第十七話 動き出す者たち
ヴァンパイアと一緒にいるせいなのかルコは夕暮れに目覚めて日の上がる頃に眠る生活を送っていたようだった。デミの生まれた診療所を居城にしていたルコは今目覚め調査にやってきたデミの前に現れた。
「ココはボクのイエだよ・・・」
ルコは眠そうな目をこすっていた。
「ここが家!?」
デミの問いかけにルコはコクりと頷いた。
「コッチ・・・」
ルコは診療所の一番奥の病室に案内した。中は古びたぬいぐるみやお菓子。野菜などがあった。生活感を感じる病室で間違いなくルコはここで暮らしているのだろう。
「ドウシテココにいるの?」
ルコは初めにした質問をもう一度してきた。
「ここは私が生まれた場所、私は私が知りたくてここに来たの」
「ソレで、キミはドッチ?」
ルコはいつも眠っているのであろうベッドに腰掛けるとアキュスでした質問を投げかけた。いつもとは違いルコはデミの目を見ているのがよくわかった。
「私は・・・人間かヴァンパイアで言うならヴァンパイアの方が近いのかもしれない」
「じゃあトモダチだ」
「・・・・・」
デミはできるなら人間として生きて行きたかった。だけどこの姿で人間として生きていくのは無理なのだろう。ナナも昼間そんなことを言っていた。自分が人間として行きたくても周りがそれを認めてくれない。自分は自分が収まるピースに向かうしかない・・・
「ルコはどうしてヴァンパイアといるの・・・」
「トモダチ、カゾク・・・ココのヒトタチはヴァンパイアをミトメナイ・・・ヴァンパイアをミルとオイダソウとする、コロソウとする・・・ヴァンパイアもイキテイル」
ヴァンパイアを認めさせるというのはそういうことなのだろう。今のデミならわかる気がしてきた。プロのように歓迎してくれるところもあるだろうが大部分の町はデミを認めはしないだろう。ギルドだって人間としてではなくヴァンパイアに対抗する”兵器”としてデミを迎えていたのだから・・・
「デミ・・・」
ルコが初めてデミの名前を呼んだ気がした。
「なに?」
「ケッコウなジカンをモラウ」
ルコはベッドから立ち上がると診療所の外へ歩き出した。
「ツイテキテ・・・デミとイキタイ、ボクのコトをシッテ・・・」
ルコはそう言った。
「ミクス指令、ギルドの者が見えました」
ギダムのある部屋に動きがあった。
「通してくれ」
やがて司令部の部屋に一人の女性が入ってきた。
「ベルーだ。ランスの代わりに来たよ」
「ランスはどうした?」
「あいつは・・・死んだ」
ベルーの口調がおとなしくなった。
「そうか・・・あいつと言い争ったのが今は懐かしく思うよ・・・」
「で、何用だい?」
ベルーは早速本題に入ることにした。ミクスは手を組むと。
「キールが落ちたのだろう。お前たちは今後どうするつもりだ」
「一時的に本部はキキ村においている。次のリーダーはもうじき決める」
ランスが無理矢理ギルドに迎えさせたブレイがリーダーを引き受けるとは思えなかったが一応ハルの連絡を待ってみることにしていた。最もメンバーからもブレイではなくベルーを選出したいとの声が多いのだが・・・
「付け焼刃もいいところだな・・・」
「あんたが言いたいのは予想がついている。ギルドをお前たちの下僕にしたいんだろ?」
「それは言いがかりだ。統合したいのだよ私は」
「同じことじゃないか」
ベルーはミクスをギロリと睨んでいた。
「まぁあたしは“対等”な統合なら案外賛成だ。ヴァンパイアに対抗するのに人がバラバラだったら困る」
「素直だな」
「ランスが固かっただけだよ。まあこの意見はあくまであたしの意見でギルドの意見ではない。反対する奴もいるだろうよ」
