神々の指南と、探索者達の覚醒2
レオンさんとアーサーさんが激闘の末に倒れ伏す中、黒い鉱石の桟橋に、カツン、カツンと優雅な足音が響いた。
「さあ天界の神々よ。そして極東の少年よ。私の氷を『神殺し』の領域へと引き上げてごらんなさい」
フランスランキング第一位、シャルロット・ド・ラ・ヴァリエールさんが、美しい氷の細剣を手に、僕へと真っ直ぐに切っ先を向けた。
彼女の周囲の空気が急速に冷え込み、海風がダイヤモンドダストのようにキラキラと輝き始める。
「……分かりました。シャルロットさんの氷は『絶対零度』。物理的な温度低下としては、すでに現世の最高到達点にあります」
僕は剣を抜き、彼女と相対した。
「ですが、あの古代龍は体内の魔力を爆発させることで、強引に氷を粉砕しました。物理的な『氷』だけでは、神話級の膨大なエネルギーを押さえ込むことはできない」
「ええ。屈辱ですが、その通りですわ。……なら、どうすればあのバケモノたちを永遠の氷棺に閉じ込められるというのです?」
シャルロットさんが問いかけたその時、僕のダンカメから、深淵の底から響くような、重く冷たい声が漏れ出した。
『――フン。温度を奪うなどという、物理法則の小手先に囚われているからだ、人間の小娘』
「……この声は」
シャルロットさんが目を細める。
【冥王ハデス】:我は冥界を統べる者、ハデス。死と冷気は我が領域よ。貴様の氷は美しいが、浅すぎる。
【賢神ソフィア】:冥王の言う通りだ、シャルロット。神話を凍らせるには『物質』を凍らせるだけでは足りない。貴様が凍らせるべきは、敵の肉体ではなく……『魔力そのもの』だ。
「魔力を、凍らせる……?」
シャルロットさんが、初めて聞く概念に困惑の表情を浮かべた。
「水や空気を凍らせるのではないのですか? 形のないエネルギーを凍結させるなど、理屈に合いませんわ」
『理屈で神話が殺せるか!』
ハデスさんの怒声が響く。
『万物は流転する。魔力もまた「流れ」だ。貴様の冷気で、その流れ(エントロピー)そのものを完全に停滞させてみせろ! 魔力すらも凍りつく『死の世界』を、その細剣の切っ先に顕現させるのだ!』
魔力そのものを凍らせる。
それはつまり、相手が魔法を発動しようとするそのエネルギー自体を、氷のオブジェクトに変えてしまうというデタラメな概念だった。
「……面白い。やってやろうじゃありませんか」
シャルロットさんの負けず嫌いな女帝としてのプライドに、完全に火がついた。
「レンさん! サクラさん! 私に、あなたたちの出せる最高火力の『魔力』をぶつけてきなさい!」
「分かりました! サクラさん、全力の光の魔力を僕の魔法に上乗せしてください!」
「はいっ! 《ホーリー・レイ・最大出力》!」
サクラさんの杖から放たれた極太の光の柱が、僕の剣へと注ぎ込まれる。
僕はそこに紅蓮の炎と黄金の雷を融合させ、先ほど古代龍を吹き飛ばした《三絶・水雷火砲》を遥かに凌駕する、純粋な破壊のエネルギーの塊を生み出した。
「行きますよ、シャルロットさん! 死なないでくださいね!」
「誰に向かって口を利いていますの! 私はフランスの女帝ですわ!」
僕は剣を振り下ろし、極彩色の魔力の奔流をシャルロットさんに向けて真正面から放った。
直撃すれば、桟橋ごと海を蒸発させる一撃。
シャルロットさんは逃げなかった。
彼女は目を閉じ、自身の内側にある魔力回路を、かつてないほどに深く、そして静かに研ぎ澄ませていく。
(……物質を凍らせるのではない。熱を奪うのでもない。私が視るべきは、すべてのエネルギーが静止する、完全なる『死』の静寂……!)
彼女の全身から放たれていた冷気が、ふっと消えた。
いや、消えたのではない。
アーサーさんが光を圧縮したように、シャルロットさんもまた、自身の展開する『氷の世界』を、細剣の切っ先ただ一点へと極限圧縮したのだ。
『そうだ、小娘! その死の深淵で、迫り来る魔力を貫け!!』
ハデスさんの叫びと共に、シャルロットさんが目を見開いた。
彼女の蒼い瞳が、僕の放った魔法の奔流の中にある『魔力の流れ(コア)』を完全に捉えていた。
「――《氷神界・エントロピー・ゼロ》!!」
シャルロットさんが、迫り来る極彩色のレーザーに向かって、ただ真っ直ぐに細剣を突き出した。
物理的な盾も、氷の壁もない。
だが、細剣の切っ先が僕の魔法の奔流に触れた瞬間――。
ピキィィィィィィィィィンッ!!!!
