S級探索者降臨
「えー、配信始まってますでしょうか。Eランク、無職の神代レンです。……あの、なんか画面壊れてません?」
翌日。
いつも通り渋谷第三ダンジョンの入り口で配信を開始したレンは、画面の端を見て固まっていた。
チャンネル登録者数:『520』
現在の視聴者数:『180』
「……えっと、業者さんですかね? 登録者買ったりしてないんですけど」
【古代龍バハムート】が入室しました
【魔王ゼルディア】が入室しました
【精霊王シルフィード】が入室しました
【賢神ソフィア】が入室しました
【渋谷民】:業者じゃないよw 昨日の動画がバズってたんだよ!
【探索者志望くん】:今日もワンパン見せてください!
【魔王ゼルディア】:なんだ、急に人間どもが増えたな。
【精霊王シルフィード】:わあ! レンくん人気者だねー!!
「バズる……? ああ、昨日のアレですか」
レンは首を傾げた。
「ただのDランク上位ですよ? トップ探索者の皆さんはもっとすごいドラゴンとか倒してるじゃないですか。僕なんて無職ですし」
【dungeon_watch】:いや無職がワンパンするのが異常なんだってばww
【渋谷民】:主、自分のヤバさ自覚してない系か……最高だな。
困惑するレンをよそに、コメント欄は急速な盛り上がりを見せていた。
しかし、その直後。
コメント欄の空気が、一瞬にして凍りつくような「赤い文字」のアカウントが現れた。
【kirishima_arisa】が入室しました
【dungeon_watch】:……は?
【渋谷民】:えっ
【探索者志望くん】:霧島アリサって、あのS級の!?
日本に数人しかいないS級探索者の一人。世界ランキング9位『剣姫』霧島アリサ。
その本物のアカウントの登場に、新規リスナーたちはパニックに陥った。
「えっと、霧島さん? 有名な方なんですか? いらっしゃいませ」
探索者界隈のニュースに疎いレンは、至って普通に頭を下げた。
【kirishima_arisa】:……動画を見たわ。少し、あなたの動きに興味が出たの。
【kirishima_arisa】:今日はどこを探索するつもり?
「地下三階の奥、昨日狩り残したエリアですね」
レンがそう答えると、アリサからの返信はピタリと止まった。
ただ、視聴者数はぐんぐん伸び続け、あっという間に『500』を超えていた。
◆
地下三階、深部。
通路の交差点で、レンは足を止めた。前方から、耳障りな羽音が聞こえてくる。
「……キラービーの群れですね。ざっと二十匹」
Dランクの魔物だが、厄介なのはその機動力と猛毒の針だ。
空を飛び回るため、近接攻撃しか持たない探索者にとっては天敵である。
【dungeon_watch】:うわ、キラービーの群れかよ。相性最悪じゃん!
【探索者志望くん】:Eランクじゃ絶対蜂の巣にされる! 逃げたほうがいい!
【kirishima_arisa】:(……魔法がない物理職なら、狭い通路におびき寄せて一匹ずつ処理するのがセオリーね。この子は無職。どう動く?)
S級のアリサが画面の向こうで分析する中、コメント欄の「常連」たちが動いた。
【古代龍バハムート】:群れの中央、少し色が濃い個体がいるな。あれが指揮をしている。
【賢神ソフィア】:左から三番目の壁際。風の通り道になっている。あそこに立てば、奴らの飛行ルートを限定できるぞ。
【魔王ゼルディア】:雷魔法の出番だな。昨日より魔力制御の出力を二割絞れ。それで十分だ。
神々の的確すぎるアドバイス。
それを見たアリサは、自室の椅子から思わず立ち上がっていた。
「なっ……このコメント、素人じゃない。羽音の反響だけで風の通り道を特定して、群れの指揮系統まで一瞬で見抜いたの……!?」
S級の自分でも、現場にいなければ分からないような超高度な戦術眼。
このリスナーたちは、一体何者なのか。
「なるほど、左から三番目ですね」
だが、さらにアリサを驚かせたのは、その神業のような指示を「一切の躊躇なく」実行するレンの姿だった。
レンは壁際へ滑り込むと同時に、剣を構え直した。
指示通り、風の通り道を塞がれたキラービーたちは、レンの正面へと密集するように軌道を変えざるを得ない。
「そこだ」
レンの右手に、青白い雷光が収束する。
昨日のような派手な爆発ではない。
ゼルディアの指示通り出力を二割に絞り、その分「貫通力」に特化させた、極細の雷の槍。
バチィィィンッ!!
一直線に放たれた雷撃が、群れの中央にいた指揮個体を正確に撃ち抜き、そのまま後続の十数匹をまとめて黒焦げにした。
統率を失いパニックになった残りの数匹は、レンの剣が文字通り一瞬で刈り取る。
戦闘開始から、わずか八秒。
傷一つ負わず、二十匹のDランク魔物が光の粒子へと変わった。
【精霊王シルフィード】:おみごとー!!
【古代龍バハムート】:ふむ。雷の収束が甘いが、まあ合格点だ。
【魔王ゼルディア】:おい、左腕の筋肉が少し強張っていたぞ。力みすぎだ。
「すみません、まだ魔法を使うのに慣れてなくて」
神々からダメ出しを受け、レンが反省するように頭を掻く。
コメント欄の新規リスナーたちは、もはや言葉を失っていた。
【dungeon_watch】:……は?
【渋谷民】:今の、魔法の発動速度おかしくないか……?
【探索者志望くん】:いやそれより、あのロープレ勢の指示通りに動いて完封したぞ……?
そして。
画面の向こうで、S級探索者・霧島アリサは震える手でスマートフォンを握りしめていた。
「……あり得ないわ。無職よ? スキルによる身体強化が一切ないのに、あの超高度な指示に、肉体が完全に追いついていた……!」
スキルという「システムからの補助」に頼り切っている現代の探索者たち。
だが、この少年は違う。
何の補助もない空っぽの器だからこそ、純粋な『戦闘技術』だけが異常な次元にまで研ぎ澄まされているのだ。
【kirishima_arisa】が¥500,000のスーパーチャットを送信しました!
『素晴らしい動きだったわ。……ねえ、あなた。近いうちに、私と直接会えないかしら?』
「えっ……ごじゅうまん!?」
【dungeon_watch】:ファッ!? S級からの赤スパ!?
【渋谷民】:しかも直接の呼び出しキターーー!!
【魔王ゼルディア】:ほう。少しは見る目のある人間がいるようだな。
【雷神トール】:俺の額には遠く及ばんがな。
「あ、あの! ありがとうございます! でも僕、Eランクの無職ですし、S級の方にお会いするような立派な人間じゃ……」
【kirishima_arisa】:断る権利はないわ。あなたには、直接試してみたいことができたの。場所と時間は、後で協会のシステム経由で送るわ。
有無を言わさぬS級からの指名。
コメント欄がお祭り騒ぎになる中、レンだけが「また税金の手続きが増える……」と頭を抱えていた。
最弱のEランク探索者が、いよいよ人間界のトップ層と交わり始める。
神々の最高の暇つぶしは、ここからさらに熱を帯びていくのだった。
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