Cランクボス討伐、そして
Dランク上位のアイアンウルフを狩った翌日。
レンはダンジョンには潜らず、探索者協会併設のアイテムショップにいた。
「えー、今日は配信をつけながらお買い物です。明日は地下三階の未踏エリア、ボスの『アーマーベア』に挑もうと思います」
スマホの画面に向かってそう宣言すると、同接三百人のコメント欄が急速に流れ始めた。
【dungeon_watch】:は!? EランクソロでCランクボス!?
【探索者志望くん】:絶対やめとけ! 死ぬぞ!
【古代龍バハムート】:ほう。ついに挑むか。
【賢神ソフィア】:アーマーベアは厄介だぞ。常に魔力の鎧を纏っている。お前の貧弱な筋力と安物の剣では、傷一つつけられん。
「ですよね。なので、今日はその対策のための準備です」
レンは棚から『中級魔力ポーション』を三本と、『絶縁性の高い革手袋』、そして『砥石』をカゴに入れた。
無職のレンは、スキルによる身体強化も防御力アップもない。
被弾=即死だ。だからこそ、アイテムと環境の準備には誰よりもこだわる必要があった。
【雷神トール】:俺の雷を使う気だな。
「はい。トールさんの雷でボスの装甲を剥がして、そこを剣で突きます」
【魔王ゼルディア】:悪くない作戦だ。だが雷魔法は魔力消費が激しい。お前の無職のステータスでは、最大出力で撃てるのはせいぜい二発だ。
【戦神アレス】:一発で鎧を剥がし、もう一発でトドメか! 燃える展開だな!
【死神ネクロス】:ポーションを買う金があるなら、棺桶を予約しておけ。
「死神さんは相変わらずですね」
レンは苦笑しながら会計を済ませた。神々のアドバイス通り、剣を入念に研ぎ澄まし、魔力消費の計算を頭に叩き込む。
ステータスが最弱だからこそ、思考と準備だけは誰にも負けないよう極限まで研ぎ澄ます。それが神代レンの戦い方だった。
◆
翌日。渋谷第三ダンジョン、地下三階奥・ボス部屋。
重苦しい扉を開けた先には、ドーム状の巨大な空間が広がっていた。
同接はすでに一千人を超えている。
【kirishima_arisa】が入室しました
【kirishima_arisa】:本当に来たんですね。……死なないでくださいよ。
【精霊王シルフィード】:レンくんがんばれー!!
空間の中央。青白く発光する魔力の鎧を纏った体長三メートルの巨熊、Cランクボス『アーマーベア』が、侵入者であるレンをギロリと睨みつけた。
「……デカいな。でも、やるしかない」
レンは絶縁手袋をはめた手で剣を握り、ゆっくりと息を吐いた。
轟音。
アーマーベアが巨体に似合わぬ速度で突進してくる。
(速い! でも、動き出しの重心で軌道は読める!)
レンは紙一重で右へステップし、すれ違いざまにアーマーベアの脇腹へ剣を叩き込んだ。
ガキンッ!
火花が散り、剣が弾かれる。やはり物理攻撃は通らない。
【賢神ソフィア】:今だ! 装甲の継ぎ目を狙え!
「シッ……!」
レンは反転と同時に、左手に収束させた『雷魔法』をボスの脇腹にゼロ距離で放った。
バチィィィンッ!
雷神の加護による極太の雷撃。アーマーベアが苦悶の咆哮を上げ、その部位の魔力装甲がガラスのように砕け散る。
【dungeon_watch】:うおおおお!? 装甲剥がした!?
【探索者志望くん】:Eランクの魔法火力じゃねえぞあれ!!
だが、ボスもただの的ではない。
激怒したアーマーベアが、暴風のような連続攻撃を繰り出してくる。右腕の薙ぎ払い、左の叩きつけ。
レンは防戦一方になり、じりじりと後退し――背中が冷たい壁に触れた。
退路が断たれた。
【kirishima_arisa】:壁際!? しまった、距離を詰められすぎた!
