ありゃプロで無くなった船じゃねえか!何故!」
ロミは船から乗り出していた。彼の目にもヴァンパイアが写っている。
「ロミさん!船を出して!ヴァンパイアに飲み込まれる!」
そう言うとデミは船を飛び降りた。
「デミ!どうする気だ!」
「止めるに決まっているでしょ!」
そしてその船は陸地の人たちにも見ることができた。
「おいあの船なんだ?今日はもう船は来ないだろ」
「ああ、そのはずだが・・・遭難船か?」
やがて入港管理所の職員たちもその乗員に気づく。
「ヴァンパイア・・・ヴァンパイアだ!」
職員たちは一目散に島の中に逃げ出した。5隻の船が荒々しく港に停泊する。ヴァンパイアが操舵しているせいか停泊というよりも激突に近かった。船の中からヴァンパイアが倒したコップの水のように続々と出てくる。うまく上陸できずに海に落下するヴァンパイアもいた。
「ええぇい!」
デミは目に付いたヴァンパイアを海に落としていった。いちいち噛んでなんかいられない。
しかしあまりに数が多い、大型船5隻のヴァンパイアの量は半端ではなかった。デミ一人ではとても抑えきれない。
「外、港の方が騒がしいな」
ブレイが気になりだした。ちょうどハルを送り出そうとした頃だった。
「何があったのでしょう」
帰り支度を済ませたハルは最初デミがなにかの拍子に見つかったのかと思ったが。それにしては騒ぎすぎる。
カーンカーン
かん高い鐘の音がなった。ハルはこの音が非常事態を知らせる鐘の音とすぐにわかった。ジョウォルでデミを逃がすときに聞いたことがある。
「ブレイ!大変だ!」
ブレイの元を保安官の制服を着た男がやってきた。
「カズ!どうした!」
「ヴァンパイアが港に現れた!うじゃうじゃいる!」
「どうやって!湧いてきたというのか!?」
「わかんねーよ!とにかく島中パニック状態だ!俺は住民の避難をさせないといけねえ、お前はヴァンパイアを何とかして抑えてくれ!」
カズは港の方に走っていった。
「ヴァンパイアって鐘の音が違くないですか?」
「こんな所にヴァンパイアが来るなんて想定したことなかったからな、戦時中のものを使ったのだろ。とにかく避難誘導は保安官のカズに任せたほうがいい、俺たちは港に行くぞ」
ブレイは太陽剣ではない太刀を携えた。
「これはお前が持っていけ」
ブレイはハルに別の太刀を渡した。熱を遮断するオーヤ石製の鞘、これは太陽剣か?
「これは?」
「刃のついた太陽剣だ。ある職人が試作品にくれた物なのだが私にはこれがあるからな」
ブレイは自分の太刀を指した、愛用の太刀なのだろう。
「刃のついた太陽剣・・・使ってみます!」
ハルは太陽太刀を受け取った。一応太陽剣は持ってきていたのだが効率はこちらの方がいいだろう。
「まさかここで太陽剣使うなんて・・・」
ハルは腰に下げている太陽太刀に手を当てていた。鞘越しに熱が伝わってあったかく感じた。
「ところで住民の避難先はどこなんですか?」
「そんなもの無い、島では逃げ場も無いしな。島唯一の出入り口の港はヴァンパイアだらけだしとりあえず島の奥に避難させるしかないな」
水上要塞は敵が入りにくくなっているが逆に逃げにくくもなっていた。
「だいぶ入り込んでいるな」
港までまだ少し距離があるというのにヴァンパイアを見かけた。周囲には噛み付かれて倒れた島民も見える。
「数多くないですか・・・」
「とにかく倒すぞ、言っておくが俺はヴァンパイア退治は数年ぶりだ。頼みの綱はお前だけだ」
「いえ、もう一人いますよデミが・・・」
ハルたちの前方ではデミの姿が見えた。デミは港でヴァンパイアを抑えていたのだが数が多くてここまで下がってしまっていた。
「あれは噂の半人半鬼か?」
「はんじんはんき?」
ハルは首をかしげた。
「ともかく一人でも多いほうがいい、加勢するぞ」
2人はヴァンパイアの群れに駆け出した。
「ハル!やっと来た・・・あっブレイさんですか?はじめまして」
デミはハルを待ちかねていた。横にはブレイもいる。
「挨拶は後回しだ!」
