地下三階、初潜入
「えー、配信始まってますでしょうか。Eランク・無職の神代レンです」
翌日。
いつも通りダンジョン配信を開始すると、ものの十秒で常連たちが揃った。
【古代龍バハムート】が入室しました
【魔王ゼルディア】が入室しました
【精霊王シルフィード】が入室しました
【戦神アレス】が入室しました
【死神ネクロス】が入室しました
【賢神ソフィア】が入室しました
【雷神トール】が入室しました
「皆さん、今日も早いですね。トールさん、昨日は一千万もありがとうございました。税務署の無料相談、予約取れました」
【雷神トール】:……なぜそこで税務署が出てくる。
【精霊王シルフィード】:レンくん真面目だねえ!
【魔王ゼルディア】:相変わらず小市民だな。
そこまでは、いつも通りの日常だった。
だが、今日は少しだけ違った。
【dungeon_watch】が入室しました
【探索者志望くん】が入室しました
【渋谷民】が入室しました
「あ、新規さんだ。いらっしゃいませ」
視聴者数「10」。初めて二桁に乗った。
【探索者志望くん】:渋谷第三って低層ですよね。Eランク帯?
【渋谷民】:てか、コメント欄のロープレ勢なにこれ。有名な人たち?
【dungeon_watch】:登録者3人なのに同接10人ってバグ?
【古代龍バハムート】:有名ではない。
【精霊王シルフィード】:いやいや有名だよ!
【古代龍バハムート】:余計なことを言うな。
【渋谷民】:え、本人たちがレスしてきたw
【探索者志望くん】:なんで毎回いるんですかこの人たち
【魔王ゼルディア】:暇だからだ。
【渋谷民】:正直すぎるw
「えーと、いつもお世話になってる常連さんたちです。今日は地下三階の未探索エリアに行ってみます」
【dungeon_watch】:無職のEランクで地下三階!? 死ぬぞ!
新規リスナーたちが驚く中、レンは慎重に歩みを進めた。
◆
地下三階。空気がひやりと重くなる。
ちなみに、渋谷第三の地下3層の推奨ランクはCランク相当である。
通路の奥で、魔石のライトを絞ったレンが足を止めた。
「……何か、いますね」
【賢神ソフィア】:前方二十メートル。大型だ。
【戦神アレス】:来たな。いい獲物だ。
【探索者志望くん】:え、え、何がいるの?
【dungeon_watch】:ソフィアさん、見えてないのになんで分かるの?設定ガチすぎん?
暗闇から現れたのは、体長二メートルを超える四足歩行の魔物。
Dランク上位個体『アイアンウルフ』だった。
鋼鉄のような毛並みを持つ、俊敏な殺戮者だ。
【dungeon_watch】:嘘だろ、Dランク上位じゃん!
【探索者志望くん】:逃げて! Eランクじゃ絶対無理!!
【死神ネクロス】:さて、今日は私の出番があるかな?
「……逃げ道、確認しました。でも、やれそうな気がします」
レンの言葉に、新規リスナーたちがざわつく。
【雷神トール】:昨日与えた力、試してみろ。
【古代龍バハムート】:焦るな。気配を読め。
アイアンウルフが低く唸り、地を蹴った。
凄まじい速度。ステータス補正ゼロのEランクでは、目で追うことすら不可能な一撃。
だが――レンは焦らなかった。
(動き出す瞬間、魔力が足元に集まる。軌道が……視える)
レンは一歩だけ横へ滑るようにステップを踏んだ。
アイアンウルフの凶爪が、レンの鼻先数ミリを空振る。
【探索者志望くん】:は!? 今の躱した!?
「今だ」
すれ違いざま、レンは右手に意識を集中した。
昨日、雷神トールから与えられた力。
バチッ! と青白いスパークが弾け、レンの手のひらから極太の雷撃が放たれた。
ドガァァァンッ!!
至近距離からの雷魔法がアイアンウルフの横腹を直撃する。
悲鳴を上げる暇もなく、Dランク上位の巨体が吹き飛び、光の粒子となって消滅した。
討伐時間、わずか五秒。
【精霊王シルフィード】:やったーー!! かっこいい!!
【雷神トール】:ふっ、流石だ。
【古代龍バハムート】:……悪くない。
【死神ネクロス】:今日も仕事はなしだ。帰るか。
神々がいつものように褒め称える中、新規リスナーたちは完全に硬直していた。
【dungeon_watch】:え、は?
【渋谷民】:『無職』で雷魔法……!?
【探索者志望くん】:しかもノーモーション!? 詠唱どこいった!?
【dungeon_watch】:てかDランク上位をワンパンとか、バグってねえかこの配信!?
「ふう、トールさんのおかげで助かりました」
レンは全く事も無げに剣を収めた。
【dungeon_watch】:お前ら、これ絶対ヤバいぞ。録画したか!?
【渋谷民】:即チャンネル登録したわ。
【探索者志望くん】:俺も。
画面の隅で、登録者数が跳ね上がった。
『3』から『15』へ。
「あ、登録者増えてる。ありがとうございます」
レンは少し照れくさそうに笑いながら、本日の配信を終えた。
◆
探索者協会・分析室。
天城ユイは、アイアンウルフ討伐の映像をコマ送りで見て、頭を抱えていた。
「雷魔法の発動まで、コンマ数秒……? あり得ないわ」
魔法というものは、マナを練り上げ、形にするプロセスが必要だ。昨日魔法を覚えたばかりの人間が、息をするように一瞬で発動できるものではない。
さらに言えば、『無職』というジョブクラスで魔法を使っていること自体が、協会の常識を根底から破壊している。
「ステータスは最低のE。でも、魔力制御と身体操作はAランクのトッププロ並み……」
ユイは震える手で、資料にタイピングした。
【神代レン。魔法適性および戦闘技術において、既存のランクシステムでは測定不能】
◆
その夜。
レンの知らないところで、事態は急加速していた。
SNSのダンジョン動画共有サイト。
一人のリスナーが投稿した切り抜き動画が、異常な勢いで拡散され始めていた。
『登録者3人のEランク無職配信者、謎のロープレ勢のアドバイスでDランク上位をワンパン瞬殺するんだがwww』
コメント欄には、数え切れないほどの反応が書き込まれていた。
「主の動きヤバすぎだろ」
「てかコメ欄の『古代龍』とか的確すぎて草」
「死神ネクロスさんの『今日も仕事なし』で腹筋崩壊した」
再生回数は、一晩で十万回を突破。
そして、その動画は、一人の『最強』の目にも留まることになる。
――S級探索者、世界ランキング9位。
霧島アリサ。
彼女はスマホの画面を見つめながら、興味深そうに目を細めていた。
「……面白い動きをする子ね。それに、このコメント欄の人たち……ただのロープレ勢じゃないわ」
最弱の無職配信者の名が、いよいよ人間界の表舞台へと轟き始めようとしていた。