誰もが絶望したその瞬間、レンの口角がわずかに上がった。
【古代龍バハムート】:……震えているか。
「……いいえ」
レンは笑った。
「壁際なら、もう後ろに下がる(逃げる)必要がないですから」
【古代龍バハムート】:……ふっ、狂人め。行け。
退路がないと油断し、最大モーションで突っ込んでくるアーマーベア。
レンは逃げない。魔力ポーションを口で噛み砕きながら、残る全ての魔力を右の剣に、そして左手の雷に込める。
「消し飛べッ!」
迫り来る巨大な顎の真正面。剥き出しになった装甲の隙間へ、最大出力の雷を纏わせた剣を、カウンターで深々と突き入れた。
剣が肉を裂き、内部で雷が爆発する。
「グ、ォォ……」
巨体が痙攣し、やがてゆっくりと光の粒子となって崩れ落ちた。
討伐時間、三分。完全な無傷での単独討伐だった。
【精霊王シルフィード】:やったあああああああ!!!!
【魔王ゼルディア】:完璧な立ち回りだ。
【雷神トール】:見事だ。俺の雷を完全に使いこなしている。
【kirishima_arisa】:嘘……Cランクボスを、Eランクがソロで……?
コメント欄が狂乱の渦に包まれる中、レンはボスの証である『大魔石』を拾い上げ、静かに配信を切った。
◆
その日の夕方、探索者協会。
「……神代くん。冗談は休み休み言ってくれないか」
田中係長は、カウンターに置かれた『アーマーベアの大魔石』を見て頭を抱えていた。
「冗談じゃないですよ。ちゃんと地下三階で狩ってきました」
「だからそれがおかしいと言っているんだ!」
田中係長はバンッと机を叩いた。
「君の冒険者ランクは最低のE! しかもジョブクラスは『無職』だぞ!? ステータス補正ゼロ、スキル習得不可! そんな人間がCランクボスを単独討伐など、物理法則を無視している!」
「えーと、雷魔法と気合いでなんとか……」
「無職は魔法を使えないんだよ!!」
田中の叫び声がロビーに響き渡る。
周囲の探索者たちが何事かと振り返る中、田中の背後から、コツカツとヒールの音が近づいてきた。
「田中係長。彼への説教はそこまでにしてもらえますか」
現れたのは、変装用の帽子とサングラスを身につけた美しい女性。
世界ランキング9位『剣姫』霧島アリサだった。
「き、霧島君!? なぜあなたがこんなところに……」
「彼を連れ出しに来たの。……行きましょう、神代くん」
「え? あ、はい」
◆
協会近くの、人目につかない路地裏のカフェ。
個室に向かい合って座ったアリサは、サングラスを外し、真剣な瞳でレンを見つめた。
「配信、見ていたわ。……あなたの動き、そして魔法。田中係長の言う通り、ジョブクラス『無職』の人間ができる芸当じゃない」
「そうですか? でもステータス画面には無職って……」
「ええ。だから恐ろしいのよ」
アリサは身を乗り出した。
「『無職』というシステム上の制限を、あなたの純粋な『技術』と、あの謎のリスナーたち(神々)からの『規格外の魔法付与』が完全にぶっ壊している。……神代くん、あなたは自分がどれほど異常な存在か、自覚した方がいいわ」
S級探索者からの、明確な異常性の指摘。
「もしあなたのその力が世間にバレれば、協会も、企業も、他のS級たちも黙っていない。……だから、私があなたを保護する」
「……プロデュース、ですか?」
「そう。まずはDランクへの昇格試験よ。私が直接推薦してあげる」
アリサは不敵に笑った。
「あなたの本当の力、もっと間近で見せてちょうだい」
最弱の無職が、ついに人間界のトップ層と深く交わり始めた。




