神々の指南と、探索者達の覚醒1
終末の塔の巨大な入り口へと続く、黒い鉱石でできた広大な桟橋。
海風が吹き荒れるその場所を、僕たちは臨時の『特訓場』として設定した。
「ぐ、おおおおおッ!」
イギリスNo.1探索者、アーサー・スターリングさんが、愛剣である白銀の大剣を振り下ろす。
だが、特注のアーティファクト木刀を持った九条さんは、その重い一撃を片手で容易く受け流し、アーサーさんの足を払って転倒させた。
「……遅い。太い。単調だ。そんな大振りじゃ、三日経っても俺には当たらんぞ」
九条さんが冷酷に見下ろす中、アーサーさんは息を切らしながら立ち上がる。白銀の甲冑はすでにボロボロだった。
その時、宙に浮く僕のダンカメのスピーカーから、怒りに満ちた野太い声が響き渡った。
『――嘆かわしいぞ、騎士の小童! 力任せに光る丸太を振り回すな! 眼前の剣士の太刀筋を見て何も学ばんのか!』
「……なっ!? こ、この声は……!」
突然響いた声にアーサーさんが驚愕する。
【戦神アレス】:我だ! 戦を司る神、アレスである! 貴様の剣は出力に頼りすぎている。あのトカゲの鱗に弾かれたのも当然よ!
【賢神ソフィア】:アレスの言う通りだ、アーサーとやら。お前の欠点は『面』で斬ろうとしていることにある。神話級の魔物の装甲は面では貫けん。……視るべきは敵の肉体ではない。『空間の線(綻び)』だ。
ダンカメを通じて、神々からの直接指導が始まったのだ。
「空間の……線?」
『そうだ。光を外に放つな。
膨大な魔力を、大剣の刃先数ミリの領域にすべて押し込めろ! そして、敵の装甲ごと空間の継ぎ目を「断つ」のだ!』
賢神ソフィアさんの理論的な解説に、戦神アレスさんの武の神髄が重なる。
「……なるほど。圧縮と、空間の切断……!」
アーサーさんが大剣を上段に構え直した。
その瞳に、強烈な闘志が燃え上がる。
全身から立ち上っていた黄金の光を、彼は強引に自身の内側へと引き戻し、大剣の『刃先』だけに極限圧縮させ始めた。
ビリビリと空間が悲鳴を上げる。
『良いぞ! そのまま踏み込め!!』
アレスさんの号令と共に、アーサーさんが地を蹴った。
その瞳は、九条さんの肉体ではなく、彼と自身の間に存在する『空間の継ぎ目』を捉えていた。
「――《聖王光刃・次元断》!!」
振り下ろされた白銀の刃。
それは今までのような光の波ではなく、空間に黒い「亀裂」を残すほどの、極細にして究極の斬撃だった。
ガキィィィィンッ!!!