ブレイは早速目があったヴァンパイアの首を正確に切り裂いた。ヴァンパイアの首が宙を舞う。ヴァンパイアといえども首を飛ばせれば噛みつけないし再生にも時間がかかる。
「意外と重いですね・・・」
ハルは初めて振るう太陽太刀に苦戦していた。太陽太刀は太陽剣とは運用方法が異なるため刀身も違う。いつも使っている太陽剣に持ち替えようかと思っていたがその必要はなかった。見よう見た目で振るってみるとヴァンパイアはいとも簡単に沈んでいった。
「す、すごい・・・」
立ち回りに慣れていないとは言えヴァンパイアの腹を何度か切れば簡単に倒すことができた。今まで太陽剣は刃を持たなかったが刃を持つ太陽剣の威力は素晴らしいものだった。
「あんなのに当たりたくない・・・」
一体のヴァンパイアに噛み付いて破裂させるとデミはつぶやいた。まだ慣れていないようだし間違って切られたくない、太陽程度なら大丈夫だし槍で突かれても平気なデミだって高熱を持つ剣で切られたら命の保証はなかった。ハルには気をつけてもらいたい。
「しかし数が多い・・・デミといったか?ヴァンパイアはどこから来た?」
「船に乗ってきました」
「デミ、それ冗談?」
「そんなわけ無いでしょ!プロで無くなった船に乗って来たんだよ、私この目で見たし!」
デミも船に乗ってヴァンパイアがやってきたなんて未だに信じられなかった。この目で見たはずなのにまるで夢を見ているようだ。
「この島にはあまりにもヴァンパイアと戦える者が少なすぎる・・・」
ブレイが目を横にやるとちょうど噛まれた島民がヴァンパイアとして起き上がったところだった。近年の保安官不足もありまたアキュスは島ということもあって保安官はカズ一人しかいなかった。そのカズでさえヴァンパイア対策としてではなく島内の防犯や防災に勤めていたくらいである。この島は海という巨大な堀に守られてはいたが中は完全に無防備だった。
戦況は最悪だった。こちらは避難誘導をしているカズを含めても4人だ。ヴァンパイア側はというと大型船5隻にぎっしり入る数、1000はいるだろう。何体か倒しているとはいえ既に噛まれてヴァンパイアが増えてしまっている。港を抑えられてしまっているため島民逃がすこともできなかった。
「どんどん奥にはいっちゃう!」
デミは息を荒げていた。港からひと区画ほど離れた場所だがその先にヴァンパイアは流れ込んでいった。
「だけど一波行ったんじゃない?ヴァンパイアは減っているよ」
ハルの言う通りにヴァンパイアの数は先ほどより少なく感じる。しかしブレイはハルとは真逆のことを考えていた。ヴァンパイアの数が減ったのではなくヴァンパイアが周囲に拡散してしまっているのだ。拡散してしまったとなると余計に状況は悪くなる。ただでさえ人手不足なのに散ってしまったらそれこそ手が回らなくなる。
しゅうぅぅ・・・パンッ
島の中央から音とともに煙が上がった。
「あれは・・・のろしですか?」
のろしの色は黒色だった。ハルとデミはその色の意味を理解していない。
「黒色・・・“こっちに来るな”・・・」
ブレイだけはその色の意味を理解していた。のろしは島の奥からあげられている、そこは島民が避難している場所だ。黒色は撤退、退避などの意味があるがこの場合は“こっちに来るな”が最もしっくりくる意味だろう。
「来るなって・・・どういうことです!」
ハルはヴァンパイアを切り裂いて倒した。太陽太刀の扱い方も慣れてきた頃だ、意外と飲み込みが早い方のようだ。
「あそこは避難した人たちが集まっているところだ。おそらくあそこまでヴァンパイアが来た」
「はぁ、はぁ・・・手遅れってこと・・・」
この気分をなんというのだろうか、自分の国の城が燃やされた兵士の気分だ。
「・・・脱出だ、もうこの島は捨てるしかない」
ブレイはしばらく無言のまま戦いながらポツリといった。
「この島の人たちはどうするのです!」
ハルは叫んでいた。叫んだせいで数体のヴァンパイアがハルに向かっていったがハルはこれを無言で切り裂いた。
