輝くあれ
俺の叫びが聞こえていたのだろうか。
玄関に到着するのと、古いガラス戸が開くのは同時だった。
そのままの勢いで中に飛び込み、すぐに玄関マットの上にハチを横たえる。
雨でボトボトの俺の頭にバスタオルをかけてくれた後、婆ちゃんはハチの身体を転がしながら観察している。
「血は出とらんなあ」
毛がぐっしょりと濡れてはいるが、にじみ出ている水分は泥だけだ。
「息もちゃんとしとる」
確かによく見ると腹のあたりが激しく上下している。
ジロッ
完全に閉じられていたハチの目が、少し開いた。
「あ、起きた!」
「おちつけ悠陽。ネコは大声とか嫌いやで」
た、確かに……。
ちゃんと生きていることはわかった。
俺は少し落ち着きを取り戻し、冷静にハチの身体を観察した。
さっきまで自分の頭を拭いていたバスタオルで、今度はハチの身体を拭く。
フシュルルル……ゴロゴロゴロ
ネコは機嫌がいい時によくゴロゴロ言うが、イラついてる時にもゴロゴロ音を出す。
上体を起こしたハチは両眼を見開き、玄関の方を見据えている。
尻尾はまだ通常時の倍ぐらいには膨らんでいる。
身体は今にもまた起き上がりそうだ。
ピカッ!
……。
ゴロゴロゴロ……。
また雷が鳴った。
さっきよりはだいぶ遠いようだ。
光ってから音が来るまでが遅いからな!
フナーン……
ハチの見開かれていた目が少し小さくなった。
そして、膨らんでいた尻尾が少しずつ元に戻っていく。
「なんか、落ち着いたっぽい……?」
「大きな傷はないみたいやし、大丈夫そうやな……」
フーーンス……
ハチはまだ少しだけ拡がった瞳で、扉の方を見つめていた。
――――――――――
薄暗い部屋に一人の青年がいた。
松葉楓。
獣医師である。
松葉は最近妙に怪我をするネコが多いと感じていた。
というか。
ネコを外に出すなと言いたいところだが、田舎だとそれはなかなか難しい。
農家の古い屋敷などは隙間も多く、元々ノラだった猫たちは外に出たがる。
松葉は時間外の診療を一件だけ終えた後、大きく息をついた。
その目線の先にあったのは、つい先日、一頭の猫から取り出した損傷臓器。
臓器というか……。
睾丸、通称タマタマである。
まあ、ちゃんとした臓器である。
大怪我をしたネコのものだ。
処置で麻酔をかけるならついでに去勢をして欲しい、というオーナーの希望で摘出したのだが……。
その希望がなくても摘出しなければならない物だった。
何故なら、火傷のような大きなダメージがあったからだ。
ネコ同士のケンカでこんな熱傷とかあるのか?
何かの拍子で感電したのかもしれない。
それよりも……。
松葉は立ち上がって、ホルマリンの小さな瓶の中に入っているそれを手に取った。
「……なんか光ってない?」
診療が終わり、診察室の電気は落としていた。
横の処置室から入り込む光だけが、室内をぼんやりと浮かび上がらせている。
棚においてある様々な検体や書籍は暗い影の中で沈黙していた。
はずなのに。
「光の反射かと思ったけど、やっぱり光ってない!?」
ホルマリンに浸けると細胞は固定して、大体はくすんだ色に変わる。
なのにこの組織は未だにぎらぎらと銀色に輝いている。
睾丸を包む膜は『白膜』といい、元々青白い色ではある。
だが、このタマタマは……。
プルルルルル
また電話だ。最近は夜間の呼び出しが多い……。
松葉の興味はそこで強制的に途切れることになった。
―――――――――――――――――
またハチが外に出て行かないかを見張るため、玄関の横の部屋にいた俺。
結局そのまま朝まで玄関マットの上で寝ていた。
それにより、猛烈な寝不足の朝を迎えた。
昨日までの雨はすっかり上がり、晴天が広がっていた。
学校――。
ガラッ
「うい~っす……」
目を擦りながらドアを開けると、教室内は少しだけざわついていた。
「おーユーヒ。これ見た?」
「いや見てねえ」
「まだ見せてねえよ。ほらこれ」
そう言いながら同級生の男子がスマホの画面を見せてくる。
「ふーん?」
……?
なにかがバラバラに崩れたような跡……?
「昨日お前んちの近くに雷落ちたっぽくてさ」
寝不足の目をもう一度擦って画面を改めて覗き見る。
「ん!?」
思わずスマホをもぎ取って凝視する。
「なんかちっさいお堂みたいなのあったやん? そこに雷直撃!」
そうだ……!
これは昨日ハチが何かと戦っていた祠!
そこにはコゲコゲになった道祖神。
そして周辺には多くの燃えカスの様なものが写っていた。
あの雷は……あの場所にピンポイントに落ちた……?
そんな偶然ある?
「てか返してスマホ」
男子生徒が苦笑しながら手を出してくる。
「お、おう。すまん」
俺は顔を見上げて思わず窓の方を見た。
と、そこで目に入ったのは、ボチを散歩していた照山紅葉。
たしか……紅葉は学校に行く途中、あの場所を通るはずだ。
寝不足もあって、よろよろと紅葉の方に近づく。
「お前も見たん?」
紅葉は俺の方を見ながら、少し考えこんでいる。
「うーん。見たのは見たんだけど、それよりもさ」
そこで少し声を潜める。
「なんか昨日ボチ、いつもより慌てて首輪ちぎって脱走してた!」
んんー?