ランスが設立したギルドはランスのワンマン的な部分があった。保安部に対してムキになっていた部分もあるのだろう、保安部とはいろいろと揉めていた。ランスは自分の考えを最後まで突き通す人だった。一方ベルーは周りの状況を考えて行動するタイプの人間だ。メンバーからの信頼もあり仲間を一瞬にしてまとめ上げるカリスマな部分もあった。その事も有りベルーは次期リーダー候補の筆頭ではあったがランスは考え方の違うベルーをリーダーにしたくはなかった。一応メンバーからの期待に答える形でリーダー候補にしたかったがランスは話題性のあるブレイにリーダーをして欲しかった。
「キールが落ちたならこのギダムも近いうちにヴァンパイアが大群で押し寄せる可能性がある。キールならともかく首都であるギダムが落とされてしまったら“国”は維持できない。何としてもここを死守する必要がある」
「それは同感だね。リーダーも変わったし今はいがみ合っている暇はない」
「その件は考えが一致か・・・では次の話題だがギルドはあの半人半鬼を抱え込んでいるみたいだな」
「デミの事かい?ランスが対ヴァンパイアの切り札として使いたかったらしいからねえ。あたしは反対だったのだけど」
「それはどうして?」
「ヴァンパイアに対抗するならヴァンパイア、理屈はわかるがヴァンパイアを根絶するのに何故ヴァンパイアを必要としなければならないんだい。言っていることとやっていることが違うじゃないか」
「彼女は始末するべきかな?」
「急ぐ必要はないよ、デミはまだ人間の心をもっている。その状態で殺せば世論から人権侵害だとか反発があるだろう?」
「ヴァンパイアだって元は人間だ」
「それはそうだけど・・・」
「人間の心を持つヴァンパイアすなわち知恵と感情を持ったヴァンパイアだ。この世で最も恐ろしい動物はなんだかわかるかね?」
「人間と言わせたいのだろう?」
「その通りだ、ヴァンパイアに人の心が生まれてしまえばそれは人以上に恐ろしい生物となる。少なくとも私はそう思う」
扉の方からノックが聞こえたかと思うと一人の保安官が慌ただしく入ってきた。
「ミクス指令、お話中に失礼します。アキュスがヴァンパイアによって落ちました」
「なんだって!?」
「信じられないな・・・」
二人はともに驚いでいた。お互いに顔を見合わせている。
「どこの情報だ?」
「はい、ブレイ他一名のギルドメンバーからです。何でもヴァンパイアが5隻の大型船に乗って上陸したとのことで・・・」
「ブレイとハルは無事のようだな・・・」
ベルーはホッと胸をなで下ろしていた。リーダー選出の事実上のライバルであるブレイはともかくデミのコネクトになるハルが無事でよかった。
「しかしヴァンパイアが船に乗って襲来とは・・・信じられないな・・・」
ミクスは腕組みをした。島にヴァンパイアが来ないと考えアキュスは保安官が一人しかいなかった。ヴァンパイアが攻め込めば落ちるのは目に見えている。しかしヴァンパイアの目的はなんなのだろうか。わざわざ船まで用意して襲来するなんて単に仲間を増やすためではない。「俺たちはここを落とせるぞ」と言いたいのだろうか・・・
「指令、まだ知らせが・・・」
「なんだ?」
「その・・・アキュスでヴァンパイアを従えている人間を確認したとのことです」
「人間がヴァンパイアを従えていた!?冗談じゃない!」
ベルーは驚きながらも納得していた。最近のヴァンパイアの集団行動・・・リーダー格の者がいなければやれるはずはない。ベルー、そしてミクスもヴァンパイアに嬢王蜂のような個体がいるとは考えていたが流石に人間だとは思っていなかった。
「その人間なのですが・・・ルコと名乗る10才ほどの女の子だったそうです・・・」
「そんな小さな子供が!?信じられん・・・」
再び驚くミクスの横でベルーは一人思い返していた。デミがキールで見つけたという生存者、それが確かルコと・・・デミはあの時ヴァンパイアのクイーンに逢っていたのだ。