九条さんが木刀で受け流そうとしたが、特注の木刀が半ばから綺麗に両断される。
九条さんは僅かに目を見開き、紙一重で身を躱した。
アーサーさんの斬撃は空を切り、背後にあった海面を真っ二つに割って、遥か彼方まで続く「水のない道」を創り出した。
「……ハァ、ハァ……」
大剣を振り抜いたアーサーさんが、その場に大の字になって倒れ込む。魔力と精神力の完全な枯渇だ。
『フハハハッ! 見事だ! 一筋の線に至ったな!』
「……フン。入れ知恵とはいえ、悪くない一撃だ」
九条さんは折れた木刀を捨て、小さく口角を上げた。
◆
一方、桟橋の反対側。
僕は、アメリカの『豪腕』レオンさんと対峙していた。
「Faaaaack!! なんで当たらねえんだよ!」
レオンさんが巨大な戦斧を振り回し、竜巻のような暴風を巻き起こす。
かすっただけで岩盤が粉砕される超破壊力だが、僕のステップには掠りもしない。
『ガッハッハ! そこの筋肉! 風車のようにブンブン回るだけで、力が外にダダ漏れではないか!』
ダンカメから、今度は雷神トールさんの豪快な笑い声が響いた。
『見苦しい。我ら竜族の「息吹」の基本すらできておらんな。破壊の力を外に撒き散らすな、人間の戦士よ』
古代龍バハムートさんの、低い声が続く。
「神様たちの言う通りです。レオンさん、予備動作が大きすぎて威力が散っていますよ」
僕が指摘すると、レオンさんは戦斧を地面にドスンと叩きつけた。
「くそったれ! じゃあどうすりゃあのトカゲの鱗を砕けるってんだ! 俺の取り柄はこのパワーだけだぞ!」
『そのパワーを捨てる必要はない。放出のベクトルを逆にするのだ』
バハムートさんが淡々と説明を始める。
『爆発を外に向けて放つのではない。戦斧が対象に触れた瞬間に、すべてを「内側」に向かって爆発させるのだ。極小のブレスで星を穿つように、貴様の闘気を斧の核に封じ込めろ』
「内側に爆発……。外に漏らさず、対象の体内にすべてを叩き込むってことか」
レオンさんは戦斧をじっと見つめ、そして、大きく深呼吸をした。
「……OK。理屈は分かった。要するに、当たる瞬間まで一ミリもオーラを漏らすなってことだな?」
「やってみましょう。僕が的になります」
僕が剣を構えて前に出ると、レオンさんは「死んでも恨むなよ、ボーイ!」と叫び、再び戦斧を構えた。
今度は、ド派手なオーラの放出はない。だが、彼の巨体と戦斧が、まるでブラックホールのように周囲の空気と魔力を『吸い込んで』いくのが分かった。
ギチギチと、彼の筋肉が限界を超えた圧縮に悲鳴を上げている。
(……来る!)
僕の『未来予測』が真っ赤な警告音を鳴らした瞬間。
「――《超新星・爆縮撃》ッ!!」
一切の予備動作なく、神速の踏み込みでレオンさんが眼前へと迫った。
振り下ろされた戦斧。
僕はサクラさんの《大聖域》を纏い、自身の剣に水と雷の多重防御陣を展開してそれを受け止めた。
――無音。
激突した瞬間、音が消えた。爆発は外には向かわず、僕の展開した防壁の『一点』に、致死量のエネルギーが完全に収束して叩き込まれたのだ。
「く、おおおおおッ!」
僕は強烈な衝撃に耐えきれず、後方へ十メートル以上も吹き飛ばされた。
「レンさん!」
サクラさんが慌てて駆け寄ってくる。
「だ、大丈夫です……。防ぎきれました……」
僕は痺れる両腕を押さえながら立ち上がり、前方を見た。
レオンさんは戦斧を振り抜いた姿勢のまま、全身から白い煙を上げ、白目を剥いて気絶したまま立ち尽くしていた。
初めての極限圧縮による魔力酔いだ。
『ガッハッハッハ! やりおったわあの筋肉! 見事な一撃だ!』
『……フン。粗削りだが、神話の鱗を砕くには十分な「理」を手に入れたようだな』
空中のダンカメで、トールさんとバハムートさんが惜しみない称賛を送っていた。
神々の直接指導によって、大英帝国の騎士とアメリカ合衆国の豪腕は、ボロボロになりながらも確かに一つ上のランクへと足を踏み入れたのだ。
「……素晴らしい特訓の成果ですわね」
パチ、パチ、と優雅な拍手の音が響いた。
振り返ると、氷の女帝、シャルロット・ド・ラ・ヴァリエールさんが、美しい細剣を手に静かにこちらへ歩み寄ってきていた。
「次は、私の番ですわ。……さあ天界の神々よ。そして極東の少年よ。私の氷を『神殺し』の領域へと引き上げてごらんなさい」
彼女の瞳には、強烈な向上心と闘志が燃え盛っていた。
タイムリミットまで、あと七十八日。
神々と人類最強による、世界を救うための特訓は続く。