信じられない光景が起きた。
僕とサクラさんの全力を込めた『炎と雷と光の奔流』が、シャルロットさんの細剣に触れた先端から、まるでガラス細工のようにカチカチに「凍結」し始めたのだ。
「魔力が、凍って……!?」
僕が驚愕の声を上げる。
炎の揺らめきも、雷のスパークも、光の粒子すらも。
すべてが『運動』を強制的に停止させられ、巨大な極彩色の「氷柱」となって空中に固定されていく。
そして、パリンッ! という澄んだ音と共に、凍りついた僕たちの魔法は、無数の美しい氷の破片となって海へと散って消えた。
「……ハァ、ハァ、ハァ……」
魔法を完全に「殺した」シャルロットさんが、膝から崩れ落ち、細剣を杖代わりにして荒い息を吐いた。
彼女の美しい銀髪の毛先が、自身の魔力で凍りつき、パキパキと音を立てている。
「シャルロットさん!」
サクラさんが慌てて駆け寄り、回復魔法をかけようとするが、シャルロットさんはそれを手で制止し、フラフラと立ち上がった。
「……ふふっ。見ましたか、極東の少年。天界の神々よ。……これぞ、フランスの女帝が至った『絶対の氷』ですわ」
彼女は誇らしげに胸を張り、そして限界を迎えてパタリと気を失い、サクラさんの腕の中へと倒れ込んだ。
『フハハハッ! 見事だ! 魔力そのものを凍結させる概念氷結! これならば、神話のブレスすらも無力化できよう!』
冥王ハデスさんが、ダンカメの向こうで心底愉快そうに笑っていた。
『よくやった、人間の戦士たちよ。……これでようやく、あの塔に挑む「最低限の資格」が揃ったな』
賢神ソフィアさんの言葉に、僕は静かに頷いた。
「……ええ。本当に、凄い人たちです」
気絶して寝転がるレオンさん、アーサーさん、シャルロットさん。
彼らはたった一日で、神々の助言をもとに己の限界をぶち破り、文字通り『神殺し』の領域へと足を踏み入れたのだ。
「チッ、どいつもこいつもバケモノじみてきやがった。……退屈しなくて済みそうだ」
九条さんが刀の柄に手を置き、凶悪な笑みを浮かべて黒い塔を見上げる。
「そうね。これで誰が足手まといになるか、分からなくなったわ」
霧島さんもまた、頼もしそうに三人のトップランカーたちを見つめた。
タイムリミットまで、あと七十七日。
僕たちは、彼らが目を覚まし、体力が回復するのを待った。
そして翌日の朝。
完全な状態へと仕上がった人類最強の同盟軍――六人の規格外たちは、再び『終末の塔』の巨大な扉の前に立っていた。
「Hahaha! 今日こそ、あのトカゲどもを粗挽きハンバーグにしてやるぜ!」
レオンさんが闘気を抑え込んだ戦斧を肩に担ぐ。
「騎士の誓いにかけて、道を切り拓こう!」
アーサーさんが、極限圧縮を会得した大剣を構える。
「……ええ。私の氷で、すべてを静寂に沈めて差し上げますわ」
シャルロットさんが、絶対の自信と共に細剣を抜いた。
ギゴゴゴゴゴゴゴ……ッ!!
僕たちの接近に呼応するように、塔の巨大な扉が重々しい音を立てて開き、奥の暗闇から、再び五体の『古代龍』が姿を現した。
だが、昨日とは違う。
僕たちの目には、もはや彼らが「絶望の壁」には見えなかった。
「サクラさん、支援をお願いします。……一気に突破しますよ!」
「はいっ! 皆さん、行きますよ!」
僕の合図と共に、覚醒を果たした最強の探索者たちが、咆哮を上げる神話の門番たちへと真っ直ぐに突撃を開始した。
三ヶ月に及ぶ人類の最終決戦。
その真の幕開けとなる『終末の塔』の攻略が、今度こそ、本格的に開始されたのだった。