「この状況を知らせる必要がある。ヴァンパイアが船を使える事は今までの常識では考えられなかった。ヴァンパイアに対抗するには新たな手を考える必要があるかもしれない」
ヴァンパイアの集団行動は最近見られるようになったが流石に船までを使うとは考えてもいなかった。穴を開けて侵入する、協力して仲間の進入路を確保する。もうヴァンパイアはただ倒せばいいというわけには行かなくなった。
デミたちは港に向かっていた、見かけるヴァンパイアは基本無視して港に急いだ。島を脱出するにはヴァンパイアの侵入口である港を抑える必要がある。体力はできる限り温存したかった。ただでさえヴァンパイア化で体力が落ちているのにハルたちよりも前から動いているデミは限界だった。ハルに手を引かれている状況だ。
「確か船でヴァンパイアがやってきなんだよな、その船を接収して脱出する」
「だ、大丈夫です。私の乗ってきた船が沖にいるはずです。気づいてくれれば・・・」
ロミが気づいてくれるか、そもそもアキュスにまだいるか分からなかったがヴァンパイアの船を接収するより安全に脱出できるはずだ。
港は意外とヴァンパイアの数が少なかった。点々とヴァンパイアがいるところを見るとほとんどのヴァンパイアが島の中央に向かったのだろう。
「あれ?」
デミはヴァンパイアが乗ってきた5隻の船を見た。無理やり接岸したせいで殆どが難破したようになっていたが一隻だけ無傷の船がある。そしてその船は何故かヴァンパイアが20体ほど残ったままだった。ほかの船は無人になっているのにその船だけヴァンパイアが待機しているのだ。デミはその一隻を“異質”に感じた。
「デミ!どこに行くの!?」
「ちょっと気になる!」
女のカンというものか、その異質な船が気になってしょうがなかった。デミはその船に駆けていきそして飛び乗った。中のヴァンパイアは自分を仲間だと思っているのかおとなしかった。そのヴァンパイアをかき分け船の奥ににいたのは・・・
「ル・・・ルコ・・・?」
忘れもしない氷柱のような長い髪、ダボダボのクロークと小さな冠。キールで出会いそして見失ったルコだった。これほど”異質”な女の子だ、間違えるわけない。
「・・・・・」
ルコは無言だった、無言のままデミを向いている。顔はデミに向けているが目はこちらを見ているのか怪しかった。
「ルコだよね!?ルコ・・・」
「・・・・・」
デミはルコに近づく、周囲のヴァンパイアがデミに襲いにかかったがルコが右手を横にして静止させるとヴァンパイアはおとなしくなった。まるでヴァンパイアを従えているようだ。いや、ヴァンパイアと同じ船にいて無事でいられるはずがない。間違いなくルコはヴァンパイアを従えていた。
「ルコ、これって・・・」
デミもルコがヴァンパイアを従えているのはわかっていた。だけど信じたくはなかった、こんな小さな子供がヴァンパイアを従えているなんて・・・
「キミはナニモノ?」
ルコがついに口を開いた。
「忘れちゃったの?私はデミ、デミ・テール」
「チガウ、キミはヒト?ヴァンパイア?」
「それは・・・わからない」
初めは人間だと思っていたが今は自分でもわからなくなっている。ワームが自分の体内にいるから、周りが自分をヴァンパイアというから・・・
「キミがヴァンパイアならナカマ。ヒトならテキ・・・」
「ヴァンパイアを船に乗せてここに来たのはルコだったのね」
「それはボク、マエにキミにあったトキもボク」
前に会った時とはキールのことを指すのだろう。今回の件もルコがヴァンパイアに指示したものだったことをルコはあっさりと認めた。
「何のために!?どうやって!?」
デミは小さなルコに掴みかかろうとしたが周りのヴァンパイアが反応していたので抑えた。
「ヴァンパイアはナカマ、トモダチ、カゾク・・・ボクはヴァンパイアをこのヨに・・・」
急に船が音を立てて揺れだした、デミも、そしてルコもしゃがみこんでバランスをとる。
「デミ!」
