流砂の罠と、百腕の巨神
第二階層の水晶の洞窟での野営を終えた僕たちは、翌朝から順調に塔を登り進めていた。
第三階層は、見渡す限りの火の海が広がる『灼熱の荒野』だった。
マグマ溜まりから這い出てくる炎の魔獣たちを、シャルロットさんの《エントロピー・ゼロ》による絶対零度で文字通り「鎮火」させながら難なく突破した。
だが、塔の狂気はここから徐々にその牙を剥き始めた。
第四階層。
扉を開けた先に広がっていたのは、一面の『黄色い砂漠』だった。
空(天井)には偽物の太陽がギラギラと照りつけ、風が吹くたびに視界が砂埃で遮られる。
「……なんだか、嫌な魔力ですね。足元から力を吸い取られるような……」
砂を踏みしめたサクラさんが、顔をしかめて杖を握り直した。
「ああ。この砂、ただの砂じゃない。探索者の魔力や闘気を吸収する性質を持っているみたいだ」
僕が砂をひと掬いして分析すると、微細な魔力吸収鉱石が混ざっていることが分かった。
長居すればするほど、確実にジリ貧になる環境だ。
「面倒くせえ。さっさと階段を見つけて上の階層へ行くぞ」
九条さんが舌打ちをして先頭を歩き出した、その時だった。
――ズズズズズズズッ!!!
「なっ……床が!?」
アーサーさんが驚愕の声を上げる。
僕たちの足元の砂漠全体が、突如として巨大な『すり鉢状』に陥没し始めたのだ。流砂の罠。
しかも、直径数百メートルにも及ぶ規格外の規模だ。
「ただの流砂じゃないわ! 吸い込む力が強すぎる!」
霧島さんが風の魔法で浮上しようとするが、砂から発生している強烈な魔力吸引フィールドのせいで、魔法がまともに形成されない。
「Shit! (クソ!)足が抜けねえ!」
真っ先に流砂の中心へと引きずり込まれそうになったのは、最も体重と装備の重いレオンさんだった。
彼が《爆縮撃》で周囲の砂を吹き飛ばそうとするが、砂自体が闘気を吸収してしまうため、不発に終わる。
「レオンさん! 《光の鎖》!」
サクラさんが間一髪で光の鎖を放ち、レオンさんの巨大な腕に巻き付けた。
アーサーさんとシャルロットさんが鎖を必死に引っ張るが、流砂の引力は凄まじく、全員がズルズルと中心の暗い穴へと引きずり込まれていく。
【古代龍バハムート】:魔力吸収の砂漠か。厄介な罠を仕掛けたものだ。
【賢神ソフィア】:レン! 砂の流れを読め! この規模の物理トラップには、必ず引力を発生させている『制御核』が砂の底にあるはずだ!
「了解です! ……九条さん、砂の底を斬れますか!」
「チッ、他人に頼るな! だが……一瞬だけだ!」
九条さんが、流砂に足を取られながらも、刀を上段に構えた。
「――《次元断》!」
彼が放った空間の斬撃が、流砂の渦を真っ二つに切り裂いた。数十メートルの深さまで砂がパカッと割れ、その最深部に妖しく光る黄色い水晶が露出する。
「そこだッ!」
僕はすかさず、自身の剣に限界まで圧縮した雷を纏わせた。魔力吸収の砂に触れる前に、一撃で撃ち抜く。
「――《雷火・穿》!」
黄金の雷の槍が、割れた砂の隙間を縫って制御核に直撃し、粉々に粉砕した。
直後、魔力吸引フィールドが完全に消失し、流砂の動きがピタリと止まる。
「……ふぅ。助かったぜ、ボーイ」
砂まみれになったレオンさんが、大の字になって息を吐いた。
誰も欠けることなく罠を突破できたが、魔力を吸われ、体力を大きく削られるピンチだった。
◆
流砂の階層を抜け、僕たちはついに第五階層へと到達した。
重厚な扉を押し開けた先は、古代ローマのコロッセオを思わせる、巨大な円形の闘技場だった。
観客席は空だが、中央の広場には、すでに「それ」が待ち構えていた。
『GUOOOOOOOOOOOOOOOッ!!!』
咆哮と共に立ち上がったのは、身の丈二十メートルを超える青銅の巨神。
だが、ただの巨人ではない。その背中や肩、脇腹から、無数の「太い腕」が不気味に生え揃っているのだ。
「なんだあれは……腕が、何本あるんだ?」
アーサーさんが大剣を構えながら絶句する。
【戦神アレス】:ほう! 『百腕の巨神』か! 神話の時代に封印されたはずの化け物まで引っ張り出してくるとはな!
