プラスチックパイプ、竹
昨日の「そば殻・サハラ砂漠事件」を受け、香先輩が次に用意したのは、無機質な清潔感の塊――『プラスチックパイプ』だった。ストローを短く切ったような白い粒が、透明なメッシュ袋にぎっしりと詰まっている。
「いい、守君。昨日の敗因は『有機物ゆえの摩擦音』よ。その点、このポリエチレン製のパイプは、音響工学的に極めて静音。かつ、水洗いも可能でダニも寄せ付けない。まさに、現代科学が到達した一つの安眠の答えといっても過言ではないわ」
「……先輩、その割にそれ、百円ショップの洗濯ネットに入れて自作しましたよね?」
「手作りは最高のカスタマイズよ。さあ、脳のオーバーヒートを止める聖域へ、いざ……」
先輩は仰向けに横たわった。ザシュッ、と小さな音がしたが、昨日のそば殻に比べれば確かに静かだ。先輩は満足げに目を閉じ、呼吸を整えていく。
十分後。僕はいつものように、ノートを膝に置いて観察を始めた。今日の先輩は、白いプラスチックの粒に囲まれているせいか、どこか近未来のコールドスリープ装置に眠る美少女のような趣がある。西日が、透き通るような彼女の肌を照らし、わずかに開いた唇から漏れる規則正しい寝息が、静かな部室に溶けていく。
(……この人、性格さえ『安眠ジャンキー』じゃなければ、学園のアイドルになれただろうにな)
そんなことを考えながら、僕は先輩の寝顔をじっと見つめていた。少しだけ、伸ばした指先でその頬に触れてみたいという衝動に駆られるが、寸前で思いとどまる。……今の僕は、あくまで『観測者』なのだ。
だが、その観測時間は唐突に終了した。先輩が、何かに弾かれたように跳ね起きたのだ。
「……無理! 守君、これ、後頭部に『無数の指紋』を感じるわ!」
「指紋……? 誰のですか、怖いこと言わないでください」
「このパイプ一つ一つの断面よ! まるで、小さな吸盤を持つ宇宙生物の群れに頭を支えられているような……。なんて言うのかしら、この『点』で支えられている不快感。安眠には『面』の包容力が必要なのよ。これじゃ、私の頭が剣山の上に浮いているようなものだわ!」
先輩は枕を放り出した。どうやら、静かであれば良いというわけではないらしい。
三日目。先輩が抱えてきたのは、もはや枕という概念を疑いたくなるような物体だった。竹を丁寧に編み込んで作られた、中が空洞の円筒――通称『竹枕』である。
「守君、物理的な接触が不快なら、もう『空』を枕にするしかないのよ。見て、この究極の通気性。もはや枕ではなく、頭部専用のエアコンよ。風が私の脳を通り抜けていくのが見えるわ……」
「……それ、おじいちゃんの家の縁側にありそうですね。というか、硬くないですか?」
「硬さは強さよ。そして冷たさは正義。今、私の知性は最高潮に熱を帯びている。これを冷やさない限り、真の安眠は訪れない!」
先輩は意を決したように、竹の籠のような枕に首を預けた。竹がしなるギチッという音がしたが、先輩は「涼しい……」と悦に浸りながら、すぐに眠りの淵へと沈んでいった。
十五分後。夕暮れの光が部室を赤く染める中、僕は先輩を観察していた。竹枕に頭を乗せている姿は、どこか高潔な隠者のようでもあり、同時に、捕らえられた絶世の美女が静かに時を待っているようにも見える。……が、一点だけ、不穏な変化に気づいた。
(……あ、あれ。先輩の右頬、まずくないか?)
三十分後。先輩が「ふぇ……?」という情けない声と共に目を覚ました。
「守君……すごく冷えたわ。脳がまるでシャーベットになったみたい。でも、なんだか顔の右側がヒリヒリするの。どういう成果かしら?」
「先輩、鏡見てください」
先輩が手鏡を覗き込む。
「……っ!?」
そこには、右頬に見事なまでの『六角形の網目模様』が刻まれた、メロンのような顔の部長が映っていた。
「私の顔が……幾何学模様に侵食されている!? 安眠を求めた結果、サイボーグ化が始まってしまったというの!?」
「ただの寝跡です。……お疲れ様でした。今日はもう帰りましょう」
香先輩は、真っ赤な網目模様を隠すように両手で頬を押さえながら、「明日はもっと柔らかいものを……」と消え入るような声で呟いた。