ロミが叫んでいた。無理やり船を接近させていたようだ。船にはハルとブレイ、そしてロミが助けたと思われる島民が3人乗っていた。
「デミ、早く乗って!」
ハルが伸ばす手をデミがとる。後ろではルコの命令なのかそれとも本能なのかヴァンパイアが向かってきた。
「えいっ!」
デミの足につかもうとしたヴァンパイアを蹴飛ばしてデミは船に乗り込んだ。
「あの女の子はなんだ!?」
ブレイはこちらを見るルコを見ていた。ルコはヴァンパイア数体とこちらを見ている。相変わらず何を考えているかわからない感じだった。
「ルコ・・・」
「ルコ?ルコってキールで探していた・・・」
ハルはデミを引き上げた手をそのままにしていた。
「ルコ・・・ルコはヴァンパイアをこの世に認めさせるって・・・」
最後にルコが言った言葉をデミはハルに伝えた。
「あんな小さな子がヴァンパイアを!?」
ルコの乗る船はどんどん小さくなっていった、追ってくる気はないようだ。
「とにかく一度プロまで戻るぞ!」
ロミは全力で船を走らせた。
「私もそろそろ動かなければならないのかもしれない・・・」
語るブレイの目線はアキュスに向けたままだった。
「くそぅ、くそぅ・・・守れなかった・・・」
ハルは似合わないセリフを吐きながら船の縁を叩いていた。敗走との表現が最もしっくりくる状況だった。
「ルコ・・・」
そしてデミの頭の中はルコの事でいっぱいだった。静かな夜の海には波音だけが寂しく響き渡っていた。
「ママ、久しぶり」
スウの町のある小屋にナナはいた。母親に会うためだ。
「お久しぶりナナ、誰もいない?」
「尾行?気をつけていたし心配ないわ、そもそも夜に出歩く人は少ないし」
町中ではあるがヴァンパイアの出る夜に出歩く人は少ない。
「なんの用?わざわざ手紙でここに呼び出すなんて・・・」
デミについての調査書に同封されていた手紙にはスウのこの小屋に来るように書かれていた。
「ナナは知っているでしょうけどキールの街がヴァンパイアに潰された。あなたの好きなランスも・・・」
「・・・知ってる」
「ナナはこれからどうするつもり?」
ナナがギルドに情報を横流ししていた理由、それはリーダーのランス・ボウの存在だった。ナナ曰くランスの“渋い”ところがいいらしい。しかしながら先日ランスは亡くなった、正確には行方不明であるがヴァンパイアになっていると考えるのが普通だろう。ナナは以前デミに対して“ランスのいないギルドはビー玉のないラムネ”といった。実際ギルドに対する魅力は既に失われていた。ギルドに関わる意味も無い。母親はナナが今後どうするのか気になったのだろう。
「しばらくは“普通”の学生をしているわ」
「でもナナは“普通”では済まないでしょ?私に似て・・・」
「でも、気になる存在は見つけた」
「デミ・テールか・・・あの半人半鬼・・・でもナナ、あなたの行動にいちいち文句は言わないわ。いつも危ない橋を渡っているけどそれは私も同じだしどうこう言う資格は私には・・・ママには無い・・・」
「ママ、危ない橋を渡っているわけじゃない、危ない橋を叩いて渡っているの」
「ふふ、叩いて渡るのは石橋よ。ともかくデミ・テールに付くなら場合によってはギルドやランスに付くより危ないわよ。自分の身くらい自分で守りなさい」
「大丈夫、叩いてから渡るから」
「そのデミとここで落ち合うのよね」
「うん、この小屋使っていい?」
「もともとここに来るために借りた家だし構わないわよ、ただバレないようにね」
「そこはご心配なく」
「私は出るわ」
ママは腰を上げると鍵を2つナナに渡して立ち上がった。ひとつはこの小屋の鍵、もう一つはこの町の外に出るためのカギだ。
「どこ行くの?」
「仕事よ、ちょうどここで依頼があったから」
「頑張ってね」
「ええ」
ママを見送ると小屋はナナ一人になった。早ければデミは明日”届く”だろう、ナナはデミのことを知るうちにこれ以上ない興味を持っていた。まるでランスを失った穴を埋めるようだ。もう少しデミと一緒にいたいと思っていた。