ベルーは始めデミがヴァンパイアを引き連れていると思っていたがどうやらそうでは無かったようだ。ルコとつながっていたとしてもヴァンパイアとしてはトップシークレットと思われるルコの存在をわざわざ言いふらすとは思えないし何よりあの時のデミの顔に嘘は見えなかった。デミは単純に不幸な少女なだけだったのだろう。
「ミクス指令、最後に一つ・・・」
「今度はなんだ・・・」
流石にこうも急展開が起こるとミクスもついていけなくなった。
「いえ、ミシル森とクナ谷なのですが・・・最近ヴァンパイアの数が増えているそうです」
ミシル森とは首都ギダムの南から東にかけて広がる森でこの国最大のヴァンパイアスポットである。また首都の西にあるクナ谷もミシル森程ではないにしろ列記としたヴァンパイアスポットだ。首都のすぐそばにヴァンパイアスポットが2つもあるのは不安かもしれないが戦時中はこの森と谷が敵の進行を防いでいた。攻め入られにくいこの場所に首都があるのは必然だ。
ヴァンパイアが出没する以前からギダムは頑丈な城壁に守られているため今までヴァンパイアが壁にまで来たことはあってもの中に入られたことは一度もない。保安官が夜通し見回っているのも首都のヴァンパイア対策の重要なポイントだ。
「森と谷にヴァンパイア・・・まあ元からヴァンパイアだらけの場所ではあったが・・・」
「案外、首都を攻め入る準備をしているのかもねぇ・・・」
「それは笑い事ではないぞ・・・」
ミクスはついに頭を抱え始めた。
「ベルーよ、ここまで来るとこれはただのヴァンパイア退治ではない・・・わかるか?」
「ああ」
「これはもはや・・・」
ミクスは一度体内の酸素を入れ替えた。
「これはもはや、戦争だ」
“戦争”とミクスははっきりと言った。
暗い夜道をデミはルコの後を黙ってついていった。ルル村の北側の出口からギダムに向かうのかと思いきや大幅に道を西にそれて道無き道を歩いていた。あたりは険しい山道であるが不思議なくらいに植物が生えていなかった。太陽を遮る場所が一切ないためなのか夜だというのにヴァンパイアは現れなかった。デミは自分がどこを歩いているのか不安になったがルコの様子を見る限り迷っているわけではないようだった。
ルコが足を止める。そこに山道の脇に岩で作った小さな蔵のようなものがあった。
「キョウはココマデ」
ルコは蔵の中に入っていった。子供のルコが屈んで入っていく位の穴だ、デミは這うように中に入った。蔵の中ももちろん狭いが干し草のベッドや長期保存できる乾燥系の食べ物があった。ここはキャンプ地なのだろうか。
朝焼けのオレンジがあたりを照らす。夜明けはすぐそこだった。ルコはいつの間にか干し草の中ですやすや寝息を立てていた。ルコの目的の場所は1日ではつかないようだ。
デミもルコの横で眠ることにした。デミは昨日の朝起きてルル村まで行って間髪いれずにここまで来たので24時間起きていることになる。さすがに疲れていたのかすぐに意識がなくなっていった。
次にデミが目覚めた時はもう夕方だった。ルコはすでに起きていて蔵の外で待っていた。デミが起きたことに気がつくとルコは再び歩き出す。
その日もただただ木のない山を歩き続けた。夜明けが近くなるとまた例の蔵が見えてきた。都合よく置かれているように見えるその蔵の中でルコとデミは再び昼間眠ることにした。ルコが連れて行きたい場所はとても遠いようだ。
首都ギダムには保安部の総本部がある。保安部はヴァンパイア退治以前に街の治安に務める組織だ。ギダムの総本部にはもちろん囚人を収容する牢屋もある。その牢屋に著名な顔がやってきた。
「久しぶりね、ロンド・・・」
「イリバ先生・・・お久しぶりです。できれば会いたくなかった、この状況なら尚更です」
牢屋の中にいたのはあのアレバの荒野で人知れずヴァンパイアを狩る4人組の一人だ。そしてそのロンドの元を訪れた人物はヴァンパイア研究で著名なイリバだ。ロンドもイリバの教え子の一人である。