【冥王ハデス】:気をつけろ人間ども。アレの膂力は、古代龍の突進すらも軽く凌駕するぞ。
神々の警告と同時、百腕の巨神がその無数の腕を一斉に振り上げた。
そして、雨霰のように、闘技場の床を埋め尽くすほどの『拳の乱打』が降り注いできた。
「サクラさん!」
「はいっ! 《多重聖壁》最大展開!」
僕たちを覆った黄金の結界が、巨神の拳の雨を受け止める。
だが、ドゴォォォォンッ! という絶え間ない衝撃音と共に、サクラさんの結界にひび割れが走り始めた。
「防御が持ちませんわ! 《氷獄・コキュートス》!」
シャルロットさんが巨神の足元へ絶対零度の氷を放つが、百本の腕のうちの数十本が氷の壁を強引に殴り砕き、再生を許さない。
「クソッ、隙がねえ!」
レオンさんとアーサーさんが斬り込もうとするが、一歩踏み出せば十本の拳が飛んでくるという異常な手数の前に、防戦一方に追い込まれてしまう。
「霧島さん! 風で瓦礫と拳の軌道を逸らせますか!」
「任せて! 《烈風陣・大旋風》!」
霧島さんが巨大な竜巻を発生させ、巨神の拳の軌道を僅かに乱す。
その一瞬の隙。
「九条さん、一気に懐へ行きますよ!」
「……俺に指図するな、神代!」
悪態をつきながらも、九条さんは僕と完全に並走して巨神の懐へと飛び込んだ。
僕の『並列思考』が、百本の腕の複雑怪奇な軌道をすべて演算し、唯一の「死角」を縫うようにステップを踏む。
「邪魔だッ!」
九条さんが《次元断》を放ち、正面から迫る五本の腕を空間ごと斬り飛ばした。
巨神が怯んだその瞬間、僕は九条さんの背中を踏み台にして、空中へと跳躍した。
「サクラさん、全魔力を僕の剣に!」
「はいっ! お願いします、レンさん!!」
サクラさんの杖から放たれた極太の光のエンチャントが、僕の三属性の魔法と融合し、剣の刀身が星のように眩く輝く。
「これで、終わりだッ!!」
巨神が残りの数十本の腕を僕に向けて伸ばしてくるが、遅い。
僕は空中で身体を捻り、巨神の脳天に向かって、全魔力を極限圧縮した一撃を振り下ろした。
「――《三絶・水雷火砲》最大出力ッ!!」
極彩色の魔力の奔流が、防ごうとした巨神の腕ごと、青銅の頭部を完全に貫通した。
ドズゥゥゥゥゥゥゥゥンッ!!!
闘技場を揺るがす大爆発。光が収まった後、頭部と胴体の大半を消し飛ばされた百腕の巨神は、地響きを立ててその場に崩れ落ちた。
「……ハァ、ハァ……」
着地した僕が息を整えると、仲間たちが安堵の表情で武器を下ろすのが見えた。
トラップの危機を乗り越え、強力なフロアボスを撃破した。
第五階層の激闘を制した僕たちの前には、第六階層へと続く巨大な扉が、静かにその姿を現していた。




