氷の女帝との共闘1
東京地下大迷宮の深核を浄化し、地上への帰還を果たした僕たちを待っていたのは、抜けるような青空だった。
赤紫色に染まっていた不気味な亀裂は完全に消滅し、東京の街には安堵の空気が広がり始めている。
だが、探索者協会本部の対策室に足を踏み入れると、そこには全く異なる緊迫感が満ちていた。
「……日本の空は塞がりましたが、世界はまだ燃えていますね」
僕が壁面の巨大モニターを見上げて呟くと、通信機器に囲まれて血走った目をしているユイさんが、弾かれたように振り返った。
「レンくん! お疲れ様! ……その通りなの。塔の干渉によるダンジョンの『存在レベル昇華』が、各国の想定を遥かに上回っていて……」
ユイさんがキーボードを叩くと、世界地図に無数のポップアップが表示された。
【支援要請:アメリカ合衆国】
【支援要請:フランス共和国】
【支援要請:イギリス(ロンドン地下)】
「各国のトップランカーたちも奮戦していますが、護衛の精鋭部隊が昇華された迷宮の瘴気と難易度に耐えきれず、戦線が崩壊しかけています。……国際探索者連盟から、いち早く自国の亀裂を塞いだ日本へ、正式な『最高位の援護要請』が発令されました」
その言葉に、後ろで腕を組んでいた九条さんが鼻を鳴らした。
「フン。アメリカの豪腕も、イギリスの騎士様も、口ほどにもない。……だが、あの塔を止めるには世界中のコアを奪還する必要がある。見捨てるわけにはいかないだろうな」
「ええ。私たちは世界を救うために動いているんですから」
霧島さんが神刀の柄をポンと叩き、僕たちを見回した。
「四人固まって動く必要はないわね。私がイギリス、九条くんがアメリカの救援に向かいましょう。……レンくん、サクラさん。二人はフランスをお願いできるかしら?」
「はい。僕たちで行きましょう」
僕は迷うことなく頷いた。隣でサクラさんも、杖を強く握りしめて決意の表情を見せている。
「よし、決まりね! 各国の協会の転送ゲートを直結させるわ。……行くわよ、人類の反撃の第二幕だ!」
霧島さんの号令と共に、僕たちはすぐさま国際転送ゲートへと身を投じた。
◆
――フランス共和国、パリ。
かつて花の都と呼ばれたその街は、上空の亀裂から降り注ぐ異形の魔物たちによって、凍てつく戦場へと変貌していた。
転送ゲートを抜け、パリ支部のエントランスに降り立った僕たちを待っていたのは、重傷を負って運び込まれてくる無数のフランス探索者たちの姿だった。
「ひどい……。サクラさん、歩きながらでいいので回復魔法をお願いできますか」
「はいっ! 《広域治癒》!」
サクラさんの杖から放たれた優しい光がエントランスを包み込み、うめき声を上げていた探索者たちの傷が瞬時に塞がっていく。
『Ooh... Merci, C'est un miracle...(おお…ありがとう、奇跡だ…)』
驚くフランスの探索者たちに軽く会釈をしながら、僕たちは案内の職員について、パリ地下墓地への入り口へと急いだ。
「現状の報告をお願いします。……女帝は今、どこに?」
僕が職員に尋ねると、彼は青ざめた顔でタブレットを操作した。
「シャルロット様は、近衛兵の消耗を危惧し、彼らを地上に残して単騎で最下層のコアへ突入されました。……ですが、通信が途絶してすでに一時間が経過しています」
単騎で、あの昇華されたSランク相当の迷宮の底へ。
フランスランキング第一位の誇りと責任感が、彼女を突き動かしたのだろう。だが、それはあまりにも無謀だ。
「サクラさん、急ぎますよ!」
「はいっ!」
僕たちはカタコンベの入り口を潜り、最下層へと続く螺旋階段を一気に駆け下りた。
道中、完全に氷漬けになった魔物の残骸が無数に転がっている。シャルロットさんの通った跡だ。だが、下層に近づくにつれて、氷は溶け出し、代わりに赤黒い瘴気が濃さを増していた。
そして、最下層の巨大な空間。
そこに広がる光景を見て、僕は息を呑んだ。
『GIAAAAAAAAAAAAAAAッ!!』
空間の中央に鎮座する、全長十五メートルを超える骸骨の魔神。
無数の怨念が寄り集まったかのような漆黒のローブを纏い、手には瘴気を吹き出す巨大な大鎌を握っている。
――神話級に片足を突っ込んだ突然変異体、SSランク相当の『冥骸王』。
その圧倒的な暴力の前に、一人の女性が立っていた。
豪奢なドレスコートは所々が破れ、美しい銀糸の髪は煤けている。
だが、彼女の周囲に展開された『絶対零度の結界』だけは、王の誇りを示すように決して崩れてはいなかった。
「……私の庭で、これ以上好き勝手は許しません。凍てつきなさい、《氷獄・コキュートス》!」
シャルロットさんが白魚のような指を振るうと、空間そのものを凍結させる超低温の嵐が冥骸王を包み込む。
しかし、冥骸王は巨大な鎌を振るい、力任せに氷の嵐を粉砕してしまった。
『GUOOOOOOッ!』
大鎌が、シャルロットさんの頭上へと振り下ろされる。
魔力枯渇が近い彼女の結界では、あの一撃は防ぎきれない。
「――《雷火の剣》ッ!!」
僕は空気を蹴って爆発的に加速し、シャルロットさんの前に滑り込んだ。
ガァァァァァァァァァァンッ!!
僕の剣と冥骸王の大鎌が激突し、凄まじい衝撃波が地下空間を揺るがした。
炎と雷の魔力が大鎌の瘴気を相殺し、強引に軌道を逸らした。