「まさかあなたが殺し屋とつるんでいたなんてね・・・」
「ボレロは今、殺し屋ではありません・・・」
「ロンド、今はやっていないからって罪が消えるわけではないでしょ?」
「・・・はい」
ロンドはうつむいて下を見続けていた。優秀なロンドは大学在籍時代に保安部とギルドの取り合いがありその件でイリバにはとても迷惑をかけた。結局そのどちらにも入らずに忽然と姿を消したため正直ロンドはイリバに合わせる顔がなかった。再開した場所が牢屋なので余計に気が重い。
「あなたが元殺し屋と一緒に捕まったと聞いてとてもショックだったのだから・・・」
「心配かけてすいません・・・」
「それでその話だけどボレロだっけ?あの人はおそらく死刑になるわ」
イリバは冷たく言った。ボレロは時に政府の用心ですら手にかけていたので死刑宣告もしょうがないのかもしれない。
「もちろん一緒にいたロンドもタダではすまないわ。人殺しに関わっていないとはいえ保安部はボレロを匿っていたと思われるでしょうし」
「わかっています・・・」
「だけど私はロンドを責めに来たわけではないの、助けに来たの」
「助けに?」
下を向いていたロンドは顔を上げてイリバを見た。
「今のギダムの状況はわかる?」
「いえ、慌ただしくなっているのは分かりますが・・・」
「最近キールとアキュスがヴァンパイアによって落ちたの、統率の取れた集団行動でね。もし次にヴァンパイアが攻め入る大規模な都市となるとギダムとなるわ」
「ヴァンパイアがここに・・・?」
「ミシル森とクナ谷に国中からヴァンパイアが集まって来ているわ。今のところ集まるだけで何もしていないけどいつ押し寄せてくるかわからない・・・」
「まるで戦争ですね・・・」
「ロンド、あなたのヴァンパイアの行動に関する頭の回転は素晴らしいものだわ、私が嫉妬しちゃうくらいにね」
「私に来るべき戦争の参謀になれと?」
「そうよ、活躍が見込めれば今回の件は不問にできるしボレロも助けられるかもしれない」
まるでイリバはボレロを人質にロンドに強要しているようにも聞こえた。イリバは保安部の人間ではなくあくまでキショーの人間だが彼女の著名さを使えば保安部の意見を変えることもできるのだろう。それに保安部には後輩であるテルトがいる。
「頼まれてくれないかしら?ロンドが罪人になるのは我が子の事のように辛いの」
「先生子供が生まれたのですか?」
ロンドは思わずポカンとした。ロンドが在籍していた時はまだ結婚すらしていなかったはずだ。
「ばかねえ、例えよ・・・」
いつもは周りを惑わせ呆れさせるイリバが逆に呆れさせられた。
「・・・その参謀の誘い、乗ります」
「あら?結構悩むと思っていたのだけど・・・」
「やるしか道はないですから」
ロンドは影の見えるこの誘いに乗ることにした。やらなければ自分もロンドも命は無い。気がかりだったのは行方がつかめていないカノンのことだった。彼女は元気にしているだろうかロンドは心配だった。
「そう、ありがとう」
イリバは不気味なくらい笑顔を浮かべていた。
ルコと歩き始めて3日目、今日もまた歩き続けていた。また今日も夜明けが近づくと蔵が見えてくるのだろうと思っていたが今日が違っていた。日の出まであと1時間ほどのところで景色に変化があった。久しぶりにデミは蔵以外の人工物を目にした。
「建物・・・?」
石で作った建物が複数見えてきた。握りこぶし大の石を積み上げて作られたその家々はどこか虚しさと異質さを感じた。
「イキタカッタバショ・・・ボクのフルサト」
この場所がかつて村だったのはすぐにわかった。この国のどこでも見かけないような作りの家や畑がある。しかし人もヴァンパイアもいないゴーストタウンであった。
「ここがルコのふるさと・・・」
この名も無き村がルコのふるさとでありそしてルコの始まりの地であった。




